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第205話 病魔の呪い


 戦いにおいて,此彼の実力差の正確な把握はなによりも重要だ。

 情報の価値,と置き換えてもいい。


 自身の力を知らなければ効率よく戦うことはできない。

 過大評価は身を滅ぼすし,過小評価は利益を減ずる。


 相手の力を知らなければより良い選択は下せない。

 過小評価は身を滅ぼすし,過大評価は利益を減ずる。


 だが,それを正確に把握することは不可能に近い。

 本人ですら,自身の力の本当のところまでの理解は及ばないし,他人であればなおさらだ。


 しかし,この事実は実力差に把握を諦めることを是とするものではない。


 常に思考せよ。

 時が経てば状況は変わる。


 新たなる情報を知り得たなら,それを判断に組み込まねばなるまい。


 自己と,それに相対する敵,その両者に関して,同様のことが言える。


 だからこそ──


「まずは俺が,相手の力量を暴く!」


 リチャード・ラヴィーンは魔術適性『事実解明』を持つSクラスのメンバーだ。


 この場で誰よりも,未知の相手に対して有利に動くことができる。


 相手の行動に秘された意図を暴く。それが彼に課せられた役割──否。彼が自身に向けて課した最低限のするべきことだ。


 ラスト諸国連合で,リチャードは最後まで敵対者──ドシマン・クライトの意図を暴けなかった。


 その結果,ラスト諸国連合は歴史から姿を消すことになった。

 連合の国家の1つ,ノルカ共和国は国民の1人すら残さず死滅。

 連合の旗頭になっていた英雄の一族は最後の英雄総長ミリア・ラストの死去により断絶。


 無論,この全てがリチャードの責かと問われればそれは誤りだ。彼以上の弾劾を受けるべき相手はそれこそいくらでもいる。


 だが,ラスト諸国連合で起きた事柄の全てを知らないリチャードに──否,きっと彼は知っていても自責を感じていたことだろう。


 とはいえ,それも損ばかりではない。

 ここ2ヶ月の間に,彼は魔術の腕をその後悔の分だけ上げたのだから。


「量産型ラットライダーだって!?」


「……!?」


 戦いが始まって1分と少し。

 突然のリチャードの叫びに,ハナスを含めた全員が動きを固くする。


 お互い,殆ど手傷を追っていない。

 戦いがこれから本格化しようという時に放られた,物理的衝撃を伴わない爆弾だ。


「……どこでそれを?」


 貴族として,政治的な駆け引きという場において百戦錬磨とも言えるハナスだが,今回とばかりは動揺を隠せない。


 前日までの時点で,Sクラス,中でもハナスが危険視していたアリスにその情報を掴んだ痕跡はなかった。

 同じく湊斗も同様だ。今日この日まで,帝国にすらいなかったのだから掴めるはずがない。


 協力者として利用したタンバ・フイハにすら知らせていない。


 サウロス家の使用人にしても同様だ。

 サウロス家の血筋以外でこのことを知っているのは,ユアンだけで──


「あの竜人ですかッ!?」


「さぁて,どうかな」


 ここで答えを与える程リチャードも愚かではない。

 キャッチした相手の意図を,この間に噛み砕いて咀嚼する。


 リチャードの感じ取った情報は,サウロス家が帝都で利用している屋敷の地下に,数にして30体程のラットライダーが蠢いているというもの。


「偽物1体だけじゃなかったんだ! コイツら,大量のラットライダーで帝都を手中に収めようとしている!」


 ハナスを指差して,リチャードは声を大にして告げる。


「でも,多分1体1体は本物より弱い。俺たちで十分対処できるはずだ!」


「ほ,本気か!?」


「俺たちだって,随分強くなったんだからな!」


「……だな。ここでやらずにいつやるって話だ」


「あぁ,俺たちなら勝てるよ」


「僕も,この4人ならいけると思う」


 士気は万全。だが,それは相手に勝利できるという意味ではない。


「確かに,我々は量産型ラットライダーの大量投入を予定していました。本当はもう少し機を待つつもりでしたが,こうなれば最初から全力投入です。帝都制圧フェーズへ移らせていただきます」


 何せ,リチャードに暴かれたことによって,ハナスも戦力を隠す必要がなくなったのだから。


 この時,帝都の各地に小規模な転移魔法陣が多数展開され,そこから巨大な鼠と,それに乗る鼠のシリオンスロープの姿が多数確認された。


 魔獣対策本部は阿鼻叫喚の大混乱を迎えるのだが,今この場には関係のない話だろう。


 この場の戦力は自身とラットライダー複製体の内1体で十分だと判断したハナスの采配はあながち間違ったものではない。


 この4人の力を結集しても,恐らくはラットライダーに届かない。

 それはもう相性の差としか言えないものであり,そう判断した当人もそれに無自覚ではあるのだが。


「まずはお前からだ。魔獣王!」


 クリシュナが鞘から剣を抜き放ち,そのままラットライダー複製体に斬りかかる。


 ラットライダーは巨躯の持ち主であり,裏庭の広さの問題もあって,満足には動けない。


 だが──


「何っ!?」


 ラットライダーは尻尾を器用に動かしてこれを受ける。

 剣の腹を的確に弾く戦闘センスには舌を巻くしかない。


「なら,これでどうかな」


 アジュンはそう言いながら魔術の術式を組み上げると,ラットライダーの佇む座標で炸裂させる。

 その名前は【空間分解(ゴンガン・ブネ)】。空間そのものの乱れを攻撃に転用するという高度な空間魔術だ。


 空間そのものに作用するこの攻撃は,受けるという防御方法を許さない。逃れるには指定された攻撃範囲外に逃れるしかないのだ。

 それ故に,身動きを制限されているラットライダー複製体にその被害を回避する方法はない。


 解ける空間の中から聞こえるラットライダーの声は,酷く耳障りな波長となってアジュンたちに届くことになるが,それくらいはどうということもない。

 所詮は乱れた空間を音の波が通り抜けることによって生じる副作用。

 気にかける程のことでもない。


「今のはそれなりに効いたみたいだけど……」


 当然,それだけで仕留められる程甘くはない。複製体であり,本物よりいくらか弱いとは言え,腐っても魔獣王だ。


「なら,僕も……!」


 誠一郎がアジュンの力を模し,規模は多少劣るながら再現した【空間分解(ゴンガン・ブネ)】を叩き込む。

 彼の持つ魔術適性は『好個一体』。自身の相手に対する信頼の度合いに応じて相手の力を使うことができるというものだ。

 相手の信頼がなければ碌なものにはならず,高い信頼関係を築けていたとしても相手の力を100%模せる訳ではない,魔術適性としてはレベルの低いものだ。


 だが,それも使いよう。多様な仲間がいれば様々な手札を使いこなすことができる便利な魔術適性でもある。


 とりわけ,様々な魔術適性を持ち合わせるSクラスという団体との相性は最高だ。

 誠一郎自身がどこまで他者を信頼できるかはまた別の問題になるのだが。


「このまま,遠距離で……ぐっ!?」


「どうした!?」


 このまま遠距離攻撃を続けようと口にしようとした誠一郎の口から呻きが漏れる。

 ハナスの相手をしていたクリシュナが何事かと振り返った先には,肩から血を流す誠一郎の姿。


「余所見が許されるとでも?」


「危ないッ!」


 誠一郎の姿に気を取られたクリシュナに迫るハナスの剣の1撃をリチャードがギリギリで弾く。


「た,助かったぜリチャード。セイイチロウは……」


「僕は,全然やれ,る……」


 言葉を返す誠一郎は言葉の途中で膝を折り,地面に倒れ込む。


「何が起きてるんだよ!? リチャード,何かわからないか?」


「うーん……これは……呪い?に近い? それとも病気?」


「まったく,(ぼく)といえば病を撒く力だろ。察しが悪いな」


 原因について言葉を交わすクリシュナとリチャードの間に割って入るのは,今までこの場に聞こえることのなかった声。


 Sクラスの4人ではないし,ハナスでもないし,先程姿を消した竜人が戻ってきたという訳でもない。


 その声は,巨大な魔物──ラットライダーの上から聞こえてきていた。


「な──!」


 ラットライダーという名前から想定できるように,この魔獣王には乗り手が存在している。

 ラットに乗る者。ライダーとして騎乗する鼠。

 片方が身体能力に,片方が頭脳に優れる。

 それがラットライダーである。


(ぼく)の権能は病魔の制御。本体ではないとしても,それくらいは使えるさ」


「そ,そういうことか……!」


「何かわかったの? リチャード」


 リチャードはアジュンの問いかけに首肯で返すと,自身の導き出した答えを語り出す。


「俺も不思議だったんだ。この帝都には俺たち以上の腕利きも結構いる。戦力の質はこの世界でもトップクラスだ。なら,俺たちでも相手できるラットライダー複製体で帝都の制圧なんてできない」


 リチャードの言葉を,ラットライダー複製体は静かに聞いている。まるで,どこまで答えを持ち合わせているのかに興味を持っているかのように。


「でも病気を使えば話は別だ! 帝都の住民を未知の病にかけて,治すにはラットライダーの力を借りるしかない,つまりサウロス家に従うしかない状況を作ること。それこそが帝都を制圧する方法だったんだ!」


「ふむ,流石にここまで来ればその答えに辿り着きますか」


 そう言うハナスの感情は,表に出ておらず,彼がどのような心境にいるのかは推し量れない。


「そういうことだ。(ぼく)の攻撃を受けたそのガキがどんな状態か……もうお前たちも理解しただろ?」


 誠一郎が動けなくなっている理由。

 そして,誠一郎を含め合計9人のSクラス生が活動不能になった理由。


 それは,目の前にいる存在が病魔の権能を用いて病をばら撒いたから。


「そういうこと。お前たちを蝕むのは呪いだ。異世界からしゃしゃり出てきたお前たちへのな」


 嘲笑の笑みを浮かべるラットライダーを前に,戦力を1人失ったクリシュナたちは歯がみしながらも戦うことを決断する。


「あの瞬間,多分あいつは大鼠の毛を抜いて投げた。毛針的な感じだと思う。当たったら終わりのクソゲーだけど,やるしかないな」


「俺は引き続きハナスの相手をする。そっちは任せるぜ」


「あぁ,了解」


 目の前にいる存在がSクラスを蝕む病魔の原因と分かった以上,ハナスとラットライダーたちも全力でSクラスを潰しに来る。

 タイムリミットはそう長くない。


 そのような状況の中で,この戦いは第2ラウンドに突入する。



 最新話まで読んでいただき感謝!


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