エピローグ
知らなかったというか、気が付かない自分に吃驚というか。
この国には、男性は侯爵家以上にしか存在して無かった。
なぜなら、この世界では女性同士でも子供ができるから!
ただし、女性同士のペアからは女の子しか生まれない。そうして気が付いたら男性は希少種と化しており、男性という人種(笑)を保護するために法律で侯爵家以上との婚姻を定めているらしい。職業選択の自由もないらしいよ。大変だね(棒)
というか乙女ゲームで語られない部分がこんなだなんて。攻略対象しか男性が出てこない筈だよね。
「そうだよね。陛下も女性だったもんね。騎士団長も」
そう。あの謁見室にいた貴族たちもほとんどが女性だった。保護されるべき存在だからあんまり表に出てこないんだって。そういえばお父様も領地経営しかしてないかも。
マリナ様に連れられてトリス家へ遊びに伺った時は、判っているつもりでも「母と、母です」と紹介されて目が泳ぎすぎて落ち着かなかった。
私はあの後、陛下の計らいによりマリナ様の手を取り彼女の婚約者となった、というほど簡単ではなかった。
私は現世でのマリナ様の事を何も知らないのだから。というか、ティモン殿下と相思相愛だって信じてたくらいだし。
そう正直に告げると、マリナ様とティモン殿下は完全に表情の抜け落ちた顔をして、その場に崩れ落ちたのだった。
そうして、その場を見ていた陛下より、ティモン殿下との婚約を破棄した上で、『学園を卒業するまでの3年間で自分の気持ちを確認するがいい。本物だと共に思えた際は婚約を許可しよう』というお言葉を戴いた。妥当な采配だと思う。
これからどうなるのか私にもわからない。
ちなみに、私が第一王子であるティモン殿下との婚約を破棄した結果、コルトお兄様が王太子である第一王女の婚約者候補の筆頭となった。
第一王女殿下はティモン殿下の1つ上。デビュタント済だ。この国は男女差別なく第一子が優先的に王位継承権を受けるのだそうだ。ちゃんとオリビアの中にその知識はあったんだけど、前世の記憶を取り戻したせいなのか日本の常識ばかりが頭にあって現世での常識がすっぽりと抜けていたみたい。
年齢的には元々コルトお兄様が婚約者候補に挙がっていたのだけれど、男性という人種の保護の方が優先される為、王太子殿下の婚約より第一王子であるティモン殿下の婚約者を優先だと私をその婚約者に据えたことで、『権力がプリングル侯爵家に集まり過ぎる』ことと『兄と妹が嫁ぐとなると、王家に於いて血が近くなり過ぎる』と尤もな指摘を受けて、兄はこれまで婚約者を持つことが出来ずにいたんだけれど、今回私からの申し出でティモン殿下との婚約が破棄されたことで、王配として兄が選ばれそうだという。
プリングル侯爵家としては、王位を継がない第一王子と私の婚約よりも次期女王である婚約者をお兄様が持つ方が益が多く、十分すぎるほど褒賞を戴くことになりそうだ。
「それにしても、あの時よく中へ入ってこれたよね。男爵家では招待もなく王城へ登城するのって難しいのではなくて?」
疑問だったことを聞いてみる。すると、マリナは少しだけ恥ずかしそうに、教えてくれた。
「コルト様のお陰なの。ほら、前にオリビア様にコルト様と仲いいのねって聞かれたことがあったでしょう? あれは多分、『オリビア様の婚約を白紙に戻すお手伝いをして欲しい』と迫っていた時のことだと思うの」
あぁ。そういうことかと納得する。
「本当は、ティモン先輩にも『オリビア様を解放してください』ってお願いしていたんです。こちらはけんもほろろの対応されちゃったんですけどね」
そんな会話してたのか。というか勝手に人の婚約を消そうとするのもどうかと思うのですが。
「その割に、名前で呼び合ったりしてましたよね」
ティモン殿下は、そんなマリナ様ではなく私を窘めていた。だからこそ、二人はそういう仲だと思っていたのに。
そう告げる私に、マリナ様はちょっと意地悪な、それでいて嬉しそうな顔をした。
「今のそれ、ちょっと嫉妬入ってましたね」
「?!」
そうかもしれない。本当はずっと嫉妬していたのかも。
でも、私の口から零れていくのは、可愛げのない言葉だ。
「そんなことありませんわ。そんなこと感じたこともありませんもの」
ツン、と横を向いた私の手を取り、マリナ様に顔を覗き込まれた。
「ふふ。オリビア様はお可愛らしいですね」
きゅっと手を握られ微笑まれる。
ずるい。マリナ様は、本当にずるい。
あの愛らしいお顔に自信満々で微笑まれると、うっかり頷いてしまいそうになる。
でも本当に。私はあの時どちらに嫉妬していたのだろう。
婚約者を取られた気がしていた事なのか、それとも…マリナ様がティモン殿下と仲がよいと思ったから、なのか。
何故か考えていると顔が熱くなってくるので、これ以上考えるのはやめておこうと思う。
「オリビア! 私はお前を諦めた訳じゃないからな!!」
バーンと扉を押し開けて、ティモン殿下が入ってきた。
「殿下との婚約は破棄されました! 婚約者でもない令嬢の名前を呼び捨てにされるのはお止めください」
なぜかマリナ様がティモン殿下に対して言い返す。
「うるさい。私とオリビアは婚約して5年もの間、ずっと傍にいたのだ。その絆があんな一時の気の迷いで本当に切れたりするものか!」
「いえ、オリビア様が殿下の心の傍にいた事は全くございません」
そしてその妄言に即行で否定したのは、私でもマリナ様でもなかった。
「アンナ…」
私の信頼する侍女が、そこで冷たい瞳のまま口元に笑みを貼り付けた非常に恐ろしい表情で殿下と私の間に立ち塞がっている。これまで見たことのないアンナの表情とその口から出た言葉に、思わず呆気に取られる。
「お、お前っ! 侍女の分際で何を勝手にふざけた事を」
激高したティモン殿下が、普段の王子様然とした態度を崩してアンナに掴みかかろうとしているのを今度は私が庇う。
「いえ、アンナの言葉は真実ですわ。ふざけてもおりません。事実です」
私の言葉に、殿下がこの世の終わりの様な顔をする。
「そんな…、俺は、ずっとオリビアの事が、オリビアの事だけが好きで大切だったのに」
「大切にされた記憶がまったくないのですが」
頬に片手を当てて思案してみたけれど、まったく身に覚えがないのでそう伝えると、愕然とした殿下は、ついに涙目になってしまった。また言い過ぎただろうか。
「ふふん。やっぱりオリビア様はティモン先輩のことなんかまったく思ってないじゃないですか! 何が『オリビアはいつだって俺の後ろを歩いてくるんだ』ですか。いつの時代に生きてるんですか?」
うわー。なにその主張。痛いわー。
それにしても、ないな。誰よそれ。記憶にあるオリビアだって殿下の後ろなんてついていかないぞ。
そんなことを思いながら胡乱な目つきで殿下を見ていると、その悲壮な顔のまま俯いてしまった。
いつも俺様な態度でいるティモン殿下がそんなことをすると思わなかった吃驚していると、絞り出すような声で告解した。
「…コルトから聞いてはいたんだ。俺の気持ちはまったくオリビアには届いていないようだって。でも、そんな馬鹿な事があるかって笑っていたんだ。けど…」
「申し訳ございません。殿下のお気持ちは、私には全く無いものだと思っておりました。婚約者の前で他の女性にファーストネームを許し、それを諫めた私の事を叱った時にそう確信をしたのです」
私の言葉に、完全に打ちのめされたというように、その場で膝から殿下が頽れた。
「なん…だと? その方が身内っぽいというか、俺を信じていればいいんだ的な、そんな感じであれはいい感じだと思ったのに…」
妄言を口にしながら震えているその様子に、さすがにオブラートがゼロ過ぎたかと反省したので、少しだけ取りなそうと声を掛けようと思って近づこうとしたところを、アンナに止められた。
「お嬢様、そのような下手な芝居に騙されてはいけません」
「え、演技?」
アンナの言葉に目を見張る。すると、「チッ」と舌打ちをする音がして思わずティモン殿下を振り向いた。
「近付いてきたら抱きしめてやろうと思っていたのに。俺の演技を見破るとは。やるな、お前」
「お褒め戴いたと思うことにします」とアンナが冷たい表情のまま礼を取る。
「ふん。褒めている」というティモン殿下は少しだけ悔しそうに、それでも笑ってみせた。
そのまま入ってきたドアに向かって歩き出す。そうして、扉の前で振り返った。
「確かに俺は、オリビアの心を掴めていなかったと認めよう。しかし、まだ振出しに戻っただけだと思っている。確かに俺との婚約は破棄されたが、お前に新たな婚約が結ばれた訳でもないようだからな。今度こそ俺という人物を知って貰うことから始めようと思う。覚悟しておけ」
そう言うと、私の返事も待たずに帰っていった。
「相変わらず他人の話を聞かない人ですわね」
後ろ姿に、ため息を吐く。
すると、アンナがティモン殿下の言動についてばっさりと斬り捨てた。
「あれは、オリビア様から『覚悟などしません、お断りします』と断られるのが嫌で逃げたんですよ」
「そうよ。大体、オリビア様は私のお嫁さんになってくれるんですもの。ティモン先輩の入る隙間なんてないですもんね」
余裕の笑みを浮かべたマリナ様に向かって、アンナは更に毒を吐いた。
「失礼ながら、マリナ・トリス様におかれましては、オリビアお嬢様と婚約できる可能性を示唆されたのみかと。このプリングル侯爵家一同、誰もまだマリナ・トリス様とオリビアお嬢様の婚姻について納得もしておりませんし、許可も出しておりません」
その言葉に、マリナ様は驚愕で口をはくはくと動かしていた。勿論私も呆然としてしまい、言葉を失っていた。そんな私達に向かって、アンナはとても綺麗な笑みを浮かべて、
「勿論、私からの同意も出ません」そう告げる。
更に、「お嬢様、これからはマリナ様とお二人きりでお部屋にいることをプリングル侯爵家御当主であるお父様が禁じられました。必ず、私か従僕がご同席させて戴きます。また部屋のドアは必ず開けたままでお願いします」と、注意を入れた。
そのあまりの圧に、私はこくこくとただ首を縦に振る。
マリナはまだはくはくとその愛らしい唇を空虚に動かしていたが、アンナが嬉しそうにオリビアに紅茶の種類についてリクエストを受けているのを見る頃にはようやく再起動が掛かったように、華やいだ様子でお茶の準備を進める主従に向かって突っかかっていた。
「オリビア様! 私というものがありながら、そのような女を近づけるなど」
「失礼ですが、私はオリビア様付き侍女としてプリングル侯爵様より任命を受けております。私以上にオリビア様のお傍にいることが正しい人間はおりません」
泡を喰ったように私に問い掛けるマリナ様を、アンナがあっさりといなす。強い。
喧々囂々同レベルで言い争うふたりに頭が痛くなってきた所で、王太子殿下より来訪の先触れがきた。
「お兄様にではないの?」
「いえ、たしかにオリビア様宛のものでした」と従僕から言われて、お兄様について何か聞きに来るのかもしれないな、と思い当たった。
慌てて王太子殿下をお迎えするに値する装いに着替えている内に(マリナ様はアンナに追い出された)、コルトお兄様を伴って王城から王太子殿下がやってきた。
「シィル王太子殿下。ようこそおいで下さいました」
淑女の礼を取ってお迎えする。と、その私の前に、王太子殿下が立って「顔を見せて欲しい」という。不思議に思いながら言われた通りに顔を上げると、ティモン殿下を更に美しくした女神さまの様な綺麗な女性が立っていた。
う。目が眩しい。
「オリビア・プリングル侯爵令嬢。豆と植木鉢オテダマの聖女。貴女に、お会いしたかった」
「ファ?!」
なにそのダサい二つ名。というか、聖女ってなに?!
「あの、聖女、とは?」
頭の中が驚愕で真っ白になっている私に、王太子殿下の付き添いとして王城から送ってきたコルトお兄様が教えてくれる。
「お前が陛下に献上したあの豆とテラコッタの二種類のオテダマとその作り方は、広く国内へと広められたのだ。その効果と汎用性の高さに、民たちがそれを作り出した令嬢へ尊敬と敬愛を込めて自らの片頭痛に効果のあった治療具にちなみ、”ロングヤード豆の聖女”または”テラコッタ片の女神”もしくは両方を合わせて”豆と植木鉢オテダマの聖女”と呼び出した、らしい」
こめかみに片手をやりながらそう言われて、私は呆然とした。
あれか、名前を考える手間を面倒臭がった報いか。それなのか。
どれを取っても、圧倒的で悪魔的な、くそダサい呼ばれ方に眩暈がする。
「うそん」
「嘘ではない。長年、陛下を苦しめていたあの病をあれほど楽にしてくれたことに感謝する。子供たちの遊び道具に治療具としての役割を持たせるという、その柔軟な発想には感服した」
なんのことかと思えば、あれか。お父様が熱心に感心してくれるのが嬉しくてついお手玉遊びについてとか、体調不良時のササゲもどきお手玉とテラコッタ片のお手玉の使い方について、べらべらと説明した時のあれも一緒に広めたようだ。
あの豆もテラコッタの破片もその辺で幾らでも手に入るものだし、包んでいる布はどんなものを使ってもいいのだ。誰でも幾らでも自作が可能だ。構造も簡単すぎて、隠すほどのものでもない。
「平民であろうと手に入れることが簡易なもので作れ、玩具でありながら教育の入り口となり、いざという時は怪我や病への備えともなる。素晴らしい発明品だ。その素晴らしい発明が産み出す富を独り占めすることも可能だろうにあっさりと開放するなど、そうできることではない」
私の手を取り、心からの言葉で王太子殿下が褒めてくれる。
それは判るんだけど、国の為というより私のその後の修道女ライフのために考えたことなので居た堪れなさが酷い。というか自分で発明した訳じゃなく、前世で通った学校でやってた謎授業で教わったものだ。
それにしても、そろそろ手を離してくれないだろうか。
長く美しい指に絡めとられた手は、そっと引き抜こうとしてみたものの中々取り戻せない。
しかも、王太子殿下の視線に、感謝以上の熱を感じるような?
居心地の悪さにじりじりとしていた所で、後ろからマリナ様から声が掛かった。
「王太子殿下といえども、私の婚約者にいつまでも触らないでいただきたいのですが」
肩をガシッと掴まれて、引き寄せられた。そんなこと言っちゃって、不敬罪で捕らえられても知らないわよ?
でも、いきなりマリナ様の顔が近くなってどきどきした。
柔らかで小さい手。あの日差し出された手を取る事はできなかったけれど。
こうして大好きだと行動や言葉で伝えて貰えるのは、恥ずかしくもあるけれど、やはり嬉しい。
「マリナ様、その手をお放し下さい。プリングル侯爵様に言いつけますよ?」
バシッと肩から手が払い除けられる。
放せと警告しながら実力で排除するとは。アンナってこんなタイプだったかしら。
思わぬ疑問につい思考がそちらに行ってしまったけれど、綺麗な女の子同士が私を中心に言い争う姿を愉しむ趣味はないので、止めに入ることにする。
「アンナ、マリナ様は一応プリングル侯爵家へのお客様です。たとえこの王太子殿下の来訪をお出迎えする場にいることが相応しくなかろうと、暴力的な対応は侯爵家の恥になりますよ?」
「オリビア様、なにか言葉に棘がありませんか?!」マリナ様が情けない声を出して抗議する。
「申し訳ございません。お嬢様の仰る通りです。マリナ様、例え婚約者ではなく婚約者候補でしかなかろうと、お客様であられることに変わりはございませんのに。不作法を致しました事、謝罪致します。大変失礼いたしました」
深々と頭を下げて謝罪したアンナより、謝罪されたマリナ様の方がショックを受て見えるのは何故かしら。
「ぷはっ。いい。とてもいいね、オリビア嬢。私は貴女をとても気に入りました」
そこへ、大層ご機嫌な声でシィル王太子殿下の笑う声が響く。
「殿下」
後ろに控えていたコルトお兄様がなにやら渋い顔をしている。どうしたんだろ?
「すまない、コルト・プリングル殿。私はオリビア嬢を気に入った。欲しいと思ってしまった。どうだろう、オリビア嬢。マリナ・トリス嬢が婚約者候補でしかないのなら、私の頑張りによってはその場に私が座ることも可能だろうか?」
……。
その場が凍り付く。
シィル王太子殿下だけが動く中で、「はぁ、やっぱり」と最初に再起動の掛かったコルトお兄様が盛大なため息を吐いた後、姿勢を正して問い掛けた。
「シィル王太子殿下にご確認させて戴きます。私達男は、その種の保存について責任がございます。よって、王太子殿下が妹の心を手に入れられなかったり、あるいは殿下ご自身の御心変わりによって「やはり」と思われたとしても、それまでお待ちしているとお約束することはできません。それでもよろしいですか?」
「あぁ、覚悟しよう。本当に欲しいものに手を伸ばす為ならデメリットを受け入れる事もやぶさかではないさ」
何やら男前な台詞が交されているようだけれど、その話の内容がどうしても頭に入ってこない。というか理解したら負けな気がする。
「オリビア嬢。今日はここまでにしておくけれど、覚悟しておいて? 私は本気だからね。マリナ嬢、王太子に向かって嘘はいけないな? キミはオリビア嬢の婚約者候補の一人、それ以上ではない筈だ」
にやりと笑って言われて、マリナ様に引き寄せられた後も離されることのなかった手の指先にちいさく口づけを落とされる。
理解したら負けだと思ったのに、結局、直に爆弾を落とされた私の頭の中はパニック寸前だ。でも根性で悪役令嬢らしく「まぁ、楽しみにしてますわ」と嫣然と微笑んで答えてみた。私、頑張った。
「あぁ、貴女の心を手に入れる最大限の努力をしよう。覚悟してくれ、オリビア嬢」
つい先ほど同じような台詞を弟王子から聞かされたばかりだなぁ、と思った瞬間、気が付いた。
──今のシルエット。隠しキャラってシィル王太子殿下なの?!
乙女ゲームの隠し攻略対象者が女性ってあんまり無い気がするんだけど。まぁいいか。私的には大歓迎だ。
シィル王太子殿下とそれに付き従うコルトお兄様を見送り、マリナ様とアンナに「どうするんですか?!」と詰め寄られたところで、私はあまりにも早い怒涛の展開について行けず目を回し、倒れた。
「”ロングヤード豆の聖女”とか”テラコッタの女神”でも十分酷いと思うのに、”豆と植木鉢の聖女”って。これほど酷い二つ名で呼ばれる悪役令嬢って斬新よね」
…それとも、ここが『いつかあなたと』の世界だっていう前提自体が間違っていたのかしら。
こっそりとベッドを抜け出して一人、夜空を見上げる。
あのお手玉もどきが市井に広がった結果、私は聖女だとか女神だと呼ばれるようになったそうだけれど、正直苦笑いしかでない。
修道院に入る時の手土産のつもりだったのに。侮れないな、戦前から続く”善き妻善き母”教育。まさかあのカビの生えたような授業内容がここまで役に立つとは思わなかったよ。
「まぁいいか。断罪は回避できたみたいだし、婚約破棄も手に入ったし」
あの、自分からすら祝福されなかった悲しい恋の行く末を知ることができたのは、私にとって許しだった。
ようやく私は、あの苦しみから解放されたのだ。
独りよがりではなかった。苦しんでいたのは自分だけではなかったのだ。
現世での実際のマリナ様のことはまだよく知らない。
どうして私の婚約話を勝手に反故にしようと動くほど、私のことを思うようになったのかも。
でもそれを教えて貰おうと思わない。
『夢に見た女性にそっくりだったから』などと言われたらがっかりしてしまいそうな気がするのもあるし、先にそれを訊いてしまったらその後にマリナ様と一緒にいる時に、その言葉に縛られて私が私でいられなくなりそうな気がする。
第一、前世としての記憶がある私と違って、マリナ様はあの子の人生のほんの一部を覗き見る様な夢を見るだけだ。生まれ変わりだとは限らない。だってマリナ様にはお手玉の記憶はない。何かの繋がりはあるんだろうけれど、本人ではないのだろう。そんな気がしている。
だから無理せず、少しずつ現世でのお互いを知っていけばいいと思う。
勿論、私がマリナ様を好きになった時に、マリナ様が私以外に惹かれていることもあるだろう。
その時はその時だ。
マリナ様でもティモン殿下でもシィル王太子殿下でもない方との、運命の恋が待っているかもしれないし。
誰の手を取るか、ではなく誰の手も取らない選択肢だって選べる。
そんな可能性があることすら前世では気が付かなった。
目標も見つけた。なんとしても令嬢(悪役令嬢じゃないわよ!)らしい、麗しい二つ名を手に入れるのだ。
「まずは、”豆と植木鉢オテダマの聖女”を撤回できるだけの目玉商品を開発しないとね」
とりあえず気化熱を使ったエコ冷蔵庫でも作ろうかな。サイズ違いの素焼きの壺を重ねてその間に水で湿らせた砂を詰めれば壺の中が冷える、筈だ。氷は作れないけれど、時間は掛かるがビールが飲み頃になる程度までは温度が下がるという話だったので役立つに違いない。
今の私に、恋をするのはまだ早い。
なんたってまだ13歳。この広くて楽しい自由を楽しみながらでいい筈だ。
「まずは脱・ダサ二つ名! 頑張るわ」
【それが僕を助けてくれたキミの願いなら、叶えてみせよう】
前作『悪役令嬢に転生しちゃったんだけど攻略されちゃいました』で
「(女の子同士では)子供ができないじゃないか」という台詞を言わせたのですが
これを書いてる時ものすごーく嫌な気分にw
なんでもありのなろうで遊んでいるのに現実に添った話にしなくてもいいじゃんと
思ったので書いてみました。
短篇にしたかったけど、要素盛り込みすぎて3万文字オーバーに。。
どこを削ればいいのかも判らなくなって、むしろ字数増えたりして、
結局連載になりました。とほほ
最後までお付き合いありがとうございましたv
感謝