9日目
「久し振りだな」
爺ちゃんの葬式以来、2年ぶりに会う洋さんは、どこか老けて見えた。
僕より15歳年上の彼は、従兄弟というより叔父さんみたいな存在だ。
しかも、一族では多分初めての東大卒で新聞記者という、雲の上みたいな感じすらする。
「お、お久し振りです」
「こら勇人、洋君にはこれから色々お世話になるけん、ちゃんと挨拶しとき?」
母さんが眉を潜めた。洋さんは「いえいえ、いいんですよ」と苦笑する。
「こっちの方こそ、色々助けられそうですから。ほとんど東京で暮らしていたわけですし」
「そやねえ、東京よりは不便かもしれんけど、ここも慣れるといいとこあるっちゃ。ね、勇人」
「ああ、うん。そ、そやね」
僕の言葉に母さんが頬を膨らます。
「ったく、やっぱ福岡行きたいんかねえ……」
「辰夫君は、まだ帰りませんか」
背中が急に冷たくなった。チラッと洋さんがこっちを見る。
「……あの子とは親子の縁切ったたい。もうええやろ」
「……それなら詮索はしません。すみませんでした」
「ええのええの。ところで、勇人の家庭教師、受けてくれるん?新聞記者って、休日も休めんのやろ?」
「あ、事件が起きたら別ですけど、基本土日は休めるんです。うちは社会面は通信社使うことが多いですし。
僕も独身で暇なので、このぐらいはしないと」
家庭教師の話は、僕を介さず2人の間で勝手に進んでいたらしい。
「ありがたいっちゃ。勇人もいい?」
「あ、うん。ええけど……」
洋さんは静かに笑っている。どうにも彼には何を考えてるか読めない所があって、それがちょっと苦手だ。
「なら決まりやね!うち貧乏やから、給料そんな出せんけどええ?」
「いえ、無給でいいです。副業は就業規則違反ですし、お金には困ってませんから」
「わぁっ!!本当にええの??」
「はい。勇人、よろしく頼む」
「はっ、はい」
洋さんが家庭教師になってくれるなら心強いとは思っていたけど、あまりにさくさく進みすぎてちょっと戸惑っている。
洋さんに変な意図はないのだろうけど、こうあまりに行動が聖人君主だと……なんかなあ。
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「今日はここまで。……なかなか悪くないな」
「本当ですかっ!!?」
「ああ。間違いはちょこちょこあるが、理解力はある。
そもそもT畑高校で部活三昧で中位なら、少しやれば全国偏差値で55ぐらいは行けるだろ。それなら西南ぐらいなら、行けるんじゃないか」
西南か。福岡だけど……あそこは私立だ。
うちも美里の家ほどじゃないけど、生活には余裕がない。行くなら国立か公立しかないのだ。
冴えない表情の僕に気付いたのか、洋さんがポンと肩に手を置いた。
「九大も頑張れば手が届くさ。頑張ろ……何だそれは」
「え?」
洋さんの表情が明らかに険しくなっている。
「その右中指の爪のは血豆か?」
「えっ、はいっ……それがどうか?」
「……いや、いい。気になっただけだ」
洋さんは納得できてないみたいだ。何でそこまで反応するのだろう?
それと同時に、爪がまたズキンと痛んだ。……本当に、何なのかなこれ。




