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14・教養神よ、この無教養な女を救い給え

 教養神サウレアソルは、口教区に本殿を構え、教養、論理、記録、計算などを司る神だ。

 伝承では、神々の知恵袋として、死神ナウレイアが司法神ヴェルナの復活を躊躇していた折に、歴史を紐解き前例を示し、司法神ヴェルナの復活を手助けした。

 一時期、妻であった戦の女神メルセポラに軍師として使え、供に軍勢を率いて戦い、負け知らずであったが、決戦において自ら大軍を率いた末、寡勢の軍神ルスタファに大敗するという文弱な一面を持ち合わせていた。

 意外かもしれないが、最高の美貌と美声をもち、複数の女神に言い寄られたことと、結果的に言い寄ってきた全ての女神と、計算高く?順繰りに結婚したことで有名である。また、軍神ルスタファ相手に、一夜漬けで憶えた賭博で大勝するという面白い伝承も残っている。


 そんな伝承を持つせいか、数少ない信徒の大半は学究の徒であり、稀に賭博癖のある者や、彼の縁結びや縁切り、特に彼が結ばれた多くの女神の中で、唯一、拘った相手に離婚された伝承を踏まえ、立場上、離婚訴訟などができない者が、縁切り目的で密かに願を掛けることも多い。

 

 左目教区にある、教養神サウレアソル分神殿前では、僧衣に身を包んだ赤毛の女と少年、異国の装束を身に纏った総髪の大男が何もせず、じっと立ち尽くしていた。

 ファオを待って、待ちぼうけを喰らわされているチアノ一行である。


 人の出入りも、まばらな分神殿の入り口前とはいえ、奇妙な組み合わせの三人組だ。時折、道行く人々が立ち止まり、好奇の目を向けるが、チアノの一瞥を頂けば、大抵、そそくさと先を急ぐことになる。

 そんなやり取りを二度ほど終えたところで、遠くから

「遅れてすみませんっ!」

聞きなれた声が聞こえてきた。

 三人が声の方へ視線を向ければ、遠くから長い黒髪を振り乱しながら、軽やかに駆けてくるファオの姿が見えてきた。

「準備運動は充分なようね!!」

 通りを駆けてくるファオの謝罪をこめた大声に対して、チアノが皮肉を込めた一喝で応じた。


 ファオは一行の前に現れるやいなや、チアノの目前で両膝をつけ

「遅れて、本当にすみませんっ!」

 平身低頭、頭を深く下げて遅刻を詫びた。東方蛮族コ・パーダの作法の一つで、全てにおいて己の非を認め、深い謝罪と命乞いを表すものだ。

 駆けてきた距離の割には、息切れ一つもしていない。これは驚くべきことだが、勿論、事情を知らない三人には知る由もないことだ。

「サウレアソルの美貌にかけて!一体、どんな二枚目が放してくれなかったの?」

「本当、一体全体どこで遊んでたんですか?」

「いやまったくだ」

 ファオは、三人から心配や労わりの言葉など期待などしていなかったが、チアノの言動から察するに、二人からは何の事情も聞かされてないのだろう。

 状況説明の一つもしない二人、特に今まで懐いてきたミチェットの裏切りに衝撃を受けたファオは激情に駆られた。


 武器を持っていないことを示す為に両手を地につけ平伏した姿勢から、勢い良く上体を起すと、顔を赤らめ興奮した面持ちでミチェットを指差しながら、チアノに向って哀訴する。

「もとはといえば、コイツが売しゅ・・・」

 ミチェットが会話を遮るように、素早くファオとチアノの間に入り

「ファオさんが昼食べれそうにないからっていうから誘ったのに、勝手にどっかいっちゃうから」

 ファオの乱れっぷりに呆れた風を装い、昼時に起こった事のあらましを、都合の良い部分だけチアノに説明しだした。

「まったくだ。あんなに上手いニシンは滅多に食べられるもんじゃないぞ」

追い討ちをかける様に、いつにもまして冷静に同意するディアモント。


 あんまりな仕打ちに呆気にとられるファオ。一瞬で、我にかえり、なにか口にしようとするが、唇が虚しく動くだけで言葉にならなかった。

(あんまりだ!あんまりだよ・・・)

ファオは心の中で嘆き叫んだが、それを口にするわけにはいかなかった。これ以上、恥を掻くことに耐えられそうになかったからだ。

 涙をこらえ俯きながら、なんとか言葉を口に出そうとする。

「・・・ごめん」

「え?なにか言いました?」

「もうちょっと、はっきり言ったらどうだ?」

 二人の冷淡な反応に、まるで彼らが別人と入れ替わったかの様な錯覚にファオは陥った。

(一体、あの後なにがあったんだろう?もしかして一服盛られた?それとも料理の他に別のサービスでも受けたのかな?でも時間が足りないよね?)

 色々と拙い考えを巡らすが答えは出ない。やがて悪い方へと考えだしてしまう。

 もっとも男性陣二人は、初めて一緒に食事をしてみたところ、意外と相性が良かったらしく、意気投合した流れで軽くファオをからかっているだけなのだが。

 そんなこととは露知らず。いや、常人なら気がつくだろうが、ファオは同年代の女性に比べれば、社交経験が極めて少ない女だ。

 もし、この世に人生学科人付き合いという科目があれば、間違いなく万年落第点がとれる位だ。


 そんな彼女ファオの思考が行き着くとこまで行き尽いた結果、導き出される答えは何時も一緒だ。

 耐えに耐え、堪えに堪えた左手の握り拳が、相手に感づかれぬよう剣の柄を求めて動き出す。だが、その動きはチアノだけには気づかれていた。


 チアノは双方を見つめた後、フッと鼻息をもらし、やれやれといった顔で両肩をすくめながら一言いい放った。

「まぁいいわ」

 心の底からそう思った。事の真相は後でミチェットを個人的に問い詰めれば、直ぐにでも真実を語るだろう。

 良い意味でも、悪い意味でも法に誠実な少年ミチェットは、神と上官に対しては規則どおり、嘘偽りを物申すことはなかったからだ。

 チアノは、自分の素っ気ない発言に毒気を抜かれた三人の視線が、自分に集約するのを感じた。

 思わず悪戯っぽく微笑み返しながら続けた。

「でも、少し運動をするから食事は獲らなかった方が良かったかも?」

 チアノを除いた一同は怪訝そうな顔をした。まるで、この後、直ぐにでも強敵と一戦交えるようなチアノの口ぶり。これから向うのは犯罪者のアジトじゃない。教養神サウレアソルの分神殿だ。違和感を感じないほうがおかしい。


「なに、ぼうっとしてるの!早くしないとぉ!アルシアが待ちくだびれてるわよっ!」

 先を行くチアノが叱責の声をあげる。我に返った三人は、慌ててチアノの後を追って駆け出した。


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