355:【最終話】死神と破壊者は、再生の女神と守人となりて世界へ別れを告げる
前回までの「DYRA」----------
ハーランはRAAZを道連れにするべく軌道エレベーターを思わせる高さを誇る塔に非破壊検査レーザーで穴を空けた。二人の結果は──。一方、共に吹き飛ばされ、空を舞うDYRAは、煙を上げて飛び続けるタヌを乗せた脱出ポッドを見つけた。
数日後。脱出ポッド落下地点でタヌは父親フィリッポと、DYRAをめぐって対峙した──。
「……生きて、いた。どうして」
フィリッポが苦々しい表情でRAAZを睨んだ。
「ハーランが命を懸けて……」
憮然とした表情へと変わっていくフィリッポを、RAAZは乾いた笑いを浮かべながら見つめる。タヌはフィリッポの言葉で、ハーランが負け、RAAZが本懐を遂げたことを理解した。
「……ならば……!」
フィリッポが硬い口調で告げると、視線をタヌとDYRAへ移す。
「せめてっ!」
RAAZが剣を振るうより一瞬早く、タヌの肩に手を伸ばしたときだった。
その手は、タヌに届かなかった。
「やめろって!」
男の声と共に、突然、フィリッポが背後から羽交い締めされた。背後にいたもう一人が、タヌとRAAZの側に駆け寄ると、フィリッポの正面に立つ形で両腕を水平に広げ、壁になる。
「アンタもうやめろって!!」
タヌは、フィリッポを羽交い締めして引き離しに掛かったディミトリと、楯となってくれたアントネッラを見上げた。
「早く彼女をっ!」
アントネッラがRAAZへ声を上げた。RAAZはタヌから引き継ごうと腰を落とす。
「RAAZさん……」
タヌは声を掛けた。が、RAAZは無言でDYRAを介抱した。その両手からは赤い花びらの木枯らしが少しずつ広がっていた。
「あ……」
心配そうに見つめるタヌへRAAZは鋭い視線を投げるだけだった。
「……」
かほそい声が聞こえた。
「!」
RAAZがDYRAの顔を覗き込んだ。タヌは彼女が気がついたのだと一瞬だけ喜んだ。が、RAAZがぎろりと横目で睨んできたので、黙ったまま俯いた。
その間にも、RAAZが耳を寄せ、DYRAの声を聞いた。
「ダメだ。話をちゃんとさせてやれ」
掠れた声だったが、聞き取ることはできた。父親と子として再会し、話ができる。DYRAにとってはここまでやって、ようやくタヌの両親捜索が終わる。そこまでは、終わっていない。タヌは大粒の涙をこぼした。DYRAの深すぎるほどの優しさに。
「DYRA……」
「女神の……」
ディミトリによって引き離されたままのフィリッポも驚きの声を漏らした。
「お前が言うか!!」
RAAZが剣を握る手に力を込める。
「再興の女神に、バケモノが触れる方がおかしいだろうがっ!!」
「……ニムローテの血、断つしかないか」
RAAZがDYRAを抱きしめたまま立ち上がる。それより一瞬早く、アントネッラがフィリッポの前に駆け寄った。
「最低! 貴方、自分が言っていること、わかっている!?」
アントネッラが言うなり、平手打ちの音が響いた。ディミトリに押さえられているため、フィリッポは何もできない。
「ラ・モルテは貴方の息子を助けて倒れたのっ!! なのに、何でそんな髭面みたいな言い方なわけ!?」
「ニムローテの直系子孫だからだ」
「何だそれ?」
RAAZからの説明に、ディミトリは不思議そうな声を出した。
「コイツはハーランの縁戚だ」
「えっ!?」
「私の妻を殺した者の子孫とも言う」
ディミトリは絶句した。
このとき、フィリッポがディミトリの腕を振り解いた。
「うを!」
「きゃっ!」
フィリッポが身体の自由を取り戻し、アントネッラをも軽く突き飛ばす。だが、彼女は倒れず、踏みとどまった。
「お兄さんは道理をわかっているのに、君はわからない、か」
「は? 髭面なんかに靡いたお兄様がバカよ」
そういうと、アントネッラはトパーズ色の瞳に強い輝きを宿し、フィリッポを見る。
「言わせてもらうわ。お兄様は街の人たちを助けようと奔走してくれたマイヨを撃った。絶対に許すわけにはいかない! 恩を仇で返したのよ」
「お兄さんはとても正しい判断をしたのに? 文明を進めるために、邪魔する者を排除しようとした」
だが、アントネッラは引かない。
「私に言わせれば本当に何もわかっていないのは貴方よ。ラ・モルテはタヌ君を助けるために必死だった。タヌ君はあなたを探して必死だった。なのに、何? 何なの? ラ・モルテの優しさの果てはこんなオチ?」
「俺に、息子が大切だと教えてくれた。そして、息子を救って、この新しい大地を与えてくれた。彼女は素晴らしい女神だ。わかっている! 君の方が何もわかっていない」
根本的に話が噛み合っていない。聞いていたタヌは溜め息を漏らした。
「再生の女神を一〇〇〇年以上、『死神』呼ばわりした上、ひどい扱いをした。俺も含めたすべての人間が詫びるべきだし、その通りだ」
RAAZがDYRAをタヌに押しつけるように預け、大剣を地面に突き刺してからそのままフィリッポを殴ろうとしたときだった。
ドカッ!
鈍い音が響き、フィリッポが倒れた。
「アンタさぁ!」
殴ったのはディミトリだった。
「話、わかってねーよっ! アンタとオッサンのせいで、色んな人が犠牲になってんだ! イスラ様も、キエーザも! それに、タヌのお袋さんもっ!!」
「えっ……!」
フィリッポは殴られた頬を押さえて起き上がりながら、呟く。
「ソフィアが、どうして……?」
「あの日あれを見ていたときはわからなかったが、今ならわかる! オッサンに、証拠隠滅で殺されたんだ!」
ディミトリが声を張り上げ、続ける。
「寂しくて! 他のオトコ、そう、オッサンの部下と不倫してさっ! 息子殺そうとしたほど、追い詰められていたんだよっ!!」
フィリッポが顔色を変えた。
「世界を、文明を発展させて、もっとよくして……」
「その結果がこのザマか」
RAAZが剣を持ち直してフィリッポの前に出る。胸ぐらを掴んで引き寄せるとそのまま膝蹴りを鳩尾に入れ、突き飛ばした。フィリッポは尻餅をつく形で倒れた。
「お前がハーランに踊らされ、陰でこの文明の愚民共を散々振り回しておいて勝手なことを……!」
そう言ってから、RAAZはフィリッポの頬へ唾を吐いた。
「お前はクビを刎ねる価値すらもない。せいぜい生を楽しんでおけ。もっとも、因果はめぐると言うからな? 案外その時間は短いかもな」
言いながらフィリッポの額に尖端を突きつけた。
RAAZはそのままアントネッラの方を見る。
「次に私のDYRAをラ・モルテ呼ばわりしてみろ? 大好きなマイヨに二度と会えなくなるぞ?」
「え! マイヨは……マイヨは無事なの!?」
アントネッラが問うが、RAAZは何も言わず、今度はディミトリを見た。
「後事はすべて任せた。錬金協会の資産は全部テキトーにお前の方でいいように処分しておけ」
「え……会長は……?」
「DYRAの処置が先だ。あとのことはすべてそれ次第だ」
そう告げると、RAAZはタヌのもとへ戻り、DYRAの再び介抱した。
「あ、あの」
タヌは振り絞るような声で話し掛ける。
「ボクは、DYRAに、御礼もお別れも言えないなんて……ボクは嫌です」
「自分の胸に、手を当てろ。そいつもいて、どのツラ下げて……」
フィリッポを視線でさしながら、RAAZは言った。タヌは一瞬、返す言葉を失った。
「あとはお前次第だ」
それだけ言い残すと、RAAZはDYRAを抱き抱え、大剣を回収してからその場を去った。数歩離れた後、その後ろ姿は赤い花びらの嵐と共に消えた。
「DYRA……」
RAAZの姿が完全になくなると、タヌは緊張の糸が切れたのか、その場に倒れてしまった。
それから、一〇年の月日が流れた──。
「ここは入るなという会長のお達しだからな」
「だが、会長のご子息なら、こんな田舎に来ないだろう。やっぱり議長が匿っているんじゃないか?」
人気のないレアリ村へならず者らしき男たちが足を踏み入れていた。一軒一軒家を回るが、どこも人が住んでいる気配は微塵もない。ここだけを見ると、まさに打ち捨てられた村と言った風だ。
「けど、本当に人がいないなら、小麦畑があんなに実っているのはおかしくないか? それに当時の地図よりずっと東側に畑が広がっている」
男たちの一人が山側に見える小麦畑を指さした。
「昔はあの辺は、未開拓の、雑木林じゃなかったか?」
「俺も確かそう聞いた記憶がある。禁足地だったって」
「けど、どう見ても、綺麗だぜ?」
「……ああいうのも、再生の女神とハーラン様がなしとげた『奇跡』ってことなのかなぁ」
「けどよぉ、この村ってあれだろ? 一〇年前にアオオオカミに荒らされて、村人は一人残らず喰い殺されたって」
「確か、人喰いオオカミは破壊者の遣いだったって」
「再生の女神を蘇らせるためにハーラン様が差し違えて犠牲になったってあれか」
五人がそんなことを話しながら、村から出ようとしたときだった。
ちょうど、小麦畑の方から人が近づいてくる。背格好などはまったくわからない。男たちは一斉に小麦畑へと走った。先頭を走ってきた者が一歩、畑へ足を踏み入れたときだった。
「誰が、再生の女神だって?」
突然、その場にいない男の声がした。
「え?」
「だ、誰だ?」
五人はあたりを見回した。
「……!」
赤い花びらが数枚、ふわふわと舞ってくる。
「え!」
「ま、まさか……!」
男たちが次々と興奮気味の反応した途端、彼らはあっという間に斬り倒され、骸へと変わった。
風が吹き、骸があっという間に風化していく。その場には、骨すらも残らなかった。
「何がハーランの奇跡だ」
赤い花びらが舞うと共に、心底不快感を露わにした男の声が響いた。
「久し振りに来てみたら、DYRAではなく、今度は私が悪者か」
銀髪銀眼の大柄な男が麦畑の一角に降り立った。ルビー色の刃が美しい諸刃の大剣を手にしていた。
「まいったな」
剣を霧散させると、カーネリアン色の空に少しずつアメジスト色のカーテンが広がっていくのを見上げながら、RAAZが毒づく。
「……そしてここの小麦畑は、お前らみたいな愚民共を養分に育っているとも知らないおめでたいガキが丹精込めているときたもんだ」
RAAZが呆れたとばかりの溜め息をついたとき、その傍らに青い花びらの嵐が舞い上がった。サファイアを思わせる美しい髪の美女が姿を現す。
「……」
「久し振りの外の空気はどうだ? DYRA」
「ああ。少しだけ空気が冷たいが……いいな」
「一〇年も寝ていたんだ。そうもなるか」
「そんなに?」
「ああ。私も肝が冷えたぞ、あのときは」
「ハーランを、仕留めたのか?」
「いや。あれを『仕留めた』というのはおかしな話だ。だが、確実に死んではいる。私にも、それしか言えない。最期までもつれ合ったが果て、蹴って突き放したしな」
「……で、ハーランは死んだ、と」
「ああ。ケミカロイドといえど、高度数千メートルから墜落して生き残ることなどできない。最低限、水と空気さえあればいくらでも再生する私たちだけが例外だ。物理的には」
「物理的?」
DYRAが聞き返すと、RAAZは苦い表情で頷いた。
「ああ。よりによって、この世界には居もしない『神』という名の偶像ができているときたもんだ」
「何だ、それ?」
「……口にするのも悍ましい」
「そ、そうか」
「知りたければ、街へ出ればいくらでも、だ。キミは呆れるだろうけどな。そして私はきっと、また、すべて壊したくなる」
「やっぱりお前、死んだ女のこと……」
RAAZはその問いに、静かに首を横に振った。それを見たDYRAもまた、同じように静かに首を横に振る。
「死んだ、いや、お前が愛していた女が遺したものなのだろう? その、未来への希望というか」
「遺した、はそうだな」
「なら、お前はそれを使って、ここを去れ。マイヨと一緒に。愛した女との、大切な思い出を持って、新しい世界へ足を踏み出せ」
空はいつしか、アメジスト色のカーテンがすっかり下りて、無数の星々も美しい輝きを放つようになっていた。
「一緒に……その」
ここで、RAAZは自身の気持ちを整えるように深呼吸をする。
「何か、あったのか?」
「その……何故私がキミをここに連れてきたか、わかるか?」
RAAZは言いながら、DYRAの手を取った。
「?」
「ここがどこか、覚えているか?」
「え?」
DYRAは、RAAZに言われるがまま、周囲を見回した。麦畑をじっと見つめ、その向こう、星灯りの下にわずかに見える建物に目を懲らす。建物の一つにだけ、窓の向こうから小さな灯りが見える。
DYRAはしばらく見つめた後、無言で首を横に振った。
「キミは、本当に嘘をつくのが下手だな」
RAAZの言葉を聞いて、DYRAは金色の瞳を潤ませ、大粒の涙をこぼす。
「……」
「何か、言いたいんじゃないのか?」
再び首を横に振った。
「……父親に会えたなら、もう、それでいい。ラ・モルテと呼ばれるようなヤツの居場所など、ない」
「まぁ、待て。キミは親子が再会できて、めでたしめでたしとか思っているのか? ことは、そう単純じゃない」
「それでも、だ」
「苦しむぞ? 私みたいに」
「……え?」
DYRAは顔を上げ、RAAZを見た。泣き顔のまま、涙を拭おうともせず。
「私は……」
穏やかな口調でRAAZが話し始めた。それはDYRAが知る限り、一度として遭遇したことがないそれだった。
「妻が、あんな無残な死に方をした。お別れとか、そんなこともできなかった。ここから先、まだまだ長い。だから、その、私のように、心残りを抱いて生きてほしくない」
「お前が言えることなのか? それ」
「私は、ようやく、な……」
ハーランを討ったことで、死んだ女の仇討ちを遂げた。けじめをつけたと言うことなのか。RAAZの一言で、DYRAは何となく納得した。
「そう、か」
「それで……これからどうするか、詰め切れていないところもある。それでも、その……私からこれをキミに言いたかった。あるときから、ずっと」
「何だ?」
「そうじゃない。その……これから長い時間、どうか、幾久しく、私と一緒にいてほしい」
DYRAの手を取り、RAAZはそう告げた。
何と返せばいいのかわからない。DYRAはそう言いたげにRAAZを見る。
夜の風がRAAZの銀髪を優しく撫でる。このとき、RAAZは瞬きはもちろん、呼吸すらほとんどせずだった。銀色の瞳もゆらゆらと揺れるように輝いている。
「……お前」
DYRAは不思議そうな顔で答える。その顔に涙はない。
「……お前は、バカなのか?」
「え?」
「お前は、空気に『持っていく』とか『一緒に来い』とか、そんなバカなことを言うのか?」
RAAZは困った笑みを浮かべた。
「そう来たか」
「だって、そうだろう?」
「やれやれ」
RAAZはそっと彼女を抱きしめ、伝える。
「キミが、私を『空気』呼ばわりするなら、私にとってキミは『水』だ」
「水?」
「水がなければ、乾く。飢える。心も荒む。潤いを失えば、ただのケダモノに成り下がる。私はキミという水を得たから、おかげでこうしてヒトのままでいられている」
「自分の言っている言葉、わかっているのか、お前?」
「ひとしずく、思い出を持っていくことを、許してくれるなら」
「空気と水、か」
そう呟くと、DYRAはゆっくり、震える手をRAAZの背中に回した。
「お前が、私に、そんなことまで言って『一緒に』なんて言うとは思わなかった」
どちらからともなく、互いを抱きしめる手に力を込めた。
少しの間、星灯りと静寂、そして風が奏でる麦畑の穂の音だけが二人を包み込んだ。
「聞いて、いいか?」
しばらくして、DYRAが問う。
「どうして、そんな話をここでした?」
「明日、この星を一度離れるからだ」
離れる。DYRAは顔を上げた。
「いつぞやは電源を無理繰りで入れたんでな。色々不具合が出ていた。おまけにハーランがぶっ壊してくれたおかげで量子ドットパネルに破損が出るわ、おかげで必要な電力を確保するスケジュールが狂って散々だった」
RAAZはそっと手を離すと、DYRAの腰に手を回した。
「あの塔は全体のごく一部、言わばコアパーツだけだ。本体は静止軌道上にあって、そいつと合わせて初めて『船』になる」
「船?」
「ああ。『文明の遺産』の中心にあったのは、トリプレッテ。超伝送量子ネットワークシステムで支えられる船だ」
「船を巡って、争っていたのか」
「そうだ。あれは、この星から逃げるために作られていた。そして、今となっては、数しか武器のない愚民共の悪意から逃げるため、私たちに遺された保険とでもいうべき存在だ」
RAAZはそっと、DYRAを連れて歩き出す。
「だから、心残りを作るなと言った」
小麦畑に沿って、村へ向かって歩き出したときだった。
「誰か、畑に迷い込んだのかな?」
村の入口近くで、見回りらしき若い男が大きめのランタンを手に二人を見つめていた。農作業着姿の彼は、髪が茶色から退色し、艶のない金色にもヘーゼルナッツ色にも似た色の髪が印象的な青年だった。
二人が誰かわかった青年は、ランタンを落とした。油がこぼれる。地面に落ちたときに火花のような小さな火が種火となって、足下の雑草に火がついた。
「──!」
火が、青い花びらと赤い花びらが舞っているのを、照らし出す。
金色の瞳が美しい女を見たとき、青年は溜め息にも似た吐息を漏らし、驚きを露わにした。
「久し振りだな。タヌ。息災にしていたか?」
「DYRA……!」
「最後の挨拶に来たぞ?」
355:【最終話】死神と破壊者は、再生の女神と守人となりて世界へ別れを告げる2026/05/05 01:00
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