67日目
「……ケホッ」
ベッドから起きて、僕は軽く咳をした。痰が絡んでる感じはしないけど、どうにも胸が落ち着かない。
肺機能が落ちているというから、そのせいなんだろうか。悪い副作用でないといいのだけど。
洋さんからは、昨日あったことの報告を受けていた。兄ちゃんは、何らかの理由で動けないらしい。
ファイルだけ寄越して指示をしなかったのは、その余裕もないということなんだろうか。
洋さんは、宮東会の幹部を拉致したのが兄ちゃんだとしたら、そっちの方にかかりきりなのかもしれないと言っていたけど……
何にせよ、兄ちゃんは相当危ない橋を渡っている。それに対する心労が、僕の体調にも影響しているのかもしれない。
……学校に行かないと、と思ったけどその体力はどうもなさそうだ。しばらくは、家にいるしかないのかな。
何もできない自分の身体がうらめしくて、目が熱くなってきた。
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家で休んでいると、やることがない。僕は机に座り、ただひたすら折り紙を折っていた。
できたものを、片っ端から段ボールに入れていく。中には、もう100……いや200個ぐらいの薔薇の山ができていた。
勉強をしようにも、頭はあまり回らない。それならと、僕は姉ちゃんの結婚式に向けて折り紙を折ることにした。
出席者の人たちへのプレゼントを兼ねて、折り紙の薔薇の箸置きを作ることにしたのだ。
結婚式は2週間後に迫っている。もう出席者の人数分はできているけど、演出用にもっと数が必要だ。
段ボールがある程度いっぱいになったのを確認し、僕はそれを物置になっている兄ちゃんの部屋へと運ぶ。中身は紙だけだけど、体力が落ちているからか妙に重く感じた。
「……ふう」
兄ちゃんの部屋にあるものは、3年前からほぼ弄っていない。父さんも母さんも、兄ちゃんはいつか戻ってくると思っているのだろうか。
当時の兄ちゃんは、ギターが好きだった。安物のエレキギターが、壁に掛けられている。
本棚には何かの漫画の単行本があった。ヤンキーやチーマーの漫画が多いけど、正直趣味じゃないので読んだことはない。
「……あれ」
その隅っこに、何かのアルバムらしきものがあった。僕は何気なくそれをパラっとめくる。
「……これって」
そこには、兄ちゃんと彼女らしい女性の写真ばかりがあった。この人が、夏海さんだろうか。
少し日に焼けてて、目と胸が大きい人だった。ギャルっぽいけど、ノリが良さそうで兄ちゃんにはもったいないくらいには美人だ。
アルバムの中の兄ちゃんと夏海さんは、とても幸せそうだった。……この人が殺されたのかと思うと、何だか胸が締め付けられた。
兄ちゃんの怒りと悲しみは、どれほどのものだったのだろう。
気が付くと、最後のページになっていた。……何か、挟まれている。……手紙?
何気なく、僕はそれを開いた。丸っこい文字が並んでいる。
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『辰夫へ
いきなりの手紙で、ごめん。こんなのいきなり送られて困るだろうけど、でも送らずにはいられんかった。
辰っちゃん、本当に、本当に大好きだっちゃ。パパよりもママよりも、世界中の誰よりも。これは本当に嘘じゃないけん。
でも、私には夢がある。東京に出て、仕事して、お金持ちになること。この町にずっといたら、夢は叶えられない。
だから、東京行きの誘いに乗ることにしたの。せっかくスカウトされたんやし、断る手はないと思って。
何度も相談に乗ってもらって、出た結論がこれでごめんね。別に別れるわけやないし……
でも、生きる世界は変わっちゃう。だからせめて、この手紙だけは大切にして。私だと思って。
辰っちゃん。本当に、大好きです。また、いつか。
夏海』
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……これは、別れの手紙だ。兄ちゃんは、彼女と別れてたのか。
そして、この後「K市で」夏海さんは殺されてる。多分、この手紙の直後に……
背筋を寒いものが駆け抜けた。……スカウト?
僕は慌てて、スマホを見た。美里から、昨日送られたメッセージを確認する。
「今日、小倉で買い物してたら芸能プロの人から名刺渡されたよ。
神楽坂32のメンバー候補として是非、だって」
その時は、「ふうん」ぐらいにしか思わなかった。美里はかわいいし、今までもモデルにと誘われたことぐらいはあったという。
添付されてきた名刺の会社もどこかで聞いたことがあるものだったし、「ああ、さすがやな」ぐらいにしか思わなかった。美里が受けるはずがない、と思っていたのもある。
だけど、もしそれが宮東会の手口だとしたら??
僕は慌てて美里に電話をかけた。




