第六十四話 創造主
「コウメ! 今すぐそれ拾って、元に戻せ! あと紋章に封印方法を聞け!」
俺がそう叫ぶと、コウメは慌てて頷いて石を拾い、石積みの塔の天辺に乗せようとした。
しかし、どうやらもう遅いらしい。
周囲の空気がそれを物語っている。
突如辺りに風が吹き荒れ、それと共に幾枚もの落ち葉が視界中に舞い踊った。
結界内には外からの侵入が制限されている為、ついさっきまでこの中には葉っぱ一枚落ちていなかったのに。
これが意味する事は一つ、要するに結界が消え失せたって事だ。
『ハーーーーッハッハッハッーーーー』
何処からか大きな笑い声が響いて来た。
何処だ? いや、何処かなんて分かり切っている。
今コウメが立っている所の真下。
そう、封印の魔法陣の中からだ。
「コウメ! こっちに向かって走れ!」
俺はコウメに向かって叫ぶと共に走り出した。
コウメもその声に反応して俺に向かって走り出す。
戦うにしても、一時退却するにしても、コウメと合流しなければ話にならない。
なんせ時を操るなんて能力だ。
バラバラで居て勝てる筈もない。
クソッ! しくじった。
何の対策も無いままいきなり遭遇かよ!
やっぱり、俺一人で来れば良かったか。
……違うな、俺がしっかり子守していなかったからじゃねぇか。
いや、そんな後悔は後にすれば良い。
今は目の前の危機をどう乗り越えるかだ
『愚かなり、神の使徒よ。絶望の元に死ぬがよい』
また声が聞こえて来た。
笑い声だけじゃなくちゃんと喋るのかよ!
ギャーギャーと叫び声上げるだけだった女媧とはえらい違いだな。
あぁ、そう言えば、人間形態の時は喋るんだったか。
その声が響いた途端、要石を失った石積みの塔が弾け飛ぶ。
そして、地面の魔法陣を描いていた文様も炎を上げながら消えていった。
魔族が復活する! しかも飛び切りやばい奴が!
全力で俺はコウメ目掛けて走っていた。
コウメも俺に向かって走っている。
一般人を超越している身体能力の持ち主である二人なのに、その距離は何故か全然縮まらない。
まるで死の直前に見る走馬灯の如く、全ての物がスローモーションの様に遅く感じる。
この俺の本能が、この魔族に対してそこまでの恐怖を感じていると言う事か。
クソッ! 早く! 早くコウメの元まで……。
……いや、これなんかおかしいぞ?
この感覚は、恐怖によって時間が長く感じるとか言うのじゃなく、マジで時間が遅くなってないか?
まるで俺の意識だけ置き去りにして、時間が止まっていく感じだ。
ただ、それもそんなに長く持ちそうにない。
意識も徐々に遅くなっていくのを感じる。
これは奴の能力『時間を操る』って言う力の正体か。
目の前のコウメが必死な顔のまま空中で停止していた。
俺も体を必死に動かそうとしているが、もう一ミリも動かなくなっている。
但し、先日の女神降臨の時とは根本が違うのが分かった。
あれは空間自身が固定されたと言う感じだったが、今のこの感じは周りが加速していると言う感覚だ。
確かに『動いている』と言う事だけは分かる。
俺が意識を何とか保っているのは神の使徒の力のお陰なんだろう。
懸念していた通り、魔族の能力が効かない俺だが、時間を操る能力自体は世界全体を巻き込む為か、完全に無効と言う訳では無いようだ。
一番最悪なパターンだぜ!
意識は有るのに動けないなんて悪夢でしかない。
このまま成す術も無く殺されるって言うんじゃねぇだろうな?
神の奴等め! 能力バランス考えろ!
こんなの勝てる訳無ぇじゃねぇか!
神に辞世の文句を言っていると、何やら目の前をちらちらと黒い影があちこちせわしなく動いているのが見えた。
そう言えば、さっきから『キュルキュル』と音声を早回しした様な音が聞こえているのは、もしかして奴が何かを喋っているからなのか?
クソッ! となると、奴は既に封印から目覚め俺達の周りを動いていやがるって事じゃねぇか!
チッ、すぐに殺さないのは余裕の表れってやつだな。
ナメやがってっ!
その時、突然目の前に何かが現れた。
一瞬訳が分からなかったが、すぐにそれが魔族なのだろうと理解する。
視認出来たと言う事は、こいつはじっとそこで立ち止まっているんだろう。
しかし、あまりの容貌に俺は言葉を失った。
何故ならそいつは体毛と言う物が一切無く、皮膚はミイラの如く干からびて顔中ひび割れていたからだ。
しかも、その眼の有る位置には眼球は無く、ただ無造作に丸く闇が存在しているだけ。
まるでネット掲示板とかで良くあるビックリgif画像を見た時の様な衝撃だ。
いや、それの数十倍はびっくりしたと思う。
なんたって、目の前数センチに急にそんな化け物の顔が現れるんだぜ?
これならまだ女媧の方が全国ゆるキャラ選手権で入賞するのさえ可能だと思えるぜ。
正直、この世界に来て一番の恐怖を味わったと言っても過言じゃねぇ。
体が動くならむっちゃビビッて悲鳴を上げていただろう。
口だけは高速で動いている所を見ると何かを喋っているんだろうが、俺には『キュルキュル』としか聞こえない。
その口が不意に動きを止めた。
そしてそのまま、『にやり』と言う嫌らしい笑みの形を象った後、ゆっくりと手を伸ばして来て俺の首を掴もうとした。
文字通りゆっくりだ。
恐らく奴は俺の意識が有るのを知っていてわざとやっているんだろう。
もし今奴と同じ時間の流れに居たら面白いものが見えただろうな。
俺の意識速度に合わせて体をスローモーションの様に動かしている間抜けな姿がよ。
いくら俺でも無抵抗なまま首を絞められたら防ぎようが無い。
そのまま首の骨を折られるだろう。
あぁ、これで神のオモチャとしての俺の人生も終わりか……。
この世界に来てからは後悔の連続だったが、最近やっと楽しくなって来たんだがな。
残念だ……。
と、もう少しで俺の首に触れそうになった時、何故かそこで奴は手を止めた。
そして次の瞬間、その手がふっと消える。
いや、消えたのではなく、奴の本来の速度で手を戻したのだろう。
どうしたんだ?
そう思う間もなく、奴はまた俺の速度に合わせゆっくりと動き出す。
俺はその動作の意図をすぐに理解した。
その予想通り、奴はそのまま振り返り俺に背を向けて歩き出す。
やつの向かう先にはコウメが居る。
俺の目の前でコウメを殺そうと言うのだろう。
奴は一旦足を止め、俺の方に顔を向けた。
その口元には邪悪でいやらしい笑みを浮かべている。
その笑みでチコリーを殺そうとしていた女媧モドキの事を思い出した。
クソッ! 間違い無ぇ! あいつはコウメを殺すつもりだ!
まるであの時の再来じゃねぇか!
折角あの時は望む未来を掴めたのに、今度はどうしようもないとでも言いやがるのか!
俺の心の叫びを読んだかの如く、奴は満足そうな表情でまたコウメの方に顔を戻し歩き出す。
やめろ! コウメに手を出すな!
手を出したらお前を絶対殺してやる!
女媧モドキの時とは違い、止まった時間なんて状況だ。
距離なんか関係無い。
今度こそどうする事も出来ないのかと言う焦燥感と怒りに頭がどうにかなりそうなる。
今回はあの時の声の様な俺を助ける聞こえてこなかった。
どうすればいい?
どうしたらいい?
俺の焦りを嘲笑うかの様に、とうとう奴はコウメの前に辿り着き、もう一度こちらを振り返る。
その顔には先程と同じ笑みが浮かんでいた。
ここで初めて奴の身体全体を拝む事が出来たんだが、奴は裸で顔同様に体中ひび割れた姿をしている。
身体自身は背を向けている為、この角度からじゃ男か女かは分からないが、顔の大きさに比べ、全体的にやせ細った貧弱な体だ。
くそ! こんな軟弱野郎に俺は、そしてコウメは殺されるのか!
奴は顔を正面に戻すと、俺に見せ付けるようにゆっくり手をコウメに近付ける。
焦りだけが募り、心の中には奴を罵る言葉で埋め尽くされた。
ん? あれ?
焦りが頂点に達した時、俺は目の前の違和感に気付いた。
ずっと固定された視界に映っている奴に意識を集中させていたのだが、最初より見えている角度が変わっている気がする。
なぜかと言うと、カメラのピントがズレたかの様に見えている物の焦点が明らかに変わり、奴の姿がぼやけ出したからだ。
視界の隅に見える腕の位置も少し変わっている気がする。
これは時が止まった中で意識が有るだけの状態かと思っていたが、もしかして身体も動いているのか?
ただ単に意識に比べて身体は遅いだけで。
そう言えば、身体が動かなくなった瞬間の感覚……。
あれは女媧モドキを倒した時の、ブースト効果によって置き去った時間軸に戻る際に感じた感覚と同じ物だった。
と言う事は、もしかして……?
思い立った俺は隠蔽魔法で隠しつつ、女媧モドキの時の様に高速で自分に様々な個別ブーストを掛ける。
意識が有って良かった。
お陰で魔力を魔法に転換出来る。
詠唱が出来ない分、魔力消費は膨大になるが、そんな事俺には関係無い。
ブーストを掛け続けていると、だんだんと奴の動きが遅く感じるようになって来た。
そして、『キュルキュル』と聞こえていた奴の声も徐々に認識出来る速度に落ち着いてくる。
「フフフフ、神の使徒め、悔しいだろう。目の前で仲間が殺されるんだからなぁ。それに我を封印出来るのは勇者だけ。今こいつを殺し、そしてお前を殺したら、我の復活を知る者は居なくなる。他の勇者達も一人残らず殺しつくしてやる。そうすれば誰も我を倒せる者など居なくなる。そして世界はこのクァチル・ウタウス様の物となるのだ」
……こいつ、こんな事言ってやがったのか。
まるで負けフラグの立った三下が吐くセリフみたいだな。
ベラベラと誰も聞いていないってのに独り言の多い野郎だぜ。
しかし、こいつ自分の事をクァチル・ウタウスとか言ったか?
舌を噛みそうだが、それがこの魔族の名前なのか?
読んだ本やゲームでもそんな名前の奴は全く聞き覚えが無ぇな。
別の世界の輸入品かもしれねぇ。
まぁ、今はそんな事はどうでもいい。
動ける様になった奴の時間軸の中、やる事は一つ。
奴は油断してるし、今がチャンスだ。
俺は全速力で走り出し、腰の鞘から剣を抜き振り被った。
その音に驚いた奴が慌ててこちらを振り返ったが、もう遅い。
驚愕の表情を浮かべている奴を尻目に、先程までの怒りを込めて力の限り袈裟切りに剣を振り下ろした。
ザクッ!
奴の身体を切り裂く感触が、剣を通して俺の腕に伝わって来た。
切り裂いた奴の身体からは血が噴き出したのが見える。
それと共に奴の口から断末魔の様な悲鳴が上がったのを聞いた。
よしっ! このまま身体を真っ二つにしてやる!
そうすりゃ勇者が必要とか関係無しにさすがに死ぬだろ。
スカッ!
え? なんだ? いきなり抵抗が無くなったぞ?
奴の身体を切り裂いていた感触が、肩口を越えた所で急に無くなり、剣はそのまま空を切った。
俺は慌ててその剣を確認すると、驚いた事にその刀身はボロボロに錆びて腐食しており、剣先は消え失せている。
それどころか、みるみる内に鍔までその腐食が到達し柄まで浸食しようとして来た為、俺は慌ててそれを投げ捨てた。
元俺の剣だったガラクタは地面に落ちる前に塵となって消えてしまった。
「何だこれ? これもこいつの能力か?」
今起こった事に驚きながらも、すぐに奴の姿を追う。
すると、先程の奴を切り裂いた感触自体は幻覚では無かった様で、奴自身苦痛に顔を歪めて肩の傷を抑えて蹲っていた。
どうやら攻撃自体は効いていたようだな。
「神の使徒め! 何故だ! 何故我が能力の中、動けるのだ!」
奴自身も剣が消え去ったと言う俺の動揺と同じく、俺が動いた事実に対して驚いている様だ。
その虚空の双眸が俺を忌々し気に睨み付ける。
「そりゃ神の使徒だからだろ? それよりもお前、さっきはよくも俺の事をおちょくってくれたな。覚悟しろよ」
「クッ! バカな! 私の時を操る能力は神の使徒にさえ効くと言われたのだ。そんな事有る筈が無い!」
『言われた』?
今こいつはそう言ったのか?
「現実を受け入れろよ。それより、誰にそんな嘘を教えられたんだ?」
実は大体の想像は付いている。
今の言葉遣い、明らかに目上の者に対する物だった。
先程こいつは、この世は自分の物とか言い放ったんだ。
そんな尊大な態度の奴より、目上って事は考えられる存在は一つだろう。
「そんな事決まっているだろう! 私の創造主である『ロキ』様だ」
奴の口から、想像通りの名前が零れ出たのを聞いた。
このふざけた世界『ラグナロック』の命名主であり、こいつだけじゃねぇ、この世界の魔物達の全ての創造主。
ロキの名を。
書き上がり次第投稿します。




