【1】処刑台の神修正
抜けるような青空の下、少女が処刑台の上で跪いている。
処刑台を取り囲む群衆は、口々に悪態をつき、唾を吐き、少女への怒りを露わにする。
うつむき、弱々しく震える少女とは対照的に、隣に並び立つ美男美女は輝いている。
男が手を挙げると、群衆が静かになった。
「栄えあるルミナス王国の民よ、聞け。王国を騒がせたニセ聖女マリエラを、ついに裁くときが来た」
群衆の歓声と足踏みで地面が揺れ、処刑台の刃がカタカタ揺れる。
「ニセ聖女、いや、魔女マリエラは神殿の寄付金を横領し、宝石やドレスを購入していた。そなたたち、善良な民からの心づけを私用に使っていたのだ。断じて許せることではない」
うおぉぉぉと怒声が響く。
「ぬすっとー」
「大ウソつきー」
「あたいらの真心を踏みにじりやがってー」
「お前なんかが聖女を名乗るな」
少女が頭を上げ、うつろな目で群衆を見る。少女は次に、処刑台に立っているふたりを見て、雷に打たれたかのように全身を震わせた。
わ、私。ここはどこ? 私は誰? 私はマレーナ。聖女。ワンオペ聖女。ワンオペ? ワンオペ?
「その上、魔女マリエラは新聖女であるセレーナをいじめぬいていたのだ。な、セレーナ」
王子が隣の少女セレーナの腰に手を回し、引き寄せる。セレーナは目を潤ませ、王子と群衆を見つめ、最後に私を見た。
その、一見悲しそうだけど心の中で笑ってそうな表情、見覚えがある。ゆるフワのピンク髪、知ってる。
「エリオット様、あたし、怖いです。やっぱり、処刑なんてやめましょう。マリエラ様には修道院に入ってもらえばいいのではないかしら。毎日祈って、反省してもらえばいいと思います」
「セレーナは優しいな。だが、それはできない。なぜなら、魔女マリエラは我が国の宝、結界石を汚したのだから。真の聖女であるセレーナが、結界石を浄化してくれなければ、ルミナス王国は魔物に蹂躙されていたであろう」
「まあ、そんな。あたしは当たり前のことをしただけです。ルミナス王国のため、人々のため、必死で祈っただけなのです。そしたら、なぜか光が出て」
セレーナが頬をピンク色に染めて、恥ずかしそうにモジモジする。エリオット王子も群衆も目がハートになった。
ハート目の王子、知ってる。エリオット王子じゃん。すぐ誰かに操られちゃうから、マリオネット王子と揶揄揶揄されてた、ぼんくら王子じゃん。
ぎゃー、分かった。ここ、私が好きなマンガの世界じゃん。
ひー、私、処刑されるマリエラなんか。え、やばない。
だって、この先どうなるか知らないもん。めちゃくちゃいいシーンで終わって、続きを正座で待機中だったんよ。ええー、マリエラどうなっちゃうのー、誰か助けてあげてーって、前世でハラハラしてたのに。まさか、よりにもよって、先の展開を知らないこのマンガ世界に転生するとは。
「詰んだ」
ワンオペ経理モブ女として、毎日真面目にコツコツと、帳簿に向き合ってきた。人と違って数字はウソをつかないから、経理の仕事に誇りを持っていた。業務フローを整え、無駄は削り、仕事をなんとか回してきた。
ブラック会社で社畜のように働き、たったひとつの楽しみがマンガを読むこと。そして、好きなマンガの絵を描いてひっそりピキシブにあげて、ニマニマすること。たまにもらえるいいねで一週間を乗り切ってた。私のつたない絵にいいねしてくれて、ありがとー。
ああ、私、過労死したのかな。そんなことだったら、節約しないでパーッとお金使いきっちゃえばよかった。家族はどうしてるだろう、友だちは? うっ。
あああ、それにしてもマリエラに転生か。ワンオペ聖女のマリエラ。神殿に酷使されても地道に働くところに、親近感を持っていた。がんばれマリエラ、負けるなマリエラって。
そろそろマリエラの覚醒アンド復讐ターンって願ってた。
そこにいるセレーナは、マリエラを糾弾するピンク髪。
会社にいた、コネ入社のちっとも働かないー女にそっくりなんだ。若くてかわいくてメイクがバッチリなあいつ。港区女子系のゆるフワ愛され女子。私と正反対な、要領よし子。
「マリさん、これお願いしてもいいですか? アタシ今日は風邪気味でー」
やつがわざとらしく咳をすると、アホの課長は、「ええ、セリカちゃん風邪ひいちゃったー? ほら、仕事はいいから、もう帰って。明日も休んでいいからね」なーんて鼻の下伸ばしちゃってさ。
私が小声で「あの、私もちょっと頭が痛くて」と申告すると、「はい、頭痛薬」って課長が頭痛薬を投げてきた。
なんそれ。ひどくね。扱いが違いすぎじゃね。
でも、言えない。言えなかった。
コネもない、若さもない、美貌もない。ないない尽くしのアラサー女は、いつだってお払い箱にされる恐怖と隣り合わせで生きてる。
やるしかない。たったひとりでも。書類を整える。私にできることは、それだけ。それだけだった。
「神様、あんまりです」
言葉がこぼれ出た。ずっと我慢してた言葉。
「真面目にコツコツ働いている人間が、報われない世界ってなんそれ。要領のいい、世渡り上手だけがおいしいとこ取りするのって、ありなん。そんな世界、私は許せない。転生したら即処刑ってどういうこと? 処刑なんてされてたまるかー」
空に向かって叫ぶ。
鳥が羽ばたき、青空を埋め尽くす。
世界が真っ暗になる。
真っ黒な空から、ヒラヒラと羽根が舞い降り、私の手の平にフワリと落ちる。
羽根から閃光が放たれ、私の中にスキルが注ぎ込まれる。
『スキル、ワールド・エディター、またの名を神ペン』
神ペンを握りしめる。羽根が柔らかく揺れる。描ける、私、描ける気がする。
ゆっくりと立ち上がる。
パタパタとスカートの汚れをはたく。
「処刑なんて、絶対イヤ。私が描き変えてやる」
羽根ペンを掲げると、群衆が叫ぶ。
「魔女だ。魔女が黒魔術をー」
「キャー、誰か助けてー」
「くらえー」
誰かから、何かが飛んできた。
足元でピシャッと黄色い液体が飛び散る。
卵だ。
「く、くらえー」
次々と、いくつもの卵が飛んでくる。
『ワールド・エディター、ハートトーンに修正ー』
卵がハートに変わっていく。まるで、たくさんのいいねが降ってくるみたい。ピキシブではめったにもらえないハート。
「みんな、いいねをありがとー」
アイドルみたいに羽根ペンを振ると、お返しのハートが群衆に降り注ぐ。
「な、なんだこれ」
「きゃー、き、あれ?」
「なんか、いい匂い」
「あら、なにかしら、気分が急に爽やかに」
「世界ってこんなにキレイだった?」
目を吊り上げて怒鳴っていた人たちが、ぽわぽわぽわーんとなる。
「ま、魔女め。ええい、お前たち、さっさと首をはねろー」
王子が叫ぶと、騎士たちが剣を抜いてこちらに向かってくる。
『ワールド・エディター、バナナの皮ー』
騎士たちが突然現れたバナナの皮を踏み、激しい音を立ててひっくり返る。
体から力が抜けていくのに気づいた。マズイ、魔力切れかも。
最後の力を振り絞って、処刑台を描き変える。
なんの変哲もない、木の扉。
「決着はいずれ改めて。それでは、ごきげんよう」
優雅にカーテシーをすると、さっと扉を開ける。
『ワールド・エディター、どこでも扉ー』
扉の向こう側に移り、扉をきっちり閉め、私はヘナヘナと崩れ落ちた──。
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