大公領へ
帝都のタウンハウスで行われた大公家主催の夜会、そこで自分も知らなかった八歳の誕生日を祝って貰うミレイユ。
大盛況で終わったパーティーから数日後、ミレイユは友人達と茶会を開いていた。
「ええっ? ミレイユ様東部に戻られるのですか?」
「うん、社交界シーズンも終わったからね、私達は大公領に帰るの」
ミレイユが数日後に東部に向けて立つ、それを聞いたリーゼロッテが思わず大きな声を上げてしまう。
皇党派に属する友人達の両親は帝都で役職についておりこちらに本邸を持っているが、アーグランド大公家は東部の広大な領地に城を持っている。シーズン中は帝都のタウンハウスで過ごすが、それが終われば領地に帰るのだ。
「大公領までは三日はかかりますからね……ミレイユ様に会えないのが寂しいですね」
「たまにお義父様や兄様についてこっちにも来るから、その時はまたお茶会をしたり何処か出かけようね。あと、皆が良ければ大公城にも来て欲しいな」
「いいんですか? 是非行きたいです」
大公城までは移動に時間がかかるから、これまでのように気軽に会えない事が寂しいと漏らすルミア。
ミレイユが皆にも大公城に来て欲しいと言えばラーナフェルトが嬉しそうに微笑む。
「僕も興味がありますね。大公領で進められている事業を是非拝見したいです」
「帝都にも進捗報告は上がってる筈だから、アルバートが興味を引くような物があるかな?……ああ、レイシェルが見ると腰を抜かすような場所はあるね」
「ぼ、僕が腰を抜かす? ど、どんな場所なんですか?」
「ふふふ、それは内緒。言ったら面白くないもん」
(精霊達の溜まり場と化してる温室見たらホント腰抜かしそうだよね)
宰相令息であるアルバートはミレイユ発案の元、大公領で進められている養蜂や新しい砂糖作りの試みを是非拝見したいと眼鏡の位置を直しながら口にする。
ミレイユから話を振られた宮廷魔術師団長令息のレイシェルは、どんなものがあるのかと戸惑いながらも興味津々な様子だ。
レイシェルは祝福が無くても精霊達が見えているので、あの精霊の溜まり場と化している大公城の温室を見せたら面白い反応しそうだとミレイユは内心笑いを堪えていた。
「お爺様の許可が得れたら皆で行かせてもらうよミレイユ」
「はい、お待ちしていますフィル様。ユージェンも来てくれると嬉しいな」
「是非行かせてください、東部の要とされる大公騎士団の訓練風景、拝見したいです」
皇帝である祖父から許可が貰えたら皆と共に行くよと語るフィルンハルトに微笑むミレイユ。
騎士を志しているユージェンは、大公家が誇る騎士団を是非見てみたいと目を輝かせるのだった。
お茶会から数日後、夏の社交界シーズンも終わり、ミレイユ達アーグランド大公家一家は帝都のタウンハウスを立ち、東部の大公領へと向かう。
馬車の中で揺られながら、帝都で過ごした日々を思い返すミレイユ。大公女としてのお披露目パーティ、そしてそこで出会った元家族達。両親や兄はもう彼らは関わらせないと言ってくれたが、自分を虐げてきた彼らが何かしてこないか不安ではある。
そして友人達との出会いや、自分の力が知れ渡った事で神殿に狙われ、陰謀に陥れられそうになった洗礼の儀。
誕生日を祝う夜会で自分に接近してきた神殿派の候子。まだ神殿勢力も諦めた訳ではないらしい。色々不安な出来事も多かったが、それ以上に帝都で自分は多くの優しい人達に出会えた。
大丈夫、きっと両親や兄が守ってくれると、ミレイユは馬車の窓の先に広がる風景を眺めながら己に言い聞かせた。
馬車は帝都の石畳を離れ、やがて整備された街道を東へと進んでいく。窓の外に広がる景色は、白亜の建物が立ち並ぶ華やかな都から次第に緑深い丘陵へと移り変わっていった。風に揺れる麦畑の穂が陽の光を浴びて金色に輝き、遠くには放牧された羊の群れが白い雲のように見える。ミレイユは頬杖をつきながら、その穏やかな光景を飽きることなく眺めていた。
三日の道のりを経て、大公城へと戻ってきた大公一家、出迎えた文官達に養父ハーヴェント大公達が鷹揚に頷く中、ミレイユは城の敷地内にある温室へ、メイドのリンディと側役のユリウスを伴って向かう。
貴重な薬草の数々が栽培されている温室、そこは小さな精霊達が飛び交い、思い思いにお喋りをしている。
『あ、ミレイユにユーリィだ、お帰りー!』
『ミレイユだー、お菓子頂戴っ』
「ただいま皆。ちょっと待っててね、リンディに準備してもらうから」
フワフワと宙を飛んでいた精霊はミレイユの姿を見つけると一斉に集まってくる。お帰りと声をかけたり、お菓子をねだったりと思い思いに騒ぐ精霊達に微笑む。
「わわっ、こ、こんなに沢山……」
「お話には聞いてましたが、本当にこれだけ精霊が居るなんて……」
「リンディ、奥でお茶をするから用意をして」
一斉に姿を見せた精霊達の姿に驚くリンディとユリウス。お茶の準備をしてと告げればリンディは畏まりましたと一礼して厨房へと急ぎ歩いて行く。
しばらくしてリンディが茶菓子などを持って戻って来て、ユリウスと共に支度を整えると精霊達が置かれたお皿へと群がるように集まる。
『わぁい、美味しいクッキーだぁ、私これ好きっ』
『今日ここに来て良かったねー、お菓子最高っ』
「好きなだけ食べてね。当分はお城に居るから、ここでお茶する時は食べに来ていいよ」
精霊達が賑やかに茶菓子を頬張る中、ミレイユも用意された椅子に腰を下ろしリンディが淹れた紅茶に口をつける。東部に戻ってきた安堵感と、久しぶりの我が家の空気が混ざり合い肩の力がすっと抜けていくのを感じた。
「ミレイユ様、お疲れではございませんか? 長旅でしたでしょう」
「うん、少しね。でもやっぱり此処が落ち着くよ。帝都も楽しかったけど、なんだかずっと気を張ってたから」
ユリウスが心配そうに覗き込むのに、ミレイユは柔らかく笑って応えた。温室のガラス越しに差し込む午後の光が、色とりどりの薬草の葉を透かして斑模様の影を落としている。精霊達の羽音のような囁きが、遠い子守唄のように心地よい。
「そうそう、この温室に入った泥棒を撃退してくれてありがとう。そのお礼も兼ねてお菓子を沢山用意したの、私だけじゃ全部食べ切れないし、余ったら持って帰っていいよ」
『やったぁ! ありがとうミレイユ』
『また泥棒が来たらやっつけちゃうよ!』
「買収され盗みを働こうとした者が温室内で転倒していたと聞きましたが、そんな事をしていたのですか、やはり精霊は凄いですねぇ……」
ミレイユから告げられたのは泥棒を追い払ってくれた感謝の言葉とご褒美、それを聞いた精霊達は大喜びで飛び跳ねる。精霊達の活躍ぶりに驚きつつも称賛を送るユリウスであった。
この温室に入れる使用人の一人が買収され、この温室内で栽培する貴重な薬草を盗もうと摘み取り始めたところで、それに気づいた精霊達が魔法を使って転倒させ、頭を強打し気絶した使用人は、翌朝作業に来た庭師達に発見され捕らえられた。仲介者を挟んでおり背後関係は洗えなかったが、大公家の事業を狙う輩が居ると警戒を強めていた。
「ここは招待客なども入る事が出来る温室ですし貴重な、特に皇室との事業であるスキンクア草の栽培はお嬢様専用の棟を作りそちらで管理し、皆さんにもそちらに移って貰うのが僕は良いかと考えます」
「わ、私専用の棟? それは建てるのにお金が必要だしお義父様に許可を貰わないと……」
「資金面は問題ございません。特別製の蜂蜜を使った化粧品は飛ぶように売れ、第一期出荷分は即完売しています。その利益だけで温室の一棟や二棟余裕で建てられますよ」
「ほへぇ……あ、あの化粧品そんなに売れてるんだ」
ミレイユの光魔法をたっぷりと浴びて育った花の蜜、それを集めて熟成させた蜂蜜は高い品質を誇り、大公家の錬金術師がそれを使って化粧水を作った。
ユリウスはそれを大公家の使用人達や帝都の貴族達に向けて広く販売し、大きな利益を得ているのだ。
「分かった、じゃあお義父様と相談してみるから、許可が頂けたらハインツ達と話を進めて」
「畏まりました。収穫が出来る段階になり次第蜂蜜も集め、半分を次の化粧品作りに回させて頂き、引き続き資金作りを進めさせて頂きます」
養母メルヴィア大公妃もスキンクア草の増産に関しては頻りに気にしていた筈だ。許可は案外簡単に貰えるかもしれない。
「さぁ、これから忙しくなるぞ……」
よろしく頼むねと声をかけるミレイユに、深々と一礼するユリウスは楽しそうに小さく呟く。彼の頭の中では既に次の収穫やそれに伴う化粧品の生産販売計画も進んでいる。
この商売は絶対に儲かること間違いない。これで資金作りを進め、ゆくゆくはミレイユのアイデアを実現させる為の専用の工房や商会を作る、それが彼の当面の目標だった。
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