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【最終回】DYRA ~焼かれた村、謎の鍵、そして「死神」と呼ばれた美女との旅の果てに~  作者: 姫月彩良ブリュンヒルデ
XVII 悪意の手を逃れたどり着いた先

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355/355

355:【最終話】死神と破壊者は、再生の女神と守人となり冷たい目で世界を見守りて

前回までの「DYRA」----------

 ハーランはRAAZを道連れにするべく軌道エレベーターを思わせる高さを誇る塔に非破壊検査レーザーで穴を空けた。二人の結果は──。一方、共に吹き飛ばされ、空を舞うDYRAは、煙を上げて飛び続けるタヌを乗せた脱出ポッドを見つけた。

 数日後。脱出ポッド落下地点でタヌは父親フィリッポと、DYRAをめぐって対峙した──。


「RAAZさん……!」

「かいちょ……いや……RAAZ……」

「RAAZよ、ね……」

「随分、探したぞ。海に落ちて、ISLAでさえ見失ったときはさすがに肝が冷えたがな」

「バケモノ……生きていた……」

 ディミトリに取り押さえられていたフィリッポが呟くと、RAAZが一瞥する。

「ガキを助けたさにDYRAが起こした陸地だ。この地は彼女からお前たち愚民共への『手切れ金』としてくれてやる」

 銀色の瞳に籠もる憎しみをアントネッラもディミトリも見逃さなかった。

「まったく。一三〇〇年以上も昔、彼女をトロイア呼ばわりし虐げておきながら、私が彼女に新しい人生を与えたら今度はラ・モルテ呼ばわり。心優しい私のDYRAは、クズそのもののお前たち愚民共に『手切れ金を払う』とまで言って命を懸けた。そしたら今度はラ・ルネサンときた。勝手極まりない!」

 RAAZは鋭い視線をフィリッポへ向けると、一歩一歩近づき、彼の顎を軽く掴む。ディミトリに羽交い締めされているフィリッポは動けなかった。

「私が何をしに来たのかわかっているな?」

 フィリッポが負けじとRAAZを睨む。

「……」

 そのとき、かほそい声が聞こえた。

「!」

 RAAZがフィリッポの顎から手を離し、振り返った。タヌとDYRAの間に立たぬよう、アントネッラが空ける。タヌは、彼女が意識を戻したのだと一瞬だけ喜んだ。が、RAAZがぎろりと横目で睨んできたので、黙ったまま俯く。

 その間に、RAAZが耳を寄せ、DYRAの声を聞いた。

「……ダメだ。話、ちゃんとさせてや……」

 掠れた声だったが、辛うじて聞き取ることができた。DYRAにとっては、父親を見つけるだけではない、それ以上のことまで考えていたなんて。タヌは彼女の優しさがにじみ出た言葉に、大粒の涙をこぼした。

「DYRA……」

「女神の……」

 ディミトリによって引き離されたままのフィリッポも驚きの声を漏らした。

「お前が言うか!!」

 一転、RAAZが怒声を上げた。

 RAAZがタヌからDYRAの身体を預けられると、彼女を介抱しながらフィリッポへと向き直る。だが、アントネッラがフィリッポの前に駆け寄り、視界を遮った。

「最低! 貴方、自分が言っていること、わかっている!?」

 アントネッラが言うなり、平手打ちの音が響いた。ディミトリがここで、フィリッポを羽交い締めするのを止めた。

 ドカッ!

 すぐに鈍い音が響き、フィリッポが倒れた。

「アンタさぁ!」

 殴ったのはディミトリだった。

「何にもわかってねーよっ! アンタとオッサンのせいで、色んな人が犠牲になってんだ! イスラ様も、キエーザも! それに、タヌのお袋さんもっ!!」

「えっ……!」

 フィリッポは殴られた頬を押さえて起き上がりながら、呟く。

「ソフィアが犠牲……?」

「あの日、あの一部始終を見ていたときは全然わからなかった! けどよぉ! 今ならわかる! あれは! オッサンに、証拠隠滅で殺されたんだ!」

 ディミトリが声を張り上げ、続ける。

「寂しくて! 他のオトコ、そう、オッサンの手下と不倫してさっ! 息子殺そうとしたほど、追い詰められていたんだよっ!!」

 ディミトリの叫びを聞いたタヌは、母親の死がずっと心のどこかで現実味を帯びなかった理由を今、ようやく理解した。見た目があまりにも変わっていたからではなかった。理不尽な殺され方の本当の理由も何もわからなかった故、殺されたこと自体、自分の中で受け容れきれてなかったからだ、と。自分自身すら思い返すことがなかったのに、母親を覚えていてくれた上、決して悪く言わないディミトリに、心から感謝した。

 フィリッポが顔色を変えた。

「世界を、文明を発展させて、もっとよくして……」

「その結果がこのザマか」

 言いながら、RAAZが地面に突き立てていた大剣を手に取り、霧散させた。

「お前がハーランに踊らされ、陰でこの文明の愚民共を散々振り回しておいて勝手なことを……!」

 そう言ってから、RAAZはフィリッポの頬へ唾を吐いた。

「お前はクビを刎ねる価値すらもない。せいぜい生を楽しんでおけ。もっとも、因果はめぐると言うからな? 案外その時間は短いかもな」

「う……」

 RAAZはそのまま、アントネッラを見る。

「小娘。次にラ・モルテ呼ばわりしてみろ? 大好きなマイヨに二度と会えなくするぞ?」

「え! マイヨは……マイヨは無事なの!?」

 アントネッラが問うが、RAAZは答えず、今度はディミトリを見る。

「後事はすべて任せた。私はもう何も関与する気はない。錬金協会の資産は全部テキトーにお前の方でいいようにしておけ」

「え……会長は……?」

「DYRAの処置が先だ。あとのことはすべてそれ次第だ」

 そう告げると、RAAZはタヌのもとへ戻り、DYRAの再び介抱した。

「あ、あの」

 タヌは振り絞るような声で話し掛ける。

「DYRAに、御礼もお別れも言えないままこれで終わりなんて、ボクは嫌です」

「自分の胸に手を当てろ。そいつもいて、どのツラ下げて」

 フィリッポを視線で示しながらRAAZは言った。タヌは一瞬、返す言葉を失った。

「あとはお前次第だ」

 それだけ言い残すと、RAAZはDYRAを抱きしめ、赤い花びらの嵐と共にその場から消えた。

「DYRA……」

 RAAZの姿が完全になくなると、タヌは緊張の糸が切れたのか、その場に倒れてしまった。




 それから、一〇年の月日が流れた──。




 この日も、小さな村の東にある広大な小麦畑は、いつもと同じように黄金色の美しい輝きを放っていた。

 麦わら帽子を目深に被った青年は、この日も朝からずっと、小麦の刈り入れにいそしんでいた。一人で相手をするにはいささか大きな小麦畑だ。だが、青年は心から楽しんでいた。他には誰もいない。この村にいるのは彼、唯一人。そう。──タヌだけだ。

 そこへ二頭立ての荷馬車がやってきた。幌には麦の絵が描かれている。

「こんちはー。遅くなってすみませーん!」

 馬車から下りた、あどけない少年が明るい声で話しかけてきた。

「昨日刈り入れて、脱穀した分がもう、用意してあります。どうぞ」

 タヌはそう言って、少年に小屋の方を指差した。

「御代は両替所に預けてあるので、証文の伝票を置いておきます」

 言いながら、少年が小麦畑へと足を踏み入れた。

「あとこれ、新聞です!」

 少年が新聞を持って、手を大きく振った。タヌはそちらの方へと走った。

「別に、うちの玄関に投げ込んでくれればいいのに」

「カルネセッキでアントネッラ議長がまた襲撃されたって」

 少年が興奮気味に話す。が、タヌは特に興味を示さなかった。だが、少年は続ける。

「それでそのとき、ラ・ルネサンの遣いが現れたって騒ぎになって……!」

 ラ・ルネサン。聞いた瞬間、タヌはそれまでとは一転、興味を示した。

「見て、いいですか?」

「いえ。差し上げますよ! 畑仕事は大切ですけど、世情も知っておかないと。ほら」

 タヌは食い入るように新聞記事を読んだ。写真をじっと、見つめる。

 大見出しの下に、アントネッラの前に身を挺して立つ男の姿が写っており、それはまさに特ダネと呼ぶに相応しい写真だ。顔こそ撮影場所の位置関係のせいかわからないが、右手に扇子らしいものを持っている。さらに、黒い何かが舞っているのもしっかりと写っている。

 タヌは、見た瞬間、顔色を変えた。

「す、す、すごいですね」

「でしょ! すっごいですよ! アントネッラ議長は一〇年前、あの海底隆起のときに現場にいらっしゃったっていうし、やっぱりダイラ大陸に愛されているんですよ」

「ダイラ、大陸、ですか?」

 少しだけ不快感を浮かべつつも、極力表情に出さないようにタヌは堪えた。

「あそこの肥沃な土地のおかげで、農作物や肉の値段は下がったし、周囲の海は魚もたくさん採れるってんで、すごいですよね。ルガーニ村の農場の人たちも半分くらい、ユルディスとかガッティへ行ったって」

「あの辺は確かに、ネスタ山が崩れたり、ピルロが山を無理矢理南に開発したりと事件がありましたからね」

 タヌがしれっと応える。

「お兄さんは移らないんですか? ここの村って確か、一〇年くらい前、焼き討ちにあって、おまけにラ・モルテまで出たからすっごい縁起悪いって話じゃないですか。あ、でもでも、これだけ麦も育つようになったのはやっぱり、ハーラン様と女神様の奇跡ですよ」

 少年の言葉をタヌは無表情で流した。

「小麦、持っていかなくていいんですか?」

「あ! ゴメンなさい! そうでした」

 少年はぺこりと頭を下げると小麦を収めてあるという小屋へと走った。

 タヌは一人になると、深い溜息を漏らしてから、もう一度新聞に目を落とす。

「これ……マイヨさんじゃ……」

 新聞を開くと、次の記事には『ソコル銀行ディミトリ頭取、婚活か!?』など、どうでもいい見出しが躍っていた。タヌは一通り目を通すと、小麦畑の片隅に置いてある空の灯油缶に新聞を入れ、火の点いたマッチをそこに落とした。

 タヌは刈り入れ作業へと戻った。陽が傾いていき、空の色に赤味が差し始めたあたりで、小麦の買取業者の荷馬車が街道を西へと去っていった。

「マイヨさんがいる……ってことは……」

 タヌは麦わら帽子を外し、空を見上げた。かつては茶色だった髪は、日焼けですっかり色落ちし、艶のない金髪に変わっている。

 ふわりと風が吹いた。麦わら帽子が、刈り入れを終えた小麦畑の方へと飛んでいった。

「あっ」

 タヌが帽子を拾いに行くべく、走り出そうとしたとき、もう一度、風が吹いた。

 それは先ほどの風とはまったく違った。小麦畑では絶対に縁のない香りがタヌの鼻をくすぐった。だが、知らない香りではなかった。

 ずっと昔、人生のほんの一瞬だが、すべてを変えてしまうほどの出来事があったとき、タヌの傍にはその香りがあった。

 タヌの目から、大粒の涙がこぼれた。同時に、当時の記憶が走馬灯のように蘇る。

 あのとき、命の恩人から一番大切なものを奪ってしまうのではないかというほどの過ちを犯してしまった。その人はすべてを懸けて願いを叶えてくれた。にもかかわらず、その恩人へ、お礼もお詫びもできぬまま、長い歳月だけが過ぎていった。

 生きているのだろうか。

 いや、不老不死に最も近しい存在なのだ。死んでいるはずがない。少なくとも、RAAZは生きている。そして、さっきの新聞で、マイヨがいることもわかった。

 けれど──。

「DYRAは……」

 あのとき、RAAZを助け、自分を助け、力尽きてしまったのか。生きているのだろうか。せめて、生きていてほしい。そして、欲を言ってもいいのなら──。

 でも、自分にそれを願う資格など、あるのだろうか。

「あの大陸は、ボクにとって……」

 また、ふわりと風が吹いた。

 タヌの周囲に、赤と青の花びらが数枚ずつ、舞った。

 見覚えがある、いや、忘れることなど決してできぬ、美しい花びらだ。

「──食い物にされるのが許せないか? なら、腐ってる場合じゃないぞ?」

 どこからともなく、声が響いた。低い、怒りが籠もったそれだ。

「──私のDYRAが命を削ってお前たち愚民共へ『手切れ金』を払った。なのに、『ハーランの遺志』の下、お前の親父の手で食い物にされている。それもDYRAを女神などと称して。私がどう思っているかくらい、想像つくだろうが?」

 タヌは、きょろきょろとあたりを見回した。

「あっ!」

 小麦畑の端、東端にある森へと繋がる道の方に人影があった。真っ赤な外套に身を包んだ、銀髪の大柄な男だ。

 誰が現れたかわかったタヌは、腰を抜かすほど動揺し、小麦畑にしゃがみ込んでしまった。

「……RAAZ、さん……!」

「泣いている暇は、ないぞ?」

 赤い花びらを舞わせながら、RAAZが近づいてくる。

「ガキ。DYRAがお前に尽くしたすべてを、親父の養分にしたままでいいのか? あ?」

「それは……」

 タヌは泣いた。

「それは?」

 RAAZがオウム返しで問い返す。

「ボクが、だって……DYRAのために何かなんて……だって、あのとき……」

 言葉が続かない。

 そのときだった。

「お前、何か勘違いしていないか?」

 タヌの真後ろから声が聞こえた。思わず後ろを振り返る。

「メレトで私は言ったぞ? お前が『究極の選択』を迫られたとき、『答えられないのはわかりきっている』と。そして、『お前がどちらを選ぶかも、私はわかっている』と」

 背の高い、サファイア色の髪が美しい女が小麦畑で、その身の周囲に青い花びらを舞わせ、タヌの真後ろに立っていた。

 DYRAが、そこにいた。

「ボクは……あのときのこと、謝りたくて……それに……」

「私がお前の父親捜しを手伝ったのは言わば、私がやりたいからやっただけだ」

 DYRAは身を屈め、しゃがみ込んだタヌと目線の高さを合わせる。

「一々気にするな。そんなこと、さっさと忘れろ。それとも何だ? お前。そんな小さなことを気にして、一〇年も世捨て人みたいなことをしていたのか?」

 言いたい放題だった。だが、タヌは泣き顔の中に、ほんの少しではあるが、笑みを取り戻す。

 DYRAは中腰になって、タヌへ手を差し伸べた。

「ガキ。DYRAに詫びたいだの何だかんだ思うところがあるなら、今お前がやるべきことを、やれ。なすべきを、なせ。逃げ回った分のオトシマエも含めてだ。『生きる』とは往々にして、そういうことだ。さもなくば……」

 DYRAの手を借りて立ち上がったタヌの肩を、RAAZは掴むように叩いた。

「私とDYRAで、薄汚れた世界など、壊すのみだ」

 RAAZがそう言うと、DYRAは呆れたと言いたげな顔で、だが、笑みを浮かべた。その表情を見たタヌは、DYRAとRAAZの心の距離が近づいたことを知る。


 赤と青の花びらが一枚ずつ、風に舞ってカーネリアン色の空へと消えていった。


355:【最終話】死神と破壊者は、再生の女神と守人となり冷たい目で世界を見守りて2026/06/21 22:36

355:【最終話】死神と破壊者は、再生の女神と守人となりて世界へ別れを告げる2026/05/05 01:00


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【終幕の挨拶】

 ゴシックSF小説「DYRA」

 ついに最終回を迎えました。

 GW中に最終回だったのですが、「アクセスが伸びない……何で!!??」となりました。

 6月21日、今頃気づいた2つの痛恨!


 !!!!!!!!!! SNSでの宣伝がアップされていなかった !!!!!!!!!!


 もうね、救いのない初歩ミスとしか言いようがございません。コミケの準備と(職場契約終了に伴う)転職活動と家庭事情で、本当に追い詰められていたんだなと今となっては乾いた笑いしか出てきません。


 せっかくなので、文庫本からさらに踏み込んだラストを一部Web仕様に直してアップです。

 354話から書き換えているので、驚いている方も多いかと思います。


【重大発表】

 ゴシックSF小説「DYRA」 Edition RED(仮)となって、生まれ変わります。

 ・Web小説ネイティブ向けに、改行含め、表記などを寄せます。

 ・「DYRA」に縁なかった方に読みやすい仕様にもします。

 ・エピソードの見せ方も大きく代わります。


 掲載するサービスについては、Twitter (X)、ならびに Blueskyにて近日発表です!!

 (小説家になろうへの掲載は、作品のチューニング次第で判断します)

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