343:【TRI-PLETTE】希望の苦痛と絶望の悲鳴の中、「目を覚ました」のは……
前回までの「DYRA」----------
西の果てにある、電源タワーの中枢制御塔がある空間は、『文明の遺産』をめぐる思惑や感情が入り乱れ、カオスと化していた。そんな中、ついに心臓部とも言える超伝送量子ネットワークシステムが起動、金銀の粒子が霧となってあたりを包む。マイヨは事前にRAAZへ、起動の瞬間が地獄になると曰くありげな言葉を告げていたが──。
「タヌ君!」
止めようとするアントネッラの声が聞こえたが、タヌは振り切り、霧の中へと走り出した。
一体何が起こっているのか。辛うじて見えるようになってきた光景に、タヌは言葉を失ってしまう。
剣の刃が霧散していくことに戸惑うDYRAへ、タヌの父親が奇声を上げて飛び掛かる。DYRAは肩を掴ませまいと、とっさに身体をひねって避ける。同時に、迷わず足下へ蹴りも入れ、体勢を崩しに掛かった。
「父さ……あっ……」
突然、タヌは足を止めた。何だか空気が重く感じる。まるで熱い風呂が沸いたばかりの浴室にいるような息苦しさがある。
「何これ」
ここで、銀色の柱が視界に入る。だが、タヌが見たのは、柱そのものではなかった。息苦しそうに倒れている人影と、その傍らに立っている別の人影だ。
「アンジェリカさん……?」
だが、それ以上をタヌが確かめることはできなかった。
「タヌ! 離れろ!」
DYRAがタヌの異変に気づくや声を上げた。
その声を聞いたタヌは走って戻ろうとするが、できなかった。
「わっ!」
足下に何かがしがみついたような感触が襲い掛かり、タヌはバランスを崩して背中と尻から倒れた。
「うわっ! とっ……!」
父さん。
タヌは言葉が出なかった。DYRAに転ばされたタヌの父親が不運なことに、足下に飛び込み、自分の足下に覆い被さる形となったのだ。そのままタヌの首を掴みつつ、立ち上がる。
「動くなよ! ガキを殺されたくないならな!」
タヌの首元を押さえ、空いている側の手に持つ銃の銃口をタヌのこめかみに当てて声を上げた。これにはさすがにタヌも息を呑んだ。まさか父親がここまでやるとは。
タヌは恐怖を浮かべた目を見開いたままDYRAを見る。霧が薄れ始めたのか、自分の目が慣れてきたのか、先ほどまでよりは周囲を見ることができるようになっている。
「そう、か」
DYRAはさもありふれた平凡な出来事のように応えるや、一気に距離を詰めた。目にも留まらぬ速さ、というのはこういうことを言うのではないか。タヌが彼女の姿が消えたと思った次の瞬間、首やうなじのあたりを引っかかれたような痛みと共に、自由が戻った。同時に腕を掴まれ、身体を引っ張られる。タヌはここでベタリと腹から床に転んでしまうが、すぐに起き上がった。
「お前っ!!」
うっすらと広がる霧の向こうから、DYRAの声と同時に、鈍い、だが激しい殴打音が響いた。
剣を使わず、DYRAが殴り、蹴りを入れていく。だが、タヌは柱の方から自分たちの方へ走って近づく小柄な人影に気づくと、彼女を見るのもそこそこに、そちらへ目をやった。
「タヌさん……!」
聞き覚えがある声に、タヌは誰が近づいてきたかすぐにわかった。
「……クリスト」
すぐにタヌは身構える。
「お父さんがっ!! どうして!? 何で!?」
彼の言いたいことはタヌもすぐに理解した。だが、今、自分をその父親から助けたのはDYRAだ。そして、別行動を取ることを告げられたあの朝言われた言葉も引っ掛かる。何より、モラタでタヌは二人の父親に遭遇している。
「そうだけどっ!」
今、何を思っているのか、それを言ったところで理解してもらえるわけがない。それ以上に、クリストはハーランと行動を共にしているともわかっている。だがらこそ、敢えてタヌは何も言わない。
「タヌさん! お父さんをっ!」
クリストが叫ぶように言ったときだった。
「──!」
突然、DYRAが悲鳴にも似た呻き声を上げた。自分自身を抱きしめるような体勢で、膝を落とす。その身体の周囲には無数の黄金色の粒子がまるで彼女に襲い掛かっているかのようにまとわりついている。遠目から見れば、RAAZが使っていたあの雷のような輝きが絡みついているようにも見えそうだ。額には玉のような汗も浮かんでいる。
「DYRA──!」
何が起こったのかはわからない。ただ、DYRAが苦しんでいることだけはわかった。タヌは彼女の元へ走ろうとしたが、それはできなかった。
「タヌさんは行かなくていいんです! 危ないですから」
クリストがタヌの手首を掴んだ。タヌはとっさに振り払おうと腕を振ったが、解けない。握るその力は、子どもとは到底思えない。それどころか、今まで知る限りのどの大人よりも強い。
ここでタヌはもう一つの異変にも気づく。が、そちらへ意識をやることはできなかった。
「マイヨッ!!」
アントネッラの叫び声が、タヌの思考をぶった切った。タヌはとっさにRAAZやマイヨがいるあたりに目をやった。
「ああっ!」
タヌは霧越しに、二人がDYRAと同じように苦しんでいる様子を見た。
「何だっ……!」
DYRAと同じ異変がRAAZとマイヨにも起きている。
「まだ、耐えられるんだ?」
ハーランは苦しむ二人を前に、嬉しそうな表情を隠そうともしない。
「当たり前だ。アンタがシステムを書き換えて乗っ取るためのプログラムを流し込むことくらいわかっていたからな」
マイヨは苦しい表情ながらも想定の範囲内と言いたげに平静を装う。
「RAAZ。超伝送量子ネットワークシステムのセキュリティブートが始まっているんだ。今少し耐えてくれ」
「何てこった……!」
「文句は、同じ手でドクターから基幹システムを奪ったニムローテに言え」
「ミレディアを利用した上、彼女を抱き込むためにわざと『社会の敵』に仕立てて築いた、あのクソみたいな新世界秩序とやらか」
RAAZはマイヨの言葉で、大昔、自分たちの文明世界がどうしてこうなったのかを理解する。社会インフラ基盤の中枢を担うシステムを、起動の瞬間に選民思想を持ったニムローテ一族が乗っ取り、市井に暮らす人々の頭の中にいたるまで人々を支配したときのことだ。
ハーランは懐から大型のオートマチック銃を取り出すと、思うように身体を動かせぬマイヨへ向けた。
「あの日、マッマを攫った主犯のキミを、俺としては今すぐにでも射殺したいんだがね」
「殺せない理由でもある、と?」
「キミには絶望を骨の髄まで味わってもらいたいからなぁ」
「ったく、ドクターの『作品』を壊すのが本当に好きなんだな、アンタらは」
「壊す? とんでもない。マッマは社会の宝だ。それをとんでもない陰謀に利用したのはお前たち軍部だろうが?」
ハーランが銃の安全装置に指を掛ける。
「そのとんでもない陰謀の象徴をキミの目の前で壊すさ。キミを処分するのは、キミが絶望する表情を楽しませてもらってからだよ」
ここで、RAAZがマイヨへ、ハーランに聞こえないよう、声を出さずに口だけ小さく動かして告げる。
「──あと、何分耐えろと?」
「──アイツが流し込んだプログラムが多いんだ。もうちょい掛かりそうだ。合図が出る……。武器は呼ぶな? エラー出るからな」
マイヨが同じように、口元だけ動かして答えた。
「──待てるか」
RAAZは自身の動きを阻害するものなど何もないとばかりの軽やかかつスピーディーな動きでプロテクターの脚部カバーに格納された銃を取り出す。銃身をくるりと回し、刃渡り二〇センチ程度のショートソードに形を変える。と、刃の周辺が蛍色に光り、刃として機能する長さが三〇センチ程度まで伸びた。RAAZはそれを手にハーランを仕留めようと一気に間合いを詰める。
「くそっ」
ハーランがすかさずソウトゥースナイフで応戦する。
RAAZとハーランが勝負の続きを始めたのを見たマイヨは、時折バランスを崩しながらも、RAAZとハーランを視界から外さないように意識しつつ、DYRAたちがいる方へと歩き出す。
その様子を見たアントネッラがRAAZたちとの距離が開いたところでマイヨの方へと駆け寄った。
「マイヨ……!」
「君も制御塔から離れて! ナノマシンが充満していない方へ」
近寄らないようにと、声を張り上げたときだった。
ダダダダダダ……
機関銃の凄まじい発射音が響いた。このとき、流れ弾なのか、マイヨのプロテクターにも二発、掠める。銃声はすぐに止むと、続いてカラカラと床に何かが転がる音も響いた。続いて、周囲の霧が一気に晴れる。DYRAが周囲に青い花びらを舞わせ、金銀の粒子が作る霧を完全に吹き飛ばした。
「くそっ!」
「させるか!」
DYRAが苦しい表情で、タヌの父親に背中から飛び掛かった。このとき、迷わず床に落ちた機関銃を勢いのまま拾うと、その銃口を倒れた男のうなじに突きつけた。
「こ、これで……終わりだっ!」
DYRAが苦しみながらも声を上げたときだった。
部屋の奥にある巨大な柱が赤とも紫とも取れる輝きを放ち始める中、クリストに手を掴まれていたタヌが声を上げた。柱を奇しくも背にした位置にいたタヌは輝きに気づかなかった。
「DYRA止めて!」
叫んだとき。
「あっ!」
タヌは、身体の自由が戻ると同時に、強い力で突き飛ばされた。クリストが手を離したのだ。そのまま勢いよくDYRAの方へと突っ込んでしまい、DYRAは銃口をタヌの父親から離す結果になってしまう。
銃口が外れた瞬間、タヌの父親が反撃する。振り向きざまにDYRAの首に両手を掛け、そのまま強く絞める。DYRAの身体の自由を取り戻すため、銃を手放した。
「くっ……そっ!」
DYRAの身体が僅かに浮き上がり、足下が一気に不安定になる。軸足が定まらないからか、蹴りを入れることもままならないのがタヌにもわかる。
「父さんも止めて!」
タヌが止めさせようと父親の腕を掴もうとするが、身長の差のせいもあり、上手くいかない。
そこへ、反対側からマイヨが飛び膝蹴りを食らわせる形で割って入る。驚いたタヌは、数歩よろめくような感じで下がった。
そのまま銃を拾うと流れるような動作で、タヌの父親に、機関銃の銃口を向ける。
「──!」
タヌはそれを見た途端、顔色を変えた。
同時に、銃声が響いた。
ほぼほぼ薄れた金銀の粒子が織りなす霧の中に、赤黒い何かが混じった──。
343:【TRI-PLETTE】希望の苦痛と絶望の悲鳴の中、「目を覚ました」のは……2026/02/10 21:27
343:【TRI-PLETTE】希望の苦痛と絶望の悲鳴の中、「目を覚ました」のは……2026/02/10 04:30
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選挙の煽りとか色々ありまして、更新が遅れてしまいました。
申し訳ございません。
後書きとかは追々書いていきます!




