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第三部 第十八章「私は」

 二〇二一年。二月二十八日。


 俺たちは、もうなくなってしまったという、かつて部室だった場所に集まった。どうやら、部員不足で半年以上前に廃部になったらしい。

 彼女たちにとっては想い出のある場所らしく、俺が退院してからは沢山の時間を彼女たちと共にこの場所で過ごしてきた。実質、生後数ヶ月の俺にとっては十分過ぎるほどの居場所だった。

 だが、どうやらそれも今日で終わりらしい。

というのも、明日は卒業式だからだ。その前に、以前行っていたというお悩み相談をしたいということで俺たちは集まった。

 中へ入り、相談者がやってくるまでにしばらくだべっていると、部室の入り口ドアの前に一つの人影が現れた。

「着いたみたいですね。」

 結愛は少しいたずらな笑みを浮かべる。

「入っていいですよー。」

 ガラガラと扉を開く音が人気のない三階の廊下に響き渡る。

「こんにちは。」

 来訪者は軽やかに挨拶をする。

「って‥‥‥。‥‥‥茜?」

「やっほー。幽霊部員だけど、お悩みあるから来ちゃった~。」

 彼女の登場に、美鮮はとても驚いている様子だった。

「どうぞ!適当に座ってください。」

 結愛に勧められ、結城は目の前の席へと座る。

『粗茶ですが』などとわけのわからんノリで結城へ湯呑を渡す結愛に、『これはこれはどうもご丁寧に』と彼女もまたボケ散らかす。そのやり取りに、ふっと心が軽くなった。

「それで。お悩みって?」

 結城はもじもじとしていたが、決心したかのように佇まいを正す。

「うん。至って単純な悩みだよ。」

「私には好きな人がいて、告白したいってずっと思ってるの。‥‥‥でも、そうしちゃうと私の大切な友達との関係を壊しちゃうことになるの。‥‥‥だから、どうするのがいいのかなって。」

 俺には、結城が言おうとしていることが正確にはわからなかった。けれど、その無理して作り笑いを顔に張り付けているのが、とてもではないが見ていられなかった。

「でも、少しだけ変です‥‥‥。それだとどうして関係が壊れるのかっていうのかがイマイチ掴みづらいというか。‥‥‥そのお友達っていう方も、茜先輩が好きな人と同じ人を好きなんですか?」

たまらず、結愛は問いかける。

「ううん。違うよ。ちょっと色々と複雑でね。わかりづらいのは承知だけど、とにかく私が告白しちゃうと関係がそこで終わっちゃうの。面倒だとは思うけど、どうしたらいいか一緒に相談させてくれないかな。」

 上目遣いで美鮮を見つめる。

「もちろん!」

さっきまで困惑に満ちていた美鮮の表情は、晴れやかなものになっていた。


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 Interlude


 結愛から声をかけられて話を聞いた時は断るつもりでいた。だって、そんなたいしたお悩みなんて無かったから。でも。

『本当にいいんですか?』

 そういう聞き方は本当にズルい。とっくに押し込めたはずの、私の中で整理をつけたはずの気持ちが溢れてきそうになる。

 まあでも、これで良かったんだと今なら思う。直接とはいかないけれど、ずっと見ていることしか出来なかった私には、それがお似合いだ。


『だから‥‥‥これで良かったのだ』


 Interlude out


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「茜先輩にとっては、好きな人と大切な友達。どっちが大事ですか?」

「‥‥‥好きな人‥‥‥かな。」

「だったら告白するべきだと思いますよ。」

 結愛は間髪入れずに答える。

「でも、今の友達での関係も、なんか心地いいなーって思うんだよね‥‥‥。」

「想乃華はどう思う?」

 茜は言葉にできないような、言い表せないような表情で尋ねてくる。

「私は‥‥‥」

 停滞した関係。新たな始まりもなければ、終わりすら訪れない関係。それはただ、失うのが怖いだけだ。距離としての離れ離れではなく、精神的にそう思ってしまう。思い込んでしまう。壊したくないから。終わりたくないから。ずっと傍に居たいから。隣には必要ないと遠回しに伝えられるのが嫌だから。この手で終わらせたくないから。

 それはまるで、私と彼と彼女の関係のように思えた。

「私はっ‥‥‥」

 わかっている。いつか終わりが来ることは。

 ボランティアの時にも、何より”あの時”にも思い知った。

 わかっている。後悔することになると。後悔する‥‥‥。それは―――

 潤んだ瞳を拭い、私が信じてきたものを伝える。

「私は‥‥‥好きな人に伝えるべきだと思う。」

 そうだ。今まで関わらなかったことで、選択しなかったことで後悔ばかりしてきたのだ。だから、もう後悔だけはしたくない。どのような選択であれ、いつか後悔をするとしても。それでも、選ばなかったことに後悔だけはしたくない。

 懐かしい、いつかのノイズ音。けれど、それはとても微弱なもので、すぐに消失した。ああ。そうだった。あの時からそうだったじゃないか―――

 彼が、ちゃんと伝えてくれた。



『後悔を、後悔だと思わないために』



「そっか―――」

 茜はそれだけを残し、笑顔で教室を去って行った。

 どうしてだろう。

 私の胸の中にずっと憑いていたものが、いつの間にかすっと消えていた。

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