見えない敵との戦い 二十五
2026年9月25日
麻木は空を飛んでいる鳥を見ていた。地面はなかった。麻木の足元にあるのは水面で、他は何もない空間だった。その空間の中を一羽のカラスが飛んでいた。カラスは飛んでいるが、その場所から動かない。羽根をはばたかせているが、宙で止まっている。
「これがまた見つけるのが面倒な影なんだよな」
麻木がつぶやくと主人の声が空から聞こえた。
「油断しちゃダメだよ。捕獲はそれなりに大変だからね」
「そうですよ。わかってます。だからこれで8回目ですよ。動かないのに捕まえられない」
「こいつは見えているものが本体じゃないね。何度かやってもらってわかったことはそれだけじゃない。足元見てごらん。あいつの。なにも映っていない。この場所って、よく見たら鏡写しで下の水面に姿が映ってる。麻木君、自分の足元を覗き込んでごらん?」
そう言われて麻木は自分の足元を見た。水面には反射した自分が映っている。
「ふーん。あれは実体がない、最初からってことですか?」
「目に見えているものが僕たちが捕まえたい影とは限らない。目に見えているものは幻じゃないけど幻ということ」
「投影しているということなのはわかる。この水面の下は行けなかった。潜れる水面じゃない」
「そうだね。つまりこの場所のあのカラスの影の本体って、この水なんじゃないかな」
「…はいはいはい。なるほどね」
「だから、とりあえずあのカラスに惑わされず、この空間の大きさを調べようか」
麻木は主人の指示の通り、空間の大きさを計る。大体カラスを中心に半径50mほどの四角い空間だとわかった。
「水の深さは1㎝ぐらいか。100×100×1だよ。大体10,000ℓ かな。その量の敵だね」
「それだけの人を不用意に使ったということですよ」
この水は心象風景ではなかった。この水がこの技の源ということ。
「じゃあ俺はバケツ用意しないとだから、あとは任せるよ」
「…わかりました」
麻木はカラスの影に向かって閃光を放った。すると自分の前に大きな影が現れた。すべての水をまとうように水面から起き上がるように現れた。これが本体である。
「なんでカラスを守る?」
目の前の水の巨人が麻木に向かって手を伸ばした。あの手に捕まると水中に引きずり込まれるのと一緒だった。巨人に捕まらないようにして、宙に浮かぶカラスの本体をしている水の中心を探す。
「なんで水面にカラスの影は映らなかったんだろう」
腕を伸ばしてくる水の巨人を避けながら麻木はつぶやいた。麻木は水の巨人の攻撃を避けながらカラスの方へ走った。案の定、水の巨人はすぐにカラスの前に立って麻木の進行を阻止する。
「つまり、たとえあのカラスが虚像であろうと、この水の巨人を作り出す仕掛けなんだよね」
麻木は水の巨人の動きを止めることに注力した。残念ながらどんな攻撃も、形を持たない水の巨人に効果はない。麻木がするべきことは、あのカラスに触ることだった。そのためには、あの水の巨人のこの無敵を作り出している水の床をどうにかするべきだった。一瞬で移動をしてくる。それをどうにかしたかった。麻木はポケットの中から深緑色のハンカチを取り出した。ハンカチを広げると水の床につけた。すると水面が、ハンカチの深緑色が染み出るように染まり、広がっていった。
「本当はこれはあんまりやっちゃいけない。だけどこれしかない。許可はきっと降りる。だからやってもいい」
麻木はハンカチの上に手を広げる。麻木の指にヒリヒリとした感触が広がった。
「楽しくって仕方がない!」
麻木の言葉で水面がすべて深緑色になった。この深緑色は麻木の心の色だった。
「かなりぎりぎり。そしてもう一度、閃光」
麻木は水の巨人に向かって閃光を投げた。水の巨人は閃光を隠すために麻木の閃光に近づいて光を消した。今度は水で出来た身体を引きずるように進んでいた。もう一度、閃光を水の巨人の3mほど手前になるように投げる。また閃光を隠すために水の巨人は光に近づいて消した。そうやっていくつも閃光を水の巨人の目の前に放ってカラスから遠のかせていった。やがて麻木は安全にカラスの前までやってくることが出来た。
「これでおしまい」
麻木はカラスに触れることが出来た。飛んでいたカラスは水面に落ちた。落ちたカラスは白い鳩に変化した。カラスが消えると水の巨人の形が崩れ、そして鳩も水の中に沈んでいった。
麻木が目を覚ますと部屋の中にいた。あの水の空間に行く前に眠っていた部屋だった。側にはいくつもバケツが用意されていて、その中の水の8割は深緑色をしていた。麻木は手に何かを持っていることに気づいた。手のひらを広げると議員バッチがあった。これがカラスの正体だった。




