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断罪の旅人  作者: 玖月 瑠羽
一章 シャトゥルートゥ集落
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9話 盗賊団の襲撃

 朝日が昇る頃、一台の馬車が街道を爆走していた。馬は息を切らしながら、必死に目的地である山の頂へと向けて走る。まだ道が完全に舗装されていないことから、商人の運搬用の荷台についている車輪が石に乗り上げながらも横転せず、勢いよく車輪が地面に叩きつけ荷台からは人の悲鳴が聞こえ、その運転の荒さが際立たせる。馬の手綱を引いている男性は、右腕に弓矢が刺さっているにも関わらず必死に何かから逃げようと手綱をしっかりと持っている。ボサボサな茶色いハーフショートヘアは爆走しているせいか激しく揺れる。頭部からは髪の毛と同じ色をした耳を生やしており、顔立ちは二十代の好青年のような爽やかさがある。だが、今は険しい表情をしながら強く歯を噛み締めながら、綺麗な赤い瞳で前方を必死に食らいつくように見つめている。極度の緊張からか尻尾を立て、忙しなく後ろにある荷台へと目線をやり、必死に「もうすぐ国境だ」と叫び手綱を強く握る。


「急げ、なんとしても逃げ切るぞ!! ニーパラさん、このまま運転を頼む!! 後ろから着ている盗賊を食い止める」


「わ、分かりました!! ッグ、もっと早く、早く逃げないと」


 獣人族の中でも群れを大切にする『狼族』のニーパラさんへと叫び、俺は両手に握っているクロスボーガンをジッと見つめる。少しでも荷馬車を軽くするためガントレット以外の甲冑を収納指輪にしまったことが仇となり、今着ている服はもちろん、羽織っている青色のコートが盗賊との戦闘で所々が裂かれている。馬車の運転席とは言え、風に揺れる金色の髪が忙しなく揺れて目障りだった。背中に背負っているボーガンの矢も、さきほどまで後方から追い上げるように馬に乗ってやって来た盗賊へと放っていた。だが、相手も馬鹿ではなく、街道の左右の林から突如現れ、なんとか逃げ切れたがニーパラさんの右腕に盗賊が放った矢が刺さってしまった。こればかりは俺の判断ミスだ。もし、荷馬車がこの一台のみではなかったら、大変なことになっていただろう。だからか、今回の依頼がこの荷馬車一台のみで済んだことに今は感謝している。しかし、その油断のせいでこんな事態になってしまった。だからこそ、なんとしてもこの荷馬車を守りきらなければならない。


「まだ、着かないのか!! このままじゃ――」


「は、はい!! も、もう少しでコラライ山脈です!! その後は、このまま山道を進めば『シャトゥルートゥ集落』です!! あそこなら、危険はないはず」


 焦っているせいか、痛みも忘れてしまったのだろう。手綱を持った手は離すことなく、忙しなく馬の舵をとっていた。その姿を横目で見ながら、荷台の中にいる仲間たちの事が気になった。馬車の荷台の中には、食料や織物などの商業用の品の他に『奴隷』や『ギルドの方々』も運搬している。そして、彼らを守る為に俺の仲間である人族の魔術師『タツヤ』と双剣使いの『サヨリ』が指示を待っている。俺としては、まだ駆け出しの二人を連れて護送の任務に着くのは反対だったが、彼らの腕前を実際に見て許可を出した。だから、いざとなったときは、彼らにも戦ってもらう。だが、まだ盗賊を――いや、人間を殺した経験がない彼らに務まるのか、そこが不安で仕方がなかった。だから、俺は同じエルフ族の同僚である弓使いの『シュバルツ』と獣人族の医療士『ケイン』を連れて来たのだが、つい先ほどの戦闘でシュバルツが盗賊の放った弓矢が肩に刺さってしまい、今は荷台の中でケインの治療中である。


「クソ!! 盗賊の数が多すぎる!! こんなことなら、もう少し人手を増やせばよかった。そうすれば、こんな事態にはならずに!! クソ、今更言っても意味がないと分かっているが、クソがぁぁぁあああ」


 左側の林から飛び出して来た、毛皮のローブを着て顔を隠した盗賊の身体が見えた。目視で確認するよりも早く、クロスボーガンを盗賊の額に向けて矢を放った。このクロスボーガンには『ダメージ増加率50%』と『クリティカル率50%』の効果がついている。そのおかげもあり、襲いかかって来た盗賊の頭部が一瞬にして吹き飛んだ。その後、すぐに矢を装填し左右を見張りながら、腰に背負っている矢筒の中に入っている矢の本数を指の感触のみで数える。ざっと数えた限りで、残り本数が十一本。盗賊団との戦闘で、盗賊団を殺した数は約三十人で此方の被害は負傷者一人。だが、どう考えても戦力的にはこっちが不利だ。敵の人数が未だに分かっていない中で、シュバルツを失ったのはかなりの損失だ。生きてはいるが戦闘に参加できなければ意味がない。


「クソ!! こんな時に、神頼みなのは嫌だが、誰か助けてくれ!!」


 爆走する荷馬車から叫ぶ俺の声は、無情にも走行する音によってかき消されている事に気づくはずもなかった。滅多に神頼みなどしない俺が、久しぶりに神頼みをしてしまった。だが、それほど今は切羽つまっているのだ。背後から追いかけて来る盗賊の頭をクロスボーガンで吹き飛ばしながら、依頼人であるニーパラさんと荷台を守る。



Side オショウ


 御館様が道具のダンジョンを攻略し、ダンジョンから脱出した後のことだ。お館様からダンジョン内部の話を伺い、少々興味が湧いていた。しかし、御館様からのご依頼のため、ダンジョンの事について聞くのは止め、仕事に集中することにした。御館様から依頼を受けて来たものの『結界の配置』と言う依頼を受けるのは久しぶりで、儂の力を用いて貼る結界をどの程度まで強度を上げるべきか悩んでいた。だが、悩んでいても仕方がないと思い、いつも通り『御館様と竜仙様の本気の模擬戦』で使用する程の強度を貼ることにした。儂はいつものように僧侶服を着て、何も言わずに血痕が付いていた『カルデラの出口付近』で結界を貼る御経を読んでいた。ゴブリン族である儂を、種族関係なく『仏の道』へと導いてくださった『不殺のショウレン』様への志を継ぎ、今では不殺の道を歩むようになった。今でも、あの時のショウレン様の慈悲深きお言葉が脳裏を過ぎり、この道に進めた事を心の底から感謝をしている。


(ショウレン様。私は今もなを、貴方の弟子に慣れて嬉しく思いますぞ)


 結界を貼るための御経を読み終え、その場で一拍すると木魚と手に持っている数珠が消える。これで仕事が一段落したので集落に戻ろうと背後を振り返ると、先ほどまで焼け野原だった光景が消えて緑豊かな風景へと変化していた。どうやら無事に魔女たちの魔法が発動したようで、なんの問題もなく自然が蘇っていた。先ほどまで御経を読んでいた際に感じていた魔女たちの魔力は消え、完全に森が蘇ったことへの安堵感が心の中に広がった。やはり、森は良いものだ。動物たちの気配はまだないものの、いずれはこの森にも動物たちが住み、命を侍らせ、より豊かな地へと変えるのだと思うと、目頭が熱くなる。そして、儂は洞窟の方へと顔を向け、もう一つの仕事を終わらせるために山道の方へと歩き出す。御館様からは「シャトゥルートゥ集落の外から来る者を見定めて欲しい」と言われており、今からこのトンネルを抜けてこの場所に来る者たちを見定める予定だ。


「ふむ。御館様からの依頼と思えば、まさか『お菊からの依頼』だったとは――。ならば、儂に直接頼めば良いと言うのに、お菊が取り乱して御館様に依頼するとは珍しいのぅ。しかしながら、儂の力を貸して欲しいとは、一体何か緊急の要件でも出来てしまったのか」


「はい、そうなのです。どうやら、一台の荷馬車が襲われているようで、我々では手加減ができず確実に殺してしまうのです。竜泉様からのご命令で活かすように指示を受け、カルデラ内――いえ、シャトゥルートゥ集落の外に潜伏していた何人かの盗賊らしき者を見つけたのですが、先ほど全員死亡を確認しました。拷問はかけていないのですが、我らの威圧のせいで心臓発作を起こしてしまい、急性心不全に陥り亡くなったと考えられます。なので、どうか『オショウ』様の御力を、お借りしたいのです」


 腰まである黒髪のスーツ姿の女性が、儂に向けて話をかけて来た。漆黒の瞳はジッと儂を見つめながら、歩調を合わせて歩いてくれている。彼女の名は『お菊』である。儂の部下であり、茶飲み仲間である。さて、洞窟の中を歩いている間も、遠くの方から風に乗って誰かの助けを呼ぶ声に眉を寄せる。御館様から『不殺の力』を必要とするのならば、儂が断ることは無い。ショウレン様から言伝で来て見れば、この世界は正しく死に満ち溢れていた。


「ふむ、なるほどのぉ。じゃが、お菊らの威圧で死ぬとは、この世界の住人の心臓は弱いのう。じゃが、儂の威圧でも死ぬ可能性はあるだろうて。うぅむ、少し弱めの威圧にするかのぉ。まぁ、不殺が必要と言うことならば、儂で宜しければ御力になりましょう。儂の技にて、悪しき者を生きたまま眠らせましょう」


「オショウ様、誠に有難うございます!! オショウ様の御力で彼らを御救いください」


「うむ、任されよ。意識を刈り取るのに一秒もいらん。何、すぐに終わらせましょう。お菊よ、トンネルの出入り口の封鎖。頼んだぞ」


 トンネルを抜け、山道を降りる道を見つめながらお菊に告げる。すると、黙って頷き来た道を戻っていた。儂としても、お菊たちが無益な殺生をするのだけは避けたい。それに、儂は竜仙様への『大きな借り』を、まだ返していない。先ほど通っていた道が完全に消えるのを確認し、山道をゆっくりと降りていく。緩やかな下り坂を歩きながら、指を鳴らし一m程の長さはあるだろう『翡翠石で作られた錫杖』を召喚する。錫杖の頭部には金色の装飾品が施されており、その装飾品に左右三つずつ金色の輪っかが付いている。この錫杖を使用するのは何千年ぶりだろうか。錫杖なしでも力を扱えるのだが、錫杖を手に持てばより細かな制御が行なえる。だが、日々の鍛錬によって錫杖無しでも制御できるようになった。しかし、今回の件については、この錫杖の力を借りなければならない。お菊たちと同様に、儂の力で運悪く死ぬ可能性もありえる。不殺の道を継ぐ者として、不可抗力だろうと殺すわけにはいかぬ。


「さて、儂の救いを必要とする者を、助けるとするかのぅ」


 儂は下り坂から見えている下――いや、街道を走行中の荷馬車を横目で見ながら歩いている。馬車の後ろでは、数十名の馬に乗った者が号令を出しながら馬車へと迫っている。そして、荷馬車の進む方向には左右から弓矢で畳み掛けるか、飛び出して馬を驚かせるか分からぬが、物陰に隠れて機会を伺っている者の気配がする。数にして十名かそこらだろうが、荷馬車を襲うつもりのようで殺気立っている。無意味な殺生を求めているのか、ただ単に快楽を求めているのか。儂には解からんが、儂の見ている前での殺生は許さぬ。ならば、儂の手によって、少しお灸を据えてやるとしよう。


「致し方なし。不殺の力、見せてしんぜよう」


 物陰に隠れている者へと向けて、手を抜いた威圧を放った。手を抜いているとは言え、気絶はせぬと思っていたが、予想に反して全員の意識を刈り取る事ができた。どうやら、この世界の住人は我々の威圧で簡単に刈り取れてしまうようだ。


(なるほどのぉ。お菊は、この事を言っておったのか。確かに、儂らの威圧は心の臓を簡単に停止させられる。今のところ、意識を刈り取った者は生きているようじゃが、このまま放置すれば魔物にやられるじゃろう。さてさて、行くとするかのう)


 錫杖を走行する荷馬車へと向け、儂が向かうべき場所を再確認する。馬車が盗賊たちの隠れているラインを通り過ぎると、流石に異変に気がついたのか後方の盗賊たちがさらに速度を上げた。その光景を見て、走行中の荷馬車の下へと向かうため浮遊する。魔力では感知されるおそれがあり、今回は『気』を集中することによる浮遊で向かう。空中を浮遊し、一呼吸するうちに目的の荷馬車へと飛び越えた。

 無事に馬車の上――いや、馬の背の上に立っている。馬たちは驚くことなく、必死に走行している。そして、目の前には獣人族とエルフ族だと思われる人間が驚きの形相で儂を見ている。だが、そんな事を気にする必要もなく、そのまま荷台の上へと飛び移り錫杖を盗賊へと向ける。


「ほぉ、殺気立っておるのぉ。人を殺してなんとなるか。不殺の道には、邪魔な意志じゃな」


 突然現れた儂の姿に一瞬動揺したようだが、すぐに先頭を走る者が弓を構える。馬に乗りながら弓を構える姿を見て、錫杖の矛先を盗賊団へと向け優しく微笑む。矢尻は間違いなく儂を向けているのだが、うまく狙いが定まらないのか苦虫を噛み締めたような表情をしていた。弓の弦を引いている手にいらぬ力がかかっているように見え、儂は左手に『赤い色の球体』を創り出した。その色を見て『炎系の魔法』と勘違いしたようで、先ほどから相殺しようと水系の魔法を放つは、弓の弦を引いていた盗賊が矢を儂に向けて放って来るが、その攻撃が儂に届く前に錫杖で打ち払う。それが合図となったのか、一斉に矢が飛んでくるのだが儂どころか荷馬車すら当たらない。


(風が儂に味方をしたか。不思議じゃのぉ。この世界の住人ではないのだが、儂に味方をするとは、やはり儂は自然に愛されておるようだ)


 左手に浮遊している球体は徐々に大きくなり、見た目が『ばすけっとぼーる』と言う鞠と同じサイズになるのを見届ける。赤い球体の周りを黄色い稲妻のように線が走り出した。盗賊団のいる方向へ向けて、手に浮かんでいる球体を軽く投げた。当然のことながら、矢で球体を射抜こうとするが球体を消し去ることはできずに通り過ぎた。そして、そのまま先頭の盗賊に当たると、凄まじい爆発音と共に連鎖的に赤黄色の稲妻が後方の盗賊団すべてをもの凄い速さで貫いていく。それは、まるで蛇のように盗賊弾の心の臓を貫くように動く稲妻を目で追いながら、この技の名を告げた。


赤蛇(せきじゃ)波動球。確か、そんな名だった気がするのぉ」


 最後尾の盗賊が馬を急に止め、もがき苦しむかのように首を掻きながら地面へと落下する。いきなり仲間が倒れたのに気がついたのか、隣にいた盗賊が走る馬を止め駆け寄ろうとするが、倒れている者と同様にもがき苦しむと口から泡を出しながら倒れた。その状況が連鎖するように、先頭を走る者に迫っていく。首を掻き毟る者たちを見ながら必死に耐えているが、手綱を持つ手が、頬が、首筋が赤く晴れ上がり、その苦痛から仲間たちとは違い馬の手綱を強く引いた。それによって、馬が驚き前足を上げ乗車している者を振り落としてしまう。地面に背を打ち付けたことで激痛が襲ったのだろう、目を見開きながら首を掻きむしり、そして泡を吹いて気絶した。


「終わったか。ふむ、死人はいないようじゃな」


 右手に持つ錫杖を気絶して遠のいて行く盗賊団へと向けると、錫杖の矛先についている輪っかが淡い蒼色の光を放つ。この錫杖には魔力制御の他に、儂が放った攻撃を受けた者の安否を知らせる機能もついている。蒼い光は『全員生存』を表し、一人死ぬごとに赤みが増していくようになる。どうやら、今回も死人はいないようだ。不殺の道を極めるための修行にて、儂は己の力を過信し罪もない魔物を殺してしまった。あの時から、儂は自身の力を過信せず、修行に明け暮れた。その成果が、こうして結果として出たことは嬉しい限りだ。


(儂もまた、成長していると言うことか。これも、ショウレン様の下で修行した成果……、か)


 今日もまた誰も死なずに済んだ事に、感銘を受けながらも先ほどの盗賊団の姿を見届け、儂は足元の荷台へと目を向けた。先程から荷台の方に違和感があり、これがなんなのか疑問に思っていた。荷台の大きさから考えても、通常ではありえない生き物の気配を感じ取った。十五人くらいは乗れる大きさはある荷台なのだが、百名ほどの生き物の気配を感じ取ったのだ。まるで、御館様の持つ収納指輪と似ている。もしくは、この荷台は『隔離空間を発生させている』やもしれない。そうなれば、竜仙殿に報告をしなければならない。


「クックック、これは愉快!! 儂らの世界の技術を使用しているのか。中々に面白い。この世界でも、人の運搬に用いられるか。ちと、興味が湧いた。じゃが、今は聞くべきではないだろう。ん、まだ来るか――して、何用かのぉ? 先ほどの騎士殿」


 背後を振り向くことなく、ボーガンを構えている騎士に話しかける。一瞬だが動揺したようで、息を呑む音が聞こえた。別に驚くことでもないのだが、儂の声に驚くとはまだまだ修行が足りないようだ。儂の下で修行をさせれば、より強い者になるだろうが――いや、儂は不殺の道を進むと決めたのだ。そう言ったことは、竜仙殿に任せている。故に、儂が鍛えることはないであろう。


「さて、儂の威圧で意識を刈り取った者たちが目覚めたか。ほれ、騎士殿は運転手を守るが良い。儂が、片付けよう」


「ぁ、アンタはゴブリンだよな? 何故、敵であるはずの俺らを助ける? いや、その前に、どうやって来た!? 一体、お前は何なんだ」


「一々、質問が多い小僧だのぉ。儂は、この世界の住人ではない。お主らを襲うつもりなど、はなからない。後、なんじゃったかのぉ? あぁ、どうやって来たかについては『飛んできた』としか言いようがない。取り敢えず、後ろは儂が蹴散らそう。だから、お主は儂のことなど気にせず、周囲の警戒をしておれ」


「本当に、襲わないな」


「くどい!! さっさと、持ち場に戻らんか!! 焦る気持ちは解からんでもないが、今は前を向いておれ馬鹿者!!」


「ぇ、あ、はい」


 儂の説教を受け、騎士殿は持ち場へと戻っていった。まったく、儂を危険視するのはよう分かるが、今はどうすれば良いのか理解できているはずだ。それ程の切迫な状況下だとはいえ、もう少し落ち着いて状況判断しなければならない。


「さて、さっさとやるかのぉ」


 左指を鳴らし、手に握る錫杖を消す。先ほどの攻撃で、何人かは戦闘不能にした。しばらくは動けないはずだが、いつ復活するかも分からん。それ故に、予防策をする必要がある。だが、その前に荷馬車を襲おうとしている盗賊団を懲らしめなければならない。だが、どうやって懲らしめようか。先ほどの鈴羅波動球をもう一度打つべきか、それとも違う技を使用するべきか。その場で合掌し、ゆっくりと目を閉じる。馬の駆ける足音や、荷馬車の車輪の回る音。そして、馬の鳴く声を聞いたことで盗賊団へ向けて放つ技が決まった。ゆっくりと目を開けると、前方から凄まじい形相で追いかける盗賊を見て、優しく微笑む。それが異様だったのか弓矢を引き絞るのだが、上空と言うよりも儂の頭上を見て驚愕な表情をし、矢を放つことはせず固まっていた。


「うむ、この技を使うのは懐かしいのぉ。儂としても、お主らに対してこの技を扱うのは、心苦しいのじゃが、仕事なのでな。致し方なし」


 頭上を見上げると、そこには先ほどの赤蛇波動球の数十倍の大きさはある『赤い球体』が浮遊していた。球体の周りを青い稲妻のような物が走っており、赤蛇波動球の周りを走っていた赤い稲妻よりも少し速いように見えた。そして、その稲妻は徐々にそのスピードが増して行き、最終的には目視で確認することが出来ないほどの速さになった。


「では、お主らには寝ていてもらおう。良い夢が、見れると良いのぉ」


 上空の球体は凄まじい速さで盗賊団の下へと衝突し、凄まじい爆発音と共に追い風が荷馬車を襲う。逆にその風のおかげで速度が増したようにも思えるのだが、儂は今の技で死人が出ていないか心配だった。なんせ、凄まじい爆風と共に天へと登っていく赤い柱が現れ、その周りを先ほどの蒼い稲妻が走り、柱が広がっていくのを阻止している。その光景を見届けながら、流石に少々やりすぎた感がある。念の為にもう一度錫杖を召喚し、死人が出ていないか確認のために向けてみたが、蒼い光を放っていたので胸を撫で下ろした。柱が完全に消滅するのを見届けながら、背後で見ていたのだろう騎士殿の驚く声が聞こえた。不殺を唱える儂が死者を出すわけには行かぬ。他世界ということもあり、手加減しても簡単に死んでしまう。それ故に、御館様が儂にこの依頼を任せたと言うのに、儂が失敗しては御館様に顔向けできん。


「はぁ、やはり老体には堪えるのぉ。ついつい、調子乗ってしまう。さて、そろそろ山道に入るかのぉ。儂の護衛も此処までのようじゃな。帰って、お菊と茶でも飲むとしよう」


 儂は後ろを振り向き、運転席の方へと向けて歩き出す。先程から騎士殿の殺気を背中で感じ取っていたが、それほど切羽詰っていたのだろう。カルデラ内部に入れば、儂の貼っている結界の中だ。しばらくは盗賊団が襲いに来る心配もないだろう。しかし、此奴らが集落に入った事で、儂らの仕事を邪魔しないかが不安である。集落の修復に、ミーア殿の指導。他にも人造人間の作成など、儂らは多くの仕事をせねばならない。それ故に、此奴らが邪魔をしないとは限らない。


(釘を刺しておくべきか。いや、これは儂がやるべきではないだろう。取り敢えず、こればかりは竜仙殿――いや、御館様に任せるとしよう。儂の仕事はこれにて終了じゃからなな)


 盗賊団の気配が遠のいて行くのを感じ取りながら、荷馬車を引く馬の駆け足と車輪の音を聞きながら山道を駆け上る。その光景を見ながら、儂はその場で座禅を組み合唱する。本来なら馬の背に乗りながら、盗賊団から逃れるための予防線として、罠を設置しておくのだが、いかんせん現状を考えると今すぐ馬の背に乗るのは拙いだろう。急に背中の重みを感じ取り、暴れる可能性がある。それ故に、今はこのまま此処で罠の準備をするのが一番だ。


「儂としてはあまり気が進まんが、仕方がないことだ。誰一人として、儂の力で死人が出るのは避けたいからのぉ」


 印を組み、罠を飛ばしていく。幻影系の魔法陣を崖側や地面に貼るのと同時に、探知系の魔法陣も貼っていく。一ヶ月間はこの世界にいるのだから、ありとあらゆる危険性を考慮し、最後の予防策として道を塞ぐ魔法を貼る。これだけあれば、集落への襲撃される可能性は完全に減るだろう。儂のやるべきことを全て終わらせると、カルデラへの出入り口付近へと近づくのが見えて来た。じゃが、現在トンネルは塞がれており、このまま通行するのは不可能である。まぁ、そのために儂がいるのじゃがな。儂がいれば、塞がっている道を開放し、通れるようにする事ができる。


「オショウ様、お帰りをお待ちしておりました」


 どうやら儂の気配を察知したのか、儂の左隣からお菊の声が聞こえた。どうやら、儂の仕事は此処までのようだ。後は、お菊たちに任せて、儂は御経の準備でもしておくとしよう。なんせ、一ヶ月後には集落で亡くなった者たちを弔うのだ。そのための『お寺』も準備中と聞いておる。


「お菊よ、この者たちの案内を頼んでも良いか」


「えぇ、問題ありません。今、私たちの部隊が入口前で待機しております。後のことは、部下たちに任せましょう」


「うむ、そうじゃのぉ。後は、任せるか」


 そう言って立ち上がると、荷馬車が減速しながらゆっくりと停止する。どうやら無事にお菊の部下たちの下にたどり着いたようで、儂とお菊は部下の待つ場所へと移動した。騎士殿が部下へと向けてボーガンを構えており、部下は平然と見ているだけだった。そして、馬車が止まったことで荷台から四人の男女が出てきた。どうやら、騎士殿の仲間のようで武器や防具を着けている。取り敢えず、儂とお菊が騎士殿と部下の間に立つと、騎士殿は構えていたボーガンを下ろした。それを見てか、部下が儂に対して敬礼をする。


「オショウ様!! 此方の準備は完了致しております。先ほど、シャトゥルートゥ集落の作業班から連絡があり、集落の修復が終わったそうです。その後、慰霊碑の建設場所も決まり、お寺が完成したとのことです」


「うむ、解かった。騎士殿、儂はもう行かねばならぬ。詳しい話は、この者たちから聞いてくれ。さて、お菊よ、行くぞ」


「はい、オショウ様」


 儂とお菊が先にトンネルの方へと向かおうとすると、急に騎士殿から「ま、待ってくれ」との一言があり立ち止まる。何やら聞きたいことがあるようで仕方がなく振り返ると、真剣な表情で儂に話しかけて来た。


「そ、その。助かった、ありがとう」


「何、儂は無意味な殺生を好まぬだけよ。それに、儂は『お主らを救って欲しい』とお菊たちに頼まれてのぉ。それ故に、助けたまで。礼はお菊とそこにいる部下にしてやってくれ。それに、もう此処は安全じゃ。武器はしまって良いぞ」


 騎士殿にそう告げると緊張が解けたのか、構えていたボーガンから矢を取り外した。どうやら、武器をしまってくれたようだ。優しく微笑みながら騎士殿たちを見ると、騎士殿の行動に理解が出来ていないようで動揺していた。


「そうか。俺はジェイク・ローグバードだ。あんたの名を教えてくれないか」


「ジェイク殿か。儂は、オショウと言う。しばらくは集落にいるのでな、いつでも会いに来ると良い」


「あぁ、そうさせてもらう。また、会おう」


「うむ、また会おう」


 ジェイク殿にそう告げて、集落で儂を待つ仲間の下へと帰ることにした。その後、無事にジェイク殿たちは集落に到着し、お館様と話し合った結果、この集落に移り住む事になったとのこと。そして、儂は集落に戻ってから寺に入り、お経を読む一日が始まるのだった。


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