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 4日目。第4王子、バンリアント殿下。

 私の天使。心の癒し。


 翌朝、眠っている私に突撃してきたのは、隣室にいたミールヴィッセ殿下だった。起き抜けに殿下のお顔を間近で見ることになり、思わず悲鳴をあげる。さあ慣れろ、と言わんばかりに笑みを浮かべているが、昨日の今日で慣れるわけもない。悲鳴を聞きつけて慌ててやってきた侍従に殿下が引きずられていくまで、私はただただ呆気にとられてベッドで硬直していた。

 同じく悲鳴を聞きつけたリリが、いつものように無表情で姿を現したので、今日はもう起きることにした。いつもより少し早目の時間だったけれど、その分普段より念入りに化粧を施される。何故かと尋ねると、なんと今日は王妃殿下からお誘いがあるというのだ。軽めの朝食をゆっくりと頂いた後、リリと共に部屋をでる。

 王妃殿下と言えば、王城へ連れてこられた最初に広間で姿をお見かけしたきりだ。あの時は陛下を挟んで私と反対側に立っていらっしゃったので、どんな反応をされていたのかもよく分からない。どうしよう、あなたなんて認めないわ、とかなんとか詰られてしまったら。

 戦々恐々としながら、指定された庭へと向かう。色とりどりの花が咲き乱れる小路を抜けた先で、王妃殿下はゆったりと椅子に腰かけていらっしゃった。傍にはもう一人女性がいて、その腕の中には小さな子供が抱かれている。きっとバンリアント殿下だろう。


「まあまあ、いらっしゃい」


 王妃殿下は私の姿を見とめると、大層柔らかな笑みを浮かべてくださった。輝く金髪は陽の光を受けて煌めき、透き通る蒼の瞳は深い慈愛を湛えている。陛下も整った容貌をされているが、王子殿下方の美形遺伝子は王妃殿下によるものが大きいだろう。特にミールヴィッセ殿下に色濃く受け継がれているであろう美貌は、まさに私の好みど真ん中だった。


「本日はご招待に預かりまして有難う御座います」


 なけなしの知識を全動員して敬語を使い、御礼を述べて頭を下げると、王妃殿下はころころと鈴が鳴るように笑った。


「そんなに堅苦しい挨拶はなしで良いわ。さ、こちらにいらして」


 促され、おずおずと傍により、示された椅子に腰かける。机を挟み、王妃殿下の目の前の席だ。何とも恐れ多い。


「わたくしはヴィヴィアナ。こっちは息子のバンリアントと、乳母のメアリーよ」


 傍の女性、乳母のメアリーさんが頭をさげ、腕の中のバンリアント様がよく見えるように腕の向きを変える。バンリアント様が丸い瞳できょとんと私を見た。

 な、なんて可愛いの!

 天使がいる。背中に羽が生えていないのが不思議なくらいだ。輝くくるくるの巻き毛に、ぷくぷくの頬は紅色に染まっている。可愛すぎる!

 悶える私に向かってにこりと笑い、バンリアント様が何事か言葉を発してこちらに手を伸ばしてくる。これはどういうことだろう、抱っこ、ということだろうか。いやでも受け取ってしまってもいいものか。メアリーさん、王妃殿下の順に視線で尋ねると、笑顔のまま頷かれたので、そっと腕を伸ばしてバンリアント様を受け取った。


「う……まっ!」


 満足そうに私の腕の中で笑うバンリアント様。ああ可愛い! 可愛いしか言えない自分の語彙力の無さを悔しく思う。でも本当に可愛いとしか言えない!

 思わずくらりと目を回しそうになったが、駄目だ駄目だと気を持ち直す。大切なバンリアント様を落とすだなんて絶対にしてはならない。

 ああ、ここ数日の苛々も何もかもすべて消え去っていく。


「よかったわね、バンリ。リアンローゼさん、疲れたらすぐに言ってね」

「いいえ、とんでもない! いつまでだって抱きしめていられます。それと、どうぞ私の事はローゼとお呼びください」

「そう? ではそう呼ばせてもらうわね」


 王妃殿下の笑顔につられ、私もしまりのない笑みを浮かべる。何だろう、この癒しの空間。楽園である。


「城の暮らしはどう? 不自由はしていないかしら。シャ・ナーリュラの件にしても、王妃の件にしても、いきなり巻き込んでしまって本当にごめんなさいね」

「いえ、そんな……」

「困惑しているでしょう? こちらの都合でこんなことになってしまい、申し訳なく思うわ。今すぐ元の生活に戻してあげることができないのが心苦しいけれど、その分それまではあなたの生活には不自由がないようにするから、何かあったら遠慮せずに言ってちょうだいね?」


 心底申し訳なさそうに眉を下げる王妃殿下を目の前にして、不平不満を口にできるほど、流石の私も図太くはない。勿体ないお言葉です、と応えることしかできなかった。

 それにしても、今の言葉は色々と気になるところがあった。まず1つ、私が今こうして城に連れてこられ、シャ・ナーリュラとされているのは、何か陛下たちの思惑があるのではないかということ。2つ、もしかしたら、事が済み次第に元の生活に戻れるのではないかということ。


「王子たちはどう? 少し個性的かもしれないけれど、悪い子たちじゃないのよ? 仲良くしてもらえれば嬉しいわ」

「は、はい」

「それでもし、あなたが誰かのお嫁さんになって、わたくしの娘になってくれるのならば、とっても素敵だと思うの」


 にこにこと笑う王妃様。あなたの息子たちは少し個性的どころの話ではないです、と思ったけれど、大人しく口は閉ざしたまま頷いておいた。

 王子殿下方の態度には振り回され続け、苛々することも多く、こんな生活が続くようでは早死にするに違いないと思ったけれど、期限があると思えば耐えられるかもしれない気がした。強制的にとはいえ、美味しいご飯と柔らかなベッド、あのまま過ごしていたら一生着られなかっただろう綺麗なドレスの恩もある。

 きっと暫くの間だ。それくらい頑張ってみよう。王子達とのことに関しても、何かの縁なのだから、努力すればせめて普通の友達くらいの関係にはなれるかもしれない。王族相手に友達だなんて烏滸がましいとは思うけれど。しかしこれだけは言いたい、嫁になる気はこれっぽっちもない!

 そう決めると心の棘が1つとれた気がして、私は何とか笑みを浮かべて王妃殿下の目を見ることができた。

 

「なんだ、先客か」


 その後、王妃殿下とバンリ様と共に、美味しいお茶とお菓子を楽しんでいると、不意に小路から人が現れた。この声には聞き覚えがある。

 横を向くと、サザウェル様が侍女の腰に腕を回した状態で、こちらに歩いて来ていた。なんだその手はけしからん、何をする気だ! 侍女の方は王妃と私、メアリーさんに出会ったことに驚き、頬を染めて殿下の後ろに隠れるように身をひそめた。


「サザ」


 王妃殿下は驚くこともなく、咎めるように殿下の名を呼ぶ。殿下は1つ息を吐き、意味ありげに私に目線をよこすと、侍女をつれたままさらに道の奥へと姿を消していった。

 昼間から女性を連れて、そんなところで何をする気!? やはりやつは敵だ、敵!

 

「母上、こんなところにいらっしゃったのですか」


 次に姿を現したのはキラだった。書類を手に、無表情でこちらへと近づく。そこでようやく私に気づいたようで、忌々しげに顔をゆがめた。そっくりそのまま同じ表情を返してやるわ!


「キラまで。どうしたの?」

「いえ、先の祭りの件で伺いたいことがあったのですが……またにします。こんな者のいるところではまともな話もできそうにない」


 明らかに私に向けて放たれた一言にカチンときましたよ、ええ。私だって、癒しの空間にキラが現れて良い気分が台無しだ。さっきまでの穏やかな雰囲気を返せ!

 2人で睨みあっていると、今度はキラを突き飛ばすようにしてミールヴィッセ様が現れた。次から次へと一体何なのだ。キラはというと、突き飛ばされて地面に突っ伏している。いい気味だ。

 次々現れる息子たちに、王妃殿下もまあまあと目を丸くしている。


「ローゼ!」


 いつの間に愛称で呼ぶようになったのだ、殿下よ。突っ込んでやりたかったけど、私が何か言うより先に、ミールヴィッセ殿下の大声に驚いたバンリ様が腕の中で泣き声をあげた。


「うっうぇええええん!!!」

「バ、バンリ様!」


 あああ可愛いお顔が涙まみれに!


「ローゼ、ほら、僕を見て。こんな美しい空間で更に美しい僕を見られて光栄でしょう? というか、30分に1回は僕を見ないとだめでしょ……って痛いっ! なにするのキラ!」

「痛いはこっちの台詞だ! いきなりなんだお前は」


 ミールヴィッセ様の頭をキラが力いっぱい叩く。叩かれたミールヴィッセ様がまたしても高い声をあげるものだから、バンリ様はさらに激しく泣き出してしまった。

 ぎゃあぎゃあと大声や泣き声が響き渡り、まったく収拾がつかない。どうしてこうなった。私の束の間の癒しの時間よ、何処へ。ふつふつと怒りが込み上げてくる。


 前言撤回、だ。

 1日でも早く、元の生活に戻ってやる!!


 これにて一旦完結となります。

 元々長期連載で構想していたものを序盤のみで中編に仕立てました。その影響で謎が謎のままになっている箇所があり、申し訳ございません。

 気力が奮い立てば、長期連載として書き直したいと思います。

 ここまでお付き合いいただきありがとうございました。

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