Extra3「この時間が、この空間が私の居場所だから」
ここからのお話はこれまで以上に視点移動が多く、それぞれが発する「彼」「彼女」を意図的に分かりづらくしています。
これは誰の視点なんだろう、誰のことを言っているんだろうと想像しながら読んでいただけると、物語により深みが増すかと思います。
「だからっ‥‥‥何回言わせればいいの!?」
吐く息は白く、されど紅潮した頬が彼女の懸命さをより際立たせる。
「他の人のことなんて気にしなくていい。アンタにとっては赤の他人でしょう!?
身近な人ならまだしも、ニュースとかに出てくるような全くの関係なしの人!
距離も遠い!知り合いですらない!
こんなの毎日起きてることなんだよ?そんなのにいちいち感じ入ってたら自分の幸せなんて手に入る訳ないじゃん」
このやり取りを見たのはもう何度目か。
10や20なんかじゃない。俺が知らないだけでもっと多いはず。あいつらに合う前からずっと。
「もうやめようよ、こんなこと」
吐き捨てるように、力なく呟く。
あいつ自身、それが届かないなんてことは分かりきっているはずだ。
それでもなお、問い続けるのは納得しきれないから。見過ごすわけには行かないから。
それに何より、あいつが放って置けるはずないのだから。
「ありがとう。
いつも俺のために怒ってくれて」
「なら‥‥‥」
「でもいいんだ。
俺は自分が間違っているとは思わない」
ギリッと、歯ぎしりのする音が講義室内に響く。
「それに、さっき自分の幸せなんて手に入るわけないって言ってたけど、それは想乃華も同じだよ。
自分の欲を優先しようとしない奴と一緒にいたら巻き沿いを食らうだけだ。
想乃華が優しいのはわかってるけど、あんまり俺のことを気にかけすぎなくていいんだからね」
「‥‥‥」
これだ。いつもと同じ。
決定的な理由はある。
だが、それを言ってしまえば全てが瓦解する。
ここだけではなく、別の枝での意味も何もかも。
だからこそ、あいつはその先へ行けない。
それはアイツの望む結末なんかじゃない。
「まあ‥‥‥私は別に良いけどさ。幼馴染みだし。
ほっとくと何しでかすかわかんないし。
知らないとこで私に迷惑がかからないか心配ってだけ」
優しい嘘。
誰もそれが本当の気持ちだなんて思っていない。
ただ、そう理由付けしなければ心の平穏を保っていられないのだ。
常人の精神力で彼と付き合っていくのはまず無理。
言葉で言いくるめて強引に距離を保ち続ける。
そうしなければ彼の内側にはついていけない。
「そっか。
それでもありがとう」
心の底からの感謝にむず痒さをおぼえたのか、ふんっとそっぽを向く。
目を瞑って腕組みをするものの、口角が上がっている時点で今日もあいつの負けだ。
「いつか必ず、こっち側に連れ戻す。
無理矢理だろうがなんだろうが、それだけは絶対だから」
「うん。そうなれたら本当に良い。
できれば自分の意志でなりたいけどね」
ゲームオーバーか。
いつもより早かったなと思い、見かねて声をかけることにした。
「おい、お二人さん。
いつもの恋人ごっこは見飽きたんで次はもっと面白いのないんすかね」
「そうだよー。
二人ってば、まーた同じ言い合いしてるんだもん。
いつもいつも聞かされるこっちの身にもなってほしいもんだねー」
「もう、また見てたのーーーー????
二人からも言ってよー。
想志ってば私の言ってること聞いてるようで全く理解してないんだもん」
「想志くんが分からず屋とか今に始まったことじゃないでしょ」
「ほんとそれな。
今更すぎて言い飽きたわ」
やれやれと彼はうんざりするかのように吐き捨てる。
想志くんは言うまでもないけど、想乃華だって大概だ。
そして講義終わりの私たちに気づいた彼女がバタバタと走ってくる音が聞こえる。
「せーんぱい!」
「ああもう、またこれだよ。
お前そこ代われ」
「もう誰にも制御できんだろこいつは」
そう言って、彼は背中に飛びついてくる彼女を下ろす。
あーあ。そういう顔するから余計怒っちゃうこと気づいてあげなよ。
まあ、そんなのもう手遅れなんだけど。
「おーい。結愛。何しちゃってんですかー???」
「うーわ。圧こわ‥‥‥先輩怖いっす」
引きつった顔で彼の背中に隠れる。
「それよか、ごはん行きましょうよ~!
先輩たち、四限で終わりですよね」
「なんで知ってんのこの子は‥‥‥
ねえ想志。
可愛いかわいい後輩だからって聞かれたこと何でもかんでも喋っちゃだめでしょ!」
「えー良いじゃないですか別にー。
私たちの仲ですし。今更ですよ」
かくして、可愛い後輩のお望み通り、みんなでご飯に行くのは決定したようだ。
想乃華を言い含めた時点で結愛の勝ち。
つんよい。ほんともうマジ。
さすが彼とずっと一緒なだけある。
「そんでどこ行くー?
俺金ねーから安いとこが良いな」
「想太はいい加減バイトしなよ。
仕送りだけで生活とか親泣いちゃうよ?」
「う‥‥‥ここにはお母さん属性のやつしかいねーのかよ。
おーい想志くんや。お前のせいだぞー。ママ味あるやつばっかなの」
「知るかそんなの。
お前だって満更でもないだろ」
「それな。言えてる」
「はいはーい。
じゃあ私に付いてきてくださ―い!
私の行きたいとこにします!」
「話聞いてたのか?おい!おい?」
「もう、うるさいですよ想太先輩。
女の子が多数派のグループに居る時点で発言権はありません!」
「出たよいつもの。
そのくせ想志の意見は一番に優先するのによ」
「当たり前じゃないですか。何度も言わせないでくださいよ。
大切な人を優先するなんて誰でもやってるじゃないですか」
はあ、と心の中でため息をつく。
最後の言葉に先輩の足が重くなったのが視界に映ったからだ。
(またやっちったなぁ)
「おう‥‥‥堂々としすぎてもはや清々しいわ」
どんよりと心に陰が差すけれど、想太先輩の明るさには何度救われたことか。
先輩たちが居なかったらとっくに心が折れていただろう。
いや、ここではそうなっていないだけできっと別の枝では既にそうなっていたはず。
その過程があったからこそ、私たちはこうして一緒に居られる。
「でしょでしょー。
女子特有の裏でコソコソ悪口言うのってぶっちゃけキモいじゃないですか。
だったらこれぐらい表で言った方がまだマシってもんです!
大事なのは屈託のない笑顔!
ハキハキ喋る!
裏なんて感じさせないぐらいが丁度いいんです」
「それ言ってる時点でだいぶアレだからな。
‥‥‥なんかこう、同学年に友達居ない理由が垣間見えた気が‥‥‥」
「せんぱい?」
「すんません、俺が悪かったす」
気持ちの良い即答に思わず笑ってしまう。
「どうせ想志先輩に聞いたって、結愛の行きたいとこでいい‥‥‥って言うに決まってますからね。
テンプレテンプレありがとうございますって感じです」
彼の手を引き、皆を先導する。
こうして、この部活の昼がやってくる。
掴み取った可能性。
生み出した可能性。
いくつもの枝を集約し、辿り着けなかったはずの先の道。
皆が望んだ故に距離を置いたあれらとは違う。
あの日。
一通の手紙があったからこその未来。
「そうやって服の袖を掴むのやめなー。
その‥‥‥恋人みたいじゃん」
「わー!想乃華先輩かわいい~
そゆとこ好きー!」
嬉しさを全面に出すのは誰もが認める彼女の良さ。
右手で彼の袖を掴み、もう一方で彼女の腕に手を回す。
「たっのしいなー
先輩たちと一緒なのうれしいな~」
後方腕組みの二人は毎度の光景に飽きることなく、ニヤニヤとその重さを受け止めるかのように笑みを浮かべる。
これは、先の物語。
一つの山を乗り越えた先にある景色。
ここから枝分かれしようが、既に分岐しきっていようが今の彼ら彼女らには関係のないこと。
五人でいること。
それが唯一の望みであり、彼女らの根源を支えるものだから。
外れた部活だからこそ手に入れた未来。
高校生編まではいくつもの可能性を示し、これより先は彼ら彼女らなりの幸せを求める青春群像劇。
Extra route 大学生編 開幕




