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  侵入2

 時間はあっという間にすぎて昼休みになった。クラスで仲良くしている山田優実やまだゆうみ本川ほんかわあかりがおのおのの昼食とおやつを持って千穂の席に集まってくる。


「あーお腹すいた!」

どたっと優実ゆうみ千穂ちほの前の席に座った。壱華いちかより長身の、ショートヘアーがよく似合う活発な少女だ。


「今日のおやつは、新作買っちゃったの」

ふふふと笑いながらあかりが隣から椅子を拝借はいしゃくしてくる。あかりはふわふわと柔らかくて、お嬢様という言葉がよく似合う。二人が座るのを待ちながら、千穂はコンビニで買っておいたサンドイッチを取り出す。


「今日はサンドイッチかー」

美味しそうだねと笑いながら、優実ゆうみはお弁当を袋から出す。

優実ゆうみのお弁当はいつもおいしそうよね」

あかりもお弁当箱を開けながら言う。

「料理部の子と同室でさ。好きだからって言って私のも作ってくれるんだよね」

助かるーと、優実ゆうみは可愛らしく飾り付けられたおにぎりにかじりついた。


「あかりちゃんは自分で作ってるんだっけ」

「さすがに料理部の子には負けちゃうけど」

ふふふと笑うあかりのお弁当も十分おいしそうだと千穂ちほは思う。

「すごいなー」

料理なんてできないよ。と千穂は言う。

「やってみたらできるのかもしれないけど、毎日とかは無理!」

「それ分かるー」

優実ゆうみが笑う。

「毎日三食とか作ってられないよね」

「私もお昼しか作らないわ。朝と夜は食堂よ」

あかりは長い髪が邪魔にならないように束ねながらそう話した。柔らかく揺れるあかりの髪を眺めながら千穂ちほも笑う。


「だよね!」

あかりの用意が整ったのを確認してから、千穂ちほはサンドイッチを開封した。

「そういえばね」

あかりがそう切り出した。

「編入生が来るらしいわよ」

「この時期に??」

あかりの言葉に優実ゆうみが疑念の声を上げる。

「入試終わって学校始まったばっかじゃん」

変なのーと言ってウインナーを口の中に放り込んだ。

「中高一貫だったのかも!!」

東京に出てきてから覚えたその言葉を千穂ちほは声にした。あーと優実ゆうみが答える。

「それだったらありか??」

高校にはエスカレーターで上がってるだろうし。

「でも、わざわざこの学校に??」

「あら、一応ステータスよ??」

皮肉気ひにくげに笑って見せる優実ゆうみに、あかりは柔らかい笑顔を返す。


 相川学園は都心に建つ高層ビルの中にある。教室も、体育館も、音楽室も、寮も食堂も全部全部一つのビルの中にある。小学校から高校まで一貫の学園で、最近できたばかりの新設校だ。だから、編入生で生徒数を確保している面はある。現に、啓太けいたいつきは編入組だ―啓太けいたはあんなに大騒ぎしてせっかく地元の高校に合格したと言うのに。


それに対して千穂ちほ壱華いちかと一緒に受験した。そんな学園は学費も寮費も莫大な金額がかかかることで有名で、ちょっとした社長令嬢や子息が通っている。これだけの金を子供に掛けられるということがステータスになるのだとあかりが教えてくれた。


「職員室がざわついてたわ」

「それはいい意味で?悪い意味で?」

「そうねー、いい金づるってとこかしらねー」

大人って怖いねーとあかりの言葉に優実ゆうみが千穂に顔をしかめて見せる。その顔がおかしく、千穂ちほは笑った。

「大人のことはよく分からないや」

「大人のことは大人に任せよう」

千穂ちほの言葉に、うんうんと優実ゆうみが頷く。優実ゆうみは頷くのをやめると、片目だけ器用にあけてあかりを見た。


「それで、どこまで情報を入手してるのかな?」

あらーとあかりは笑った。くすくすと笑った後に、あかりは残念そうに眉を下げた。

「それがね、全然分からないのよ」

すごいプロテクトだわ。どこを突っついても情報が出てこないの。とあかりは悩ましげにため息をついた。

「えーあかりが情報入手できないってそいつ怪しくない?」

優実ゆうみが意外だと驚きの声を上げる。その言葉に、あかりはいつも通りの笑顔に戻って付け足した。

「でも、職員室の様子からするとなかなかの家柄らしいわよ」

「いい金づるって言ってたもんね」

どんなやつかなーと優実ゆうみは唸る。

「可愛い女の子か、イケメンがいいなー」

「あら、可愛い女の子は足りてるじゃない」

希望を述べる優実ゆうみに、あかりが笑って見せる。それに優実ゆうみ相好そうこうを崩す。

「あ~そうだった~」

そう言って、千穂ちほのほっぺをつつきだすのだった。

「やめてよ~」

千穂ちほが手を振って阻止しようとするがそれは成功しなかった。


―社長令嬢というからにはもっとおしとやかだと思っていたのにとは千穂ちほは言わない。それはきっと偏見というやつだ。ここ数か月の二人からの情報を集めると、優実ゆうみもあかりも両親がちょっとした会社の経営をしているらしい。大したことないと言っているが、大したことあると千穂ちほは思っている。


それに対して千穂の家は田舎にある一般的な家庭だ。それがどうしてこの学園に通えているのかはさっぱりだ。先生がここに行けとパンフレットを持ってきて、形だけ試験を受けてここにいる。先生は知る人ぞ知る超有名占い師のようで、その伝手つてで通えているらしいと壱華いちかが言っていた。というか、そうでないと通えない。こんなに学費も寮費もかかる学校に。


千穂ちほのほっぺ柔らかくて癖になるんだよね~」

いつまでもぷにぷにと突っつく優実ゆうみの手をこれこれと払いながら、あかりは千穂ちほに話しかける。

千穂ちほは、どんな人に来てほしい?」

「仲良くできる人がいいなー」

千穂ちほはそう答えた。小さな村で育ち、隣町の学校に通っていたが、その学校も大きいわけではなかった。1学年で複数クラスを作れる学校に通うのは初めてだ。


人が多いのは慣れなくて、疲れることも多いが、空気はとても賑やかで少しわくわくする。-せっかくクラスメイトが増えるのだ。楽しく過ごせたらいい。千穂ちほはそんな未来を思い描いて、少し頬を上気させた。それを見て、あかりは楽しそうに笑う。


「そうね。仲良くできたらいいわね。」

そう言って、千穂ちほの頭を撫でるのだった。

「私は、おもしろい人がいいわね。探りがいのある面白い人」

「あかりに探られるとか、その人もご愁傷様」

「あら、そんな意地悪を言う子には、おやつはあげないわよ?」

「ああ~あかり様!女神様!哀れな山田にお恵みを!!!」

口角を上げてみせるあかりの前に、優実ゆうみはひれ伏した。そして無事、あかりが買ってきた新作のお菓子を食べることが出来た。



「ちーほ」

放課後、教室まで壱華いちかが迎えに来た。この瞬間を楽しみにしている男子も少なくはない。

「あ、壱華いちかちゃん!」

待ってね、あと少しで終わるから。と千穂ちほはいそいそとかばんに荷物を詰めはじめる。


 先生が勧めた学校だったから、てっきり壱華いちかと同じクラスになるものと思っていたけれど、千穂ちほ壱華いちかは別々のクラスになってしまった。

「別に慌てなくてもいいわよ」

壱華いちか千穂ちほの机まで歩み寄ってくる。そこには優実とあかりもいた。

「どうも」

優実ゆうみが手を上げる。それに壱華いちかは会釈で答える。

「こんにちは」

余所行よそいきの優雅な笑みで壱華いちかは挨拶をする。それにクラス中の男子が騙される。それを面白そうにあかりが眺めている。


「できたよ!!」

千穂ちほが鞄を持ってみせる。壱華いちかはそれを確認すると廊下に足を向けた。

「じゃあ、帰りましょう?」

真っ直ぐの黒髪が揺れる。それは夜空を写したように真っ黒で、千穂ちほは羨ましくなる。


 バチッ


すっと伸びた背に付いて行こうと足を踏み出した時、校舎内の電気がすべて消えた。

「あれ?停電?」

優実ゆうみが暢気に声を上げている中で、千穂ちほ壱華いちかは身構えていた。この学園を先生が勧めてきたのはセキュリティがしっかりしているからだ。人間だけに対してではなく、人ならざる者も阻むシステムをこの学園は有しているからと。しかし、電源が落ちたと同時に何かがこの学園の中に侵入した。


 チッチチッ


軽い音と同時に電気がつく。なんだったのだろうと生徒たちの間から声が上がるが、二人はまだ警戒を解けない。壱華はさっと携帯を確認する。啓太けいたから連絡が入っていた。

『今どこ』

『千穂の教室』

『分かった 行く』

既読が2つつく。樹もすぐに来るだろう。壱華いちかはスカートのポケットにしまっている札に手を伸ばす。目を閉じて小さくまじないを唱える。白い光が千穂の足もとに仄かに現れる。結界が張られた証拠しょうこだ。普通、あやかしというものはこんなに人の多い場所には姿を現さない。しかもまだ夕刻とはいえ明るい。電気だって点いている。下手にここから離れない方が安全だと壱華いちかは判断する。


 しかし、すぐに状況は一変する。廊下から悲鳴が上がる。壱華いちかはばっと扉を開けて廊下に出る。そこにいたのは大量の妖だった。妖気が濃い。一体一体は弱いが、これだけ集まれば妖気も濃くなりその分強くもなる。普段だったら見えない人間にもその姿が見えてしまうほどにその濃度は異常に濃かった。


「なんなのよ!」

こんな大群で攻められたことなどない。ふらりと偶然見つけて偶然襲ってきた単体を追い払ってきただけの経験しかない。それなのに突然これはレベルが上がりすぎだ。

千穂ちほ!出て!!」

教室にいては袋小路だ。逃げ道が無くなる前にと壱華いちか千穂ちほを廊下に出す。千穂ちほは大人しく壱華いちかの指示に従い彼女の背に隠れる。ここまでくると人前だがなりふり構っていられない。壱華いちかは札をポケットから全部引き出すと、構えてまじないの詠唱を始める。千穂ちほには、壱華いちかが何と言っているのかさっぱり分からなかった。何年も付き合い、何度も助けてもらったのに、全く覚えられないし解読もできないのだ。


と、そんなことを気にしていると壱華いちかは詠唱を終えて札を何枚か放つ。いくつかは妖に当たりその体を焼き切った。残りは空中で消え、濃厚な妖気を薄めた。

「すごい」

背に隠れながら、千穂ちほは小さな声でつぶやいた。顔を上げて壱華いちかを見上げる。背の高い少女。きれいで賢くて運動だって得意だ。

「すごいな」

それに対して自分は大人しく守られているしかできない。自分を狙ってこれだけの妖がやってきているというのに。

「嫌だな」

これからもっとこういうことが増えていくのだと思うと、千穂ちほは不安よりもあきらめの境地に達してしまう。後悔してしまう。この世に生まれてきたことさえも。


「早く来なさいよ」

札が無くなっちゃうじゃない!壱華いちか愚痴ぐちに、千穂ちほは現実に引き戻される。床を這うもの、壁を這うもの、天井を這うもの、二足歩行のもの、四つ足で歩くもの、宙を舞うもの、ありとあらゆる姿の妖がそこにはいた。そのおぞましさに、千穂ちほはやっと恐怖を覚える。


 近づいてくる妖を壱華いちかは札を用いて払っていくが、それがだんだんと追いつかなくなっていく。壱華いちか詠唱えいしょうを必要とするから、じゅつの作動にどうしても時間がかかってしまうのだ。グワッと床を這っていた人型をした妖が牙を剥いてきた。どう見たって詠唱は間に合わない。壱華いちかは諦めてその体に蹴りを入れようと足を振り上げる。それが妖を蹴り飛ばす前に目標の妖が悲鳴を上げて消えた。ざらざらと砂になる。


「遅いのよ!」

「悪い悪い。もうどこもパニックで混んでて大変だったんだよ」

二人と妖の間に長身の体躯が滑り込む。両手に小太刀を手にして現れたのは啓太けいただった。

 キ――――ン

と高く澄んだ音がする。三人の頭の上を燃え盛る紅の鳥が通り過ぎて行った。羽からこぼれる火の粉が妖を焼いていく。


「我が弟ながら恐ろしい物召喚しょうかんするよなー」

優雅に宙を舞う姿を認めながら啓太は襲いくる妖を切り裂いていく。啓太けいたいつきの合流により、壱華いちかにも余裕ができた。たっぷりと時間をかけて詠唱する。数分かけてまじないを完成させると、壱華いちかは札を1枚床に叩き付けた。ぱんと何かが弾けたような音がしたときには、札から強風と光が生じて、千穂ちほは驚いて目を閉じる。壱華いちかの投げた札を中心に、清浄な空気が広がっていくのが分かった。この階ごと一気に浄化しようとしているらしい。


「とにかく数を減らしましょう。減れば散り散りにもなるでしょう」

「相変わらずの荒療治なこって」

「うるさいわね」

軽く脚に蹴りを入れてから、壱華いちかは再び詠唱に入る。それを認めて、啓太けいた壱華いちか千穂ちほに妖を近づけまいと再び小太刀を振るう。火の鳥がさらに火の粉を舞わせる。


 壱華いちかが長い長い詠唱を終え、札を媒介にその霊力を放つ。呪文を通して高められた力は、わずかの妖を残してその他すべてを消し去った。

「すごい―」

その様に、千穂ちほはまたも感動の声を漏らす。正直、ダメなんじゃないかと思った。これだけの敵を相手にしたことなど無かったからだ。けれど、この幼馴染たちはこの脅威きょういを乗り切った。


―なんて頼もしい

―でも、いつまでもつだろう


安心と不安がせめぎ合い、結局答えは出なかった。

 すっと音もなく空気が変わった。ざわざわといつもの放課後の喧騒が流れている。

「結界張られてたのか」

いつの間に―。ギリと啓太けいたは唇を噛む。

 気づけなかった

「―でも、とりあえず太刀だの火の鳥だの見られなくてよかったわ」

髪を流しながら壱華いちかが気休めを言う。その顔は苦々しげだった。

「見られなかったのは助かるね」

いつの間にか俺たちだけだったし。と言ってひょっこり現れたのはいつきだ。いつき召喚術しょうかんじゅつを使うが彼自身が戦える力を持つわけではないのでどこかに隠れていたらしい。


いつきの言うとおり戦闘で破損したはずの床も壁もきれいにしているし、戦っている姿も見られなかったようだ。しかし、傷跡は残っている。見渡せば、幾人か座り込んでいたりすすり泣いたりしている。妖の姿を見た生徒だろう。結界がどの段階で張られたのかは分からないが、張られるまで彼ら彼女らには見えていたのだ。


「―しばらくは目立ちたくないね」

いつきが小学生にしては大人びた顔で眉を潜める。

「とりあえず部屋に戻ろう」

啓太けいたが提案する。それに三人がうなずこうとした時、ピンと空気が張った。わずかに残っていた妖気が一掃される。清浄すぎる空気が広がる。その気配に、四人は廊下の先を見やる。こちらに歩いてくるのは教頭と一人の少年だった。近づいてくると話し声が聞こえてきた。といっても、教頭が一人ずっと話し続けているだけのようだったが。


「このフロアが1年の教室になっています。あなたが通うことになるのは―」

「あ」

千穂ちほは教頭の声に思い出したように声を上げた。三人はちらと背にかばっている千穂ちほに視線を向ける。

「あかりちゃんが言ってたの。編入生が来るって」

「じゃあ、その編入生ってのがあいつ?」

壱華いちかが厳しく目を細める。

「シチュエーションからいえばそうみたいだよ」

いつきも少年から目を離さない。

「―早く部屋に戻ろう」

あいつはヤバい―とは啓太けいたは口にはしなかったが、そう言いたいであろうことは十二分に伝わってきた。今度こそ三人は頷く。


「あ!千穂いた!!」

「ほんと!もう~騒ぎの中消えちゃうんだから~」

帰ろうとした矢先、千穂ちほ優実ゆうみとあかりに抱きしめられる。

「なんかね、みんな妖怪見たとかいうのよ」

「めちゃくちゃ気持ち悪かったって」

「もうこのフロア一体阿鼻叫喚あびきょうかんの地獄絵図よ~」

「私たちは何にも見なかったんだけどさ」

「いつのまにやら千穂がいなくなってるでしょ?」

「心配したよ」

―大体何が起きていたのかは分かった。それはとても助かるが、今は早くこの手を放してほしい。

「あら?いつの間にかお友達が増えてるわね」

あかりが視線を上げて三人の存在を認める。

「ほんとだ。千穂ちほにも男子の友達いたんだね」

優実ゆうみの台詞になんとなく眉をしかめながら、千穂は説明する。

「幼馴染の啓太けいたとその弟のいつき

「幼馴染か」

「じゃあ、カウントは無しかしら」

「そうだね」

カウントってなんだカウントって。と騒いでいると、少年と教頭は目と鼻の先まで近づいて来ていた。


―髪は目立つ金色。根本は黒いから染めているのだろう。背は特別高いというわけでもないが華奢な印象はない。目は、合わない。

「ほらほら君たち、何を騒いでいるんだい。用が無いなら帰りなさい」


 優実ゆうみとあかりがきゃっきゃと抱きついてくるものだから、教頭にそんなことを言われてしまった。―それにしてもこの教頭は若い。いってて40ほど、外見そのものは30そこらに見える。年齢不詳の化け物として有名だ。彼は周囲を見渡し、異様な空気を感じ取って付け足した。

「何かありましたか?いえ、私がどうにかしましょう。皆さんは帰りなさい」

「はーい」

優実ゆうみとあかりが千穂ちほを解放する。そして乱した千穂ちほの髪を整えながら言う。

「じゃあ、また明日ね、千穂ちほ

「ちゃんと予習するんだぞ」

じゃあねと二人は去って行った。といっても、二人とも寮生だから向かうエレベータは同じなのだが。

「ほら、高野原たかのはらさんも固まってないで」

夕方は危ないんだから。と教頭は笑う。一塊いっかいの女生徒たちの間では人気なその整った顔が、千穂は苦手だった。

「たかのはら?―ちほ?」

その声は、知らない声だった。だから分かる。一体誰の声なのか。千穂は引かれるように顔を上げ、少年を視界に入れた。


 きれいな顔をしていた。きつめの目が印象的で、少し驚いたような顔をしていた。

「おや、知り合いですか?」

教頭が少年を振り返る。少年はその言葉に気まずそうに視線を外す。

「―いや、親が知ってるみたいだったから。よろしくってさ」

「そうでしたか。紹介しておきますね。彼は二階堂武尊にかいどうたける君。明日から高野原たかのはらさんと同じクラスですよ」

親御さんからお聞きしたことはありませんか?教頭が二階堂にかいどうの台詞を受けて尋ねてくる。

「いえ、私も知りません。お母さんはどうか知らないですけど」

「そうですか。ではご両親がお知合いなのかもしれませんね」

それでは気を付けて帰りなさい。その笑顔に、千穂ちほたちは頷くことしかできない。


「すみませんが、二階堂にかいどう君は職員室に戻っていてくれませんか?」

ちょっと問題が発生しているようなので、という言葉に、二階堂にかいどうは頷いた。そして、職員室のある階下へとつながる階段にへと足を向ける。彼は、何も言わない。


 すれ違う時、もう一度視線が絡み合った。その目にある感情は、千穂ちほには読み取れなかった。それくらい複雑だった。千穂ちほを見て、何かを思っているのは千穂ちほ自身よく分かった。でも、その感情は良い物なのか悪い物なのかさえ見当がつかない。


それと同時に、同じくらい自分が二階堂にかいどうに対してどう思っているのかが分からなかった。怖い、でも、怖くない。相反する感情が渦巻く。その手を掴んで助けてと叫びたくなるような、二度と話しかけないでと言いたくなるような。傍に寄りたいような、全力で逃げ出したいような。背を流れる一筋の汗は冷たい。しかし、体は血がめぐりポカポカと温かい。


―あなたは、何?


そう心の中で問いかけた瞬間、視線はほどける。二階堂にかいどうは階段を下りて行った。その背をぼうと見つめていると、声がかかり現実に引き戻される。

「千穂。帰りましょう」

ひやりとした滑らかな手に、手を引かれる。はっと壱華いちかを見て、千穂ちほは頷いた。

「うん、帰ろう」

千穂ちほは、大丈夫だと複雑な視線を向けてくる三人に笑った。


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