悪党?
周囲には辺りを隠すかのように土煙が舞う。衝撃の起こった場所を見ると大きな人影が写っていた。
段々と土煙が晴れてくると二メートルを超えるだろう白髪の大男の姿が露わになる。
「申し訳ありませんが悪党に慈悲はありません。お覚悟を」
口元を隠すほどの両端が上へ跳ね上がった特徴的な口髭を動かしながら執事服をはたくと大男はシラヌイ達に敵意を示す。同時に左足を地面に力強く踏み付けて構えを取る。
「ちょっと待て、悪党って何だ? 俺達は……」
「問答無用です」
大男はその場からシラヌイに向かって右拳を突き出すと空気弾となってシラヌイを襲う。シラヌイは既の所で横に躱すと背後の木々が轟音と共になぎ倒される。
「聞く耳持たないみたいね。どうする?」
「何とか無力化するしかないだろ。──っ! 来るぞ!」
大男は素早くシラヌイに近づくと絶え間なく拳を振るう。一撃一撃が鋭く、ギリギリの所で躱され空を切る打撃はそのまま地面をえぐり、岩を砕くほどの威力があり食らえば致命傷なのは明白である。
シラヌイが攻撃を受けている合間にファータが何度も大男目掛けて打撃で反撃を試みるが片手で軽くいなされてしまう。しかし、一瞬だが大男に隙ができる。それをシラヌイは見逃さず大男の脇腹目掛けて刀を振る。
しかし、その一振りはキンッという音と共に弾かれ、大男は素早く距離を取る。
「ふむ。今まで相手にした方達よりは少々手応えがあるようですね」
「あんた一体何なんだ?」
「ほっほっほ。私はただの年老いた人間ですよ」
「冗談きついんじゃないの?」
大男は涼しい顔で脇腹をさすっているが斬られたはずのそこは血一つ出ておらず全くの無傷である。
「では、もう少し本気を出していきますよ」
そう言うと大男は再び構えると同時に身体中の魔力が溢れ出す。
「何よこの魔力量は……」
ファータが呟く。
大男の身体能力の高さの正体は魔力コントロールによる身体強化によるものだ。身体に魔力を纏う事で筋力に補正を掛ける事で打撃力を上げたり、自らの防御力を向上させる技術である。筋肉が強化されるわけではなくあくまで補正を掛ける為、パワードスーツを着ているイメージに近い。
それ自体の難易度は低く、慣れればほとんどの人が習得できる為、近接戦闘をするものは必須技能とされていると同時に効果量は魔力量と技能により下から上までピンキリである。
目の前の大男のそれは桁違いに高く、さっきの巨大エイプなどかわいいものである。
そして、大男が再び動こうとしたその時だった。
シラヌイ達の背後から猛スピードで大男目掛けて人影が現れたと同時にそれは大男に飛び蹴りをくらわせていた。腕をクロスさせて防御した大男はそのまま数メートル地面を滑りながら後退する。
「よう、よくもやってくれたじゃねぇか。なぁ? じいさん」
先ほど吹き飛ばされたはずのドラークが何事も無かったように戻ってきた。
「ふむ、殺すつもりで攻撃したはずですが随分と頑丈なようですね。しかし、次はありませんよ?」
「んじゃこっちもギア上げて行くぜ?」
お互い同時に地面を蹴り、拳と拳が交わろうとした時だった。
「セバス! 待ってください!」
少女の声が森に響き渡る。それと同時に二人の動きがピタッと止まると少女が大男に駆け寄る。
「私を襲ったのはこの方達ではありません。退いてください」
「……かしこまりました」
気絶していた少女が意識を取り戻したようだ。大男は少女の呼びかけに応え一礼をすると少女の後ろに一歩引いた。
「すみません、お怪我はありませんか? エイプに襲われてあなた方が助けに来てくれた所までは覚えてるのですが途中で気を失ってしまいまして……。気が付いたら今度はこのような状態だったので呼び止めたのですが……」
「あー……えーと……」
「……えっと、助けてもらったで合ってるんですよね?」
確かに少女を助けはしたが、その後に仕方がないとは言えギルドに連れて行こうとしている。傍から見たら誘拐と認識されても間違ってはいない。どう弁明したものかと言葉を選んでいるシラヌイは口ごもる。
「え? まさか本当に悪党だったんですか?」
少女は顔を蒼ざめながらあわわわと後ずさりする。それを見た大男は再び戦闘態勢に入りながら少女の前に立ち塞がる。
「待った、待った! 分かった、信じてくれるか分からないが弁明はさせてくれ」
そう言うとシラヌイはここには依頼で来た事、たまたま少女を救出した事等あったことをできるだけ詳しく誤解の無いように説明する。説明を聞くと少女はほっと胸を撫で下ろす。
「そ、それでですね……えーと……お礼と言ってはなんですが……えーと……是非御一緒にお茶でもですね……えーと……」
少女は大男のほうをチラチラ見ながら言葉を途切れ途切れに話す。その様子を見て溜息交じりに大男は言葉を返すのだった。
「お言葉ですがそれは承認しかねます。ご自分の立場をご理解下さい」
「でも、でも! セバス以外とお話する機会なんて滅多にありませんし少しお茶をしたいだけです。それにこの方達は危険ではないと思います!」
「その根拠はどこから来るのでしょうか?」
「勘です!」
二人で言い合いを始めてしまいシラヌイ達は呆然と突っ立っている事しかできずにいた。
「でも! 貴方達はきっとさっきの戦闘で疲れているはずですし休憩したいですよね? そんなにお時間取らせませんしいいですよね? ね?」
言い争いはとうとうシラヌイに飛び火してしまった。グイグイと迫ってくる少女にシラヌイは言葉を詰まらせる。それを少女は否定と解釈したのだろう、その金色の瞳が少しずつ光沢を放ち始める。
「ダメ……ですか?」
潤んだ瞳と上目遣いのダブルコンボがシラヌイの良心を襲う。女性が持つ強力な武器を初めて受けるシラヌイにはその破壊力は十分すぎた。今までに無い沸き上がる感情を強靭な精神力でなんとか抑え込む。
「いや、俺達はこの後すぐにもどムググググ」
「女性の誘いを断るのはマナー違反だぜ青少年。俺様メチャメチャ疲れちゃったからお言葉に甘えさせてもらおうぜ? おチビちゃんもそう思うだろ?」
「そうね、別にいいんじゃない? あとドラーク後で覚えてなさい」
ドラークはシラヌイの言葉を手で遮ると勝手に承諾する。
少女は、ぱぁっと顔に明るさを取り戻すとシラヌイの手を引いて森の奥へと進んで行くのだった。
少女に導かれて森の中を数分歩くと突如少女が立ち止まる。
「ここを進んだ先です」
そう言われた先に道は無く、あるのは隙間なく生い茂る木々だけだ。とてもじゃないが人が通れるような場所ではなかった。しかし、少女は構わず行く手を遮る木々に向かって歩き出す。
少女が木に接触すると思われた時、まるで実体のない幽霊のように木をすり抜けた。シラヌイ達は驚愕しながらも続いて奥へ進んで行く。
そして辿り着いた先は小さな河原にひっそりと佇む小屋だった。辺りは木々と静粛に包まれており、近くを流れる川は覗き込むと小魚の生活を赤裸々に映し出している。
この先に待っているのはトラブル続きだったシラヌイ達に訪れる一時のやすらぎだった。




