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焼け跡から続く光〜薬師の私を攫ったのは、人間嫌いの獣人でした。  作者: 不津倉 パン子
中編 進んだ先は過去

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まだ生きている


残ったのは…すべてを奪い去ったそのあとだった。


焦げた匂いだけが残り、村は不自然なほど静まり返っている。泣き声も、怒号もない。ただ、風が焼け落ちた屋根を撫でる音だけが、やけに大きく響いていた。


リコリスは、獣人たちの亡骸の前に膝をついていた。


一人、また一人……

土に還すたび、胸の奥が削られていく。


――知っていた。この人たちは、救われないと。


未来を知っているからこそ、助けられなかった命の重さが、耐えがたく重い。


手が震える。


土を掘るたび、爪の間に入り込む土がまるで罪のように感じられた。


「……ごめんなさい。」


誰に向けた言葉なのか、自分でも分からない。

ここで、命を落とした獣人たちにか。この惨劇を生き残ったのに、死なせてしまったクロウにか。


それとも――自分自身にか。


リオンは何も言わず、隣で黙々と手を動かしていた。その沈黙が、せめてもの救いだった。


その時。


「……お前たちは、何者だ?」


背後から、胸を刺すような殺気が走った。続いて、鋭く張り詰めた声が飛ぶ。


リコリスは反射的に、心臓が跳ね上がる。


「人間が、何故仲間の兵士を殺していた?そこで何をしている。……そいつらは、俺の最後の仲間だったんだぞ」


剥き出しで、迷いのない殺意。


「返答次第では……殺す。」


リコリスは、ゆっくりと振り返った。


そこに立っていたのは、ナイフを構えた、まだ少年の面影を残す獣人。


――クロウ。


分かってしまった瞬間、視界が滲んだ。


成長しきっていない体。

傷だらけの腕。

怒りと絶望で、今にも壊れそうな目。


生きている。この時代のクロウだった。


胸が、張り裂けそうになる。


違う……この人は、まだ……


未来でリコリスを抱きしめ、

「好きだ」と笑った彼ではない。


それなのに。


気づけば、足が動いていた。


「クロウさん……!」


声が、震える。

涙が、止まらない。


彼を抱きしめた瞬間、確かな体温が伝わってきて、

それだけで心が壊れそうになった。


「会いたかった……!」


クロウは明らかに動揺し、身を強張らせる。


「やめろっ!何者だ、お前!」


突き放そうとする力は、強い。けれど、リコリスは離れなかった。


違う……彼は、まだ、何も知らないのに…


自分が誰なのかも。

どれほど愛され、どれほど失われるのかも。


「私は……あなたを知っているんです。」


出した言葉で喉が、焼けるように痛む。


「未来から来たんです。」


取り返しのつかないことを言った気がした。


クロウの目に、混乱と警戒が渦巻く。


「未来?ふざけるな。詐欺師か……それとも、ただの頭のおかしい女か。」


当然だ、信じられるはずがない。


それでも――


彼の目が、完全に拒絶していないことに、リコリスは気づいてしまった。


泣いている女が、

敵意もなく、ただ必死にしがみついている。


その異常さが、クロウを戸惑わせていた。


「リコリス……ちょっと落ち着こうか。」


リオンが、静かに間に入る。


「僕たちは、君の敵じゃない。」


クロウはリオンを睨む。


「人間の言葉は信じない。」


「それでもいいよ。」


リオンは剣を下ろした。


「だが、彼女は君を傷つけるつもりはないよ。」


リコリスの視界は、涙で歪んでいた。


抱きしめちゃだめだった……

名前を呼ぶべきじゃなかった……


この時代のクロウにとって、

自分はただの不審者だ。


それなのに、止められなかった。


「僕たちが敵じゃない証拠を見せる。」


リオンは、一瞬だけ息を呑み、そっとクロウの腕を取った。


「君の傷を治療する。敵かもしれない人間に突然抱きしめられて、君はほとんど抵抗していない。いや、君にはもう、抵抗する体力すら残っていないんだよね?」


リオンの言葉にリコリスはハッとした。


リコリスは、持っていた薬を取り出しクロウの治療を始めた。


何度も、何度も…未来で、この人の傷を手当てしてきた。薬草を塗り包帯を巻く、その手つきは、迷いなく、優しかった。


クロウは何も言わず、ただ見下ろしていた。


その沈黙が、少しずつ鋭さを失っていく。


「……もし僕たちが敵なら手当てなんてしないよね。君が弱っているうちに殺しているはずだよ?」


リオンは優しい声で語りかける。

クロウは、舌打ちするように息を吐いた。


「分かった。……今は、敵じゃない…んだな。」


その言葉に、リコリスの胸がほんの少しだけ緩む。

けれど、次に続いた言葉が、心を深く抉った。


「だが、お前ら人間は許さない。そこに死んでる奴らは……俺たち獣人族の最後の生き残りだった。」


その「最後」という言葉が、未来を知るリコリスにはあまりにも重い。


「……これから、どうするんですか。」


リコリスは絞り出すように尋ねる。

クロウは、遠くを見る。


「さあな。ここには、もう何もない…死に場所でも探すか。」


胸が、ぎゅっと締めつけられる。


この人は――まだ、生きる理由を持てていない


リコリスは、覚悟を決めた。


愛する人と一緒にいたいからじゃない。

未来を変えるためじゃない。

罪滅ぼしのつもりなんかじゃない……


ただ――

この時代のクロウを、一人にしないために。


「……一緒に、来ませんか。」


声は、震えていた。


「私たちも、旅の途中です。一人より……一人より、きっと……」


リコリスの言葉が、詰まる。

リオンが、静かに頷く。


「君を放っておけない。」


クロウは、長い沈黙のあと目を伏せた。


孤独と、疑念と、わずかな希望。

そのすべてを抱えたまま、彼は言う。


「わかった。だが、お前たちを信用したわけじゃない。お前たちが亜人を迫害した時に…殺すためだ。」


それでも、頷いたクロウ。

その瞬間、リコリスは胸の奥で、静かに泣いた。


まだ若く、傷だらけで、未来を知らないクロウが、そこに立っている。


そしてリコリスは、知っている未来を胸に秘めたまま、彼と再び歩き出してしまった。


――取り返しがつかないと分かっていながら。



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