治験病棟3
22
「そんな馬鹿なことがあるか、貴賓室から逃げ出し、その上、取り逃がしただと」
アダムスはスコッチのグラスをサイドテーブルに叩きつけ、ソファから立ち上がった。
「申し訳ありません。敵は貴賓室の窓を破壊して押し入り、警備兵を無力化。その後、非常階段で外に逃亡しました」
申し訳なさそうに警備主任がアダムスに報告する。
「それで、敷地外に逃げられたのか?」
「いえ、敵と保護対象者は非常階段を使って逃亡中です」
「阻止しろ。屋外での発砲も許可する」
「しかし、日本警察に感づかれます」
「構わん。政治ルートで抑える。ともかく、逃がしてはならん」
「了解です(ウーオーツ・サー)」
警備主任が回線を切ろうとするのを、アダムスは押しとどめた。
「アネックスには治験の協力者がいるな。そいつらも出せ。もともと荒事の連中だ。人数は多い方がいい」
警備主任は了解の旨を伝えると回線を切った。治験協力者は十五名いる。それだけの人数がいれば、逃すはずはなかった。
優貴は約十五階分の非常階段を一気に降りた。莉愛を背負っているが重さなんか気にならない。莉愛は羽みたいに軽いに決まっているのだ。
三階のドアの前で、優貴は下を見た。一階には待ち伏せがあるに違いない。ここから飛び降りることが出来れば、外に逃げられる。
「ちっ」
地上の中庭から閃光が走った。バックファイヤーのような音が夜の広尾に響く。着弾に手すりや踊り場が火花を散らす。
優貴は慌てて顔を引っ込めた。ドアを開け屋内をのぞく。廊下の照明は落ちている。常夜灯だけだ。
優貴は背中越しに中を覗いている莉愛を見た。
「怖いか?」
「ううん。怖くないのだ」
「おれがいるからな」
「そうだ」
優貴は莉愛の躰をゆすり上げた。莉愛がしがみ付いてくる。心地よい圧力だ。
腰をかがめて潜入する。消毒液の臭いが鼻を衝く。医療区画なのか?
廊下を右へ進む。片側が全面ガラス張りになっている。窓を撃ち抜いて飛び降りてやる。
窓外の廊下の中ほどの下に玄関ホールが見えた。ここがビルの正面だ。あそこなら飛び降りやすい。
優貴は玄関ホールの直上まで来ると、莉愛を下ろした。
「耳塞いでな」
莉愛は廊下の幅いっぱいまで下がると両手で耳を塞いだ。優貴は莉愛の前に立って、ルーポロッソを窓に向け、構える。
「ん?」
次々と金属音が響いた。電子錠の外れる音だ。
左右に広がる廊下のドアが開き、なかから人影が現れた。男も女も、若いのも中年もいる。多士済々と言ったところだが、共通するのは一様に体格がいいことだ。一様に一八〇以上、二メーターを越えるやつもいる。
優貴は莉愛をかばうために壁際に下がった。背中に莉愛の体温を感じるが、鼻の下を伸ばしている時間はない。窓に向けていたルーポロッソを右に向けながら、左右交互に視線を走らせ牽制する。
貫頭衣のような病院服を着た男が進み出た。拳を握ってバギバギと音立て、次いで手首を振る。やる気満々だ。
「なんだか夜中に起こしちまったみたいだけど、このまま見逃してくれっかな?」
男は優貴の言うことを無視した。「お前が誘拐犯か?」ととんでもないことを言いやがる。
「人聞きの悪いこと言うなよ。HR(人質救出)さ」
「ぬかせ」
男がさらに前に出る。
「おっと、こいつはモデルガンじゃないんだ。それ以上近づくと痛いよ」
「構わねぇさ。そんなもん痛くもかゆくもねぇ」
「ちっ」
優貴はルーポロッソを男の太腿に向け、引き絞った。轟音がして、男の太腿からぱっと血が噴き出した。ほら、言わんこっちゃない。
だが、男は平然と優貴を見た。
「俺らにそんなものは通用しないんだよ」
そんなばかな話があるか。45ACP弾だぞ。
男は優貴の隙を逃さなかった。突進し距離を詰めるとそのデカい拳でルーポロッソを払う。
「くっ」




