19話 アストリア家
どうも、12月も終わりになった辺りですね。
私です、こんにちは。
何とか間に合ったと思います。
趣味に割く時間が減り、書くことが中々進まない。
でも、頑張るよ。完結まで、書くよ!!
では、次話で会いましょう ノシ
シュナイゼさんはおもむろに、腰に下げている収納袋から一冊の本を取り出した。黒革に金の刺繍が施された立派な本なのだが、六法全書とほぼ同じくらいの厚さがある。その本を片手で取り出すと、そのままテーブルの上に置いた。表面には『バルド王国録』と書かれており、用紙を見ると薄茶い色に色あせており年代物であることは理解できる。三から四年以上の年代物ではないかと思われる『その本』を見つめるシュナイゼさんは、どこか懐かしそうな表情で語り始めた。
「此奴は、代々王家に仕える騎士団長が持つことを許される書物だ。王家が隠してきた真実が書かれている。昔、俺が騎士団長として勤めていた時に頂いた物だが、此奴にはアストリア家に繋がる情報が書かれている」
「シュナイゼさん、ギルド長の前は騎士団長だったのですか。筋肉教団の司祭である私でもウワサにしか聞いたことがないものですが、それ国宝の分類に入る物ではないのでしょうか。門外不出で王に返却しなきゃならない物では?」
ロイア司祭は冷ややかな目でシュナイゼさんを見ながら言うが、そんな事など気にしていないらしく平然とした表情だった。黙って持って来た様に見えるのだが、何故か堂々としている事に違和感があった。何か理由があるらしく「まぁ、そうだろうなぁ」と言いながら背筋を伸ばし、先ほどまでヤル気のなさそうな表情が、急に真剣な表情に変わり説明を始めた。
「管理がずさんだったから、こうして手に持っているってわけではない。此奴は騎士団長を引退する時に王から直接頂いた物だ。つっても、防犯のためって言う名目上だがな。あぁ、そう言えば本当名前を言っていなかったな。俺の本当の名は『シュヴァルツ・フォ・トニア・サー・アストリア』だ。一様、穏健派をまとめているリーダーを務めている」
そう言うと、彼は懐から一つの勲章らしきバッチを取り出して、皆に見える様に本の上に置いた。三本の剣が描かれた紋章のバッチを見て、これが本物かどうかは驚いているオルディアさんの目を見ればすぐに分かる。そのバッチを彼は回収すると、そのまま自身の着ている服の上に付けると、真っ直ぐな目で俺たちを見ている。
「イスズ様たちに名乗った『シュナイゼ・コライド』と言う名は偽名だが、母方の姓がコライドで、此方の姓を名乗っている。アストリア家の名を隠している理由は、過激派からの妨害を受けないで済むからだ。過激派たちが束になっても俺には勝てないが、間違いなく妨害工作はしてくると思ってな。それ故に、名前を隠している。まぁ、コライドって名が気に入っているのも理由の一つなのだが、今まで通りシュナイゼと呼んで欲しい」
そう告げるた彼に、オルディアさんとロイア司祭は驚いた表情をしていた。それはそうだろう、目の前にいるのが騎士団長だったのだ。だが、名を偽ってまで冒険者ギルドで働き、そして『ギルド長』として出世したのだ。過激派からの妨害工作から身を守るためとは言え、顔バレするのではないかと思ったのだが、それについても説明があるのだろうと思い黙っていることにした。
「この貴重な本には、アストリア家が何故、狂ってしまった記述されている。過激派が此奴を狙っているのは、その情報を隠したいからだ。そして、ゲーディオ家とシーボルト家の両家は、唯一この本を保管することを許された一族だ。アストリア家にとっては、ゲーディオ家は唯一の防波堤だった。穏健派である俺たちが、過激派を抑えるために一族の弱みを内密にゲーディオ家に託したんだ。俺がこの街にいるのは、良からぬ者からゲーディオ家を護る為だ」
「そうだったのですね。祖父の殺害の件でいち早く部隊を連れて駆けつけ、現場保全と犯人捜索の指示を出した。全てはゲーディオ家を守るため。ですが、祖父が過激派の弱みを握っていたなんて、その様な事は一度も仰られませんでした。何故、屋敷の中にあったのでしょうか。祖父であれば、屋敷よりももっと安全な場所に隠すはずです。ですが、犯人はその弱みを見つける事ができずに、屋敷ごと燃やす方向に移したのでしょうね。シュナイゼさん、その弱みとは一体どの様なモノなのでしょうか」
「それは『鎖の破片』だ。この本に記述してある内容だが、その弱みについて語るには、六十年前にあった魔物との戦闘を語らないとならない。この本の内容によると、自身を『狂いの神』と名乗った獣がいたらしい。実際、狂いの神と戦った情報は、王都の図書館にも書かれていない情報だ。故に、この事を知っているのは、俺と王様の二人だけだ。亡くなったゲーディオさんも含めれば三人になるか。この狂いの神に関する情報は、歴史上から隠されている。その戦いを『神殺しの大戦争』と書かれていた」
『狂いの神と名乗った獣』と言う言葉に、俺や竜仙には目を見開いてしまった。俺たちが追っている『狂いの神』は、神々によって創られた存在だ。しかし、それ以外にも『創られた神』は存在する。その神々もまた『狂いの神』と名乗っていた。その狂いの神と名乗る神は、通常は人の姿なのだが、力を解放する事で『獣の姿』になる。獣の姿は初期段階であり、共通として全長三十メートル程の二足歩行で歩く狼のような形をした獣になる。その姿を状態を『偽りの神』と命名しており、昆虫で例えると『幼虫の姿』と言う第一段階の姿である。だが、それ以上の進化を果たすことはできない。故に、この世界の住人でも倒すことができたのかもしれない。
「アストリア家は、由緒正しき王家を守護する騎士の一族だった。穏健派と過激派に分かれる切っ掛けになったのは、その六十年前に戦った狂いの神が原因だ。見た目は、巨大な二足歩行のシルバーウルフに似た顔の獣だったらしい。実際に、このページにその獣の絵が描かれている」
そう告げると、絵が描かれているページを開いた。何が書かれているのか見てみると、そこには二足歩行の獣の絵が描かれていた。身長や特徴などが纏められており、絵を見ればこれが何なのか俺でもすぐに分かる。これは、間違いなく俺たち旅人が戦い続けた『偽りの神』と酷似していた。偽りとは言え、神は神である。そんな存在を倒せたことに、竜仙は感心したようにシュナイゼさんに言う。
「なるほど、シュナイゼ殿の言う獣は、儂らの知っている獣と酷似しているな。いや、もしくは同一形態かもしれん。獣の状態だとは言え、あの神をよく倒せたな。数多に存在する世界の神々によって創られた神。我々は此奴を『偽りの神』と命名し、そう呼んでいる。本来なら儂ら旅人が対応するはずの獣を倒すとは、相当な被害が出たのではないか」
「えぇ、かなりの被害は出たらしいです。戦闘を有利にする為に多くの武器を使用したが、それでも騎士たちを薙ぎ払い、叫び声だけで地面を揺らし、雷を降らせ多くの部下を失ったと聞いています。あの獣の姿をした神との戦闘は、かなり苦戦しましたと実際に戦場に立った父から聞かされていました。多くの罠や策士たちの力を借りて、倒す事が出来たと聞いています」
数ページ捲ってから閉じると、そのまま俺の方へと本をずらした。それを手に取り、実際に本の中身を確認していく。王国の誕生から数年前までの情報が記載されているようで、穏健派と過激派に分かれる切っ掛けだけではなく、二つの派閥に分かれた後に何をして来たのかが書かれていた。人が書くのなら誇張して書かれるのが普通なのだが、辛辣な言葉なども普通に書かれている。本当にアストリア家の者が書いたのかと、心の底から疑問に思えてしまった。
「アストリア家が何故、穏健派と過激派に分断されてしまったのか。それは、この獣を討伐した事がきっかけです。神すらも倒せた事への慢心と、優越感。それにより、王を守護する穏健派と我々こそが王に相応しいと行動に移した過激派に分断されてしまった。いや、そもそもこの獣が目覚めたこと自体が仕組まれた事だった。その証拠となる手紙と欠片をゲーディオ家に託したのです」
「まぁ、神を倒したと考えれば、誰もがそうなるだろうな。獣の目覚めさせた事も仕組まれていたとなれば、その理由も知りたいところだが。しかし、神殺しをした事が原因でこの六十年もの間、ずっと分断されているのか? 流石にどこかのタイミングで和解などがあっても良いはずだが、それも全くなかったのか」
「いえ、一度だけ和解をする話は出ました。ですが、その時に事件が起こったのです。過激派が起こそうとした事件とは、先ほど話した『鎖』を用いた『王国全土を巻き込んだ精神操作』です。獣の首についていた鎖を利用して精神操作を行ない、過激派の者たちを王として置き換える計画だったらしい。しかし、穏健派たちはその情報を掴んでおり、実行する前に計画を未然に防いだ。王はこのまま過激派たち全てを死刑にすれば、国の防衛力が下がる事を恐れた。その結果、それを黙認する代わりに過激派の弱みを握ったのです。結果的には穏健派にとっても弱みになるのですが、それで過激派の勢いを抑え込めるならと、当時の穏健派リーダーは考えたのです」
当時の穏健派たちにとって、自ら選択した事が弱みに繋なる事は十分に理解していたのだろう。だが、過激派を駆逐してまうことで生じる問題と天秤をかけて、彼らは『黙認』と言う選択を選ぶしかなかった。それが、過激派の作戦の一つだったとしても、それ以外の選択肢がこの時は見つからなかったのだろう。六十年もの長い時を過激派を押さえつけながら、彼らがまた何か問題を引き起こさない様に見張り続けた。だが、シャトゥルートゥ集落などの事を考えれば、過激派の全てを押さえつけることすら出来なかったわけだ。
「そのような事件を起こそうとしていたのですね。代々ゲーディオ家が守り続けたこの街を護るために、祖父は証拠品を守り続けていたのですね。どうして、私には教えてもらえなかったのか、その理由が何となく分かってきました。祖父は、父は、その証拠品を守り続けていたのですね」
「えぇ、その通りです。この街に来た際、名前を偽ることで冒険者ギルドの職員として働くことになった。前任者のギルド長は、職員の顔を覚える気が無さそうで、金のことしか頭になかった。そのおかげで、すんなりとギルド職員として就職が出来た。その後、ギルドで働いて分かったんだが、前任者のギルド長は『過激派』の一派と繋がりがあった事が分かった。その後、騎士団時代からの知り合いだったローシェンに裏取りなどを頼んだ。その情報を、王へと秘密裏に送り、過激派から『ゲーディオ家』と『預けている欠片』を護るようにと勅命を受けた。だがね、結局はゲーディオ氏も王の勅命を守ることすら出来なかった」
悔しそうな表情をするも、彼はすぐに真剣な眼差しで続きを話し始めた。
「それどころか、予想外な事にアーガス氏は『ディアラさんに預けている』と言う情報が流れて来た。その為、ローシェンにすぐにディアラさんを護る様に指示を出した。だが、逃がした後に予想外の戦闘になり、結果として前任者を殺害をする事になった訳だ。その後、王から俺が騎士団長の影武者として働いていたと言う偽りの設定と功績をギルド本部に説明し、この街のギルド長として就任した。それが、今までの経緯です」
「なるほど、そう言う経緯でギルド長になったわけか。済まない、話は変得たいと思う。ゲーディオ邸で見つけた犯人の死体なのだが、その者の持ち物の中に手帳があった。そこに記載されている内容で一つ確認したい事がある。シュナイゼさん、アストリア家に関する事なのだが『ウィリアム・ミカエル・フォン・アストリア』と言う人物を知っているか? 今回のゲーディオ氏を殺害する計画を立て、実行に移させた主犯格であるという情報が記載されていたんだ」
「ウィリアム? どこかで聞いたことがある名前ですが――いや、確か過激派の一人にその様な名前の男が居た気がする。要注意人物リストに記載があったはずですが、この前に起きた王国の会議室に乗り込み、監禁した容疑で逮捕されたはずです。先月ですが、ギロチンで処刑されたと言う情報を新聞で知りました」
ウィリアムと言う人物が処刑された。その情報は以前だが、新聞が届いた際に見た記憶があった。記憶が正しければ、公開処刑と言う形で刑が執行されたと書かれていたはずだ。その新聞は収納指輪に入れているため後で確認するとして、今は彼らに犯人の手に持っていた手帳をに書かれていた情報を伝えた。実際に手に入れた手帳を収納指輪から取り出して、彼らに提出した。
「これが、犯人の死体が所持していたものですか。かなり立派なモノのように見えますね。これは貴族が好んで使用しているのと似ているような気がします。ただ、これを犯人が所持していたとのことですが、これは王都でしか販売されていない貴族専用の専門店に置かれているものに酷似してますね」
「王都で販売されている物ですか。なるほど、確かに市販で販売されいる手帳に比べて、肌触りが良かった事が気になっていたんだ。任務の為に貰った物だと思っていたが、市販では購入できない物なのか。貴族専用店でしか手に入らないとなると、やはり裏にはアストリア家に繋がりを持つ貴族か、アストリア家が関与しているかだろうな。手帳の情報を見る限り、アストリア家が関わっているのは確かだろう」
手帳をオルディアさんたちに託すと、シュナイゼさんが「俺がそこら辺の調査を請け負う」と言い、その手帳を手に取り中身を確認し始めた。アストリア家に関することなら、シュナイゼさん率いる穏健派に一任するのが良いだろう。このままオルディアさんに任せた場合、火事で済まされるとは思えないのだ。屋敷の仕様人たちどころか、使用人と仲の良い連中すらも殺害される恐れがある。それ故に、穏健派の連中に任せておく方が今後の事を考えても安心だろと判断したのだろう。
「では、私も裏で調査しましょう。シュナイゼさん、私にも手帳を――」
そう言うと、ロイア司祭はシュナイゼさんの隣に座ると一緒に手帳の中を確認し始めた。何やら手帳を確認しながら、コソコソと話し合っている。意識すれば聴こえるのだが、所々で「マルス教皇に頼み、裏で」など聴こえて来たので聞かなかったことにした。マルス教皇となれば、シャトゥルートゥ集落の連中も強制的に参入だろう。
「そう言えば、オルディアさん達はこれからどうするのですか。流石に屋敷に戻る事は出来ないでしょうし、どこか安全な場所で暮らすことになると思いますが」
「えぇ、取りあえずはもう一つの別邸で暮らすことになると思います。本邸があの状態ですし、流石にこの場所で暮らして入院している方々に危害が及ぶ可能性もあります。もう一つの別邸なら、警備兵も常駐できる広さと、最小限の被害で済みますので。取りあえずは安心できるかと」
「そうですか。それでも、やはり危険なのは変わらないだろうし――そうだな、九条お前は此処に残れ。オルディアさんの護衛とトーチャ君の特訓を頼みたい。お前なら、トーチャ君や警備隊の錬度を引き上げられるだろう」
急に呼ばれたからか、九条は「は? マジか」と呟いた。しっかりと聞こえている事を理解している為か、一度溜め息を吐くといつもの様にのんびりした声で「了解です。その任務、請け負いますわ」と返答した。本人にとっては面倒くさい仕事を押し付けられたと思ったのだろうが、適任であることは間違いない。なんせ、俺の剣術を指導した二人目の師匠なのだ。ライラの剣術は受け流しを主流とした技が多く、九条の剣術は居合い術が主流である。剛と柔の両面を学ぶ機会を得たが、この街の警備隊たちの錬度を含めても九条が適任だと判断した。
「イスズ様、九条様をお借りして本当に宜しいのですか? 我々としては嬉しいのですが、イスズ様にとっても九条様は必要な人材だと思うのですが、宜しいのでしょうか」
「ぁ、そこは大丈夫ですよ。若旦那の命令にも、何かしらの理由があるんでしょう。オルディアさんの護衛、確かに請け負いましたわ。まぁ、安心してくださいな。こう見えて、旦那の剣術の師匠でしたので、それなりにやりますよ」
「本人もこう言っているので問題ないですよ。此方としても、今後の戦いに備えて各都市、各集落の護衛技術の向上は急務なので。決戦の日が来るまでの間、我々はこの街に滞在する予定です。ただ、その間シャトゥルートゥ集落などを往復する事もあるので、九条を常駐させておく方が安心なんです。そんなわけで、九条には街の護衛を頼む。九条、済まないが少し話があるから別室で話をしよう。竜仙はこのまま情報の精査を頼む」
オルディアさんたちに「では、失礼します」と告げ、ゆっくり席を立つとそのまま九条を連れて会議室から出た。本来なら竜仙も連れて行くべきなのだが、トーチャ君を見張ってもらわなければならない。九条には今回の仕事についての『本当の理由』を告げる必要があり、その事は竜仙も気付いていると判断しているだろう。
部屋を出て、隣にある『資料室』と書かれた看板が着いた部屋へと入る。資料室と言うだけあって、専門の資料が納められた本棚が並んでいる。部屋の中央にはテーブルと椅子が置かれており、そのまま椅子に座ってから室内全体に防音結界を張った。
「んで、若旦那。そろそろ説明して貰って良いか。他の部隊は全員撤退させて、俺だけをこの世界に残した理由を」
「そうだな。お前だけを残した理由も含めて、そろそろ話さなければならないな」
俺の前に椅子を置くと、九条は真剣な表情で俺を見つめながら座った。実はこの世界に残している百鬼夜行部隊は九条のみである。他の者たちは調査を終えた後にそのまま撤退してもらっている。実質、この世界に残っているのは九条のみである。
「九条、お前には別の任務をやってもらいたい。本来なら俺か竜仙が対応すべき案件なのだが、時間が限られている手前、適任者が九条――お前だけが対応できる案件だ。その為この世界に残ってもらった。かなり危険な仕事の内容になるが、お前なら対応可能だ」
「ほぉ、若旦那が危険と言う仕事か。そうなると、予想できるのは二つに絞れる。暗殺か破壊になると思うが、一体何をやらせるつもりだ」
「今回、お前には『この街にいる過激派の連中の始末』を頼みたい。詳しい事は口頭では言えない。表向きの仕事として、オルディアさんの警護を頼むのも都合が良いからだ。そもそも、オルディアさんの警護は、別にお前じゃなくても出来る事は理解している。だが、今回ばかりはお前の観察眼と索敵能力の高さを考えても適任なのは間違いない」
「穏やかな話じゃないな。いや、そもそも旦那が『対象者の始末』を頼むなんて珍しい。いつもなら始末ではなく、対象者を生きたまま連れて来いと言うはずだ。そんな中で、若旦那は対象者の始末を命令する。それも口頭では伝えられない内容とくれば、断罪すべき相手である事は確定しているってことなんだろう。理由を聞いても良いか」
収納指輪から旅人業務で必ず渡される配布用の通信端末を取り出し、そのまま九条に投げ渡した。そこには、部下たちが調べた情報が記載されている。最初は無言で内容を読んでいたが、徐々に頬を引き攣らせ、怒りに満ちた表情へと変わる。それはそうだろう。そこに記載されている内容は、遥か昔――そう、俺がまだ人間だった頃に行なわれた「とある実験」の内容が行われた情報が書かれていたからだ。
「最初は、俺もあり得ないと思っていた。だが、ミッシェル集落で起きた『龍脈の移動』の件、トーチャ君の『人造人間』の件。シュナイゼさんが見せてくれた書物に書かれていた『偽りの神』の内容。そして、王国全土を巻き込んだ『精神操作』の情報もだ。このすべて、俺が知る限り『人造の器』を製作する実験と酷似している。間違いなく『来日の神を人造の器へ下ろす実験』だろうな」
「若旦那、まさかと思うが――俺たちが断罪しなければならない『ミョルニル』は、俺をスライム人間に変えた。いや、それだけじゃねぇ、百鬼夜行部隊、全員が知る『彼奴』なのか。俺たちの故郷を滅ぼした、あの博士だと」
「あぁ、その可能性がある。コレで、ようやく合点がいった。来日の神を下ろす器として、トーチャ君は作られ、失敗作として此処に送られたんだろう。間違いなく、彼奴は顔を変えている。故に、俺たちは気付くことが出来なかった。最高傑作として、実の娘を器として実験に利用しようとした。俺たちにとって因縁のある博士――彼奴こそがミョルニルだ」
その言葉を聞いた瞬間、九条は俺の端末を破壊した。その怒りは理解しているし、俺も正直に言えば腸が煮えくり返っている。ただ、その怒りを表に出していないだけである。九条は元々は普通の人間だった。だが、他世界に彼奴はいたのだ。そして、その研究材料として九条は選ばれ、そのまま現在のスライム人間になってしまった。身体は人間だが、意識を切り替えればスライムに姿を変えられる。そんな魔物へと堕ちてしまったのが、今の九条である。
「過激派を始末しろと言ったが、それは『正当な理由』があると言う認識で良いだよな。若旦那」
「あぁ、その通りだ。この件については、オルディアさんには聞かせるわけにはいかない。後で、ロイア司祭とシュナイゼさんに報告して置く。あくまで始末するのは実行犯のみだ。それ以外は正当な理由がない限り始末はするな。俺はしばらくの間、シャトゥルートゥ集落とゲーディオを往復しながら決戦の準備を行なう。ミョルニルとの戦闘中に他の集落を巻き込む魔法を使用される恐れもある。此方も隠し玉の一つは用意した方が良いだろう」
手帳を取り出し、これからの事について箇条書きだが書いていく。九条に対応してもらいたい者たちの名前を記載し、ゲーディオで対応してもらいたい情報を記入する。本来なら口頭で伝えるべきなのだが、念の為に紙に記載して渡しておく。対応する内容を記入し終え、手帳から記入した箇所のみを破り手渡した。九条は、紙の内容を確認し終えるとそのまま収納指輪の中に入れた。
「対応すべき事は理解したが、この街だけで二桁もいるのか。了解した、此方の方は俺で対応する。しかし、あの巨大な実験が行われる可能性があるとなれば、この世界でも同じことが起こるかもしれないのか。流石に俺たちだけじゃ対応できないと思うが、他の仲間たちはどう動く予定だ」
「そこについては問題ない。テュイルに頼み、水面下で対応してもらっている。俺たちは、彼奴を仕留めることだけを考えるだけでいい。彼奴の魂は、確実に捕まえて浄化する。これ以上被害者を増やさない為にもな」
部下たちのおかげで、何とか準備は進んでいる。テュイルや嬢ちゃんたちのおかげで、此方の手札も増えてきている。いい加減、俺も覚悟を決める日が来たのかもしれない。欠けている記憶を元に戻し、今度こそ断罪すべき対象を仕留めると決めたのだ。
「若旦那、そろそろ戻ろうか」
「そうだな。済まないが、俺からの依頼の件は任せる」
「気にするな、若旦那。これは、俺たちの問題でもあるのだから」
九条は立ち上がり、竜仙たちのいる部屋へと戻ろうとした時、もう一つの個人用の通信端末が鳴った。それを取り出し画面を確認すると、テュイルから「至急確認」と言うタイトルのメールが届いた。メールを開いて内容を黙読すると、驚きの内容が記載されていた。俺の驚いた表情を見てただ事ではないと判断したのか、九条も「若旦那、何かあったのか」と言ってメールの内容を確認した。
「レーヴァを復活させて、精神の調律も正常に戻したことは良い。あぁ、そこは良いが――記憶を読み解いて出た結果が『レーヴァの精神を調律したのがミョルニル』だと? ちょっと待て、他の神々の手によって調律が行われ、それによって狂わされたんじゃないのか? ミョルニルが精神の調律をする技術を保持していたってことだよな」
「おい、旦那。これって、あり得るのか。いや、そもそもこの世界に来日の神が封印されているんだったよな? もしかして、ミョルニルは兄弟を手にかけていたのか」
「いや、本来ならあり得ない事だが、彼奴ならあり得るか。なら、何故ミョルニルは弟であるレーヴァに手をかけたのか。どちらにしても、奴を仕留めて魂の浄化と記憶を読み取れば全てわかるか」
通信端末を胸ポケットにしまい、九条と共に部屋をでた。廊下には竜仙とトーチャ君が立っており、俺たちを待っていたのか此方の方へと顔を向けると、そのまま向かって来た。取りあえず、被疑者兼被害者であるトーチャ君も知るべき内容だと想い、俺たちはトーチャ君をもう一度資料室へと案内し、先ほど入ったミョルニルの情報を竜仙に伝えるのだった。




