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雪と影の執行記録 ~不要と言われた補佐官と、孤独な執行官~  作者: 散り桜


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第一章 第三話:北500メートルの浜の町で起きた事案

 浜に到着した雪月は、想像していたよりしっかりとした町があることに驚いていた。砂浜に沿うようにして建物が並んでおり、見える限り20はある住居のほか、飲食店や雑貨店、映画館まで備わっている。軍の兵士の休養と娯楽を目的とした町だ。店舗の従業員は民間人であるが、利用者は軍関係者がほとんどだ。前線である町に民間人を置くことへの議論はあるが、軍で娯楽を提供することの難しさから、優先的に避難させることを条件に配置が認められている。なお、命をかける軍人が使う金額は高額になりがちなため、企業はこぞって軍人街への進出を狙っていたりする。昼間にもかかわらず、どこからか酒と料理の匂いが漂ってきた。


「思っているより栄えているのですね」


「軍人の息抜き場だ。命をかけているんだ。休日にこれぐらいは許されてもいいだろう」


 東雲の目が町を流れるように確認していく。不審な動きはない。いつも通りの軍人街だ。


「しかし、軍人なら夜間は町にいないのでは?」


「ここは遠くの部隊からも長期休暇で来ていたりする。そういう事情もあって夜間でも比較的明るくてな。それに緊急時に限っては、監視や避難誘導といった非戦闘行為に協力する義務もある」


「そうなると浜の警戒は……」


「警報が発令された時点で、訓練された軍人が動くことになる」


「侵入者にとっては地獄ですね」


「軍人が数百人ほど常駐している町で報告がないんだ。この町の可能性は低いだろう」


 東雲はそう断じながらも、視線は町の端まで丁寧に走らせていた。雪月もそれに倣い、周囲を確認する。休暇中らしき兵士が数人、店の前で談笑している。酒の入った笑い声が遠くから流れてきた。のどかな光景だ。少なくとも、緊張した様子は見受けられない。


 戦時下ではなく、あくまで平時の警戒態勢。ここに不審者が紛れ込めば、それだけで浮いて見えるだろう。雪月はそう分析しながら、東雲が何を見ているのかを観察し続けた。視線の動かし方、立ち止まるタイミング、確認する順序。どれもが無駄なく、自然だ。長年の経験が染み込んでいるのだと感じた。


 町の端に、浜へ続く道がある。砂混じりの風が吹き抜け、東雲の黒髪をわずかに揺らした。雪月も同じ風を受けながら、潮の匂いを感じた。不審船が発見されたのは、この海の向こうだ。今もまだ、その痕跡がどこかに残っているかもしれない。海は穏やかで、昼の陽光を受けてきらきらと光っている。昨夜あの海で何があったのかを、想像することすら難しかった。


 しかし東雲さんはこうして動いている。昨夜の出来事から朝一番で呼び出され、移動して、今ここに立っている。その事実だけが、昨夜の海が現実だったことを静かに語っていた。


「では予定通り南の崖へ行きましょう」


 雪月はさっさと移動するつもりだった。目的地は南の崖だ。確証も近い。早く確認したい。しかし東雲は、


「そう急ぎ足になるな」


「どういうことですか?」


 雪月には東雲の考えが読めない。この町は可能性が低いと言ったばかりだ。ならば早く次へ向かうべきではないのか。焦りが顔に出ていたのか、東雲がこちらを一瞥した。


「さて、今は何時だ?」


「14時を少し過ぎたところですね」


「俺たちは朝早く呼ばれてここに直行してきたわけだが……」


「なにか問題が……」


 そう雪月が呟いたその時。


 ──ぐぅぅ~~~。


 ……沈黙が流れる。


「あっ……えっと……これはですね!?」


 雪月は焦りだす。顔が熱くなるのがわかった。よりにもよって、こんな場面で。そういえば朝から何も食べていなかった。任務に集中するあまり、完全に失念していた。いや、それにしても間が悪すぎる。東雲は、年相応の女の子だなと思っていた。


「この町は前に来たことがあるからな。おすすめの店がある。ついてこい」


「……はい」


 東雲は迷いなく路地の奥へと歩いていく。表通りとは違い、人の少ない裏手だ。兵士の姿もなく、風が砂を舞い上げるだけだった。看板もなく、一見すると民家にしか見えない建物の前で東雲は足を止めた。古い木の扉に、かすかに料理の匂いが染みついている。雪月には、ここが飲食店だという確信が持てなかった。それでも、東雲が躊躇なく扉に手をかけたのを見て、後に続く。


 扉の向こうは薄暗く、静かだった。外の明るさから急に暗がりに入ったせいで、一瞬目が慣れなかった。客の姿はなく、奥の厨房からだけ、かすかに火の音が聞こえていた。木の床板が軋む音、食器の重なる音。生活の気配だけが、静かにそこにあった。東雲が躊躇なく奥へ進んでいく。慣れた足取りだ。以前にも来たことがあると言っていたが、こんな場所を知っているとは、と雪月は改めて思った。


 歩きだした東雲の背中を追いながら、雪月は腹の音が響かないよう祈るしかなかった。飯を食べて調子を戻してくれることを願う東雲であった。

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