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第二部 第九章「二者択一」

 二〇一八年。三月二十日。

 彼の気持ちを優先したいのか、自分の想いを優先したいのか。あるいは、そうしたいのか、そうすべきなのか。私にはわからない。決められるはずがない。だってそれは、とても大事なことで、私と彼の存在を揺るがすことになるのだから。

 だが、時間というのは残酷なもので、着実に終わりへと向かっていく。最後にはどちらかを選ばなければならない。まして、選ばないなんてのは以ての外だ。無論、どちらも取ることもできない。

 ゆりかごの中に大切に仕舞ったあの日から、何も進んでいやしない。それを選んだのは私自身。こうなる事は分かっていた。でも‥‥‥それでも、彼の傍に居たかった。


 時刻は夕暮れ。想志と想乃華はいつかの公園でブランコに揺られていた。

「明日にはもう卒業か~」

 想乃華は努めて平静につぶやく。

「そうだな。ホント、あっという間だ。」

「色んなことがありすぎて一瞬で終わったような感覚だなー。」

「言うほどそんなにあったっけ?」

 キョトンと尋ねる彼に想乃華は少しの苛立ちを滲ませる。

「あり過ぎたくらいだよ‥‥‥。」

「文化祭の時だってそう。生徒会の時だって‥‥‥」

「本当に‥‥‥バカな人‥‥‥。」

 ため息をつき、何でもない風景から彼に視線を移す。

「バカって‥‥‥酷い言われようだな。」

 想志は思わず苦笑する。

「だってそうでしょ。見返りもメリットも無い。あるのはデメリットだけ。想志は自分のためって言うけれど、それでも大勢の人を助けたっていう事実に変わりはない。そんなことをずっと続けてられるのは、正真正銘のバカだけよ。」

「助けられたのは偶々運が良かっただけだ。それに、何より美鮮が手伝ってくれたおかげ。俺一人だったら何も出来ていなかった。」

『ありがとう』と微笑みかけてくれる彼に目を奪われる。つい、ずっと言わずに抱えておいた気持ちを吐露しそうになる。

「でも、後悔‥‥‥ではないんだけど、少しだけ心残りがあるんだ。」

「俺はあの日から女子を徹底的に避けてきた。拒絶してきた。それを後悔してるわけじゃない。だって、女子にも今まで通り接していたら、余計に傷つけてしまっていたかもしれない。だから、その選択自体に後悔はない。でも―――」

 想志は涙を流し、後悔とも心残りとも取れる想いを口にする。

「もっと良い方法があったんじゃないかって‥‥‥。誰からも好かれずに、男子だけじゃなくて、女子も手助けすることは出来なかったのかなって‥‥‥。」

 懺悔にも似たそれに、想乃華は口を閉ざすことしかできなかった。

「すべての人を助けることなんて出来ない。そんなことは分かってるっ‥‥‥。でも、それでもどうにかできないかって考えて考えて考え続けてきた。」

 想志は自嘲するかのように鼻で笑う。

「その結果がこれだ。本当にばかばかしい。『辛そうな顔を見たくない。助けたい』なんていうエゴで、助けたいはずの多くの人たちを余計に傷つけて、辛い思いをさせてきた‥‥‥。」

「救う術を知らず、幸福の在り処も知らず、ただ助けたいからそうするなんて、根本から間違っていた。そんなニンゲンが誰かを救うなど思い上がりも甚だしい。」

「人間一人に出来ることなんてたかが知れている。であるのならば、自分が本当に助けたい人だけを助けるべきだ。決して多くの事を望んではいけない。でなければ、何かもを取りこぼすことになる。」

 想乃華は口を閉ざしたまま、ただ彼の言葉に耳を傾ける。

「だからね、美鮮。」

 ハイライトのない瞳が、まるで祈るかのように懇願する。

「決して、俺のようになっちゃダメだ。美鮮は、美鮮自身が大切だと思える人を大切にしてくれ‥‥‥。」

 思わず言い返そうとして口を開こうとするも、その想いをぐっと飲み下す。

「うん‥‥‥。大丈夫‥‥‥。大丈夫だよ。想志のお願いはちゃんと叶えるから。」


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 Interlude


 あぁ―――これで良かった。この選択は間違っていない。だって、ここで私の想いを打ち明けてしまったら、彼がいったいどれだけ傷ついてしまうのか計り知れないから。もう、彼は十分過ぎるほど傷ついた。こんなの、ちゃんと報われないとおかしい。でなければ、彼はいったい何のために、あんなボロボロになってまで何を果たそうとしたのか分からなくなる。

『善意だけでは人は救えない』

 そんなどうしようもなく重苦しい現実を、よりにもよって彼が独りで受け止められるわけがない。あんなの、ネジが外れた機械と同然だ。黙って見ていられる訳がない。見捨てることなんて尚更できない。であるのならば、やることは唯一つだ。

『それが、彼の願いを否定する事だとしても?』

 構わない。

『彼への想いを一生伝えることができないとしても?』

 構わない。

 ―――いつか、彼が倒れそうになったその時に、その身体を少しでも支えることができるのなら―――


 想いは深淵に。願いは虚空に。

 青白い月光が、煌々と『一人』と『独り』を照らしていた。

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