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100日後に死ぬ僕  作者: 変愚の人
22/125

20日目

九州大学病院は、JR吉塚駅から歩いて10分ほどの所にある。O尾からだと一度博多に出てから戻る格好になるので面倒だ。

それにしても、3年になってたった2日目で皆勤が途切れるとは思いもしなかった。これまでの17年間病気らしい病気はしてこなかったのだけど。


九大病院はさすがに今までみたどの病院より大きかった。というか、コンビニまであるのか。

受付に行き、皮膚科に回され、皆口先生から貰った紹介状を出して待たされること3時間。いい加減待っているのにうんざりした頃、ようやく僕の名が呼ばれた。


「戸倉勇人君、だね」


部屋にはどこかぼうっとした印象の中年男性がいた。笹川教授、というらしい。


「はい、そうです」


「親御さんは?」


「いえ、心配を掛けるといけないので……」


彼の顔が曇った。


「君のこれからに関することだから、親御さんには一緒に聞いてほしかったのだが」


「すみません、次は連れてきます」


「そうした方がいいな。まあ、その時には確定診断を伝えねばならないから、いてもらわないと困るんだが」


ボソボソと言いながら、モニターに写真を映し出す。


「皆口さんから、話は聞いたね?」


「……ええ。メラノーマの疑いあり、と」


「怖くはないか?」


「……怖いです。でも、先に進まないと」


「そうか。なら率直に言おう。9割方メラノーマだと思う。ダーモスコープで見る限り、かなり良くない出方だ。

問題はステージだ。こればかりは切らないと分からない」


「ステージ、ですか」


「そうだ。こいつを見てくれ」


笹川教授はサッサッと人体の絵と指を横から見たものを描いた。


「癌の厚さが1ミリ未満ならステージ1。それ以上だったり潰瘍があればステージ2。すごくざっくり言えばそんな感じだ。

まあステージ2にも幅があって、一発で済むのと抗がん剤治療が要るのとがあるが、まあこの段階なら大丈夫だ」


「治りやすい癌なんですか?」


小さく笹川教授が首を振る。


「初期ならそうだが、問題はこいつが簡単にステージ3や4に行きやすいってことだ。

皮下のリンパ腺を通して近くのリンパ節に転移するとステージ3。そして全身転移するとステージ4になる。

メラノーマが恐ろしいのは、とにかく進行が早い。癌細胞が胞子みたいな形になっていて、油断するとすぐにどこかに行ってしまう。

骨肉腫もそれに近いものがあるが、メラノーマは本当に進行の早さが恐ろしいんだ」


寒気が急に全身に広がってきた。……もう、手遅れかもしれないのか?


動揺した僕に気付いたのか、笹川教授が静かに微笑む。


「大丈夫。他に身体に異常がないなら、あってステージ3だ。ステージ2のキツいのか、ステージ3であるのが分かったらすぐに化学療法を始める。最速で、生検結果が分かる来週からになるな」


「『生検』?」


「今日やる手術のことだ。メラノーマは外科手術自体はしやすいから、そこは救いなんだけどな。

切って癌の疑いがある所を調べ、それでメラノーマかそうでないか、そしてメラノーマならステージがどれかを確認する。こればかりは切らないと始まらない」


「……痛い、んですか」


笹川教授が困ったように頭をかく。


「……それな。痛い。凄まじく。親御さんがいた方がいいと言ったのは、それもある。

ヤクザの拷問で爪を剥ぐってのがあるが、あれをマジでやらないといけない。

そして手先という敏感な所にメスを入れるから、麻酔も結構打つ。これが大変だ。覚悟はできているか?」


教授の目は真剣だ。どうやら脅しではない、らしい。

でも、先に進まないと意味がない。僕は恐怖を無理矢理抑え込んで頷いた。


「……はい」


「分かった。じゃあ準備をするから待合室で待っていてくれ」


待つこと10分ほどで、僕は処置室に入れられた。手術室みたいなところじゃないんだな。

看護師さんに仰向けに寝かされる。そして、教授が入ってきた。


「お待たせ。じゃあ、さっそく始めようか」


「……はい」


「よし。じゃあまず消毒しよう」


右手の甲がすっとする。するとすぐに教授が静かに言った。


「かなり痛いのが何回か来るから、何とか耐えてくれ。……キシロカインを」


寝ているから甲の部分は見えない。すると、チクリと針が刺した感触がした。この程度なら……



……え?



「がああああああっっ!!!?」



何だこれ??とてつもなく熱く、痛い何かが手の中に入ってきている!!!

それは収まることなく、ずっと続いている。こんなの耐えられない!!


「あー、痛いよな。ただ、あと4本行くから。そうしないと耐えられないから、我慢してくれよ」


そんな馬鹿な!こんなのを、あと4回も……



チクリ



「うがああああっっ!!!!」



獣のような叫びしか出ない。何だこれ!?何でこんなに辛い思いをしなければいけないんだ!!?

目からは思わず涙が出る。甘かった。これは完全に僕が甘かった。

知ってたら今日手術なんて受けなかったのに。せめて、母さんは呼んでくるべきだった。


後悔していると3本目が来る。また溶けた鉄を流し込まれるような、熱くて重い痛みが手に広がった。

そして、4本目。熱さは鈍ったけど、それでも激痛の範疇だ。その間、ずっと泣き続けていたと思う。


5本目になって、ようやく少し痛みが和らいだ。何か押されているようだけど、何も感じない。


「……これ、痛いかな?」


「あ……多分、痛くないです」


「うん、じゃあこれは?」


「何も感じません」


いつの間にか、手の所は覆いで隠されている。だから何も見えない。


「よし。結構今痛いことやったんだけど、これで感じないなら大丈夫だろう。本番を始めよう」


右手中指に、何か当たる感触がする。時折「電気メス」とか聞こえるけど、何も感じない。

ただ、それが逆に気持ち悪い。すごく痛いことをされているみたいなのだけど、何をされているかさっぱり分からない。


20分ぐらいして、「糸を」と教授が言った。どうやら縫うらしい。

そして何かが塗られる感触がした。包帯をぐるぐる巻かれているのだけは、看護師さんの動きで何となく分かった。


「……これでおしまいだ。一応、骨の手前ぐらいまで切除している。

安全策を取るなら指先を取ってしまうべきなんだけど、QOLの観点からそれは温存したよ。取った爪、見てみるかい?」


僕はブンブンと首を振った。というか、血が相当流れているのはぱっと見て分かる。そんなもの、見たくもない。

笹川教授は「ははは」と笑った。


「まあそうだろうね。ただ、爪を剥いだから、物凄く後々傷む。強力な痛み止めを出すから、数時間に1回は飲んでくれ。多分、1週間は厳しいと思う」


今は麻酔が効いていて何も感じないけど、そこまで痛いのだろうか。恐怖が湧いてくるのが分かった。


「そ、そうなんですか」


「ああ。一応傷を電気メスで焼いたから、血はそこまで出ないだろうけど。

今日は風呂に入らず、明日から。それと、傷口には化膿止めの軟膏を必ず塗ること。抗生物質も出すから、これも忘れないように」


「次に来るのは」


「1週間後だ。そこでメラノーマかどうかの確定診断を出す。その上で、もう一回少し痛い思いをしてもらうかもしれない」


「……また手術ですか?」


笹川教授が「それは心配ない」と微笑んだ。


「注射を伴う検査だ。これはそんなにかからず結果が出る。

メラノーマなら転移の有無を調べるために、1日泊りがけで精密検査をすることになる。だから、入院の準備を忘れないように。

場合によっては、すぐに抗がん剤の投与第1クールに入る。1週間ぐらいの入院期間になるな。

何もないのが一番だが、一応覚悟だけはしてくれ。もちろん、親御さんの同伴も忘れずにな」

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