闇の男
情報を集める旅は、気の抜けない日々が続いていた。
日中は街や村を巡り、時の神殿や時渡りに関する古い記録を探し、夜になれば人目を避け、森で野営をする。
それが、三人の決まりになっていた。
満天の星空の下、焚き火の前でリコリスは鍋を下ろす。
「はい、できましたよ。今日は根菜のスープと焼き魚です。」
湯気とともに、やさしい香りが広がる。
クロウは無言で器を受け取り、リオンは助かるよと微笑んだ。
焼き魚にかぶりついたクロウ。頭上の獣耳がピクリと動いたのを、リコリスは見逃さなかった。
「美味しいですか?このお魚の焼き方は未来のクロウさんに教わったんですよ。」
クロウは目を逸らす。
「……まあまあだな。」
「ふふっ、未来でもそう言われちゃいました。絶対に、美味しいって言わせますからね。」
少しずつ、クロウとの距離が近くなっていく。
これが良いことなのか、悪いことなのか…
今は考えないでいたい。
――その時だった。
「……誰かいる。」
低く、鋭い声でクロウが呟いた。
「気をつけて、闇の魔力を放つ奴がいる。」
同時に、リオンの表情も引き締まった。
ふたりは武器に手をかける。
「……嫌な感じがする。底が見えない闇だ……僕たちで戦えるだろうか?」
リオンの言葉に空気が、一変した。
三人は即座に焚き火を消し、荷をまとめる。
夜の森は静かすぎて、かえって不気味だった。
「放っておけない。先に仕掛けよう。」
リオンが先導し、闇の気配が漂う方角へ向かう。
それにリコリスが続き、最後尾をクロウが守る。
月明かりだけを頼りに、木々の間を進む。
……この魔力……
リコリスの胸が、ざわつく。
知ってる……?いいえ、でも……似ている……
やっぱり分からない。それでも、忘れていた名前を喉元まで思い出しかけるような感覚があった。
魔力の正体にはっきりとした記憶はない。それなのに、心の奥がざらつくような感覚だけが残る。
やがて、視界が開けた。
そこにひとりの男が立っていた。
黒いローブを纏い、背を向けたその姿から、禍々しい魔力が溢れている。
濃く、
重く、
それでいて……
どこか制御されているような魔力。
「……そこにいるのは分かっている。」
低い声が、夜気を切り裂いた。
「何の用だ?」
男に気づかれている。
リオンとクロウは、無言で距離を詰める。
張り詰めた空気の中、リコリスは一歩前に出た。
「あの……。驚かせてすみません。私たちは怪しい者ではありません。この辺りを旅していまして…お兄さんは、お一人ですか?」
できるだけ柔らかく、敵意を見せないように。
だが男は、冷たい視線を向ける。
「お前達はただの旅人じゃないな。普通の人間ではなさそうだが。」
男は疑念を隠そうともしない。
「あぁ?人外が人間様の視界に入って悪かったなぁ!!」
クロウが挑発的に前に出る。
「そんなこと言ってないって!」
慌ててリオンがフォローする。
「すみません。彼はいろいろあったばかりでして…僕たちは、本当に旅の途中なんです」
リオンは頭を下げた。
「もし迷惑をかけたなら、謝ります。」
しかし、男の視線はそれどころではなかった。彼の目は、リオンの胸元に光るペンダントに釘付けになっている。
「……なぜだ?」
声が、強張る。
「どうしてお前が、勇者の証を持っている!?」
「……!」
リオンは一瞬戸惑ったが、すぐに答える。
「僕は、勇者として選ばれ魔王軍と戦っています。時の神殿で未来からこの時代に来ました。」
そして、静かに真実をそのまま伝えた。
男は眉をひそめローブの中に手を入れた。
「信じがたい……だが……」
取り出されたのは、ひとつのペンダント。
勇者の証。
しかも――
「傷の位置が……同じ……?」
リオンのものと寸分違わず、同じ場所に傷があった。
「まさか……」
リコリスは、息を呑んだ。
「あなたは……勇者様……?」
男は、首を横に振る。
「違う」
短く、きっぱりと。
「俺はレイン。これは、勇者リリーのものだ。」
彼の声には、深い影が落ちていた。
「俺たちは、魔王軍に敗れた。生き残ったのは……俺だけだ。」
風が、ローブを揺らす。
「王国に戻り、この証を次の勇者に託す。それが、俺に残された最後の役目だ。」
沈黙。
リコリスは胸が締めつけられるのを感じた。
それでも、彼女は顔を上げる。
「……そんな。お辛いところをごめんなさい。」
そして、真っ直ぐにレインを見る。
「でも、諦めないでください。私たちは、未来から来ました。あなたの仲間たちの無念、必ず晴らします!」
リオンも頷いた。
「僕も、勇者として誓います。力を合わせて、魔王を倒しましょう。」
レインは、しばらく二人を見つめ…
やがて、ほんのわずかに、表情を緩めた。
「……そうか。」
その瞬間。
リコリスの胸が、再びざわめく。
この魔力……やっぱり彼を知っている。
……どうして……こんな気がするの……?
答えは、まだ闇の中。
まだリコリスは気づかない。
――その闇が、
未来と確かに繋がっていることを。




