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アインウェル侯爵家へ

 帝国皇太子エルランドから、友人の妻が原因不明の病に倒れている事とその治療を依頼されたミレイユ。

 二日後彼女は兄セルヴェンと共に馬車に乗り、指定された屋敷に向かっていた。


 「お兄様、皇太子殿下のご友人という方はどなたなんですか?」

 「トールジン・アインウェル侯爵、エル兄さんの幼馴染で警護役として側に就いていた時期もある方だ」

 「アインウェル侯爵家というと、何人も皇室騎士団長を輩出された騎士の名門ですよね?」

 「その通りだ、よく学んでいるな」


 馬車の中で兄と言葉を交わすミレイユは、今日会う相手がアインウェル侯爵だと聞いて少し驚いた様子を見せる。

 セルヴェンは彼女がちゃんと他家について学んでいる事を褒め頭を撫でるが、彼女は心中では焦りを覚えていた。


 (ア、アインウェル侯爵家って、ユージェンの家じゃないっ、ま、また攻略対象と接触しちゃう!?)


 ユージェン・アインウェル、ミレイユが前世でプレイした乙女ゲーム『スターライト・ロンド』の攻略対象で、フィルンハルト皇子の友人であり警護役を務める騎士を目指す少年だ。


 これで四人目、またしても攻略対象と接触する事態にミレイユは焦るも、皇太子からの依頼を断る事も出来ない。どうしたらいいのかと心中で頭を抱えていると、馬車がゆっくりと速度を落とし始め、屋敷へと到着を告げる。


 「ミレイユ、到着したぞ」


 セルヴェンが先に降り、ミレイユの手を取ってエスコートをする。そんな兄の手を取りながらミレイユはアインウェル侯爵邸を敷地を見回す。

 代々高名な騎士を輩出する名門の名に恥じぬ立派な邸宅で、敷地内には大きな訓練場も見えた。家令と侍女長に出迎えられた二人は屋敷内へと案内された。

 案内された部屋には先客が居た、それはミレイユに訪問を依頼したエルランド皇太子だった。


 「来てくれたかセルヴェン、それにミレイユ嬢も、社交界シーズンで忙しいだろうに無理を言ってすまない」

 「い、いえっ、大丈夫です皇太子殿下」

 「兄さんの頼みならお安い御用ですよ。そしてお久しぶりです、トールジン侯爵」

 

 二人を出迎えた皇太子は忙しい中すまないなと二人に告げる。ミレイユが小さく首を横に振り大丈夫ですと返事をし、セルヴェンは皇太子の側に近づいてきた男性へと声をかけた。


 「ああ、久しぶりだなセルヴェン公子。それと、よく来てくれたなお嬢さん。俺はトールジン・アインウェルだ」

 「ミレイユ・アーグランドです。本日は奥様の具合を見て欲しいとの事でお伺いしました」


 がっしりとした背の高い、20代後半の黒髪の男性、トールジン・アインウェル侯爵はセルヴェンに会釈した後に、身を屈めミレイユに目線を合わせよく来てくれたと声をかける。

 ミレイユは優雅な所作でドレスの裾を摘まみ淑女の礼を返す。そんな彼女の立ち居振る舞いにアインウェル侯爵は優しげに目を細めた。

 侯爵に席を勧められソファーに並んで座るミレイユとセルヴェン。彼女達の前に侍女長が淹れた紅茶が置かれる。


 「奥様の状態などについてお聞きしたいのですが」

 「ああ、妻が倒れたのは二週間前でな、医者に見せても原因は分からず。神殿に聖職者の派遣を要請したが、うちが皇党派だからか渋りやがってな」

 「大方何かしらの譲歩なり金を要求するつもりだろう、聖職者の名が聞いて呆れる」

 「つーわけで、お嬢さんが頼りだ。よろしく頼むよ」

 「分かりました、どこまでお役に立てるか分かりませんが、やれる事はやってみます」


 夫人が倒れたのは二週間前、そこから日増しに衰弱していき今はベッドから起き上がる事も出来ない有様だ。医者にも見せたが何の病気か分からず、手をこまねいている状況だ。


 神殿には足元を見られどうしたものかと親友であるエルランドに相談したところ、ミレイユを派遣する事を提案してくれた。頭を下げる侯爵に対し、やれるだけやってみますと彼女は頷く。

 侯爵の案内で一同は屋敷の奥へと続く廊下を進んだ。窓の外には手入れの行き届いた庭園が広がっているが、ミレイユの心は景色を楽しむ余裕などなかった。


 (どうしようどうしよう、ユージェンに会うかもしれないんだよね? こ、この屋敷にいるのかな?)


 心臓が早鐘を打つ。前世で幾度となく画面越しに見た攻略対象の一人、ユージェン・アインウェル。彼は侯爵家の嫡男で、寡黙だが誠実な性格、そして剣の才能に恵まれた少年だった。


 最初は主人の友人になったヒロインに対し警戒するような態度を見せたが、好感度を上げていくと不器用ながらも少しずつ心を開いていく姿にプレイヤーに人気が高いキャラだったと記憶している。

 しかし攻略対象とまた接触して、ゲームで起きていた展開に影響が出てしまうのではないかと彼女は危惧しているのだ。


 「お嬢さん、どこか具合でも悪いのか?」

 「い、いえ、大丈夫です侯爵様。少し考え事をしていただけです」


 侯爵が心配そうに声をかけてきたのでミレイユは笑顔を作り心配をかけないよう返事をした。セルヴェンも彼女の顔を覗き込んだが、特に何も言わずに前を向いた。


 やがて屋敷の最奥、ひっそりとした一室の前にたどり着いた。侯爵が静かにノックをして扉を開けると、部屋の中は柔らかな陽光が差し込みベッドの上には一人の女性が横たわっていた。


 「エレナ、来客だ」

 「……旦那様」


 かすかな声で応えたのは侯爵の妻エレナだった。ブラウンの髪を項の辺りで束ねた若い女性だ。青白い顔色でベッドに横たわる彼女は、ミレイユたちが入室するとゆっくりと視線を向けた。


 「はじめまして、アインウェル侯爵夫人。アーグランド大公家のミレイユと申します。本日は皇太子殿下のご依頼で参りました」

 「ご丁寧に、ありがとうございます。このような姿ですみません。トールジンが妻、エレナ・アインウェルです」


 ミレイユはエレナのベッドサイドに歩み寄り、彼女の手をそっと取った。冷たいまるで氷のように冷たい手だった。

 見た感じでは何の病気か分からないというのはミレイユも同じだった。前世の記憶を必死に探るも思い当たる病気が無いのだ。


 「どうだミレイユ? 何か分かったか?」

 「すみません兄様、すぐには分かりません……なんだろう、この症状」


 どうだと問いかけてきた兄に対して首を左右に振るミレイユ。

 彼女はエレナの手を握ったままもう片方の手をそっと彼女の額に当てた。

 熱はない、むしろ異常なほどに冷えている。脈を取ってみても、弱々しくしかし不規則というわけでもない。呼吸は浅く、瞼の下の眼球は落ち窪み頬は血色を失って蝋のように白い。

 まるで生気を徐々に吸い取られているかのような衰弱ぶりだ。

 これは本当に病気なのだろうか、困惑するミレイユは顔を顰め小さく呻いた。

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