変革を目指して (エーファニア視点)
前回に引き続き聖女エーファニア視点となります。
聖女に就任してから十年の月日が流れた。神殿の象徴として、日々祈りを捧げ癒しを施し国賓の接待や貴族の集まりに顔を出す。
そして人々を脅かす魔物の群が発生した場合は、各領の騎士団などと協力して討伐し、その発生源である瘴気を浄化する。
アタシは民衆の前で日々聖女としての務めを果たしている。表面上は完璧な聖女だ。民衆からの人気も高い。けれどそれは全て演技だ。
神殿の連中の思惑通りに動いているように見せかけながら、アタシは水面下で少しずつ情報を集めていた。
神殿の内部事情や汚い金の流れ、神殿に連なる権力者の弱み。それらを少しずつ集め使える駒を探し、そして神殿内でも味方を増やしていた。
マリエッタにも協力してもらっている。彼女は今やアタシの最も信頼できる腹心だ。
でも、まだ足りない。神殿を変えるにはもっと大きな力が必要だった。
「はー……つっかれた……こんな生活よく四十年以上やってたよねファルトゥナ様」
自室にフラフラと戻ってきたアタシは、バタリと倒れ込む様にベッドに突っ伏す。
側に控えていたマリエッタの手が、聖女の法衣を留めている銀の金具を外していく。
一枚、また一枚と重い布が落ちるたび肩から信仰の重みが剥がれていくようだった。けれど本当の重さは、こんなものではない。
白い衣の下に纏わりついた、人々の期待と神殿の思惑と、聖女という名の枷。それらは脱いでも脱いでもアタシの身体に残る。
「今日は朝の祈りから、癒しを望む貴族への対応に孤児院の慰問三件、晩餐会。んで夜の祈り……よく一日に詰め込んだものだよね。神殿はアタシを何だと思ってるんだか」
「聖女を便利な道具としか思っていないのでしょうね。あの欲深い者達は」
「本当それよ、クソ過ぎでしょアイツら」
マリエッタの辛辣な言葉に毛布に顔を埋めたままアタシは笑う。
彼女は昔と変わらず、心の中でアタシを聖女として崇めることもなく一人のエーファニアとして見てくれている。
それがどれだけ救いか、彼女が居てくれるから、アタシはまだ踏み止まれてる。
それにしても疲れた。大きな神事がある時期は寝る暇すら殆どなく人々の為に祈り、癒しの力を使う。
アタシの目元にはうっすらと隈が浮かんでいる。人前にも頻繁に出るから隠すの苦労するんだよね。
ファルトゥナ様の目にも大きな隈があったし、いっぱい苦労してきたからお顔にもいっぱい皺が刻まれてたな。
このままの生活じゃアタシもすぐそうなっちゃいそうだ。いいや、アタシはその前にこの神殿を変えてみせる。あの人から搾取し続けた腐りきった上層部を叩き潰してやる。
神殿に奉仕しながら、少しずつだが力を蓄え同志を集める日々、そこに転機が訪れた。
ミレイユ・アーグランド大公女の話が舞い込んできのだ。他者の心身、重い病すらも癒す光魔法を使い、その力でアシェラ大公子妃を救った奇跡を起こす少女。
大公子妃の治療に関しては高い金を要求して神官を派遣したもののまるで役に立たず、ハーヴェント大公の怒りを買い大恥をかいたという、上の連中にしたら面白くない結果になってしまっていた。
それを癒しただけでなく、大公女は白粉に含まれた毒によって倒れていた皇后陛下の治療にも尽力し、心臓の病を患っていたエーデヴァルト前公爵夫人を発作から救った。
アタシの見立てでは間違いなく大公女はアタシより強い癒しの力が、それこそ奇跡ともいうべき力が使えるのだろう。
無論金と権力の亡者である大司教達がそれを見逃すはずがない。大公女が生家であるオルフィア伯爵家で虐げられ、洗礼の儀すら受けてない事を突きとめると、彼女に洗礼の儀を受けさせ聖痕が発現すれば次期聖女候補として囲い込む事を画策した。
だがそれだけでは終わらない、連中は事もあろうに発現しなかった場合に備え、偽りの聖痕を刻む準備を進めていた。
どこまで腐ってるんだこの連中はと憤ったが、馬鹿どもの思惑通りにはいかなかった。大公女は洗礼の儀で神々しい輝きと共に祝福を授かったが、彼女に聖痕は発現しなかった。
そしてバカどもの仕掛けも何者かに潰されたらしく、偽りの聖痕を刻むという試みも破綻し、大公女は囲い込む大義名分を作る事に失敗したのだ。
ざまぁみろと心中で笑いつつ儀式を終えたばかりの大公女に視線を向けたところで、アタシは彼女の側を飛んでいる小さな存在に気付き目を見開く。
大公女の側を飛んでいたのは、光を纏った翅をもつ金髪の少女。
あれは精霊で間違いない。しかも強い力を持ってるのを感じるから、高位の精霊のようだ。
どうやら彼女の存在に気付いているのはアタシだけのようだ。神と精霊を信仰する聖職者達の名が聞いて呆れるね。ほんと腐りきった連中だ。
ともかく神殿上層部は大きな失態を犯した。大公家の養女であるミレイユ殿下を強引に囲い込もうとして失敗した醜態は瞬く間に貴族社会に広まる。
誰が流した噂かは分からないが、偽りの聖痕を刻もうとしていた、なんて話までまことしやかに囁かれ、大司教は噂を流した奴を突きとめろと叫んでいた。
「今日も大司教猊下は顔を真っ赤にして怒り狂っておられましたよ」
「噂の出所は狙われた大公家か、はたまた神殿の弱体化を狙う皇室か……どちらにせよ、神殿にはよくない状況ね。アタシ達にとっては追い風だけど」
「ええ、彼らが大公女に固執してヘマをやらかしてくれれば、こちらはより動きやすくなります」
信頼できる側近達と密談を交わすアタシ。大司教一派がミレイユ大公女を聖女候補に引き込もうと画策した件は、思わぬ副産物をアタシにもたらした。
神殿上層部の醜態が貴族社会に知れ渡ったことで、これまで神殿に盲従していた貴族たちの中にも、慎重な態度を取る者が現れ始めたのだ。
信仰と政治は別物だ。彼らは神殿という組織そのものへの信頼を揺るがせ距離を置き始めた。
「アインウェル侯爵夫人の治療についても、足元見て譲歩や金を引き出そうと画策してたら、大公女殿下が解決しちゃったらしいじゃない」
「まったく愚かな事ですね。すぐに派遣していれば呪いなど即座に看破し解呪できたものを、欲を出して勿体ぶるからですよ」
原因不明の病に倒れたアインウェル侯爵婦人、彼女を助けて欲しいと侯爵家から光魔法の使い手の派遣要請が来たが、皇党派の重鎮であるかの侯爵から譲歩なり多額の見返りを要求するつもりだったらしい上層部は、派遣を渋るような姿勢を見せていた。
馬鹿どもの意図など相手にすぐに伝わり、業を煮やしたアインウェル侯爵は皇室を通じてミレイユ大公女に相談した。
結果として大公女は夫人が呪われている事を見抜き呪いを解き、神殿が派遣について交渉を、なんて言いだした頃には侯爵夫人はすっかり回復していたのだ。
また大恥をかいた訳でアタシ達はそのバカっぷりを笑いの種にしている。
アタシなり高位の光魔法使いを派遣していたら、即座にそんなの見破って呪いを解いて、そりゃあ感謝されただろうに欲張るからだよ。
金と権力の亡者どもめ。こうもヘマばかり連発しては、神殿の求心力はどんどん失われていくばかりだ。
だがアタシにとっては千載一遇の好機だった。これを活かさなければ次のチャンスは訪れないだろう。
この状況を利用して、金と権力の亡者である神殿上層部を打倒し改革を起こしてみせる。
ファルトゥナ様のように利用され苦しみ続ける子がもう生まれないように、組織を根底から作り変えるのがアタシの望みだ。その決意を胸にアタシは拳をギュッと握りしめた。
最後まで読んで頂き、ありがとうございます。
ゲーム本来の未来では、今のように神殿勢力が揺らいでおらず、力を使い続けた結果早い段階で彼女の力は衰え始め、変革を起こすような状況に持ち込めず、次代の聖女となるヒロインを自分の二の舞にならないように教え導く師匠となるキャラクターです。
ミレイユという変数によって起きた変化、エーファニアは己の目指す変革を起こせるか……。




