監視対象コード:TREE
本作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件等とは一切関係ありません。
一部に暴力的描写・性的表現・過激な言動が含まれる場合があります。苦手な方は閲覧をお控えください。
四秒息を吸って、八秒吐く。
四秒息を吸って、八秒吐く。
四秒息を吸って、八秒吐く。
三回繰り返して、ようやく動悸が収まりそうな気がした。それでもまだどきどきしている。先程すれ違った『掃除屋』からは「顔色悪過ぎ!今日早退した方がいいよ!」と言われてしまったが、生憎とこの役職に早退なんて文字はない。
とんだブラックに就職したものだ。
今から対応する異能種は、ある意味WITHERよりも厄介だと言えよう。勿論WITHERの方が強いが、なんというか、その、面倒くささが、と言ったところが。
まぁこんなところでうじうじしていても何も変わらない。しょうがないので先に進むことにした。
「業務、開始しまーす」
* * *
「遅い遅い遅い遅い。
『監視人』、あんまりだよぉ」
確認
監視対象コード:TREE-1
危険度:High
友好度:Low
TREE-1は焦げ茶色の髪に黄色い瞳をした個体である。すぐに職員を壊す問題児であり、この施設の強さのトップだと言ってもいいWITHERに気に入られている当方に執着している面が認められている。嫁に来い、と言われたのは一度や二度ではない。現在の私は強くないことをいくら説明しても、納得できないようでその求愛が止まったことはない。
「未来の旦那さんと仕事、
どっちが大切なのさ〜」
「私はツリーと結婚する予定は無いからなぁ、
もちろん仕事を優先するよ」
「意地悪!」
軽口を叩けるうちはまだ良い。Originalが出て来ないのならそれに超したことはないだろう。
「それにしてもツリー、
また職員を壊したんだって?
問題になってるよ」
咎めるように言えば、TREE-1はそれがなにか?と言わんばかりに首を傾げた。本気で壊したことが悪い事だと分かっていないのだろう。厳重注意をするか、どうしますか?
_出来るならばしてください
了解。
「あんまり問題を起こすようじゃ、
私もツリーのところに来れなくなっちゃうよ。
ツリー、職員を壊すのは、!」
のそり、と、『それ』が姿を表す。
確認
監視対象コード:TREE(Original)
危険度:High
友好度:Low
TREE(Original)は、巨大な熊型の異能種です。短く茶色い被毛に包まれたその姿はヒグマのようであるが、ヒグマよりも体格がよく体長は5メートル近くあるだろうことが分かる。恐らく、説教が嫌で脅すために出てきたのだろう。少し距離を開けてどすりと座り込んだことから、攻撃の意図はないと思われる。
「ツリー」
「あは、怖い?人間って弱っちいなぁ。
俺だって壊したくて壊してる訳じゃないんだよ?
人間の方が勝手に壊れてくんだ。
それで怒られるのは納得いかないなぁ」
言ってることは最もですがTREE(Original)に壊されるのならばともかく、職員を壊しているのはTREE-1であるため、この破壊行為は意図したものだと思われます。
「じゃあ、私の事も壊すの?」
番にしたい、嫁にしたい、散々と言われた言葉を思い出しながらそう問えば、TREE-1はようやく真剣に口を開いた。今までTREE-1が何かに対して真剣になることは珍しく、この反応は後で記録しておくべきものだと思われます。
「それは無いよ。
俺、これでも本気で『監視人』のこと好きだから。
可愛すぎて食べちゃうかもしれないけど、
本当はそんなことしたくないからね」
「たべる、って、」
「だって、お腹の中にいるならずっと一緒でしょ?」
理解不能。やはり異能種の思考は理解できません。中でも危険度が上がるにつれて独自の思考を持っており、それに付き合うのには意味がありません。
「壊すのはさ、アイツらがおもちゃだから。
食べるのは、『監視人』が愛おしいから」
分かる?と問いかけられたが、分からない。当方も、その他職員にも地位程度しか変わりはないというのに。
「食べたいなぁ、『監視人』のこと。
きっと、足りないよなぁ。
ねぇ『監視人』もっと太りなよ」
異能種にデリカシーを求めるのは無意味ですが、その太りなよ、という言葉には自身の腹を満たそうとしていること以外考えられない。面積が増えたからと言って肉の質が良くなる訳でもないのに、TREE-1はそれでいいのだろうか。
「『監視人』、『監視人』、
俺の可愛い『監視人』。
小指の先だけでも、味見したらダメ?」
「ダメだよ」
昨日に引き続き、異能種のカニバリズム思考が明らかになっているような気がする。ただ、TREE-1は壊した職員を食べていないことを考慮すると彼にとって食人衝動というのは求愛のひとつであるのかもしれない。はた迷惑な話だが、それでも懐柔出来ている証拠のひとつだろう。
「でも、ツリーがもし、いい子にできるなら。
指くらいならしゃぶらせてあげてもいいよ」
噛みちぎられないように細心の注意が必要だが、しゃぶらせる程度ならば問題は無いだろう。
「ほんとぉ!?じゃ、俺いい子にする!
…噛み付くのはなし?」
噛みちぎられる可能性がある以上撤回すべきだろうか。
_一時的とはいえ、それでTREE-1が落ち着くのなら
_ぜひそのまま撤回しないでください
了解。
「噛み跡残すくらいならいいよ」
「やったー!!左手の薬指ね!
俺今指輪持ってないから!代わりに!」
やはり撤回すべきだと思われます。
_我慢してください
了解
医務室の治療薬ならば噛み跡くらいなら一瞬でなくなるだろうと思われるので、ここでは受け入れておくことにする。問題は何時までその我慢が続くか、だ。一日や二日我慢された程度で体を差し出していれば他の異能種から不満が出る。
「少なくとも一ヶ月は、おもちゃ遊び禁止ね」
「えー!!えー、えー…。
でもそっか、そのかわりおしゃぶりだもんね」
案外簡単に納得してくれたことに安堵する。
「分かった、いいよー」
了承も取れたので、これより撤退作業に入る。通信機を一時的にオフにするので、緊急連絡の場合は館内放送にてお願いいたします。
《通信終了》
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「熊って本能的恐怖を感じるよね」
「キメラやらシャチやら見といてよく言うよ」
『掃除屋』は呆れたように笑った。だが、私としてはキメラやらシャチより熊の方が命の危険を感じるのだ。生まれ育った地域の違いだろうか。子供の頃から熊だけはどうしても怖かったのだ。
「俺はWITHERの方が怖いけどなぁ」
「あれは怖いとかいう次元を超えてるから」
熊、それも、特に凶暴なヒグマ。これがマレーグマとかだったらまだ考えたかもしれないが、ヒグマばかりは…。
「異能種なんて全部怖ぇだろ」
「こればっかりは『飼育員』に賛成だね」
「うん」
珍しく揃った意見に、私達三人は頷いた。




