第一章 第十話:職務執行
シュパパパパパ……シュパ……。消音器で抑えられた銃声が連続して鳴り響く。薄暗い廊下に人影が倒れていく。唐突に現れた東雲と雪月に動揺する敵を、二人は連携して無力化していく。東雲が前へ出て敵の注意を引き、その隙に雪月が側面から射撃する。連絡の時間を与えないよう素早く、的確に。壁に背を預け、角を確認してから進む。その繰り返しだ。5分もすると、東雲と雪月、そして重傷を負った工作員が出す物音以外はなくなった。埃と硝煙の匂いだけが、静まり返った建物の中に漂っていた。
「対応終了。初めての実戦にしてはいい腕だ」
「ありがとうございます」
何度も訓練を重ねてきたのだろうが、初めて人を撃つ瞬間には躊躇が生まれるものだ。それなのに雪月は落ち着いていた。訓練では再現できない射撃状況や距離では外れ弾も多かったが、それもすぐに修正されている。新兵がやりがちなトドメも忘れていない。
「しかし、かろうじて生かしておきましたが話せますかね?」
「話させるさ」
そう言いながら、この戦闘の中で負傷に留めておいた工作員に向き直る。
──15分前。
「東雲さん?……どうしましたか?」
「……雪月、逆探に反応は?」
「その報告をしようとしていました。反応ありです。方向はあの建物、電波強度はこの探知機の最大値です」
「種類は?」
「衛星ですね」
「やはりか」
「なにかありましたか?」
「衛星アンテナが設置されている」
「どこですか?」
「あの屋根が崩落している部屋、左から3番目の窓枠から見える」
「……私の位置からでは見えませんね」
雪月と東雲は2メートルほど離れてうつ伏せになっている。その差だろう。東雲は雪月にこちらへ来て見るよう伝えた。
「……確かに、超高高度用通信アンテナですね」
「大陸外と通信する必要があるということだな」
そう言うと東雲は無言で小銃の動作確認を始めた。
「どうするんですか?」
「急襲する」
「……お供します」
5分後、建物の周辺に生命反応がないことを確認し、銃器を構えて建物の入口へ近づく。音を立てずに侵入した。通信を行わせる暇すら与えないよう、容赦なく敵を撃ち抜いていく。
「ファーストフロアクリア」
「上階に追い込む」
「了解」
異変を感知した敵を上階へ追い込んでいく。想定以上の速度で侵攻する二人に、敵は対応しきれていない。そして最上階に到達した。部隊のリーダーと思われる人物を視認した瞬間、雪月が射撃する。床に倒れたが、息はある。東雲は残りの者たちを無言で処理した。
「しかし、かろうじて生かしておきましたが話せますかね?」
「話させるさ」
そう言い、生き残らせたリーダーらしき者に近づいていく。重傷の身体でこちらを睨みつけてくる。部屋には血の匂いと静寂だけが残っていた。
「それで、君はどこから来たのかな?」
東雲は静かに、しかし有無を言わさぬ口調で切り出した。しゃがみ込み、工作員の目線に合わせるようにして顔を近づける。
「黙っていても何もわからない。名前は?」
何も答えない。お前に言うことはないという目だ。東雲はそれを意に介さず、ゆっくりと立ち上がった。
「そうか。なら便宜上、クソ野郎と呼ばせてもらおう」
敵は何を言っているのかわからないという顔をする。
「それじゃあクソ野郎。お前は何をしに来たのかな?」
それでも口を噤む。よく訓練されているようだ。東雲は部屋をゆっくりと歩き回りながら、視線だけを工作員に向け続けた。
「そうか。なら下の階で死にかけているやつを拷問するか」
ただ睨みつけられる。生き残りなどいるわけがないという目だ。
「死なない程度に生かしながら話させるのは、難しくない」
東雲の声に感情はなかった。それがかえって、言葉に重みを与えていた。敵が明らかに動揺する。本当に生き残りがいるのかと表情が語りかけてくる。そして同時に、そういった技術を持った連中の存在を知っているようだ。仲間思いらしい。向いてないな。
「さて、クソ野郎は本当のクソ野郎になるのかな?」
ニヤつきながら相手を見据える。動揺が動悸に変わっていく様子が見て取れる。
「正直に話すなら、生きている仲間は助けてやろう」
思考を与えるほどの猶予は与えず、しかし徐々に追い込んでいく。東雲は一歩、また一歩と工作員へ近づいた。
「俺たちは……お前たちの言い方では……六宝星所属だ……」
「東雲さん、六宝星とは?」
「連盟、すなわちトリステを構成する独立国家の一つだ。レズモスがもともと国家の集まりであったように、トリステも国家の集まりだということだ。ただレズモスが統廃合を繰り返したのとは違い、トリステは俗称であり実のところは独立国家を総じて呼称しているに過ぎない。六宝星はその中の一国だ」
「確かにそんなことを教育で言われた気がします。俗称のイメージが強すぎて忘れていましたが……」
今の世の中では外に関わる者しか知らないし、興味もない話だ。気軽に外へ旅行に行けるわけでもないからな。だからこそ、雪月の反応も理解できる。
「それで、目的は何だったんだ?」
「第4エリアへの……工作支援……」
「第4だと?第3ではなく?」
工作員が頷く。第4エリアへの支援工作で上陸するにしては、第3エリアは遠すぎる。つまり……。
「あの騒動自体が囮……。お前たちはおまけか?」
再度、工作員が頷く。もう息も絶え絶えだ。
「目的はなんだ?」
「目的は……知らない……。お前も同類……わかる……だろ……?」
情報の細分化。必要なことしか知らされていないか。当然だな。東雲は息絶えようとしている工作員へ瞬時に銃口を向け、引き金を引いた。
「……帰るぞ」
「終わり……ですか?」
煮えきらない感情が透けて見える。ここまで追い詰めて入手した情報がこれだけだからな。
「ここにもう用はない。一旦街に戻って報告だ」
雪月へ声をかけ、来た道を歩き始める。ふと足を止め、息を奪った工作員へ振り返った。
「約束通り、生きている仲間は助けてやろう。……生きているやつがいればな」
東雲は再び前を向き、歩き出した。崩れかけた廊下を抜けていく。足元には砕けたコンクリートと土埃が積もっており、一歩ごとに小さな音を立てた。窓枠のない開口部から外の光が差し込んでいる。生臭い空気と硝煙の匂いが混じり合う中、出口の光だけが妙に清潔に見えた。雪月はその背中を一瞬だけ見つめた。今日、この人は何人もの命を奪い、そして一切迷わなかった。恐ろしいとは思わなかった。ただ、この人の隣に立つには、まだ遠いと感じた。雪月は小さく息を吐いて、東雲の背中を追った。外の光が、二人を包んだ。




