第六十三話 封印
「先生って、なんかお父さんに似てるのだ」
皆と別れ、コウメと二人で樹海に向けて歩き出して暫くすると、俺の後ろを歩いていたコウメはそんな事を言ってきた。
「へっ、それは光栄だな。英雄と似ているなんざ悪い気はしねぇ。けど、そんなに似てるのか?」
「そうなのだ。なんだか後姿がそっくりなのだ。だから、こうやって二人で歩いていると、まるでお父さんと冒険しているみたいでうれしいのだ」
なんだかんだ言っても、コウメはまだ子供だな。
本当に似ているかどうかは分からねぇが、自分の父親と同年代位の男に対して、面影を探そうとしているのかもしれねぇ。
それとも、似ている面影恋しさに、俺を一目惚れしたと勘違いしたって線も考えられる。
その英雄を見た事無いから何とも言えねぇが、どっちにしても、気分的に複雑な反面、うれしくも有るか。
「そうか。まぁ今回の件が終わってたとしても、気が向いたらまた一緒に冒険に出掛けてやるよ」
「本当か? すっごいうれしいのだ~」
喜ぶコウメの頭を撫でてやると、とても嬉しそうにしている。
しかし、こいつ俺の父性を容赦無くグイグイ突いてきやがるな。
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「先生さっきから立ち止まって何してるのだ?」
「ん? あぁ、珍しい木々が多くてな。それを調べてたんだよ」
俺が時々立ち止まっては木に手を押し当てて居るのに気付いたコウメが不思議そうな顔して聞いて来た。
結構目敏いなこいつ。
「ふ~ん、そうなのか~。先生は学者さんみたいなのだ~」
俺の言葉をあっさり信じて尊敬の眼差しで見て来るが、勿論今のは嘘だ。
で、何しているかと言うと隠蔽魔法を使いながら魔力の杭を木に打ち込んでいる。
勿論目印の為にな。
しっかし、定期的に調査隊が来ていると言う話しだから、もう少し道が整備されていると思ったが、樹海の中には目印になる様な物は見当たらず、原生林そのままだ。
まぁ、ここに魔族が封印されているって事は秘密だし、下手に整地されていたらお宝目当ての不埒者に荒らされる事も考えられるし仕方無いか。
再封印の儀式も、一部の者以外には極秘らしいしな。
そんな訳で、こんな所で迷子になるのは勘弁して欲しいので、魔力の杭を木々に打ち込んでるって寸法だ。
隠蔽魔法で隠しているから、発動者の俺以外は王子やメアリ位しか感知はおろか、直接触ったとしても気付く奴はそうそう居ねぇだろ。
しかし、俺にはしっかりと場所が分かる。
足場さえ良かったら目を瞑ってでも樹海の外まで戻れるぜ。
今のところはまだコウメに俺の力の事は明かしていない。
信用していない訳じゃないんだが、こいつちょっと馬鹿だからな。
確実に俺の力の事を『僕の先生って全部の魔法が使える凄い人なのだ! でも、これは絶対内緒なのだ!』と他所でべらべら喋るのが目に見えている。
まぁ、もうちょっと大きくなって物事の分別が分かる様になったら教えてやろうか。
「とは言え、さすが禁足地指定の樹海だな。改めて見ると街の近郊じゃお目に掛かれねぇ珍しい薬草がてんこ盛りだぜ。丁度良い。これをチコリーのお土産に持って帰りゃあ、先日の礼として十分だろ。これならあいつん家に行かなくて済みそうだ」
樹海に一歩踏み入れると、鬱蒼と生い茂った木々も相まって、この時間既にかなり薄暗くなっていたが、コウメが光の魔法を使い、辺りを照らし出してくれた。
それによって目に入って来たのは、超レア物の薬草の楽園だった。
そこら辺無造作に生えている草花の殆どが、薬草として強い効能を持っており、世界を旅した俺でさえ、記憶の中での母さんの薬学講義の時に見聞きした事しかない植物まで生えてやがる。
この手付かずな有様からすると、調査員達は薬学知識が全く無いか、この国……いや、この大陸では知られていない薬草達なのだろう。
これを薬にして売れば一財産築けるんじゃないか?
勿体無ぇこった。
しかし、作られた記憶にツッコミを入れるのは野暮なんだが、母さんは何処からあんな種類の薬草を大量に入手して来た設定になっていたんだろうな。
「ムゥ~。先生。チコリーって誰なのだ?」
俺が特に貴重な薬草を選定していると、コウメがどこか不満気にチコリーの事を聞いて来た。
恐らく、本来の薪拾いと祭壇探索の目的を忘れて別の事をし出したと思ったんだろう。
コウメは少し不機嫌そうにほっぺがぷく~と膨らませていた。
違うんだコウメよ。
俺に取っちゃあ、チコリーの母から俺の貞操を守る事の方が、魔族の事以上に重要な事なんだ。
「あ~覚えてないか? この前の件でギルドの演習場で倒れてた俺を介抱していた奴。あいつの実家は薬屋でな。お礼として薬草を持って帰ってやろうと思ってな」
あれ? この説明しても機嫌を直さないどころか、更にほっぺを膨らませたぞ?
「先生はそんなにそいつの事が大事なのか?」
「へ? いや、教え子って言う意味なら大事ではあるが……」
あっ、もしかしてこれ嫉妬か?
いっちょまえに自分の前で他の女の事を話をするなって怒っているみたいだな。
う~む折角上書きした洗脳がまた解けかけているのか?
あ~いや、そう言う恋愛的な意味とは限らねぇかもしれねぇな。
父の面影を追っている相手が、自分の事を放っておいて他の子の事を優先するなんてのはそりゃ機嫌が悪くなっても仕方無ぇ。
さすがにデリケートが無さ過ぎたか。
俺だって、もし父さんが俺の事より、他の奴の事を優先したら面白くないだろう。
コウメはさっき俺と冒険行くのをあんなに喜んでいたんだ。
こりゃ悪い事したな。
「すまんすまん、逆なんだよ。あいつの母親がちょっと苦手でな。家に行くとどんな目に遭うか分からなくてな。行かなくていい方法を考えてたんだ」
コウメは俺のこの説明で何かを察したらしく、膨らんでいた頬も萎んでいき笑顔が戻って来た。
「分かったのだ! そう言う事なら僕も手伝うのだ!」
どんな察し方をしたのか謎だが、まぁ機嫌が直ってくれてよかった。
とは言え、そろそろ暗くなりそうだし薬草採取は明日で良いか。
それに、これはコウメとの冒険だしな。
「ありがとうよ。それよりすまん。薬草採取は明日にして本来の冒険に戻ろうか」
「うんなのだ!」
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「先生! なんか石の柱が見えて来たのだ。もしかしてあれがそうなのかな?」
「あぁ、多分そうだろ。それにどうやら足元も既に石畳の上の様だ」
コウメが指差した先に、光の魔法によって木々の隙間から浮かび上がって来た石柱群が見えて来た。
石柱が見えて来た事で気付いたが、それまで結構凸凹だった徐々に地面が平らになって来ており、その硬さから堆積した腐葉土の下には石が敷き詰められている事が推測出来る。
その予想通り、先の方を見ると石畳が露出しておぼろげながら、道と言える様相を呈して来ていた。
周囲の石柱に目をやると、大きさは大小様々有るが全て五百年の月日による経年劣化で見るも無残な有様だ。
中には大きな木の幹から顔を覗かせている石柱も有り、恐らく近くに芽を出した木が、石柱を取り込む形で成長したのだろう。
そう言えば、元の世界でもこんな遺跡が有ったよな。
周囲がこんな状態で封印の祭壇は無事なのか? なんか心配になってくるな。
そりゃ綺麗に整備されていたら、宝目当ての盗掘者に荒らされたりして封印がいつ壊れるかたまったもんじゃねぇと言うのは分かるが、それにしても放置し過ぎだろ。
そんな事を思いながらぼろぼろの石柱群を眺めていると、奥の方が少し赤く光っているのが見えた。
どうやらコウメの魔法による強い光源が近くに有ったので分かりにくかったが、石柱群の奥には開けた場所が有る様で、そこから夕暮れの朱色が差し込んで来ているようだ。
「あそこが祭壇のある場所か……。コウメ、行くぞ」
「分かったのだ」
俺達は駆け足で祭壇が有ると思われる方に向かった。
「なっ! こ、これは……」
目に入って来た突然の景色に俺は目を疑う。
隣のコウメもさすがに普段の騒がしさは吹っ飛び、目を見開いて言葉を失っているようだ。
開けた先には、大理石の巨大な石柱群と、その奥にはどうやら祭壇らしき物が見える。
良く見ると祭壇の手前にある石柱群は何かを取り囲む様に円状に並べられ、地面には魔法陣みたいな物が描かれて、その中心に腰位までの高さの石積みの塔が有るのが分かった。
塔の天辺にはボーリングの玉ぐらいの大きさが有る丸い石が置かれている。
恐らくそれが封印の要石で、その石積みの下に魔族が封印されているのだろう。
そんな事よりも気になるのが、それらの建造物はまるで今しがた建立されたかの様に経年による劣化も見受けられないほど、夕日を反射して赤く光り輝いていた。
空が朱に染まっていなかったら、純白に輝くのだろう。
それに先程まで進むのにも一苦労な樹海だったにも拘らず、その周囲だけくり貫かれた様に木々は生えておらず、芝生の様な植物が敷き詰められた庭園の様になっていた。
「王国が整備していたって言うのか? いや、そんなバカな……」
多少の整備は調査隊がするだろうが限度が有る。
女神が施した封印の祭壇だ。
しかも、それについての詳細は直接女神から言葉を受け取った建国者も意味が分からず、仕方無いから口伝と言う形を取っていたと言うし、こんな全体をリフォームした様な建て直しを行う事は、封印が解ける恐れが有る以上不可能な筈だ。
それに、見渡す限りこんな巨大な石柱を運び込んだ道が見えねぇし、何よりこれ程の大事業を最近行ったなんてのが、街で一切噂になってねぇのもおかしな話だ。
俺達はもっと近くで確認しようと、目の前の信じられない光景に止まっていた足を再び動かし、祭壇に近づこうとした。
ふにょん。
「え? なんだ今の感覚!」
開けた場所に足を踏み入れた途端、まるでゼリーか何かに体を突っ込んだ様な変な抵抗を感じ、驚きの声を上げた。
しかし、その抵抗を越えると、特に違和感は無く、普通に動く。
コウメも今の変な感覚に後ろを振り返り、抵抗感が有った場所を行ったり来たりして、その感覚を面白がっている様だ。
「魔力の反応は無ぇが、これ結界みたいな物か?」
俺もコウメに習い、手を抜き差しして確認したが、やはり違和感の有る地点の前後は普通の空間だった。
言葉の通り、魔力は一切感じない。
だが、結界である事は間違いないと言える。
何故かと言うと、こんな樹海の中なのにこの空間の中には落ち葉が一切見受けられなかったのに気付いたからだ。
となると、考えられるのはただ一つ。
神か魔族、どっちの能力の所為かは知らねえが、この空間の中心にあるあの石積みの塔を起点として、違和感の有った位置まで結界が張られ、その中の時間の流れが止まっているのだろう。
そして、その結界は落ち葉や動植物の侵入を許さない物の可能性が高いと言う事だ。
下手したら、調査員達もここに入った事は無いのかもしれないな。
何らかの条件をクリアしている人間のみが立ち入る事を許される空間。
だから、この空間外の場所は放置状態だったと言う事か。
アメリア王国の場合はこんな結界が有ったのかは知らねぇが、少なくとも封印の所為で西の土地は荒野となっていた。
女媧は大地と瘴気を操る能力を持っていたから、荒野だったのかもしれねぇな。
そして、この魔族は時を操るだったか……、ならこの異常な状況も有る意味納得だ。
どうやら封印の土地はその魔族の特性を現すと言う事なのだろう。
今後、この情報は役に立つかもしれねぇ。
逃亡の最中に、異常な土地に関して見聞きしたし、その幾つかは封印の地である可能性が高い。
毎回王族の世話になる必要も無くなるかもしれん。
この中に居たら浦島太郎の様に外に出た時に数百年の時が経っていたなんてのは御免なので、一応実験として、落ちていた木の実を持って手だけを結界の中に入れ、木の実を放り投げてみた。
もし時間の流れが違うのなら、外からその木の実を見ると空中に止まって見える筈だ。
しかし、木の実はそんな様子も無く、普通に地面に落ちた。
どうやら仕組みは分からないが、時間の進む速さが違う訳ではなく、その土地が五百年前に固定されているだけの様だ。
よく考えたら、時の流れが違うのなら百年毎の再封印の儀式で分かっただろうし、国王もそれに付いて言及していただろう。
俺達は安心して再び結界の中に足を踏み入れた。
コウメは目の前の建造物に興味津々と言った顔で中央の魔法陣の方に走り出す。
「おいコウメ! 見るだけだぞ! 絶対触るなよ」
「分かっているのだ!」
俺の注意に元気良く返事をしたコウメだが、本当に分かってるのかね。
少し心配になったが、それよりも、離れてくれている間に、この祭壇について鑑定させてもらおうか。
空を見上げると、夕暮れと言うより既に夜の帳が下り初めており、すぐに暗くなるだろう。
魔力の杭のお陰で迷う事は無いだろうが、皆を心配させるのも悪いし、今日の所はちゃっちゃと終わらして帰るとするか。
「アナライズ」
俺は祭壇全体に向けて鑑定の魔法を掛けた。
聞こえてきた声は……、初めて聞く声だ。
若い男性の声だが、記憶を探っても心当たりが無い。
知らない声も流るのか、俺の仮説は外れたな。
しかし、なんか何処と無く癇に障る喋り方だ。
軽い感じで、人を小馬鹿にしている様な口調と声色。
今までの鑑定では感じた事の無い違和感に少し驚いた。
「まぁ、そんな事はどうでも良いか。それより鑑定結果だ」
ムカつく声が言うには、確かにこの祭壇は封印の為の物で、この下には魔族が眠ってるのは間違いない様だ。
口伝の通り封印は目の前にそびえ立つ火山の地脈の力を利用しての物で、それにより今までこの火山は噴火しなかったらしい。
ただ、一つ口伝の話とズレていたのは、封印者自身は勇者の手による物となっていた。
まぁ、その勇者が建国者だった可能性も有るんで、一概にズレている訳でも無いかも知れねぇが……。
あと、この封印を掛けたのが勇者で有るのと同時に、封印を解けるのも勇者だけだと言う事が分かった。
俺でも無理らしい。
「なるほど、口伝の中に勇者が出て来たのはそう言う事か。神の使徒で有る俺でも扱えない封印だから勇者が必要だったんだな」
それ以外は特に重要な情報は無く、鑑定の声もその説明を終わろうとしていた。
魔族の倒し方なんてのを期待したが、そうそう楽は出来ないらしい。
これは王子の調査結果を当てにするしか無さそうだな。
そんな事を、思いながら鑑定の声を聞いていると……。
『じゃぁ、頑張ってよね。ヒヒヒヒ』
「なっ! 今喋ったのか?」
そう、今までは有り得ない。
淡々と喋るだけの筈の鑑定魔法の声が、最後に俺にエールを送ってきた。
こんな事は今まで無かった!
もしかして今のは空耳か?
それともいつの間にかコウメが近くまで来て俺に声を掛けて来たのか?
いや、しかし……。
そう思い、振り返ろうとした時──。
ゴトリ
背後から何か重い物が地面に落ちた様な音が聞こえて来た。
それは少し離れた場所だ。
先程コウメが走っていった魔法陣中央の石積みの塔の辺り。
嫌な予感しかしねぇ……。
確信とも思えるその予感に、間違っていてくれと祈りながら恐る恐る振り返る。
振り返った視線の先には、恥ずかしそうな顔をしながら舌を出して頭を掻いているコウメが立っていた。
その足元にはボーリングの玉ぐらいの丸い石が転がっている。
そう、丁度石積みの塔の天辺に乗っかていた要石と同じ位の石だ。
いやいや、そんなまさか……ね? 石積みの塔の天辺には……、やっぱり何も乗っていないっ!
この封印は勇者しか解けない。
そして、コウメは勇者だ。
と言う事は……。
「てへっ! なのだ」
「『てへっ!』じゃねぇよっ!」
しまった! やっぱり一人にするんじゃなかった!
何の対策も無いまま封印が解けちゃったんじゃないのかこれ?
クソッ! コウメの奴、ドジッ娘属性も有りやがったのか!
神の奴め! だから、属性盛り過ぎって言ってるだろ!
書き上がり次第投稿します。