光
ついに最終回です。ここまでありがとうございました。
もう少しだけお付き合いください。
村の小さな教会で開かれた結婚式は、決して豪華ではなかった。けれど、花で飾られた簡素な祭壇と、手作りの料理、そして心からの祝福がそこにはあった。
「誓いますか」
長老の問いに、リコリスは迷いなく答えた。
「はい」
クロウも、少し照れながらも力強く頷く。
「ああ、誓う」
二人が指輪を交換した瞬間、拍手と歓声が広場に響いた。リコリスの目には涙が浮かび、クロウはその手をそっと握り返した。
戦いではない。
使命でもない。
これは――
生きることを選んだ、確かな証だった。
ーーーーー
そして数年後………
穏やかな日差しが差し込む、小さな家。庭には薬草と果樹が植えられ、風が吹くたびに柔らかな音を立てる。
リコリスは薬師として村に根を下ろし、クロウは彼女の傍らで静かな日々を過ごした。
視力は戻らないままだったが、彼はそれを嘆くことはなかった。
「見えなくても、音と匂いと……何より、お前がいるからな。」
そう言って笑う彼に、リコリスは何度も救われた。
時折、遠い世界の噂が届く。
魔王軍の内戦は、穏健派の勝利で終結したこと。勇者リオンたちは魔王軍と停戦協定を結び、世界は一時の平和を取り戻したこと。
それらは、まるで遠い物語のようだった。
けれど確かに、二人が歩いた道の続きでもあった。
庭先には、楽しげな笑い声が響いている。
「パパ、こっち!」
クロウの手を引く、小さな手。
活発な女の子と、少し恥ずかしがり屋の男の子。
ふたりは子宝に恵まれていた。
「パパ、今日も鬼ごっこしよう!」
「毎日、飽きねぇもんだな……」
「今日こそは捕まえてみせるよ!!」
「よーーい………ドン!!」
クロウは苦笑しながらも、その声は幸せに満ちている。リコリスはそれを眺め、幸せをかみしめるのが日課になっていた。
だが今日はいつもと違った。
「パパ、捕まえた!!」
子どもたちは顔を見合わせて、声を上げて笑っていた。その様子を、少し離れた場所から見つめていたリコリスはクロウに駆け寄った。
「どうか…しましたか?」
顔を上げ、ただ立ちつくしていたクロウの姿が心配だったのだ。
「……見える。」
「………え?」
沈黙。風の音だけが、庭を通り抜ける。
その沈黙をクロウの静かな声が破った。
「光が……見える。」
恐怖と向き合いながら完成させた“目を治す”薬。それを、何年も、何年も飲み続け、やっと光が見えたのだ。
彼はこちらを向いて、穏やかに笑う。
リコリスの頬を、涙が伝った。
ふたりは笑い合ったが、すぐにリコリスは真剣な表情に戻る。
「……でも、完全には戻りません。これ以上、効果を強くするのは……怖くて。」
クロウは、優しく彼女の頭を撫でた。
「ありがとう。俺は、お前の薬にずっと助けてもらってるな。それに、いいハンデなんだよ。鬼ごっこの手を抜くのって、すげぇ疲れるんだ。」
「ずるいです……そんな言い方……」
子どもたちが割って入る。
「ママばっかりずるい!」
「僕も撫でて!」
「はいはい」
クロウは笑いながら、順番に頭を撫でる。
その光景を見つめながら、リコリスは胸の奥が温かくなるのを感じていた。
ーーー
夕焼けが、庭を包み込む。
過去の苦難も、別れも、恐怖も――
すべては、この穏やかな時間へと繋がっていた。
「もう、“罪滅ぼし”は終わりにしろよな。」
クロウが、そっと呟く。
それは終わりであり、同時に始まりだった。
彼女は立ち上がり、夕食の支度を始める。
今日の献立は子ども達の大好物、焼き魚。
クロウから教わった、あの時のままのレシピ。今ではリコリスのほうが上手に焼けるようになっていた。
キッチンから漂う匂いに、子どもたちがはしゃぎ、クロウが笑う。
失われた視力は完全には戻らない。
けれど、心には確かな光があった。
――愛する家族と共に生きる、この日常。
それこそが、ふたりが選び、勝ち取った未来だった。
世界は、静かに続いていく。
そして彼らの物語は、幸せの中で、穏やかに息づいていく。
最後まで読んでくださり、本当にありがとうございます。
二人の物語は完結しましたが、
旅路で交わした想いや絆は
これからも生き続けていくかと思います。
感想や応援コメントをいただけると、作者として何よりの喜びです。ありがとうございました。




