私は妻の顔が好きで、幸せな人と不幸せな人を分ける角を曲がる。
お互いにもういい歳である。
結婚してから、10年を超える月日が経っていた。
それなのに、今さら明子の顔が云々などということを考えている自分に嫌悪を感じた。
なんだかちっとも歳を取っていないみたいだった。
肉体的にはしっかり歳を取っているのに、精神年齢はまだ高校生のときのままのような気がした。
そのことが、今の状況を招いているのだ、という思いが、心のどこかにあった。
私は、ふう、と一つ大きく息を吐き出し、彼女の視線がしばらく留まっていた先に目を移した。
押し入れの襖を開けたところには、そこにあったのは、かつての私の仕事道具がしまってあった。
絵を描くときに使う道具だった。
もう、長い間、しまわれたままだった。
私はそこから目を背けるようにして、必要最小限のものだけ持って家を出た。
歩いて駅に向かっている途中、私は瞼の裏に残像のように残っている、明子の顔を思い浮かべていた。
しばらくそうして歩いたのち、それが私にとってのささやかな誇りであったことに気づいて、さらに嫌悪感を深めた。
他に何もないじゃないか、と思った。
押し入れの奥にしまわれたままの絵画道具と、歳を重ね容色が衰えていく明子の顔が、交互に脳裏に浮かんでは消えた。
そのうちに最寄駅に着き、そこから電車に乗った。
車内は冷房が効いていたが、そこそこ混み合っていて、暑苦しさを感じた。
車内を見て、外国人が増えたなあ、と思った。
彼らは訳のわからない言葉をずっと喋っていて、それが電車の騒音に負けずに、私の耳にも入ってきた。
みんな私より成功しているように見えるのが癪だった。
どうしてずっと日本にいるこの私がこういう境遇に居ざるを得ないのに、外国から日本にやってきて、色々な障壁と向き合っているはずの彼らが、私よりうまくやっているのだろう?
私は処理のできない思いを見ないようにするために、ずっと車窓の外を見ていた。
それからしばらくして、電車は目的地の駅に到着した。
車両を降りると、すぐに強烈な熱気に包まれた。
この駅では大勢の人が降りる日と、そうでない日がある。今日は大勢人が降りる日の方だった。
駅を出て進む方向は、途中まではその人たちと同じであった。とある分岐点の角で、人波は二つに分かれるのだ。
私は彼らとは反対に角を曲がる。
幸せな人と不幸せな人とを分ける角。
私はその角のことをそう呼んでいた。
私が曲がるのは、不幸せな方だった。
通りを歩いていると、選挙が近いのか、ゆっくり選挙カーが走っていた。
聞いたことのない政党の候補者で、拡声器で同じ言葉を繰り返しながら、私たちが歩いていく方向と反対の方向へと走り去っていった。
なんの選挙だろう、と私は思った。
周りの人たちを見て、この人たちはそれを知っているのだろうか、と思った。
私だけが知らない、という可能性は十分にあった。




