33
昔々のことでした。
優しく偉大な王様と、賢く美しいお妃様の元に、それはそれは美しいお姫様が生まれました。
白雪の降る日に生まれたお姫様は、白雪姫と名付けられ、大切に育てられました。
優しく柔らかな春の日のような微笑みを浮かべる白雪姫は、多くの人に愛され、お城の誰もが白雪姫の健やかな成長に、心を癒されておりました。
ところが、白雪姫が七歳になった時、お妃様が病に倒れ儚くなってしまいました。
王様は悲しみに明け暮れましたが、喪が明けた後、国のためにも新しいお妃様を迎え入れることになりました。
白雪姫は新しく迎え入れられたお妃様と仲良くなるために努めましたが、お妃様は白雪姫が気に入らず、意地悪をするようになりました。
それでも、白雪姫はお姫様としての勉強にも、お妃様からの意地悪にも負けず、優しい心のまま育っていきました。
何故なら白雪姫には、幼い頃に一度会って、結婚を約束した王子様がいたからです。
王子様との婚約は、国の為のものでしたが、白雪姫は文通でのやり取りで、王子様に恋をしていたのです。
彼にふさわしい人になるために、いつか迎えに来てくれる王子様のために、白雪姫は努力を怠りませんでした。
そして、ついにその日はやってきます。
王子様が白雪姫との結婚の約束を果たすために、再びお城を訪れたのです。
そして、王子様は優しく、美しく育った白雪姫に、白雪姫は凛々しく聡明な王子様に、再び恋をしたのです。
それを面白く思わなかったのがお妃様でした。
お妃様は美しく、それ故に美しさに固執していました。
最初こそ鬱陶しいとだけ思っていた白雪姫が、年を重ねるごとに美しく育っていき、妬ましく思っていたのです。
そんな白雪姫が幸せそうに微笑んでいるのを見て、お妃様の心が荒みます。
不思議な魔法を使えるお妃様は、心を安定させるため、その日の夜も鏡に向かって尋ねます。
その問いはいつも同じもので、お妃様の矜持を絶対的なものにするためのものでした。
「鏡よ鏡、魔法の鏡。私の問いに答えなさい。この世界で一番美しいのは誰だ」
いつもの鏡の返答は、決まってお妃様あなたですと、そういうものだったのですが、その日の答えは違いました。
「この世界で一番美しい人。それは、恋を知った白雪姫」
***
真由美が台本を開きながら説明してくれたあらすじはそんな感じのものだった。
「いい感じじゃん」
「うん、凄くよくできていると思うよ」
凛子の素直な感想に、アリーシャも続いた。
「王子との馴れ初めを加えてみた所さ、くどくないかな。語り部に任せる時間が長い気がするんだよね。早く演技したらって感じにならない?」
称賛の声に嬉しそうにはにかんではいたが、真由美はまだ納得していないようだ。
白雪姫が勉強やお妃様のいじめに耐えるシーンは、演技として取り入れてはいるが、お幼い頃の王子との約束や文通をしているシーンは台本では語り部が語ることになっていた。
「うーん。あまり気にしていなかったけど、そう思うなら最初は婚約者がいるとかそのくらいだけ語り部に言わせて、文通のやり取りをしたとか、白雪姫の前向きでいられる理由っていうのは、こっちの小人たちが、なんでこんなところに来たのって話しているときに白雪姫に直接言わせる形で演技に入れればいいんじゃね。今だとお妃様の悪口大会みたいになってるし、そこ削ってさ」
「なるほど。確かに白雪姫は嫌がらせを受けてたってお妃様を悪くは言わなそうだしね。語り部に言わせるより白雪姫に言わせた方が観客側にも印象に残りそうだし、採用させてもらうわ」
凛子の意見を聞いて、早速真由美は自身の持っていた原稿に修正を入れ始めた。
その後、ついでとばかりに冴にいくつか誤字の修正をされ、真由美は悔しそうにしていた。
「あ、ねえねえ。語り部の人が喋っている間って、静かにしているだけじゃなくって、後ろでそれっぽい演技を入れれば退屈って感じじゃないんじゃないかな」
台本は冒頭の語り部ありきのシナリオとなっていた。
今回ある程度縮小の修正が入ることになったが、観客を退屈させない工夫があるならそれに越したことはないだろう。
「それはいいアイディアかもしれない。でもそうすると冒頭でなくなるお妃様や、全然出てこない王様や、赤ちゃんのように見える布が必要になるから、演劇部としての余裕次第でやれたらやるって感じのシーンになりそうだね」
役があるということは、人もそうだがそれっぽい衣装も必要になるわけで、おいそれと登場人物を増やすことができないのが現実だった。
「そっかー。礼奈ちゃんたち、入部してくれたらいいねー」
「あいつら冷やかし半分だったし、来年の一年生の方が期待できると思うよ」
去年の末に見学に来てくれた彼女たちと親しい凛子は美緒莉と違って入部の期待はしていないようだ。
凛子の来年の一年生というのは、今は一月で年が明けたばかりなので、来年度の一年生の話なのだろう。
こういうところが日本のいい加減なところだよねと、アリーシャは一人心の中でため息をついた。
そうしてその後もいくつかの考察と修正を繰り返して、今日の集まりは終了した。
一つの物語について、皆で頭を突き合わせて考えるというのは、なんとも面白い時間だった。
オタク友達の絵里と、アニメの良かったところや今後の展開を語り合う時間に少し似ていた気がした。
同じ物語を観ても、人によってそれをどうとらえるかというのは、結構変わってくる。
アリーシャが子供の頃に好きだった白雪姫は、たくさんの動物たちに囲まれて、意思疎通ができて、そして皆に愛されていて、優しい白雪姫だった。
今回舞台の都合もあって、その動物たちの出番は大幅にカットされ、その分王子の出番が多くなっているように感じられた。
皆から挙がるいろいろな考察やアイディアを聞いて、白雪姫はこういう解釈もあるのだと、アリーシャは白雪姫という物語の奥行きが広がったように感じた。
真由美は台本を冬休みが明けるまでには仕上げてくれると約束してくれた。
配られた台本は回収されてしまったので、今手元にはないが、あれがどのように完成するのか、今からとても楽しみだった。
冬休み明けには演技の練習ができるのかもしれないと期待したが、冴は、白雪姫の演技練習はオーディションが始まるまではやらせてくれないという。
あくまでも公平な立場であろうとする冴の姿勢は、もどかしさを感じることもあるが、正しい形なのだと理解しているため、文句はない。
ただ少し気が急ってしまっているだけなのだ。
家に帰り、こたつに入って、アリーシャは今日あったこと、今後のことについて思いを馳せた。
本番は体育館の大きい方の舞台を使わせてもらえるらしい。
それに合わせて背景を作らなければならない。
背景はどのように作るのだろうか、衣装に使える布はどんなものがあるのだろうか、考えても考えても想像が止まらないし、これからきっと楽しいことが待っているに違いなかった。
アリーシャはこたつで温まりながら、これから待っている楽しみが待ちきれず、人生で初めて、冬休みが早く終わってしまえばいいなんてことを思った。




