8日目
「勇人、こっちこっち!」
K崎のロータリーで美里が手を振っている。僕は通学用の原チャのハンドルを切った。
「早かったやん、珍しか」
「へへー、会えるの週一やもん。会いたくて仕方なか」
美里は笑いながらぴょんと跳んだ。
「で、行きたいとこあると?ラブホは金がなかよ」
「んー、私給料日だからお金あるけど……映画見る?」
「映画?何観るとね」
「へへー、着いてのお楽しみ」
僕は2人乗りのためにカゴからヘルメットを取り出した。美里はそれを被ると、ぎゅっと後ろから抱き付いてくる。
「こら、強すぎ」
「当ててるっちゃっ」
原チャはゆっくりと走り出す。目的はT畑駅近くの商業施設だ。
昔はK崎にも色々あったらしいけど、人口減で色々潰れてしまった。駅前の百貨店も、一度は閉店が決まった。地元の反発で大幅縮小になったらしいけど。
勢い遊ぶ場所はK倉まで足を伸ばすか、T畑の商業施設になる。さもなきゃ、先週みたいにすぐにホテルに行くかだ。
「バイトは忙しいん?」
「んー、まあね。勉強する時間がなかとよー」
美里の家は母子家庭だ。裕福では決してないから、美里のファミレスでのバイトは生命線だ。
ほとんどフルでシフトを入れているから、会えるのは金曜日しかない。普段会えない分、週一のこの時間はとても楽しみだし、いとおしいんだ。
「もう高3たい?進路どうすると?」
「へへ、勇人のお嫁さん……じゃダメ?」
「……困ったこと言いよんな……せっかくそこそこ頭のいいとこおるんやし、もったいなかよ?」
「でも、ママがね……」
表情は見えないけど、美里の表情は何となく想像がついた。僕を抱く腕の力が強くなる。
僕は溜め息をついた。彼女はこの街を離れられない。でも、僕は離れたい。
彼女だって、本音じゃ福岡なり大阪なりに行きたいはずだ。ひょっとしたら、東京かもしれない。
でも、それは叶わぬ夢なんだ。美里はそれを知っている。……そして僕の気持ちも。
だから美里は、限られた残りの時間を、僕と一緒にいたがるんだろう。そしてできるだけ、愛情を交換したいと思っているんだろう。
でも、それはいつまでも続かない。……そう遠くないうちに、何かを決断しなきゃいけないんだ。
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「ひぐっ、ひぐっ……うさちゃん、良かったねえ……」
映画を観終わると、美里がポロポロと涙を流していた。僕の目頭も、結構熱くなっている。
美里が観たいのは人気のゆるキャラ映画だと聞いて「えー……」と思ったけど、これが予想外に良かった。というか、本当に泣ける出来だなんて思いもしなかった。
……こういうささやかな奇跡と救いの話って、本当にあるといいのだけど。僕は指を手に当てて、涙を誤魔化そうとした。
……ズキンッ
「痛ッ!!?」
「……どうしたん?」
「い、いや。何でもなかよ」
まただ。右手の中指。爪の辺りが、鋭く痛む。……昨日の部活で突き指した?……いや、何か違う。
しばらく待つと、それは少し収まった。まただ。何でこんなに痛むんだろう。
ふと爪を見る。そこにあった血豆は、心なしか大きく、グロテスクになったように見えた。