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ゴールデンウィークが明け、オーディションまで残り一週間となった。
アリーシャは今日の部活から、連休中に練習した歌を取り入れていくつもりである。
音響設備があるカラオケと違って、広い空間に小さな音源しかない体育館で歌うのでは、間違いなく環境が違う。
皆が練習中に歌うのは非常に緊張するし、恥ずかしいが、ぶっつけ本番で上手くいくわけもないし、本番は間違いなく訪れるのだから、今のうちに慣れておくのは必須だ。
それに、一年生の美鈴は、初日の練習からしっかり歌っていたので、今日からアリーシャが歌い始めても、周囲は歌声に慣れているから、特に注目されることはないかもしれないという思惑もあった。
ただし、美鈴の歌声はとても綺麗で、あれと比べられると思うと少し辛かったりするのだが。
最初の立候補の時に、俯いてあまり喋らないでいた美鈴であったが、最近の部活動では周囲とも打ち解けてコミュニケーションをとっているように感じる。
もう一人の立候補者の千種は、非常に積極的にアリーシャに話しかけてきて、オーディションの演技について、どこが難しいだとか、どう表現するべきなのかとか、そういった相談や考察などを言い合えるくらいに仲良くなった。
この話はどうやらもう一人の立候補者である美鈴にもしているようで、同じ演技なのに人によって表現の仕方や考え方が違うのは面白いのだと、目をキラキラさせながら語っていた。
同じ主役の座を取り合うライバルだというのに、まっすぐ一生懸命努力をしている彼女を、憎めないどころか、なんなら一年生の中で一番仲が良いくらいになっていた。
一応お互いライバルということもあり、相手の練習は積極的に見に行ってはいないのだが、千種も歌の練習は連休明けにやると言っていたので、アリーシャと同じく、今日彼女の歌声が聞けるかもしれなかった。
そんなクラスの何人かが五月病にかかっていた、連休明けの昼休み。
いつもの四人で集まり、休日中に何をしたとか、午前中の授業がどうとか、そんな話をしながら食事をしていると、ふと思い出したかのように凛子が口を開いた。
「そういえばさ、白雪姫に立候補した一年生。五十嵐さんの方、部員の子たちにさ、頭下げてなんか頼んでいるの見たよ」
「へ?」
「あ、私もそれ見たかも」
それってつまりどういうこと。
アリーシャが質問をしようとしたら、その前に美緒莉も同じような状況を目撃しているという。
「投票先、自分にしてって言っているのかな」
そんな凛子の言葉は、アリーシャの頭に過った考えと一致していた。
アリーシャも票を獲得するために、一年生と仲良くする努力をしている。
だが直接的に自分に票を入れてくれとは頼んでいない。
だってそれは、オーディションを見て、その結果で入れてもらうものであって、そういう風にお願いして入れてもらうものではないと、少なくともアリーシャはそう思っていたからだ。
仲良くなるというのは、アリーシャという人を知ってもらうための切っ掛けで、何も知らない人よりは票が入りやすくなるという、ただそれだけのもので、票を入れてほしいとお願いするのは何か違うと、非常に心がもやついた。
「まあまあ、まだそう決まったわけじゃないじゃん。なんて話してたかは聞いてなかったんでしょ」
「まあ、確かにそうだけどさ」
冴はそうなだめたが、凛子は納得していないようだった。
「じゃあさ、私たちもアリちゃんに票入れてほしいなーって、皆に言ってみたりする?」
美緒莉の提案は、気持ちとしてはありがたかったが、アリーシャの望むものではなかった。
どちらかと言えば、美鈴が票を入れてほしいとお願いしているのならば、それを禁止にしてほしいという気持ちの方が大きかった。
「んー。それはやめておいた方がいいと思うよ」
「どうして。だって投票は政治なんでしょ、選挙とかの時もやってるじゃん。清き一票をって、そんな感じじゃないの」
冴のやんわりとした否定に美緒莉は唇を尖らせた。
「ガチの選挙の場合は、自分はこういうことをやりますよーって公約を言いながら一票くださいって言うのは悪いことじゃないのよ、そうやって票を貰うのはオーディションと同じだね」
冴は拗ねる美緒莉に苦笑し、言葉を探すように視線を上にやってから続ける。
「ブーメラン効果っていうのがあってね、あー。例えば選挙期間中、親が留守で休日映画とか見てゆっくりしてた時に、玄関ピンポン鳴って、渋々出たら、知らないおっさんが、選挙で誰々をお願いしますってチラシ渡してきたらさ、笑顔で受け取って玄関鍵閉めて、私がまだ十八になっていなくて命拾いしたなとか思いながら、チラシをゴミ箱にねじ込んだりするじゃん」
「あー」
いやに具体的な例えに、凛子は顔を歪めながら頷いていた。
「そろそろ勉強しようかなって思ったタイミングで、親にいつまでも遊んでないで勉強しなさいって言われたらさ、なんかやる気が削がれたりするじゃん」
「わかる」
今度は美緒莉が食い気味に頷いた。
アリーシャとしては、両親が勉強をしろというタイプではなかったし、どちらかというと張り切り過ぎているアリーシャを止める側だったので、いまいちピンとこなかった。
「人はさ、タイミングとかにもよるんだろうけど、やれと言われるとやりたくなくなることがある生き物なんだよね。これをブーメラン効果って言うんだけど」
アリーシャも冴の話を聞きながら、なんとなくそんな話を聞いたことがあるなと感じた。
そういう現象に、名前までついているのだから、一般的によくある話なのだろう。
「だから票を入れてほしいって直接頼むのはやめた方がいいと思うよ。後、五十嵐さんはそう言っているって決まったわけじゃないんだから、ほっといてあげなよ。あの子はあの子なりに考えて動いているみたいだからさ」
そう周囲をなだめるように言った冴の顔をじっと見ていた凛子は、ふと何か勘付いたように口にした。
「冴。さてはお前、何か知っているな」
「さあ?」
凛子の追及に、冴は肩をすくめ、開けたペットボトルのお茶と一緒に、その後の言葉を飲み込んだ。




