第三部 第七章「あなたの胸の中で」
現地ロケハン後、大幅に追記予定
翌日。ボランティア一日目。
早朝。七時にセットされたアラームで目を覚ます。見慣れない天井。違和感のある枕。質感の違う掛け布団。それらを身体と脳で認識する。そうして、そう言えば今日からボランティアだったと理解する。辺りを見回すと、隣のベッドは既にもぬけの殻だった。どうやら、想太は先に起きたらしい。
「おはよ。ほら、これ。」
想太は部屋に置かれていたコップを差し出す。手に取ると、側面は熱く、中には緑茶が注がれていた。
「ありがと。」
ふーっと息を吹きかけて冷まそうとする。まあ、猫舌なのでしょうがない。うん。彼のこういう気遣いに素直に感謝する。
「今日は被災者の方の引越しの手伝いだっけか。」
想太が確認するようにつぶやく。
「俺たちはそうだな。女子は子どもたちの施設に行くって話だったな。」
要するに、適材適所という事だ。家が倒壊して引っ越しを余儀なくされた方の手伝い、つまりは力仕事のため、俺たちが請け負うこととなった。ちなみに、先生はボランティア団体の方々と面会してお話をするとかなんとか。そんなことはさておき、今日は体力的にきついだろう事は容易に想像がつく。
「そろそろ支度するか。」
鬱積とした気分を晴らすかのように、明るい声色で合図をかけた。
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昼間の気温は二十六度。真夏ではないものの、ギラギラと輝く太陽の熱を浴びると、自然と額に汗がにじむ。それを拭っては家具を運び、拭っては階段ダッシュを繰り返していた。
辺りの様子を見るに、想定していたよりも復興は進んでいるようだった。といっても、最低限の施設が建設されているという状態。娯楽施設は一切見当たらない。
ただ、人が密集していない所には、未だに瓦礫が残ったままの場所も存在する。それを見つめる想太の姿が見ていられなかった。彼の表情を振り払うかのように作業に没頭し、気づけば日が暮れていた。
手伝いを依頼した老人の方が『どうぞ』とおにぎりを差し出してくれた。
「今日はありがとう。君たちみたいな子がいてくれて本当に―――」
「『今』という時間は戻らない。だから、心残りが無いように生きるんだよ。」
老人はそう言って涙ぐむ。気づけば、俺の瞳も潤んでいた。感謝されたからではない。ただ、かつて地獄と化したこの場所で、今も懸命に生きている人がいるのだと、ココで生きているのだと実感できて、心揺さぶられた。
「どうか。お元気で。」
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シフト制のように、二人ずつで子どもたちの遊び相手をしながら、一人は休むというサイクルを一時間おきに行っていた。
子どもたちを預かる施設。その控室のような、学校で言うところの職員室のような場所で私は休憩していた。
「すっごい元気だなー。」
子どもたちと一緒に、外で元気に走り回る結愛。室内でおままごとを一緒にやっている茜を遠巻きに見つめる。ここに預けられているのは小学生ぐらいの生徒や、五~七歳ぐらいの子どもたち。当時は生まれていなかったであろう子ら。彼ら彼女らはいったい何を見て、何を感じたのか。考えてもそれはわからない。わかるはずがない。
「わざわざ遠い所から来てくれてありがとう。」
施設の職員らしき人物から声をかけられる。
「いえいえ。少しでもお役に立てたのなら良かったです。」
しんどいわけではない。むしろ、子どもたちから元気をもらってしまっているくらいだ。
「それにしても、どうして来てくれたの?」
『どうして』か。特別な理由はない。直接的な理由は部活動の一環としてだ。だが、彼女が尋ねているのは、求めているのはそういう答えではないのだろう。
「ごめんなさい。‥‥‥こんな事を聞くのは野暮ってやつね。控えるわ。」
返答に窮している私を見かねてか、気を遣ってくれる。私は何か勘違いしてほしくなくて咄嗟に弁明めいたものをする。
「あっ、あの‥‥‥別にそういうわけじゃ‥‥‥。」
「大丈夫。ちゃんとわかってるから。」
笑顔で言う彼女に申し訳ない思いが募る。
『ちゃんとわかってるから』
私も彼女のように察しが良かったら。気を遣えたら。身を引くことができたら。
そんなありえない『もしも』を夢見た―――
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Interlude
「ゆいなお姉ちゃんはいいなー。」
少女は外にいる結愛を視界に入れ、おままごとをする手を止めてポツリとつぶやく。
私は咄嗟に彼女の名札に目を移す。
「どうしてそう思ったの?」
愛理ちゃんの隣に腰を下ろし、目線を合わせ、可能な限り優しい声音で尋ねる。
「だって、あんな風に楽しそうにしてて、辛い事とか経験したことなさそうで、羨ましいなーって。」
「そっか‥‥‥。確かに‥‥‥ああやって外で元気いっぱい遊んでて‥‥‥。なんだか、幸せそうに見えるよね。」
愛理ちゃんはこくりと頷く。
「ここにいるひとたちは皆、辛い思いをしてきたのに、ゆいなお姉ちゃんだけ場違いみたいっていうか、なんていうか。」
私には愛理ちゃんがが年相応ではなく、とても大人びて見えた。事実、彼女は達観しているのだろう。私は映像でしか地震が起きた当時の様子は見たことが無いけれど、それは地獄と言って差支えない。彼女はそれを直で目にしたのだ。焼き付けたのだ。だからこそ、大人にならざるを得なかったのだろう。そうしなければ―――様々なことを諦めなければ―――とても心を落ち着かせることなどできなかったのだろう。私と境遇が大きく違いこそすれ、その時にしか体験できなかったものを、機会を失ってきた者同士、彼女の痛みをほんの少しだけはわかった気になれた。
「ここの皆は両親を亡くしたりとかしてる子もいるのに―――」
言葉を失う。予想していなかったわけではない。想像していなかったわけではない。現実から目を背けていたわけでもない。ただ、それを事実として直接突きつけられた事が、たまらなく苦しかった。
ああ―――本当に彼女に似ている
「これは皆には内緒にしてほしいんだけどね。」
シーっと人差し指を立てる。
「実は、ゆいなお姉ちゃんも―――」
「そう‥‥‥なんだ‥‥‥。」
「ごめんなさい。」
理由も告げず、彼女は謝罪する。
「愛理ちゃんが謝る事じゃないよ。」
胸の前で両手を振って、それは違うのだと伝える。
「愛理ちゃんがそう思ってしまうのは普通のことなの。だから、謝らなくていいの。」
「でも‥‥‥。」
「確かに、ここにいる子たちは皆辛い目に合った。ならさ‥‥‥これからは、いーっぱい幸せにならないとじゃない?悲しいこと。泣いちゃいそうになること。沢山たっくさん、嫌なことを経験してきた。だったらさ、もうあとは駆け上がるだけなんだよ!幸せになるだけなんだよ!楽しい事とか嬉しい事、自分が本当にやりたいと思える事があるのなら、それができる機会があるのなら、それを掴むための勇気を持ってみよう!」
精一杯、全身で想いを表現する。
「幸せになれる立場にいるのに、幸せになりたいと思っているのに、幸せになろうとしない理由を探すのは、すっごく、すーっごく、もったいないってお姉ちゃんは思うな!」
そうだ。貴女と私はよく似ている。そして、貴女は私と同じ道へ進もうとしている。その先には何も無い。悔いしかない人生だ。彼女のように、貴女には掴んでほしい。私にはできなかった、あの尊い在り方を。
「愛理ちゃんは、今何をしたい?」
彼女はおままごとをしていながらも、何一つ笑みを浮かべる事は無かった。
「外で‥‥‥遊びたい‥‥‥」
俯きながら奏でるその音は、彼女自身の色で満たされているように思えた。
「よし。じゃあ行こう!」
彼女の手を取り、歩みを進める。
自身の願いがあるのなら。
欲望があるのなら。
それを自分のものにするために進みづけるべきだ。たとえそれが、他者から奪わなければ享受できないものだとしても。
だって、それが私が見た現実なのだから。
それこそが『生きる』という事なのだから―――
Interlude out
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「今日は楽しかった?」
私はみんなに尋ねる。
「はーい。」
元気に返事をしてくれる。
「それなら、ゆいなお姉ちゃんは満足です!」
えっへんと胸を張る。喜んでくれたのなら私は頑張った甲斐があるというものです。
「また来てくれる?」
愛理ちゃんが、か細い声で尋ねてくる。
「ごめんね。実は今日で会えなくなっちゃうの。」
『えー』という悲しいような嬉しいような優しい悲鳴。
「でもね。こうやって会えるのは最後だけど。私たちはいつでも会えるんだよ。」
「どういうこと?」
愛理ちゃんへ目を向ける。彼女はその意味を理解しているように思えた。
「今日一日、一緒に遊んだ想い出はちゃんと覚えていられるでしょ?写真とかもいっぱい撮ってもらった。それでさ‥‥‥会えなくて寂しくなっても、今日のことを思い出すの。そうしたら一人一人の心の中に、今日の想い出が蘇ってくるの。一緒に走り回ったこと。砂遊びをしたこと。泥団子を作ったこと。鬼ごっこをしたこと。滑り台で遊んだこと。ブランコをこいだこと。それさえ覚えていられれば、みんなの心の中に想い出が残り続けるの。繋がっていられるの。このとっっっても広い、同じ空の下に私たちはいるんだから―――」
二度と会えないとしても。
二度と顔を合わせる事がないとしても。
二度と言葉を交わす事ができないとしても。
「でも‥‥‥忘れちゃったら‥‥‥どうしよう。今日のこと。全部。全部‥‥‥」
潤んだ瞳。必死に堪えているその強さに最上の笑顔を。
「大丈夫!そのためにコレがあるんだから!」
私は首に提げているカメラを起動する。
文明の発展による弊害として、数えきれない人々を傷つけてきたであろうモノ。
けれど、なにもコレはそのために作られたものではない。
ここに在ったのだと、証明するために。
あなたの胸の中で生き続けるために。
光が灯る。
キラキラとした、かけがえのない想い出―――
「それじゃあ、またどこかで」




