あなたには、それしかないのよ。
家に帰る前に、ショッピングセンターに立ち寄って、涼んでいくことにした。
ウォータークーラーの水を飲んで、食品売り場で塩飴を買って舐めた。
中をブラブラして、外の熱気が治まるのを待ってから、歩いて帰宅した。
「ただいま」
「おかえり」
私は家の中に明子の顔があることにホッとしたのだが、それは今朝ここにあったときよりも、少し老けているように見えた。
彼女はささやかな夕食の支度をしてくれていた。
焼きうどんに、スーパーのお惣菜のパックといったものだった。
「買えなかったのよ」
「え、何が?」
明子は何とも言えない不幸そうな顔で、しばらく私を見た。
私は明子のそういう視線が、たまらなく嫌で、家から出て行きたくなった。
そして、
「備蓄米」
と彼女は言った。
「ああ」
そう言えばそうだった。
肝心なことを忘れていた。
明子があんな目で私を見るのも、無理はなかった。
私はさっきまでショッピングセンターにいたのに、売り場に備蓄米があるかどうかさえ、気にせずにいたのだ。
「今度から僕もいろいろ探してみるよ」
と言ってはみたが、明子は不幸そうな顔はそのままで、黙って食卓に目を落とした。
そこで、私は食卓の上に、白い錠剤の入った新しい薬の瓶があるのを見とめた。
「あれ、どうしたの、これ?」
と聞くと、明子は、
「最近、眠れないから」
とだけ答えた。
私たち二人は、何も会話のないまま、淡々と食事をした。
私は何か言ってしまうと、明子との間にある溝が深まってしまいそうで怖かった。
ふと、明子を失ったらどうなるのだろう、という念に駆られた。
どうするのだ、と自分に問いかけて見ると、それは嫌だな、と、子供じみた答えが返ってきた。
プレイボール。
なぜか、さっきの滝村さんの言葉が蘇ってきた。
「ねえ」
食事を終えると、明子は顔を俯かせたまま、唐突に声を上げた。
「また絵本、描いてよ」
「うん」
「あなたにはそれしかないのよ」
明子は俯いたまま、ずっと嗚咽を上げていた。




