貴賓室
21
優貴はにっこりと笑ってみせた。その笑顔にようやく莉愛の表情が緩む。
「美人は笑ってないとな」
「そんな」
優貴のあけすけな言葉に莉愛のの頬に少し赤みがさした。
「田村さんは口が上手いのだ」
「おれは思ったことしか言わないって、言わなかったけ?」
「えへへ。美人って言われちゃった」
莉愛の薄茶色の瞳が笑顔で隠れる。
優貴も鼻の下を伸ばして笑顔になった。こういうのは嬉しいものだ。
だが、鼻の下を伸ばすいい時間は長く続かない。
無粋なノックが寝室のドアを揺らす。
「ちっ」
お邪魔虫め、馬に蹴られて死んじまえ。
「前田さん、いますね。さっき大きな音がしました。開けますよ」
言葉は丁寧だが、有無を言わさぬ声がドアの外からした。鍵穴にカギを入れる音が続く。
一瞬に不安な顔になった莉愛が優貴を見上げた。そんな顔するんじゃない、おれがついてる。
優貴は屈むと莉愛の脚と脇の下に腕を入れた。ひょいっと抱き上げる。
「あっ」
いきなり抱え上げられた莉愛がまじかに迫った優貴の顔を見た。
「行こう」
莉愛は頷くと両手で優貴の首に齧りついた。
優貴はドアが開くのを待ってはいなかった。先制攻撃よろしく、ドアを蹴りつけ、外に飛び出す。
「悪いね」
ドアに弾き飛ばされ、尻餅をついた二人の男の顎を優貴は次々に蹴り上げる。
ふたりともあっさりと白目を剥いて倒れた。廊下に通じるドアを抜け、廊下に飛び出す。絨毯敷きの広い廊下が左右に伸びている。
優貴は左に向かった。大理石の階段が見えたからだ。
大理石の階段を駆け下りたところで、館内放送がガナリ始めた。意外に早い。侵入者の即時無力化を各員に要請している。
「即時無力化ってのはいただけないねぇ」
優貴は二階分下がったところで、莉愛を下ろした。ベルゲンを下ろし、莉愛に背負わせる。
「こいつは抗弾力がある便利なモンでね。ちっと重いのは我慢な」
「うん。でも田村さんは?」
「おれは大丈夫。正面からおれに当てることが出来る奴なんていやしない」
優貴は中腰になって背中を向けた。肩越しに莉愛を見る。
「大丈夫。あたし、歩ける」
「ダメさ。そんな白い顔して。それにおれが背負った方が速い」
優貴が強く頷くと莉愛も頷いた。素直に優貴の背中に乗り、目を閉じる。
優貴は莉愛を背負うと廊下を覗いた。今までの絨毯と違ってリノリウム張りのオフィスのような廊下が伸びている。
「とまれっ」
誰何する声がした。降りて来た階段の上と下からだ。
「来たな」
優貴は廊下に飛び出した。左に走る。突き当りに非常階段が見える。外に出ればなんとでもなるはずだ。
背後から制止する声がした。止まれと五月蠅いが、もちろん、はいそうですかと止まるつもりはない。優貴は足に力を込めた。快足を飛ばす。
来る。
銃声がした。びっと衝撃波が腕を掠める。莉愛の腕に力籠る。
害意が優貴の神経を刺す。優貴は右にステップを踏んだ。左の脹脛を衝撃波が叩く。
「くっ」
急激に優貴の意識は透明になった。背後の追手の意図が判る。二人だ。見なくても判るのだ。遠ざかる優貴の脚に狙いをつけている。
男たちの銃が火焔を吐き出した。
だが、優貴がその一瞬前に動く。大きく左に踏み切る。銃弾と衝撃波が優貴がいた場所を突き抜ける。
「よけたっ」
銃を構えた男たちが驚愕の表情を浮かべた。そんな馬鹿なことがあるわけがない。発射された銃弾を人間が避けることは人間の反応速度の限界を超えている。物理的にあり得ないのだ。だが、ターゲットは銃弾を避けてる。
男たちは顔を見合わせると再びターゲットを狙った。トリガーを引く。
「ばかなっ」
女を背負ったターゲットはふたたび銃弾を躱していた。
ターゲットが非常口のドアに取り付き、外に逃げる。
男たちはCICを呼び出して指示を請うた。




