350:【TRI-PLETTE】無関係だの血筋だのが他者を平然と傷つけていい理由になどならない
前回までの「DYRA」----------
『文明の遺産』を諦めきれぬアンジェリカを虫でも殺すように涼しい顔で射殺し、現れたのは、本物のタヌの父親フィリッポ。彼こそが「最後の当事者」。ISLAはDYRAを起こすと、関係者が全員揃ったと言ってマイヨが見つけ出した真実を告げた。当時、RAAZの妻を殺し、社会を壊した者の一族はハーラン。そしてその子孫がフィリッポやタヌだ、と。
「……何か」
それまで黙っていたタヌが思うところがあったのか、口を開く。
「さっきから……あの、皆、おかしいっ……!」
全員がタヌに注目する。
「だって、そうでしょ!?」
わかってもらうために、何をどういう順番で伝えればいいか。これ以上誰も不幸にならないためにはどうしたらいいのか。そういった考えはすでにタヌの中から消えていた。
タヌはまず、ハーランに言われ、立ち止まって巨大な柱のそばから近寄らぬ父親を見た。
「だいたい、そこにいるのは本当に父さんなの? 正直、ボクには父さんとの思い出がほとんどない。でも、何かを叶えるために人殺しをする人じゃなかったって、それだけは……!」
RAAZの手を借りて立ち上がったDYRAは、彼の傍らでじっとタヌの言葉に耳を傾ける。タヌは勢いのままハーランへ向き直り、言葉を続ける。
「ハーランさんだって、結局、何をしたいの? 人を脅したり、追い詰めたり、傷つけてまで。ボクたちは少なくとも皆、父さんやハーランさんに『世界を何とかしてほしい』とか頼みましたか!?」
「タヌ君のお父さんと会ったとき、お父さんはそれを俺に頼んだよ? だから俺は内緒で身元調査させてもらって、すべて納得した上で引き受けた」
穏やかな口調ではあるが、話の腰を折るようにハーランは言い切る。
「お父さんは、『未来』に自分を捧げる道を選んだ。だから、タヌ君が生まれても、一度も帰らなかった。一度も会わずじまいかもという覚悟もあった。キミが大きくなったとき、未来が明るく快適なそれにしようと」
「なら、どうして! どうしてモラタでボクに手を差し伸べたんですか? どうして、関わらないなら、最後まで、他人を貫かなかったんですか!?」
タヌは納得できない気持ちを全部ぶつけるような目でハーランを見つめる。
「あのとき、あの場所でそっと見守っていたお父さんはあの瞬間に、キミが未来の一番真ん中で輝く存在として相応しいと見抜いたからだよ」
このとき、DYRAはタヌやハーランではなく、フィリッポへ鋭い視線を向けた。一方、傍らでタヌの主張を聞くRAAZはここで僅かではあるものの眦を上げる。
タヌはそんな二人に気づくことなく、自分の気持ちをぶつけ続ける。
「勝手すぎるっ!」
タヌの叫び声に、DYRAは厳しい表情のままではあるものの、小さく頷いた。
「その勝手で、母さん、あんな目に遭って……」
「殺したのはネズミの親玉、いや違うか。そこのバケモノだ」
ハーランがISLAを見る。だが、タヌは構わず続ける。
「母さんがあんなことになって、父さんはボクや母さんなんかどうても良くて……! それを父さんと一緒にいたハーランさんは『正しいこと』のように言って……! おまけに……」
目にうっすらと涙を浮かべ、叫ぶ。
「父さんがその、RAAZさんにとってとっても大切な、その人の人生をメチャクチャにしちゃった人の子孫だって……それってボクもそうだってこと!? おじいさんやひいおじいさんまでならともかく、もう、本当か嘘かさえわからないくら……! そんなことにボクたちを巻き込んで──」
「甘いな? 自分がニムローテかもわからない?」
タヌの言葉をISLAが遮る。
「ここは超伝送量子ネットワークシステムの中枢だ。ドクターは、ニムローテにシステムを乗っ取らせまいと、遺伝子データまで登録している。血を引いているヤツはすぐにわかるように。もっとも、そんなことをしなくても、そいつの振る舞いがすべてを語ったけどな」
ISLAが自身の後ろ腰に手を回し、隠し持っていた銃を出すと、タヌとハーランへ向ける。銃身はタヌが知るピストルなどよりずっと太い。タヌは一気に表情を引き攣らせる。
「RAAZ。アンタはハーランを!」
ISLAが言ったときだった。
「止めろ」
「っ!」
銃を構えるISLAの横に立ったDYRAが銃身を上から押さえつけると、銃口を下ろさせた。
「……DYRA!」
タヌが声を上げた。ハーランも視線を僅かに動かして、彼女を見る。
「お前たちがハーランを殺すのは、世界がどうとかじゃない。愛した女を、命の恩人を、無残に殺されたから。その理由は、察するにあまりある」
DYRAはISLAではなく、タヌとハーランに視線をやったままで告げる。
「もし今ここで、RAAZを殺されるようなことになれば、私も絶望して、同じことをするかも知れない」
その言葉に、タヌはDYRAとRAAZを交互に見る。RAAZがDYRAを見る表情は、ほんの少しではあるが、柔らかい。タヌが知る限り、初めて見る彼のそれだった。
「ドクターの心臓を持つ君の言葉だとしても、それだけは、いや、そこだけはこちらも譲れない」
「ハーランはそうだな。だから、私もそれを止める気はない。タヌの父親も『再会できたら殺す』とRAAZから事前に予告され、同意を迫られていた。そして、本心かはともかくタヌもそれには同意している」
「じゃあ」
だが、DYRAはISLAの銃口から手を離さない。
「おい、お前。子どもを殺して楽しいか?」
「楽しいとか、楽しくないとか、そういうのじゃないよ」
ISLAはDYRAを見ることなく、タヌを見て彼女へ返す。
「後世のためにも、根切りを確実にやらないといけない。それだけだ。成長すれば、俺たちを排除し、自分たちの世を取り戻すべく動き出す。それを阻止するためにも」
「ここで根切りをすればもはや証人もいない。受け継がれるものもない、か?」
「そう。これで完璧ってこと」
そう冷たい口調で言い放つISLAに、タヌは改めて恐怖を感じる。
「お前、自分が言った言葉が、これまで積み重ねてきたものを全部吹き飛ばす、とんでもない自己矛盾を孕んでいると、気づいていないのか?」
「何?」
「お前たちの世界を支配した人間は、お前たちにとっては確かに許し難い。でも、今この文明で生きている人間は何も知らない。タヌだけじゃない、ハーラン以外、ほぼほぼ誰も何も知らない。そして、お前たちも私も、早晩この世界を去る。それなら……」
DYRAがここまで言ったときだった。
「ISLA。……ミレディアの仇、私たちの世界の仇敵という意味では、そこにいるクズで終わりだ」
RAAZが告げた。右手の周囲に黄金色の粒子を大量に舞わせ、ルビーのような刃が美しい剣を出しながら。
「DYRAの言う通りだ。ニムローテが何者で、何を成し遂げたかすら知らない、そんな愚民共の未来の選択肢を私たちの都合で封じれば、やっていることはそこの性根腐り果てた一族の番犬と同じになる」
ハーランと同類になる。その言葉が三つ編みのないマイヨに響いてくれと、聞きながらタヌは心の中で祈る。自分が知るマイヨと違い、彼はまるで、RAAZたちがいた文明から世界からそのままやって来たような感覚で暴走しているように見える。
「だいたいそもそも、『電源が足りない』だの、何だかんだ言って私に『世界を焼くな』と言ったのはお前だろうが。それがここに来て……」
「エイリアスボディが?」
一転、ISLAは困惑した表情を浮かべる。
「アレの記憶や行動ログを取り込んだんだろ? なら、自分の言葉に責任を持ったらどうだ?」
この指摘に、ISLAは敢えて何も返さずに次の言葉を待つ。それに応えるようRAAZが言葉を続ける。視線をハーランへ向けたまま。
「妻を殺されたあの日から、私は世界を焼いた。ニムローテも、連中に賛同した愚民共も全部まとめて焼き尽くすと誓い、私はやった」
「アンタなりに、やり遂げた」
ISLAが当然のように頷く。
「ああ。そして、どうせなら、ミレディアを否定した奴らの子孫は彼女に殺されれば痛快だろうなとも思った。そして私はDYRAと出会い、彼女を『DYRA』にした」
剣を手にしたRAAZがDYRAの傍らに立つ。DYRAを真ん中に、三人が並ぶ。ISLAは時折視線をフィリッポへ向けた。
「じゃ、彼女に一仕事してもらって、めでたしめでたしだ」
ISLAがそう言うと、DYRAが彼を哀れむような目で見る。
「考えたさ。だがな、それが意外とツマラナイと気づいてな」
苦笑交じりにRAAZはそう言って、一転、厳しい表情をISLAへ向ける。
「全部滅ぼすと、私たちに残るのは本当の『無』だけだ」
「そう、だろうね。そしてそこから何かが生まれてくるのを待つしかない。けどRAAZ。それがその子どもを殺さないのと、どういう関係がある?」
「まだ、わからないのか? ったく。案山子の方がよっぽどマトモとはな」
「何だよそれ?」
「ミレディアが超伝送量子ネットワークにお前をブチ込んだ。何でだ?」
機械の中に人間を入れる。RAAZの言葉に、タヌは目を丸くして、視覚と聴覚の両方を二人に集中させる。ハーランはこの隙にと動く仕草するがすぐに止まった。DYRAが鋭い視線を逸らさなかった。
「人道なんてハナから無視した究極の手に訴えてまでミレディアがシステムに組み込みたかったのは、人間の心という『揺らぎ』だからだ」
RAAZの言葉が何を意味しているのかはわからない。それでもタヌなりに理解しようと聞き入る。
「AI技術の進化のために『量子のゆらぎ』を求め続けた果ては、倫理をバイパスし続けようとする人間の悪知恵との千日手だと彼女は看破した!」
ハーランは当然だろうと言いたげな目でRAAZを見るが、構わず続ける。
「だから、我々がシステム・ヴェリーチェを吹っ飛ばした後、愚民共に同じ過ちを繰り返させないため、詐欺みたいなプロトコルを入れさせないため。そう、第二のニムローテを誕生させないため。極めつけは、特定条件でAIを完全自律させないためだった」
ISLAは静かに答える。
「そうだね。だからドクターは俺を生かす代わりに、俺をブチ込んだ。俺をフィルター役にしたんだ」
「なら、案山子からの学習データをキッチリ落とし込んで思考と価値観のアップデートをやっておけ? でないとお前、そこの外道と同じところに堕ちるぞ? 一番なりたくなかったはずのモノに、成り下がるぞ?」
「外道……か」
「ああ。お前が極端に振り切ってどうする?」
その言葉に、ISLAが少し表情を変えた。新しい何かに触れたことを喜ぶかのように、RAAZ、次にDYRAを柔和な視線でちらりと見た。
350:【TRI-PLETTE】無関係だの血筋だのが他者を平然と傷つけていい理由になどならない2026/03/30 20:00
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時折雨が降ったりもしましたが、すっかり暖かくなりました。
皆様いかがお過ごしでしょうか。
改めまして、ここまで読んで下さってありがとうございます。
また、今回初めて読んだよ、という皆様も、せっかくのご縁です。是非ブックマークなどで応援よろしくお願いします。レビューとか感想とかいただけると、作者は小躍りして喜びます。珈琲にケーキセットつきそうなくらいに!
これまで言われっぱなしだったタヌは、思いの丈をぶつけました。
そんなタヌに、DYRAも加勢したり、おまけに……
一気に形成逆転という感じです。
唯一無二のゴシックSF小説、本当にもう、残り僅か。最後まで一層の応援を、どうぞよろしくお願いいたします!
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最終巻は「Web版とは違います」。
さらに! さらに!
物語の核心に迫る前日譚にして、反響大きい「DYRA SOLO」(Web公開ナシ)と一緒に読むと面白さ一万倍です。今回の347話は、もう、血の涙が出そうなほど見方変わります!
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Webで連載中のゴシックSF小説「DYRA」は文庫本で頒布(校正校閲しています。プラス! Web未収録シーンがあります!)。
今回の新刊は何と、最終巻です!! しかも、Web版とは違う、おまけに素晴らしいビッグサプライズなシーンもあります。
こちらは、物語の核心に迫る前日譚にして、反響大きい「DYRA SOLO」(Web公開ナシ)と一緒に読むと面白さ一万倍です。
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