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そんなこんなで、楽しく雑談を終えて、その後も学園祭を少し回って、高校のそれとは規模の違う催しを、四人楽しく巡ってきた。
夕方近くで解散となり、アリーシャは来た道を同じ三人んでバスに揺られて帰った。
「アリちゃん。なんか、元気ない?」
バスの中で少し上の空になっていたアリーシャに、美緒莉が不安そうに話しかけてきた。
「ううん、ちょっと疲れたのかも」
そう言って笑って見せたアリーシャに、美緒莉は納得したように笑った。
実際大学内を結構歩いたし、楽しくはしゃいだため疲れてはいた。
でも、本当はアリーシャの胸に小さく引っかかるものが残っていたのは事実だった。
だがそれを、今ここで言うつもりはなかった。
折角の楽しい雰囲気を台無しにしたくなかったし、この胸の、もやもやとした疑問は、兄に聞くべきなのだろうと思ったからでもあった。
バス停で二人と別れ、自転車をこいで家に帰っても、兄は帰ってきていなかった。
今日は学園祭の終了イベントと、打ち上げがあるから帰りが遅いと聞いていたので、特に疑問もなくただいまを言って部屋へ戻った。
ついでに、ホストファミリーのパパとママは、アリーシャの文化祭には来てくれたが、人込みは苦手だからといいわけし、兄の学園祭には行っていなかった。
部屋に戻ったアリーシャは、夕飯までの少しの間、考え事をした。
最初こそ抵抗感があった床に座るという行為を、最近は当たり前のようにするようになって、部屋に置かれた背の低いテーブル、突っ伏して項垂れた。
頭の中に浮かんでいるのは、今日見た演劇だ。
兄のやったアレの他にも、別の団体が劇をやっていたらしい。
アリーシャは、劇場とされていた体育館で配られていたパンフレットを鞄から取り出して、中身を確認した。
パンフレットを見れば、今日と昨日の午後と午前で、合計四つの演劇があったことがわかる。
そして、そのうちの演目の一つに白雪姫があった。
アリーシャはその三文字を、ずっとずっと見つめていた。
最初にパンフレットを貰って見た時から、兄には本当に申し訳ないけれど、青髭の演目より先に見つけて、それからずっと気になっていた。
結局その後、アリーシャは夕飯と呼ばれるまでそれをずっと見つめていた。
食事を終え、片づけを手伝い、風呂に入って勉強をして、そんな頃に兄が大学から帰ってきた。
足音を聞いたアリーシャは、二階の階段を上がった先にあるオープンスペースで兄を待っていた。
「おかえり」
「お。ただいま」
二十一時過ぎの帰りは、大学生にしては早いのか、遅いのか。
打ち上げがあったという割には、しっかりとした足取りで階段を上ってきた兄は、もしかしたら酒を飲まないタイプなのかもしれない。
いつもはあまりお互い男女ということもあり、プライベートは干渉しないように気を使ってくれているようだが、今日はアリーシャが用があったため、オープンスペースにあるソファに座り、隣のスペースを手で軽く叩き座るように促した。
「なんかあったの」
そういいながらそこに腰掛けてくれる兄は、なかなかにして気を使えるいい男だ。
「文化祭楽しかったよ。おにーさん斬られてたね」
アリーシャはとりあえず世間話から始めた。
よかったら見に来てと言っていた彼の役が、主役でもなければ、まさかのやられ役だったのでどうリアクションするべきか悩んだ。
「お、見に来てくれたんだ。顔出してくれればよかったのに」
「友達と来てたからさ、そのまま違うところに行っちゃった」
そっかそっかと笑う彼は、何故か嬉しそうだった。
「やられ役で嫌じゃなかったの?」
見に来てというからには主役でもやるのかと思えば、主役はまさかの悪役で、兄はそれを仕留める役ではなく、仕留められずに倒される役だった。
「俺が一番殺陣上手かったからね。実はやられ役って難しいんだよ。戦うシーンは劇でも映える所だし、魅せ場だったんだよ」
自慢げに言う兄は、自身の与えられた役に誇りを持っているようだった。
殺陣っていうのは、戦闘シーンの演技のことで、本当は西洋の刀の戦い方と、日本の刀の戦い方は違うのだけれどと、聞いてもいない雑学を披露していた。
そんな話を聞き流しながら、アリーシャは本当に聞きたかった話を頭の中でまとめていた。
「あの、あのね」
覚悟を決めて話始めると、兄の話を遮るようになってしまったが、兄は特に不快に思った風もなく、どうしたと首を傾げた。
「変な話なんだけれどね。ずっと気になっていて」
そう言いながら、アリーシャは少し泣きそうになっていた。
酷いことを言うつもりもなかったし、馬鹿にしたり、傷つけたりしたいわけでもなかったのだけれど、この感情を、この疑問を口にするとき、人を傷つけるような言葉になってしまうような気がして、それが怖かった。
アリーシャの真剣な様子に気づいた兄は、アリーシャの方にちゃんと向き向き合って、ゆっくりと言った。
「大丈夫だから、言ってみな」
そう促されて、アリーシャは漸くその胸につっかえているものを口にした。
「青髭って、ヨーロッパの話じゃん」
「え。あ、うん」
どんなことを言われるかと覚悟をしていた彰浩は、アリーシャの言葉に不意を突かれたような表情をした。
確かに青髭はフランスの詩人、シャルル・ペローによる童話で、まあ大きくみてヨーロッパの話だ。
「青髭って、フランスの有名な人がモデルになってるって」
「まあ、一説によるとジル・ド・レェって話はあるけど確定ではないねえ」
一生懸命言葉を選んでいる様子のアリーシャは、結局何が言いたいのだろうか、彰浩は見当がつかなかった。
「でも、演じてた人全員日本人だったよね」
沈黙。
アリーシャの話を聞いて、彰浩は大きく深呼吸をした。
そして、彼女の言いたかったことを理解した。
つまるところ、ヨーロッパの童話に登場する、白人であろう青髭を、黄色人種の日本人が演じていたことに、違和感というか、心につっかえるような何かを感じていたのだろう。
「まずね、アリーシャ」
彰浩はアリーシャの疑問に納得のいく回答ができるように努めようと、順序だてて説明することにした。
「昨日と今日の学園祭は、うちの学校の生徒が運営をやっていて、出し物は全部学生がやっています。そして、うちの大学に白人の学生は、俺の知る限りだと、確か二人くらいいたような気がする」
後半を自信なさげに視線を上の方に彷徨わせながら話す彰浩の言葉をアリーシャは静かに聞いていた。
「その二人で劇をするのは、まあ現実的じゃないよな」
「でも、演目を日本のおとぎ話にすればいいだけじゃないの」
「確かにそれは一理ある」
アリーシャの疑問に、彰浩は頷いた。
日本人の役を日本人がやるのは、確かに何の違和感もないだろう。
「でも俺たちは『青髭』という童話を知っていて、それをアレンジしたものをやりたいと思ったから『青髭』をやった」
堂々と胸を張って言い切る彰浩が、アリーシャは少し羨ましかった。
「やっちゃいけないって決まりはないわけじゃん」
彰浩はおどけた調子で、大前提をアリーシャに言った。
確かにやってはいけないという決まりはないだろう。
『青髭』自体も古い童話で、著作権もとっくに切れてしまっているものだ。
「で、次に。日本人って、大体の人が日本語しか喋れないのよ」
二本の指を立てて彰浩は言った。
確かに、アリーシャは日本語留学にあたり一生懸命日本語を覚えた。
そしてその理由が、そのままそれだ。
「そうするとさ、海外の物語を、その国の人が演じて演劇で見るってなると、観客全員がその国の言葉を覚えるか、役者が日本語を覚えるかのどっちかになっちゃうじゃん」
それは何とも難しい話だとアリーシャは思った。
観客を選ぶような劇となれば運営が成り立たないだろうし、演じる役者が頑張って日本語を覚えて、日本語で劇をするとなると、それはそれで結局違和感が生まれるのではないだろうか。
「海外の物語を知ってさ、それを演劇でやってみたいと思う人もいれば、見てみたいって思う人もいるわけじゃん」
出していた指を引っ込めて、彰浩はアリーシャに同意を求めるように語る。
「だから俺たちは俺たちなりにさ、手が届く範囲で、化粧とかしてそれっぽい似非白人になって、そういう世界観を観客に届けているってわけよ」
アリーシャは、彰浩の話を聞いて思い返してみた。
確かに今日見たあの劇は、本当に最初の方に違和感を感じてはいたけれど、話が進むにつれ劇の世界にのめりこんでいたと感じた。
「後は国民性的に、観客が劇の世界に入り込むのが上手いというのもあるのかもしれないね」
曰く、日本では歌舞伎など、江戸時代初期くらいから既に、男女問わず庶民が演劇を見るという文化が根付いており、身近なものなのだという。
しかもその伝統芸能では、風紀の乱れが原因で女性が出演することを禁じられたという経緯があり、男性が女性を演じる女方というものがあるのだそうだ。
そして、それよりも随分後にできた宝塚劇団では、役者が全員女のため、男の役を女性が演じる男役というものがあるという。
なんだかちぐはぐで不思議な話ではあるが、日本ではそれを受け入れられ、そういうものと認識されており、それを楽しむときに違和感を感じさせないような演技を役者は行い、観客はその演技を楽しむのだという。
そんな楽しみ方を昔からしている日本人だから、日本人がそれっぽい恰好をして外国人の役を演じても、そういうものなのだと受け入れやすかったのではないかという。
「西洋の劇をやり始めた当初は知らないけれど、現代ではそれをおかしいと思ってる人は少ないんじゃないかなあ」
日本では、というよりどの国でも、その国の人が他国の物語を、自分の国の言葉で演技するとは割と普通なのではないかと彰浩は言った。
確かに普遍的なテーマを扱っている作品ならば、それぞれの国に合わせた解釈を入れて、その国の人が演じるのはおかしくはないのだろう。
その後、アリーシャは彰浩に礼を言って部屋に戻った。
そしてベッドにうつ伏せで倒れこみ、先ほどのことについて考えた。
もし、アメリカの学校で、彼らと同じ『青髭』を演じるとしたら、どうなるのだろうか。
そうするとまあ、間違いなく白人の男性が主役の青髭役に選ばれるのだろう。
これは差別とかではなく、物語の時代背景と、青い髭があだ名になるような人物でならなければならないといったことなど、様々な事情から客観的に見て、ふさわしい人物を選ぶのが当然だとなるからだ。
白人男性の中から、その役をやりたい人を集って、そしてその中で一番演技がふさわしいとされた人がその役を勝ち取る。
まあ、そもそもの話、アメリカではあまり悪役が人気ではないので、青髭の役は外れ扱いになるかもしれないが、それは置いておいて。
もしアリーシャのような褐色人種や黒色人種が青髭の役をやるとするならば、それに納得がいくような物語の改変が必要となる。
でも、今日の演劇ではそれが必要なかった。
それっぽい服を着たアジア人男性のことを、演劇の中で白人として扱い、男爵と呼んでいた。
それは役者に白人を使うという選択肢がないからこその措置であり、観客もそれをわかっていたから、それはそれでと楽しむ見方ができる人ばかりで構成されていたから、アジア人が男爵であることに対しての、まるで言い訳のような物語の改変も行わずに、そのままの世界観で演技を行えた。
アリーシャはその話に納得していた。
白人の役者がいないから、代わりに自分たちでやる。
そうして観客はその演劇を、そういうものだと観ることに慣れているから、誰もそんなことに疑問を持たずに楽しんでいる。
各国には、その文化が根付く理由がある。
演劇の感想を友人たちと言っているときに、頭ごなしにおかしいと口に出して否定しなかったあの時の自分を褒めてやりたいくらいには納得していた。
納得していたからこそ、悔しかった。




