55日目
「にしても、妙な事故……いや、事件だったなあ」
今朝の新聞を広げ、深沢支局長が呟く。口にはしおれかけたメビウスが咥えられていた。
「何の話です」
「とぼけんなよ、昨日の昼、T畑で起きたガス爆発だ。被害はほぼゼロ。ただ、どうもガス配管の老朽化によるものではないらしい。
そもそも、ガス漏れがあっても発火はしねえ。警察は爆発物が仕掛けられていたのではと見立てているが、あんな畑のど真ん中に爆弾を仕掛けるかね?」
支局長は私をちらっと見る。「知っているんだろ?」とでも言いたげな顔だ。
「……爆発したすぐ近くの民家には、被害がありませんでした。いえ、そもそも『被害が起こりようがなかった』」
「どういうことだ?」
「民家には誰もいなかったんです。所有者と思われる夫婦は留守。ここまでは記事に書いた通りですが……そもそも留守ですらなかった可能性があります」
「話が見えねえな」
「ここから先は裏を取れなかったので書きませんでしたが……あの家には、夫婦以外の人間が住んでいたフシがあるそうです。そして、その『住民』も既にいなかったと」
支局長が新聞をテーブルに置いた。
「……何だそりゃ?じゃあ、その爆発はそいつらを狙ったものということか」
「多分」
私は半分しか本当のことを言っていない。爆破事件の取材の過程で、私はその真相に感付いた。
一昨日、辰夫が言っていたこと……「炙り出し」とは、そういうことだったのだ。
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「どうぞこちらへ」
私は小倉警察署の会議室に通されていた。風間警視と喜村刑事が、向かいのソファーに座る。
「失礼します」
「繰り返しますが、この話はくれぐれも内密に。あなたは読日の記者ではなく、事件関係者……それも容疑者の関係者としてここにいることをお忘れなく。
言うまでもありませんが、事実の秘匿や容疑者の擁護を行えば、あなた自身が罪に問われる」
「承知しております」
「では、一昨日あなたが戸倉辰夫から聞いた話を、改めて」
私は頷いた。
「戸倉辰夫は、柏木悠人の救出を考えていました。彼は恐らく、宮東会に軟禁されていた」
「何のために?」
「戸倉を探させるためです。監視カメラシステムへのハッキングをしていたのでは、と彼は推測しています。
柏木を探していた清原刑事が襲われたのは、その試みを妨害されるのではと宮東会黒原派が恐れたからでしょう」
「なるほど。それで、昨日の爆発とどういう関係が?」
風間警視の目が私を射抜く。「どこまで知っている?」と聞きたげだ。
「現場近くの民家。あれは清原刑事が私に教えてくれた、柏木の居場所です」
「……そういうことか!」
喜村刑事が声をあげた。
「ええ。恐らく爆発を起こして騒ぎになったところで、宮東会の連中は慌てたはずです。
何せ民家は乗っ取っていたわけですから。本来の持ち主がどこにいるか……そもそも生きているかすら不明ですが、少なくともその事実が分かったら確実に住居不法占有で現行犯逮捕される」
「で、飛び出してきたところを柏木だけ救出……しかしそうなると妙ですな。監禁していた黒原派の連中はどこに?」
「……どこに行ったのでしょうね……」
本気で分からない。間違いなく、柏木を連れ去ったのは柳澤だ。しかし、黒原派の連中が抵抗した形跡はない。……どういうことだ?
「しらを切るつもりですか」
風間警視の声が僅かに下がる。私は小さく首を横に振る。
「いえ、本当に。ただ、黒原派と対立する那珂川派の存在は、念頭に入れるべきかと」
「……あり得る話ですが。あなたが知っているのは、本当にそこまでですね」
柳澤に会ったという話まではしていなかった。そこまですると、私の身が危ない。あるいは、芙美をはじめとした他の人間も。
背中に汗が流れるのを感じながら、私は「はい」と答えた。




