表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/57

ジャージを着た太陽




 ―家門(かもん)の表札に『地獄』とある。




()んな物が目に入った。ほんのりと狂気。


十年くらい経年しているジャージを着て近隣をぷらぷら歩いていると、唐突に現れたのが其れであった。


(ちなみに()のミズノ製品のジャージは休日のたんびに着用している、持っている衣類の中で、いちばんリラックスでき草臥(くたび)れない、私には魔法の(ころも)である。)



 

 ―『地獄』は、随分イビツなレタリングであって、其処(そこ)がまた(あや)しい―、まあ素人の自作品だろうが。


()からさまに(つたな)い。


彫刻刀か何かで、カマボコ板みたいな雑駁(ざっぱく)な木片に彫りこんである。


けれど、わざわざ黒墨(こくぼく)で彩色しているわりに、文字と地の(さかい)をはみ出したりしている。


其れを、一般的な接着剤みたいなもので石門に貼り付けてあるのだ。


やけに安直な造作である。




(ある)いは、家屋を囲う様にざんざんと立てたネコ()けのペットボトル―、


水を(みた)してあるのだが、其の水が茶っぽく変色している―、


また(みずくさ)類に似た、汚ならしい緑色の浮遊物が認められる―、


―、には魔除けを意味していそうな(いかめ)しい神札が貼ってあった。


偏執的な勢いで、一本ずつ()れもに貼付してあるのだ。




全体的に、『狂気』という言葉こそ()きづきしい。




されど、無人の家に特有の静謐も同時にある。


矛盾した話だ。


人為(じんい)の痕跡がこんなにはっきり漂っているのに。





私は静謐を欲していたのだろうか。


一体(いったい)、ひりひりした静けさに渇いていたのか。


どうしても、其の()に入らなくてはならない、という気持ちがした。支配された、と言って良いくらいだった。


渇望の様な感情。




 私は『地獄』()に足を踏み入れた。


()りガラスを配した日本家屋的な引き戸は、鍵も掛かっていない。


そもそも、ねじ締め錠の様な構造物は(よそお)わされていなかった。




植物的な香りがしていて、誰もいない居間に、円い座卓がちょんと在る。


馬酔木(あせび)かしら。


懐かしい匂いの気がするが、根源的な納得には至らず、頭の中に汗がさあさあ流れていく様な心持ちがした。


座卓のキラキラ受光する上面には、手垢()れした大学ノートが置かれている。


其のノートだけが異質と言おうか、周囲の空気にそぐわず、(さなが)流水(りゅうすい)中の石の様で、空間を歪めている気すらした。


私の手は、磁力に吸い寄せられる砂鉄の様に()かれた。其のノートを繰ってみる。


詩の様な短い文章が始めのページに記されていて、―





 私と言う事の、本質が太陽


 では私は、太陽を紛失した


 医師は白衣を着た猿、私が檻


 人々はインターネットの中で、自我を増長させて





―意味を結んでいる様な。いない様な。最初のページの文言(もんごん)其処(そこ)で途切れている。次のページをめくってみる。すると()う書いてある。





『 ―家門の表札に『地獄』とある。


―其んな物が目に入った。ほんのりと狂気。


十年くらい経年しているジャージを着て近隣をぷらぷら歩いていると、唐突に現れたのが其れであった。


(ちなみに此のミズノ製品のジャージは― 』





 ―以下にダラダラと牛の(よだれ)めいて続いてゆく文章は、此う閉じられていた。





『 ―私は大学ノートを読んでいる 此処で今 読んでいる 読んでいる私は本当に太陽なのか 存在しているのか 』





 ―戸外は祝福である様に燦々(さんさん)と晴れているのに、激しく雨の降る音がする。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ