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略して『だせこきて』~男装麗人と、性転換淑女と、 小悪魔男の娘と、筋肉乙女と、天才幼女のいるところ~  作者: 国広 仙戯


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▼11-ずっと見たかった腹の中

▼11-ずっと見たかった腹の中




 イオナ達を喪ってから一年が過ぎ、カーチャは八歳から九歳になっていた。

 イオナ達を喪った、というのは真実の表現としては若干違うのかもしれない。ある見方をすれば、カーチャだけが生き残った、と言った方が正しいのだから。

 不幸中の幸いだったのだ。

 何故なら、架空の最前線である〝戦闘賭博〟の戦場へ赴く命令は、ラーズグリーズのメンバー全員に出ていたのだから。不意打ちにも等しい命令が上層部から下った時、カーチャはたまたま肺炎で入院していた。そこに年齢の低さが加味され、結果として強制連行されることがなかったという、それだけの話だったのだ。

 だが、結果は結果だ。どんな理由や理屈があろうと、カーチャは命を拾い、今も生きている。それが一体何を意味するのか。

 答えはこれから出る。

 カーチャの研究は一年という時間を消費して、一応の完成を見た。少人数で、なおかつ、本来は敵ではない相手を絶命させることなく、戦うための手段。

 喪失技術である電気。カーチャはかつてマイクロウェーブ発生機というものを発明し、コロンブス賞を受賞した。カーチャはそれをこの一年で更に進化させ、戦闘の手段へと昇華させた。

 マイクロウェーブ兵器。

 細かい理屈は素人に説明した所で理解できないだろう。故にカーチャはこの兵器について、【反乱軍】の皆にこう説明した。

「最大射程は五百メートル。不可視のビームが相手の衣服、装甲を抜けて肉体の表皮のみを約五十度まで加熱する。これだけでは大した怪我にも火傷にもならないが、受けた人間は爆発的な激痛を感じる。しばらくは立ち上がれないほどのな。どんな種馬野郎でも腰が抜けてフニャチンになり下がる。なおビームそのものは目に見えないため、補助でレーザーサイトを取り付けてある。照準はそれで定めろ。何か質問は? ないなら解散だ」

 この一年で、カーチャには不可逆の変化が訪れていた。

 固ゆでにした卵が二度と生卵に戻らないように。地面にこぼした水が綺麗に杯に戻ることが有り得ないように。少女の心は、取り返しのつかない変貌を遂げていた。

 もはや今のカーチャの精神に、一年前の面影は微塵もない。眼光は鋭く、顔付きは犀利に。言葉遣いも性格も激変していた。

 イオナの魂が乗り移ったのではないか。そう囁く者もいた。

 喪ってはいけない者達を喪い、もはや失う物もないのに、守るべきものを持つ者とは、こうなるしかないのだろう。

 ――私が、この国を変えてみせます。

 その約束を果たすことだけが、カーチャの存在理由だった。

 今こそが、蜂起の時である。

 一年前、【敵】はいくつもの致命的なミスを犯した。彼らは、イオナ達を必死の戦場へ送り戦死させるべきではなかった。また彼らは、カーチャを軽い存在として見逃してはいけなかった。そして彼らは、イオナ達の最期をイーヴァに撮影させるべきではなかったのだ。

 イーヴァが持ち帰った【映像】は非常に役に立った。否、これからも役に立つだろう。これのおかげでカーチャ達は仲間をつくる際、〝戦争賭博〟で大切な人を喪ったことがある等といった条件を考慮しなくても良くなった。なにしろ、この映像を見せて、こう言ってやればいいのだ。「お前も近い将来、こうなるだろう」と。その者の政府や軍上層への信頼が篤ければ篤いほど、裏切られていたことを知った時の絶望は深く、憎しみは強大だ。無論、そうは言っても無差別にではなく、思想的にこちらの考えに賛同しそうにない人間には密告の可能性も考え、声はかけなかったが。

 反乱軍――否、革命軍の同志は着実に増えていった。ワルキュリア軍とアインヘルヤル軍をあわせれば、直接戦闘に携われる者は千人以上。亡き父・レオニードが培った人脈を通じて有形無形の援助をしてくれる者を合わせると、合計千五百人以上の味方がカーチャにはついていた。

 グラッテン軍の総勢が十万を超えることを考えると、少ないと言えば少ない。だが、もうこれで充分だった。この人数でも軍事クーデターを起こす計画は緻密に練ってあった。

 カーチャ一人の力では勿論ない。ヴォルクリングの名が持つ威光も利用できるだけ利用した。ラケルタやイーヴァが支えてくれた。大人の皆が、子供のカーチャを、御輿として担いでくれたのだ。

 ようやく全ての準備が整った。ヴォルクリング家の財力を駆使して、新発明のマイクロウェーブ兵器を人数分、用意することも出来た。

 後は実行するのみだった。

 首都ガングニルにて国会が開かれている日を作戦決行日とした。

 英雄の伝説を受け継いだ少女がいなくなり、その意思を受け継いだ、より幼い少女がつくる新しい伝説が、これより幕を開ける。


 国会議事堂を警備していた衛兵達は、突然体中に走った激痛に為す術もなく悲鳴をあげて倒れ伏した。日常業務の一環として警備にあたっていた彼らに、五百メートル向こうから届いたレーザーサイトのポインタに気付く注意力は無かった。

 扱いやすいようライフル型にされたマイクロウェーブ兵器は、雷の精霊の力を借りて発動する。かつての喪失技術では大型化は避けられなかっただろうが、精霊技術と交わることによって極端な小型化が可能になっていた。

 カーチャが陣頭指揮をとる三百人ほどの国会チームは、新兵器を以て警備兵をことごとく無力化し、無傷のまま、悠然と奇襲をかけた。なお、他の革命軍の者達は首都の各省庁、および報道局などへ向かわせている。一時的な処置ではあるが、まずは国の中枢部を全て押さえ、その機能を停止させねばならなかった。人間を捕縛する際に自由を奪って首根っこを押さえるのと同じ道理である。

 国会中に突如、扉を蹴破って入ってきた無礼な闖入者達に、政治家達は揃って目を剥いた。

「動くな!」

 張りのある声が広い議場に響き渡った。声の主は、ただ一人深紅の軍服に身を包んだ幼い少女である。彼女はその手に余る軍刀を握っていた。杖かなにかであるように、鞘の半ばを掴んでいる。それ以外には武装らしきものは何一つしていなかった。

 餓狼のごとく吊り上がった琥珀色の眼差しで、カーチャは議場にいる政治家二百人の顔を見回し、宣言した。

「今この瞬間から許可なしに動いた者は容赦なく殺す」

 彼女の後ろに控える革命軍の兵士が構えるのは、非致死性のマイクロウェーブ兵器ではなく、通常の武器だった。クーデター後には味方になる予定の兵士達を殺すわけにはいかなかったが、ここにいる〝戦争賭博〟賛成派の命は、惜しむ必要がまるでなかった。

「なんだ貴様達は! ここをどこだと思っている!」

 高級スーツに身を包んだ愚かな壮年の男が、立ち上がってそう怒鳴った。カーチャは彼の顔を知っていた。誰あろう、カーチャの父・レオニードの国葬を取り仕切った総務大臣エゴン・シスレーその人であった。

 カーチャは口元に酷薄な笑みを刻み、剣のような視線を男に射込んだ。およそ九歳の少女が浮かべるものではない凄絶な表情に、流石のシスレーも鼻白む。

「動くな。動いた者は容赦なく殺す。私は確かにそう言ったぞ?」

 雪花石膏のごとく冷たく硬い声で言った後、カーチャは自らの背後に控える強化全身鎧兵装に身を包んだ兵士達に、

「殺れ」

 と告げた。

 次の瞬間、エゴン・シスレーは蜂の巣にされた。

 恐慌の悲鳴が一斉に上がった。政治家達はこれが冗談でも演技でもなく、本物の【軍事クーデター】であることを、ようやく理解したのだ。

「黙れ!」

 その少女の一言だけで、大人達は途端に水を打ったように静まりかえった。彼ら彼女らは生存本能に長けている。動けば、騒げば容赦なく殺されることを、たちまちに把握したのだ。

 カーチャは静寂の中、歩みを進めた。議場の中央に、武器を構える兵を伴って立つ。

「何故、我々がこんなことをするのか? お前達は今、そう考えているのだろうな。言うまでもないが、これは【クーデター】だ。私たちは貴様らの手には余る権力を奪いに、ここへ来た。まずはその事を理解しろ」

 銃口を突き付け、氷よりも冷たい声でカーチャは言い放つ。政治家達はそれを、総じて蒼白になった顔で受け止めざるを得なかった。

「……動くな、とは言われたが、質問はしてもいいのかね?」

 そんな中、声を発する勇敢な議員がいた。剛胆な気質の持ち主は、案の定、現在の首相であるシーグル・ゼノだった。彼は一年と半年前、カーチャをワルキュリア軍に迎えるパレードに顔を見せていたこともある。今年で六十一歳になる、気鋭の政治家だった。白いものが混ざり始めた褐色の髪を持つ彼は、彫りが深く皺の多い顔にいっそ余裕の笑みすら浮かべて、こう言った。

「こんなことをして、何になるというのかね? 我々を殺して無理矢理に政権を握るかね? それで、何がどうなるというのだ? そんなことをしている内にスペルズが攻めてきたら、君たちは国民に対してどう責任をとる?」

「想像通りの愚問をありがとう、シーグル・ゼノ首相」

 本当にお笑い種だった。それ故、カーチャは笑ってゼノの質問に応じた。場に不似合いな朗らかな笑顔と声で、返事をする。

「私たちは亡き我が父レオニード・ファン・ヴォルクリングと、一年前に哀れ貴様らの毒牙にかかってしまった同胞イオナ・デル・ジェラルディーンの遺志を継ぐ者だ。そう言えば、迅速に理解してくれるかな? 〝戦争賭博〟の総元締めのシーグル・ゼノ首相?」

『――!?』

 この時、その場にいる国会議員全員の顔が強張った。知られてはいけないことを知られていた――そう言っているも同然だった。

 カーチャは続ける。

「我々、〝戦争賭博〟反対派はそんな貴様らに無為に殺される者達を二度と生み出さぬため、こうして起ったのだよ、ゼノ首相。ところで、おかしな事を言っていたな。スペルズが攻めてくる? ――はっ! 何を言っているんだ貴様は? 戦争はとっくに正常な形を失っている! 今でもこの国は隙だらけだ! それでも攻めてこないスペルズが、何をもって新たに攻めてくるというのだ! このクズが!」

 最後の一言はただの本音だった。子供に怒声と罵詈を叩き付けられて、ゼノの顔から余裕が弾け飛ぶ。

 なにも彼だけが諸悪の根源というわけではあるまい。それはカーチャにもわかっていた。だが、間違いがないのは、ここにいる政治家達に父が謀殺された時、首相の椅子に座っていたのが紛れもなくこの男だったということだ。

 二の句が継げないでいるゼノに、カーチャは畳みかける。

「あとな、クズ。勘違いをしているようだから訂正してやるが、私は〝動くな〟と言った後、〝黙れ〟とも言ったぞ?」

「なっ……!?」

 愕然と目を見開いて呻くゼノを尻目に、カーチャは周囲の者達に身振りで指示を出した。あの男をここへ連れてこい、と。

 すぐさま屈強なアインヘルヤル兵士が二人、ゼノに近寄って両側を拘束し、立ち上がらせた。何をする、やめろ、離せと喚くゼノを力尽くでカーチャの前に引きずり出す。その間、カーチャは近くの者に手の軍刀を預け、かわりに戦闘用のシースナイフを受け取っていた。実際の所、軍刀はカーチャには大きすぎて上手く扱えないのだ。それでも大人用の軍刀を握っていたのは、心のどこかにイオナに依存する部分があったからだろう。

 狂乱状態に陥ったゼノがカーチャの前に立たされた。彼我の身長差は圧倒的で、カーチャの頭はゼノの肩にすら届かない。

 カーチャは何も言わず、ゼノの腹に全力でナイフを突き刺した。衝撃と、体内に侵入する異物の冷たさに、ゼノがピタリと静止する。

 戦闘用ナイフの斬れ味はあまりに鋭い。子供の力でも、充分に肉を切り裂ける。カーチャは無言のまま、脂肪で膨らんだ腹を横一文字に斬った。そしてナイフを捨てると、右腕をその傷口に猛然と突っ込んだ。

 吹き出る鮮血と悪臭をものともせず、臓物を握り、一気に引きずり出した。

 ゼノの喉から醜い声が上がる。

「――ふん。貴様のような男の腹の中はどれだけドス黒いのか興味があったのだが、存外に普通なのだな。つまらん」

 九歳の少女はその言葉通り、つまらなさそうに手に持った赤とピンクの【それ】を床に投げ捨て、軍靴で踏みつけた。大切な臓器を踏み潰されたゼノは、だが何も言わなかった。彼は世にもおぞましい表情で絶命していた。

 臭い血に塗れた手を差し出すと、ワルキュリア兵の一人がタオルを取り出してカーチャの体を拭った。完全に綺麗にはならないが、少しはましになる。

「貴様らに言っておく。この期に及んで無事で済むと思うなよ。今頃は我々の同志が報道局、放送局、そして貴様らの家族の身柄を押さえている。我々は全てを国民に暴露する。そして貴様らを絶対に逃がしはしない。しかるべき報いを受けさせてやる」

 カーチャは押し黙った議員達をそう恫喝した。当然ハッタリではなく、実際に他の革命軍の同志達がそのように動いていた。カーチャの背後に控えるワルキュリア兵が、先程から何度も小声で通信を行っている。彼女が密かに報告してくる内容には、各議員達の家族および親族を拘束したというものも含まれていた。

「テレビ放送では、実際に我々が持つ〝戦争賭博〟の映像を流す。それも、【あの】イオナ・デル・ジェラルディーンが映っている映像をな。そんなことをすれば、どうなるのか――ゲスな計算高さで保身を謀ってきた貴様らだ。すぐに想像できるだろう?」

 そこまで言って、カーチャは目敏く一人の男を発見した。顔を俯かせ、体を小刻みに震わせている小太りの男だ。実に神経質そうなその振る舞いに、思わず声をかけてしまった。

「おい、そこの貴様。そう、貴様だ。確か民主党の議員で、名前はウーリ・ハインケスだったな。何か言いたいことがあるようだ。私が許す、言ってみろ。いや、言え」

 所属と名前を敢えて口にすることで、お前の素性は知っているぞ、という脅しをも含んでいた。

 チラ、とハインケスは目線を上げてカーチャを見た。そのまま、怯えているのかパニックになっているのかよくわからない声で、こんなことを言い出した。

「べ、別にいいじゃないか、き、君たち軍人は、命と体を張って国民を守るのが使命じゃないかっ。せ、戦闘で死ぬのは当然だろっ? そ、それを私達は安全かつ、く、国の利益になるよう、か、管理しているだけだっ。せ、戦争はもう、この国にとっては、な、なくてはならないビジネスの一つなんだぞっ」

 ここにいるのだから当たり前なのだが、ハインケスもやはり〝戦争賭博〟賛成派であるらしい。彼はこうも言う。

「しょ、少数の犠牲で、大多数の人間が救われるんだっ。そ、それも普通に戦争をするよりも少ない犠牲でっ。一体っ、何の問題があるっていうんだっ! お、お前ら軍人が『死にたくない』なんて言ったら、軍隊なんて意味ないだろっ!?」

 最後には調子づいてきたのか、大きな声で吐き捨てる。

 あまりの言い様に、流石にカーチャも目をぱちくりとさせた。少女は周囲の味方に視線を配り、顔を見合わせる。やおらカーチャは不敵な笑みを浮かべ、手振りと共に、

「笑え」

 と言った。

 どっ、と革命軍の全員が爆笑した。緊迫した空気を破るように、笑い声が議場にこだまする。

 訳がわからないのはハインケスである。彼は面食らい、キョロキョロと視線を彷徨わせた。

 笑い声が次第におさまってきた所で、カーチャが両手を打ち鳴らした。拍手である。

「素晴らしい! 確かにその通りだ! ウーリ・ハインケス! 君の言うことには一理あるな! そう、我々軍人が『死にたくない』などと言ったなら、軍隊なんてものは存在できない。我々は命を懸けて国民を守るために存在する。本当にその通りだ。そんな君の主張に敬意を払いたいと私は思う。皆、どうだろうか?」

 カーチャが革命軍の同志達に確認をとると、彼ら彼女らは揃って、笑いながら頷いた。カーチャが何を考えついたのか、すぐにわかったのだろう。一方のハインケスもまんざらではない感じで、ぎこちない笑みを浮かべていた。まさかここまで手放しで褒められるとは思っていなかったのだろう。やはり悪い気がしないのか、その顔はやや緩んでいた。

 しかし、その顔も次の瞬間には凍り付く。

「よろしい。ならば、ウーリ・ハインケス。君の命一つでここにいる全員の命を助けよう。さあ、ここに来て自ら首を差し出したまえ」

「――――」

 表情どころか肉体ごと硬直し、ハインケスは息も忘れたようにカーチャを凝視した。頭の悪い男である。この程度のことが、どうやら想定外だったらしい。彼の中では命を粗末にするのはあくまで他人だけであって、自分はその範囲外だったのだろう。

「どうした? 私は本来ならここにいる全員を殺そうと思っていた。だが、君の主張にも一理あると認めたのだ。故に、圧倒的少数の犠牲で、圧倒的大多数の命を救おうと思う。そして、犠牲とはやはり、それだけ大きな声で正義を唱えた君であるべきだ。そうだろう、ハインケス議員?」

 ニヤニヤといやらしい相好でカーチャは言う。勿論ハインケスの内心など、とっくに見破っている。これはただの嫌がらせだった。

 が、それも一時のこと。すぐにその声には棘が生え、苛烈に卑怯者を打ちのめす。

「さあ、どうした。早くここに来い。貴様の主張する正義を実践してみせろ! どうした! できないのか!?」

 それはもはや言葉の刃だった。カーチャの大音声が、ハインケスだけではなく、思想を同じくしていた者全ての心を斬りつけた。内心でハインケスに同意していた者達が、申し合わせたように目を伏せていく。

 カーチャは深呼吸をして、息を整えると、声を抑えて語り出した。

「……いいか。確かに我々軍人は、国を、ひいてはそこに住まう国民を守護するために存在する。祖国を、家族を守るためならば、この身を捧げ、この命を懸けよう。それが当然であり、それこそが我々の崇高なる使命だ。我々はそのことに誇りを持ち、喜びを供として戦場に馳せ参じよう」

 一息。

「だがな……少数の犠牲による多数の救済が当然、だと?」

 声に険がこもった。感情が、爆発する。

「その台詞は貴様達のものではないッッッ!!」

 大気を引き裂くように叫びが迸った。

「我々軍人がその言葉を言うなら美しく輝かしいものにもなろう! だが! 貴様ら守護される側がそれを口にした瞬間、それはこの世で最も醜い言葉となる! 安穏とした安全圏に身を置きながら他人には『命を懸けて戦え、そして死ね』と言い放ち、それで金を稼ぐことがどれだけ卑しいか! 汚らしいか! 貴様らにはわからんのかッッッ!?」

 子供の蛮声が、グラッテンの政治を司る大人達を壮絶に叩きのめす。

 全身全霊で叫んだカーチャは、しばしの間、肩で息をしていた。やがて息が整い、しん、と静まりかえった空間に、カーチャはぽつりと呟きを置いた。

「恥を知れ」

 静かすぎる一言だった。声を荒げなかったからこそ、そこにはいっそ強烈な意思が籠もっているように聞こえた。

「――ここは任せた。私は次の目的地へ向かう」

 興が醒めたように背後の兵にそう告げ、カーチャは踵を返した。


 十人ほどの同志を連れて、カーチャは廊下を靴音高く突き進む。

「奴らはすぐには殺すな。家族を人質にして、全ての業務の引き継ぎをさせろ。念のため、スペルズに隙を見せるわけにはいかないからな。引き継ぎ作業が終わった者から適当な所へ監禁しておけ。全員の引き継ぎが終わったなら、その時にまとめて始末しろ。無論、その家族と親族も――一族郎党皆殺しだ」

 後ろからついてくるアインヘルヤル兵の大尉に、矢継ぎ早に指示を出す。子供の声で言っているとは思えないほど過激な内容に、三十代後半の大尉は思わず、聞き返してしまった。

「……皆殺し、ですか? ヴォルクリング特務少佐、彼らの家族の中には生まれたばかりの赤子もいるそうなのですが……」

「それがどうした?」

 ばっさりと切り捨て、カーチャは不意に足を止めた。追いかけていた兵士達も慌てて立ち止まる。

 小さい背中は振り向かないまま、

「遺恨は残してはいけない。少しでも種を残せば、いずれ未来に憎悪の木が育つ。禍根は一切を断たねばならない。憎しみの連鎖はここで絶たねばならない。故に、奴らの一族は皆殺しだ。私は何か間違ったことを言っているか?」

 感情のブレを一切見せず、淡々と告げるその後ろ姿に、大尉は我知らず唾を飲み込んだ。

「い、いえ……」

 薄く細い肩に、小振りな頭。物理的に見れば小さすぎるその背中が、この時、煉獄の魔王が如き圧倒的な存在感を放ってるように、彼らには感じられた。大尉を含め、兵士達はその後ろ姿に吸い付けられるように視線を離せなかった。

 少女は血で汚れた右腕を掲げ、

「今更怖じ気づいたか、大尉? だがもう遅いぞ。私達の手は、もう血に塗れてしまった。これを洗い流す手立てはない。ならばもう、この流血を最後にするべきだとは思わないか?」

 振り向かないその顔は、一体どんな表情を浮かべているのだろうか。大尉はそう疑問に思ったが、確かめる勇気を彼はとうとう持てなかった。見た瞬間、自分の中にある何かが壊れてしまうような予感があった。

「……はい」

 ふっ、と少女が笑った。

「どうしても出来ないというなら、私に言え。赤子だけでも残して、連れてくるがいい。私がこの手で始末をつけてやる」

 お前達と違って、私はとっくに覚悟を決めているのだから――そんな声を、大尉は言外に聞いた気がした。

 大尉の返事を待たず、カーチャは歩みを再開した。律動的な歩調で、真っ直ぐ歩いて行く。その足元は、その魂を映したかのごとく、微塵の乱れも無かった。

 一切の私情を排した背中に、まるで突き放されたかのように、兵達はカーチャの後ろ姿を見送ってしまった。

 しばらくして、はたと我に返り、彼らは慌ててカーチャを追いかける。


 外へ出ると――放送局へ向かった革命軍の同志達が作戦に成功したのだろう――空に浮かぶ、風と光の精霊の力を借りて作り上げた巨大なスクリーンに、イオナ達の姿がでかでかと映っていた。

 カーチャにとっては見慣れた映像だった。あれから、何度も何度も見直して、この眼に彼女たちの最期をくまなく焼き付けたのだ。改めて見る必要などもうない。瞼を閉じれば、その姿は様々と脳裏に蘇る。

 それは、現実と言うには、あまりにも冗談じみた光景だった。

 グラッテンの英雄アノイ・デル・ジェラルディーンの最期は、一般では余り知られてないが、軍の中では有名な逸話である。公式記録だって残っている。それによれば、彼は傷ついた友軍を逃がすため、たった一人でスペルズの大軍に挑み、力尽きたとされている。

 彼はなんと五万ものスペルズ兵と戦い、その内の三万を打ち倒し、しかし肉体も精霊の加護も限界に達し、戦死したのだという。しかも敵兵に倒されたのではなく、自らの強すぎる力に押し負けてこの世から消滅したというのだから、驚きだ。

 〝戦争賭博〟のゲームメーカーもその逸話に倣ったのだろう。イオナ、アイリス、ベル、サイラの四人が戦ったのは、彼女らの一万倍――【四万の軍勢】だった。

 上空から俯瞰した映像がある。

 それは、何も知らない人間が見れば、いっそ笑ってしまうほどふざけた映像だった。

 想像してみて欲しい。

 もはや森のようにしか見えない大軍勢に、たった四人の兵士達が立ち向かっていく、その光景を。

 絶望的にも程があった。映画にだって、こんな馬鹿な場面はそうそうない。断言してやろう。この戦場を設定したゲームメーカーは、今世紀最大の愚か者だ。

 ――必ずこの手で、引導を渡してやる。

 心にそう誓い、カーチャは瞼を開いて、空を見た。

 そして自らを鼓舞するように、あるいは戒めるように、誓いの言葉を口にした。

「私が、この国を変えてみせます。必ず」




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