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第三部 第十三章「結実」

 二〇一九年。九月二十日。


「今日は来てくれてありがとうございます。」

 結愛は俺と美鮮を中へと案内する。

「というか、俺たちが入ってもいいものなのか?完全に部外者のようなものなんだが。」

『会って話をしてほしい人がいます。』

 何の前触れもなく、結愛はそう告げた。俺たちは地図を頼りに、丘の上に位置する教会へと足を運んでいた。

「大丈夫ですよ。それに、そんなに肩肘張らなくても大丈夫です。」

 彼女には、身体に力が入っているように見えたのだろうか。軽く深呼吸をし、全身に酸素を行き渡らせる。

 そもそも、なぜ結愛が教会に案内したのかがわからない。会ってほしい人がいる。それは理解できる。だが、なぜよりにもよって教会なのだろうか。それに、彼女はここの出入りにも慣れているようで、まるでここに住んでいるかのように思えた。

「先輩たち、連れてきたよ。」

 教会内の奥に位置している個室のような場所に連れられ、結愛は誰かへ声をかける。

「やあやあ。こんにちは。」

 身長は百八十センチ程度で、ほっそりとした体つきの男が奥から姿を現す。何というか、胡散臭いような男というのが俺の第一印象だった。

「私はここの教会で神父をしている、『相田』と言います。どうぞよろしく。」

 相田神父は俺たちに手を差し伸べ、軽く握手を交わす。

「立ち話も何ですから、どうぞ適当に座ってください。」

 勧められるまま、手近な席へつく。美鮮や結愛も同様に、椅子へと腰を下ろす。

「君たちは、今日何のためにここに連れてこられたのか知っていますか?」

「話をしてほしい人がいる、って言われただけですね。」

 そう答えると、神父は結愛を一瞥し、軽くため息をつく。

「そうですか。では、まずはそこからですね。」

「長い話になるかもしれません。どうぞ、リラックスして聞いてくださいね。」

 俺と美鮮はこくりと頷く。その反応に満足したのか、彼もまた頷き、言葉を紡ぐ。

「君たち二人のことは結愛から沢山聞かされていました。それも、中学の時からです。結愛はわけあって小学校の時はひどく落ち込んでいました。‥‥‥けれど、中学一年になってしばらく経ってからでしょうか。気づけば、君たちのことばかりを毎日話してくれるようになったんです。それはもう、今までの彼女の落ち込み様と比べたら比にならないほどに活力に満ちていました。だから、まずはあなたたちに感謝を。私ではできないことをやってのけた。‥‥‥それは感謝してもしきれません。」

「いや、俺たちは何も―――」

「‥‥‥。そういう所なのでしょうね‥‥‥。」

 神父は優しく微笑みかける。その表情は、毎日のように見ている誰かの顔に、どこか似ている気がした。

「何はともあれ、私は君たちに恩返しがしたい。と言っても、この格好を見てもらえればわかると思いますが、私はただの神父です。そんな人間がお役に立てるかどうかはわかりませんが、何か力になりたいと思ってお呼びした次第です。まあ、まずは僕の話を聞いてください。本題はそこからです。」

 未だに話が見えてこない。この神父と結愛はぼかした話しかしていなくて、肝心なことはまだ何も口にしていない。

「結愛から話を聴いているうちに、特に君のことに興味を持ちました。輝井想志君。」

「俺‥‥‥ですか。」

 意外だ。俺に何か興味を持たれるようなことでもあっただろうか。

「ええ。君はとても興味深い。確認のために聞いておきますが、あなたは自分より他者を優先する。そうですね?」

 ドクンと、心臓が跳ねる音がする。俺の様子を観察し、それを肯定と受け取ったのか、彼は話を続ける。

「そして、その在り方が人間として間違っていることも理解している。他人のためではなく、自分のため。合っていますか?」

「‥‥‥ええ。合ってます。」

「といっても、俺の場合は後悔を後悔と思わないために行動してきただけです。」

 神父は眼鏡を持ち上げる仕草をし、ニヤリと笑みを浮かべる。

「今はまだわからないでしょうが、この問答はいつかきっと君のためになります。」

「では、一つ問いましょう。‥‥‥君は本当に、心の底から自分のために自己犠牲をしているのでしょうか。」

 再度、心拍数が上昇する。呼吸が少し浅くなり、身体に痺れのような感覚を覚える。

「君は多くの人に手を差し伸べ続けたことで、多くのものを失った。なら、君に助けられた人はそんな君の様子を見てどう思うでしょうか。幾許かの罪悪感を持たれてもしょうがないとは思いませんか?」

 ふいに、脳内にノイズが走る。

「これは私の単なる予測に過ぎませんが‥‥‥。想志君。‥‥‥君は、その罪悪感すら持たせたくないと考えたからこそ、自分のためと言い張ってきたのではないですか?」

 思考が断絶しかける。

「罪悪感を持たせてしまったのなら、結局はそれは相手を助けたことにすらならない。自分のせいで、余計に相手を傷つけただけ。だから、そんな優しい嘘をついたのでしょう?」

「君は‥‥‥自分のためなんかではなく、最初から―――」

「やめてください―――」

 その言葉で、途切れかけていた思考が線を結ぶ。俯いた視線を上げると、そこには美鮮が肩を震わせながら、背を向けて立っていた。

「神父さんがしたいのは恩返しではなかったんですか?‥‥‥これではただの―――ではないですか。」

 途中の部分がか細くて聞き取れなかったが、彼女のこんなに怒気に満ちた声を聞いたのは初めてかもしれない。

「美鮮。俺は大丈夫だ‥‥‥。」

 努めて、穏やかな表情を向ける。

「神父さんはなにも、俺を痛めつけようとしているわけじゃない。嫌われ役を自ら買ってくれているだけなんだ。だから、そんなに責めないであげてほしい。」

「想志が言うのなら‥‥‥いいけど‥‥‥。でも、あまりにも度が過ぎていると思ったら、私‥‥‥何をするかわかりませんからね。」

 美鮮の優しさを直視して、思わず笑みがこぼれる。こんなに、他人のために怒れる人なんてそうそういないなと美鮮の温かさにほっこりする。

「すみません、神父さん。続けてください。」

 神父は頷き、再度口を開く。

「君は、自分が壊れかけていることに気づいているのでしょう?‥‥‥そして、自身のためではなく、他者のために行動をし続けている。」

「確かに、人助けは立派なことです。‥‥‥ですが、それはまず第一に自身のことを優先して、その次に考えることです。君は、決定的な部分を違えている。」

「であるのならば、君は本当は何を優先したいと思っているのでしょうか。そこまでするのなら、それはいったい何のためなのでしょうか。自己でもなく、他者でもなく、もっと根源的な部分です。‥‥‥それを、君はもう一度考えるべきだと私は思います。‥‥‥でなければ、君は遅かれ早かれ、何もかもを取りこぼすことになる。‥‥‥だから、君が思っていること、信じてきたものを話してはくれないでしょうか。もちろん、私と君たちは会ったばかりの他人です。だから、この場で無理に話してくれとは言いません。‥‥‥ですが、君には、君のことを想ってくれている人がいるのでしょう?‥‥‥なら、それについて考えることは君の行動理念にも当てはまる行為のはずです。」


 ああ―――。この神父にはどうやら全てを見透かされているらしい。しかも、最後の一文で俺が逃げないようにする算段まで立てるという巧妙さ。話し上手にも程がある。きっと、彼女が俺たちと過ごした全てを彼に打ち明けたのだろう。だからこそ、彼はこれほどまでの内情を掴んでいる。だとするなら、それは彼女も願っているということだ。ならば、考えないわけにはいかない。

 罪悪感を持たせないため?

 確かにそうかもしれない。しかし、合ってはいるが、それがすべてではない。俺の根源的な部分。‥‥‥そんなの、一つしかない。


「そうですね。俺が考えてきたことはたった一つなんですよ。理屈じみたものじゃない。ただ、衝動のようなもの‥‥‥でしょうか。それが俺が今まで持ってきたどんな欲望よりも大きかった‥‥‥。それだけなんです。」

「衝動‥‥‥ですか‥‥‥。」

「はい。‥‥‥かっこつけだと自覚してはいますが‥‥‥、俺はただ、悲しんでいる人たちを放っておきたくないっていう‥‥‥本当に‥‥‥それだけなんです。」

 満面の笑みを浮かべる。これが輝井想志なのだと。これが今まで持ち続けてきた矜持なのだと―――

「‥‥‥そうですか。‥‥‥では、君は本当に‥‥‥筋金入りのどうしようもないバカ野郎なんですね。」

 神父も笑みを浮かべ、そう言い切る。

「ええ。どうしてか、俺はこういう自分の在り方を曲げられないみたいです。‥‥‥それを、この数年間で実感しました。」

「そうですか‥‥‥。」

「では最後に一つだけお節介を。」

「あなたは、あなた自身が大切だと思える人を大切にするべきだと私は思いますよ。」

「‥‥‥それでは、僕はこれで退出します。あとは、三人でどうぞごゆっくり。」

 それだけを言い残し、彼は去って行った。


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 Interlude


 バカな人。第一印象から何も変わっていない。あまりにも真っ直ぐすぎるその在り方を恐ろしいと思うと同時に、彼のことを愛おしいと思ってしまう。‥‥‥本当に、私も私でどうかしてる。

 でも良かった。彼の表情を見た時に、それはきっと彼の心からの言葉なのだと思えたから。やっと、スタートラインに立てた気がするから。だから私は、これからも彼の傍に居続けようと、そう心に決めた。


 Interlude out


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「バカ。」


 温かみが込められたソレは、欠けてしまった者にとってはとても痛い。けれど、俺にとってはソレが何か大切なものを埋めてくれた。


 どうしてだろう。‥‥‥どうして、今までのそれに匹敵するぐらいの想いが芽生えてしまうのだろう。

 ‥‥‥わからない。‥‥‥その正体がわからないけれど、彼女たちを悲しませたくない事だけはわかった。

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