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我々はたった今からエクレツェアに復讐する

 バーテンダーは語り続けた。



 エクレツェアの生誕期、よしきがワイズ、保安官、ベルドットマン、そしてバーテンダーを異世界からスカウトしたこと。



 コペッチ村は建設したのではなく、異世界から移植するように創造したとこ。



 さらには100年前の戦争の話まで。そして、話はようやくつい最近の話までやってきていた。



「その時、エクレツェア政府の王室でバーテンダーを務めさせていただけたことは、スパイをしていた時よりもはるかに気分が高揚しました。やはり、転職とはしてみるものだと、その時、思いました」



 酒場の雰囲気は非常に落ち着いていた。争っていたワイズたちは時間とともにすっかり酔いから覚めたらしく、各々酒場の整理や、酔い覚ましの水を補給していた。



 サカ鬼と龍矢はよっぽど酔いつぶれたとみえて、心地よさそうに店内の床で寝ていた。二人の口から少しだけいびきが溢れる。



 その頃、バーテンダーは語り始める前とほとんど変わらない立ち位置で、目の前の客人を眺めていた。



 そこには、よしきと太一が二人、ではない。



 太一はすでにその場から離れていた。今机に座っているのは、深く頭を下げたよしきだけだ。



 バーテンダーはまた緑茶を温めて、新しいコップに注いだ。緑の分厚い和風の品で、かぐわしい香りが湯気とともに立ち込める。



 バーテンダーは傷だらけの手でコップを掴むと、一口だけ自分の口に含んだ。



 緑茶はまだ飲みなれていないとみえて、少し苦そうな顔をしていた。



 その目の前にはよしきが、自分の緑茶を前にして、やはり深く頭を下げている。耳をすませると、かすかに寝息が聞こえた。



「すぴ〜、すぴ〜、すぴ〜」



 その顔はいつもの掴みどころがないよしきのものではなかった。



 黒い装飾に身を包んでいるが、寝ている姿はとても素直な優しい顔つきだった。



 今日のうちに大学の演説で人を卑下しまくっていた人間とは、まるで思えない。



 そんなよしきを見守りながら、バーテンダーは子守唄代わりに語りを続けるのだった。



 じゃねぇよ!!



「さて、では続きを話しましょう。第123章『ダージリンを注文した客はフランスパンをケツの穴にご挿入なさいました』」



●語らせねぇよ!?

●史上最悪の下ネタじゃねぇかさね!

●これ以上、素人に語らせねぇさねよ!?

●なさいましたって何さねよ!!

● いい加減にするさねバーテンダー! 誰も来ていない回想話を3時間もよく続けるものさね!?



 僕が声を荒らげてバーテンダーに尋ねると、彼は天井を見上げて僕に語りかけた。



「やあ、お久しぶりです、マルコさん。またいつの模様に梅酒を飲みますか?」



 バーテンダーは僕がいくら声を荒らげようが、一切の動揺を見せない。たった今、真顔で下ネタを言ってのけただけはある。



 普通、唐突に頭の中へ流れ込んでくる語り部の声には動揺するものだ。だが、元スパイだけあって表情崩さないことにおいては、彼の目の前で眠っているよしきすら及ばないほどだった。



 バーテンダー専用のスーツを着て、なぜかエプロンを装着している。バーテンダーの傷だらけの体が、服の中に収まっているのは少し不思議だ。



「あっ……寝てたわ」



 よしきが目を覚ます。大きなあくびをして、両手を伸ばすと蹴伸びをした。



 二、三度周りを振り向くと、今の状況を把握する。隣に太一がいないことに気がついた。



「おいバーテンダー、太一はどこだ?」


「すでに要点を聞き終え、外でロシナンテさんたちとお遊びになっていますよ」


「こどもかよ」



 太一は遊んでいるわけではなかった。



 ロシナンテがよしきに発砲したとき、彼は弾丸を曲げていたことがあったと思う。そんなこと物理的に絶対にあり得ないことで、太一には非常に興味深かった。



 だから今、酒場の前の大きな道の真ん中で、ロシナンテから指導を受けている最中だ。



 砂埃吹き荒れあれる中、太一は標的に銃を向けていた。



 標的ダッチマンに銃を向けていた。



 ダッチマンに銃を向けていた。



「むぐぅ! むぐぐぐぐぐ!」



 ダッチマンは小太りな体を縄で縛られ、ボンレスハムみたいない格好になっている。口もタオルで拘束されていた。



 酒場の前にあった三角に起立する看板に彼をくくりつけると、頭にリンゴを乗せて、射撃の的にしていた。



 太一は砂埃が立つなか、ダッチマンに銃口を定める。おもむろにリンゴを狙っ

ているが、弾丸を曲げることに意識が向きすぎて、標準が少しずれ始めていた。



 ロシナンテが隣から太一の銃を支える。



「な〜にやってんだ。腰が引けてる、ケツの穴閉めろ。いいか、お前は今この街で一番のカウボーイだ。今、宴の景気付けにリンゴを撃ち抜くだけの簡単な作業だろ?」


「むぐぐぐぐぐ!」


「そうは言ってもだな……こういう体験はしたことがないから」



 太一が弱音を吐くと、ロシナンテは大げさな態勢でのけぞった。



「おまえぇ、そんなことをカウボーイは言わねぇよ? いいか、ただ冷静に呼吸して、ダッチマンの頭に狙いを定め、弾を発射。ダッチマンの頭打ちぬかねぇように軌道を変える。もう何度も練習しただろ?」


「……わかった」



 太一は深く呼吸を始めた。リンゴに向けていた銃口をダッチマンの眉間に定める。



「むぐぅ! むぐぐぐぐぐぐ!」



 ダッチマンは顔を大きく横に振って助けを求めた。



 ロシナンテは太一の銃からそっと手を離す。子供の自転車を押していた手を離したような手つきだ。



「ふぅ、いいぜ。一発いったれい!」


「ツイスト……」



 カチィ



 太一の人差し指が銃のトリガーにかかる。自動照準の二丁拳銃はハンマーを引かなくても発砲が可能だ。



 黒い鉄砲がダッチマンを睨みつける。



「むぐぅ! むぐぅ! むぐぅ!」



 とうとう、ダッチマンは涙を流してもがきはじめた。ロシナンテが付き添っているとはいえ、太一は異世界に来てまだ日が浅いと先ほど聞いていた。



 そんな人間を信用できるほど、ダッチマンは肝が座っていない。



 ついに彼は口の拘束を解ききった。



「ぶはっ! や、やめるダッチ!」



 しかし、叫びも虚しく太一はトリガーを引いた。甲高い発砲音がこだまして、砂埃を貫いた。



 弾丸は特殊なものではない。太一が元の世界から持参していた余りの弾丸だ。弾頭が金色で胴体がシルバー。



 砂埃のなかを一筋の線が走る。乾いたそよ風と砂と町しかない空間に起こった、見事な絵になる光景だ。



 弾丸はトップスピードでダッチマンの眉間に接近した。死をッカウゴしたダッチマンの瞳はきょうふに歪んでいて、弾丸を見つめることもできないまま叫んでいた。



 だが、命中するその刹那。弾丸が途端に挙動を変えた。



 急に螺旋回転の玉が上に反り始め、斜めに突き進む。そのまま、緩いカーブを描いて、見事にりんごを撃ち抜いてしまったのだった。



 ダッチマンは半べそをかいたままその場に沈み込む。



「だ、ダッチ……ロシナンテ覚えてろダッチ……」



 その視線の先では、太一とロシナンテがハイタッチをしている。



「「エェイィ! エェイ! えぇい! エェイ! エェイ! ほいほいほい! はいはい! そいやそいや!!」」


●ハイタッチしすぎだろ。



 だが、バーテンダーやよしきにとっては初歩的すぎて、遊んでいるようにも思える穂は確かだ。



 よしきはそれを聞いて体をそらした。椅子を後ろに傾けると、酒場の入り口から外の様子を垣間見える。



「バーテンダー、そろそろスミレという女忍者がこの酒場にくるはずなんだが、もう来たのか?」


「いいえ、見かけませんでしたが。どうしてそうお思いになるのですか?」


「おかしいなぁ、これは決定事項なんだよ。未来ですでに確定している。スミレが店に来るのは絶対なんだ」


「はて? それはなぜですか?」



 よしきは少しだけ驚いたような表情になった。バーテンダーなら、よしきのやることなすことは大概見当がつくものと知っていたためだ。



 バーテンダーの珍しい質問に、よしきは少し嬉しがった。



「それは俺がそういう筋書きを期待からだ。最近、俺は極東の国を舞台にした物語の筋書きを描いたんだが、その時は今みたいなことは起きなかった」


「極東ですか、聞かない国ですね。確か、日本は極東にある黄金卿と呼ばれていませんでしたか?」


「ああ、その通り、だ。まさにな。極東は日本をイメージして作った異世界の国だ」



 バーテンダーはそこまで聞くと大きく、うん、と頷いた。手元のグラスを店内の白熱球にかざして、汚れがぬぐえたことを確認した。



「……やはり、よしきさんのやることは想像の外にありますねぇ」



 その時、バーテンダーは寂しげな表情をしていた。よしきの顔を横目でちらりと見ると、後ろめたそうにすぐ逸らしてしまう。



「何か言いたいことがあるのか、バーテンダー」


「いいえ、ただの興味ですよ」



 そこで一旦会話が途切れる。バーテンダーは無言でカウンターの上にカクテルグラスを置いて、そこにピンクの酒を注いだ。



 カクテルグラスは三角フラスコを反転させた形にいており、ピンクのカクテルが色味だけでは少しさみしかった。



 バーテンダーはそこにさくらんぼを放り込む。その途端、光がさくらんぼをを明るく照らし、ピンクが一層映えた。



 バーテンダーは興味本位に聞いてみた。



「もし、そのスミレさんが来なければ、いったい何が起こったということになるのですか?」


「いんやぁ、それはあり得ない。俺を騙せるやつなんてそうはいないからな」



 ……何かおかしくないかさね?

 さっきミズノはきたはずなのだが。

 散々、太一とスミレは喋っていたし、僕はその様子を描写したはずなんだが。



●聞いているのかさね?


「では、その未来が裏切られることはないんですね?」


「ああ、絶対だ。だから俺は、スミレが来たらこういうつもりだったんだ。『おっと、俺はお前が何をしてたか知ってるぞ? 鉄道に乗ってたら気分が悪くなって、この街をうろうろしてたら、いつの間にか迷子になって、泣きべそかきながらミズノに連絡したんだろ?』ってな」


●おい、聞いているのかさね?


●そのセリフはすでに言ってたし、描写されたものと思うのだが。



 よしきは目覚ましに冷えた緑茶を飲み干す。



「まあいい。それより、太一にはどこまで教えた?」


「あらかたです」


「ちゃんと答えろ、明確にだ」


「そうですか、では端的に」


● 君たち、僕は蚊帳の外さねか?



 その頃、酒場の側の一軒家でへたり込んでいたダッチマンに小さな女の子がどこからか駆け寄った。



 ダッチマンの座る木の階段に近寄ると、飛びつくように抱きついた。



 女の子は小学生よりも幼く、およそ3歳くらいであると窺える。来ている服はベージュの安い布切れでできたワンピースだ。



 手もふっくらして、足も小さく、見た目にはお人形のようだ。



 頬が少し赤く、瞳も少し赤かった。



 だが、その赤さよりなお赤い場所がある。それは髪の毛だ。



 女の子の髪の毛は真紅のように赤く、見た目から感じるお人形のイメージとは異なり、雷に打たれたかのような毛羽立ち方をしていた。



 女の子はダッチマンを使ってプニプニしながら楽しそうだ。彼のふくよかな体型がちょうど良いクッションにでもなっているのだろう。



 ダッチマンは汗をかいて、さらに肝を冷やしていたので、あまりいい匂いはしなかっただろう。



 しかし、女の子はそれでも大好きな人間の一人として、楽しそうに抱きついていた。



「だっち〜、マイちゃん。こんにちは〜」


「こんにちはおデブのおじちゃん!」


「ははは、だっちはまだ23歳だっちよ〜」



 ダッチマンはそう言って女の子の頭を撫でた。革手袋ごしに小さな頭の感覚と、毛羽立った硬い赤毛の感覚が伝わっていた。



 ロシナンテと太一は砂地を歩いて二人に近づくと、そのダッチマンを驚愕の表情で眺めていた。



「ええ! あなた23歳だったんですか?」


「ダッチ? 言ってなかったダッチか?」


「おいおい、ダッチマン。それはお前をボンレスハムと考えると23歳だって話だろ? カウボーイでいうと何歳なんだよ?」


「23ダッチよ! いい加減にするダッチ!」



 そこに何処かへ行っていたミーティアも駆けつける。彼女もまた赤毛をたくさん蓄えており、背中に背負うようにバサバサと抱えていた。



「マイちゃん! こんなところにいたっすか? 探したっすよ」



 太一がミーティアを振り返ると、彼女はなぜか土だらけだった。気高い赤毛にもくさんの砂が付着しており、どこかで大きく横たわったのはいうまでもなかった。


「ミーティア、なんでそんなに汚れ居てるんだ?」


「ああ、これはマイちゃんと遊んだからっすよ」


「へー、あの子も赤毛族なのか?」


「見ての通りっす」



 ミーティアはマイを指し指した。そこにはダッチマンに抱きつくマイの姿が。小さな体でしっかりと彼の巨体を抱き捕まえていた。



「マイちゃん、そろそろ離して欲しいダッチ。ダッチはちょっと休憩したいダッチよ」


「ソリャァああああ!」


「ぬわああ!!」



 マイが一行の目の前で、小太りとはいえ体重およそ85キロのダッチマンを軽々と持ち上げてしまった。


 姿はまるで大岩を持ち上げる巨人のようだ。



「ウワアアアアア! 下ろすダッチ!」



 ロシナンテも血相をかけて、



「マイ! それは危ないって! おろしなさい!」


「え〜……はーい、わかりました。お兄ちゃん」



 マイは可愛らしい人形のような顔で膨れっ面になった。その顔のままダッチマンをゆっくりと下ろす。



「どうぞ、小太りのおじちゃん」


「あはは、ありがとうマイちゃん。驚いたよ。でも、一つだけ。ダッチはロシナンテと同い年ダッチよ?」


「うん、知ってる。お魚さんウインナーで例えると10万23歳なんだよね?」


「泣いていいだっちか?」


「どうぞ〜」



 ダッチマンは涙を浮かべて帽子を深くかぶった。



 マイが喜んでいる顔を見て、ロシナンテは嬉しそうだった。彼の目に力がみなぎり、尖った帽子をかぶりなおす。



 腰のホルダーから銃を取り出して、人差し指を使い凄まじく回転させる。それを10秒間ほど続けると、見事にホルダーへと挿入した。



「よし、今日も俺は文句なしだ」



 そう呟いて、ロシナンテはタバコを吸い始めた。


 タバコを吸う側で、太一が煙たそうにその場を離れた。ミーティアが追いかけて、先ほど彼女が酒場で拳を机に叩きつけたことの説明を始める。



「あのワイズさんってひどいっすよ! 赤毛族は裏切った一族だって」


「ミーティアはそういう部族の誇り強いからな」



 彼ら五名の姿を、よしきとバーテンダーが酒場の入り口から見守った。



 乾いた砂がよしきの黒い装飾を覆うように絡みついた。口に入った砂を不味そうに手に取り出す。



「うわぁ、なんかここの砂、百年前よりカサカサしてるな」



 バーテンダーが情けなそうによしきを諭した。



「それはあなたがやったことではないですか? よしきさん」


「さて、なんのことやら」



 よしきは呆れ笑うと、砂埃を払った。



 バーテンダーも傷だらけの手でよしきの装飾の手入れを始める。



「おい、そこまでしなくてもいい」


「先ほど、太一さんにお話しした内容ですが、全て私の個人的な意見に過ぎません。例えば、よしきさんがコペッチ村をエクレツェアに移転したのは、銃の産業を構築するため。コペッチ村は異世界からほぼ強奪する形だったこともお話ししました」



 バーテンダーはよしきの黒い装飾についた砂粒を全て叩くと、手で撫で始めた。



「他にもお話ししました。百年前の戦争はあなたが起こしたものであるとエクレツェアのほぼ全員がそう思っているというお話ししました」



 よしきはバーテンだーの声が怒りに震えているのがわかった。バーテンダーの傷だらけの手がよしきの首元に伸びる。



「その戦争の原因がもともとエクレツェアに存在した、帝国軍と天界人がコペッチ村の貴重な鉱山をもとに争ったことだということ。それくらいは認めますよね?」


「そうだな……」



 その時、バーテンダーは急なトーンダウンをした。



「ついでに、このコペッチ村周辺がなぜこんなに乾燥しているか、ということも太一さんにはお話し致しました。ここ周辺をあなたが一気に焼き払ったことによるものだと。それがどういう意味かわかりますか?」


「さあ、心当たりが」


「それは、百年前の戦争に参加した人間全てをその時に全て焼き払ったということですよ」



 バーテンダーがにっこり笑う。彼の顔は右の頬骨法会から花の下を通って唇の左に届く傷が特に目立っている。



 その傷を持つ人間ができる笑顔だとは思えない。



 だが、それがバーテンダーであり元スパイが持つ、異世界最強への最大限の配慮であった。



「あの時の戦争でご贔屓にしてくれていた客人たちは一気に減りました。ワイズたちも、このエクレツェアでできた友人を多く失った。なぜ、あんなことをしたんですか? 私たちは、そんなことのためにあなたについてきたわけじゃないんだ」



 よしきはもちろん知っていた。気がついていた。



 それなのに笑ったのだ。



「よかったじゃないか。少しは面白かっただろう?」



 屈託のない笑顔。よしきはその戦争のことを何一つ悲しんでいないかのような、それどころか望んでいたかのように、にたりと笑っていたのだ。



 あまりにも、残酷だ。



「お前たちの生きていた世界というのは、もっとたくさんの人間が多く辛い目にあっていたはずだが?」


「あなたは! そんな世界を作らないと約束したじゃありませんか!!」



 バーテンダーは思わずキレた。よしきの胸ぐらにあった黒い装飾を両手で鷲掴みにする。慎重に酒場の壁によしきを押し付けた。



 さらに、本当に静かな声で怒鳴りつける。



「あなたは……一体何を隠していらっしゃるのですか!!」



 大きな声だ。だが、その声は囁くようであり、よしき以外の人間には届かぬようになっている。



「あなたが本当に大量虐殺なんてことをしたとは思えない! あの時戦争に参加した赤毛族が裏切り者と言われていることも、彼女を知っている私からすればあり得ない! いったあなたは何を隠しているのですか!!」



 バーテンダーの慎重な瞳は、スパイをやっていたとは思えないほど真剣に純粋だった。



 よしきを信用したその目は、諜報部員とは無縁の油断でもある。



 そんな矛盾した状況を引き起こすほど、よしきの人望は大きかった。



「バーテンダー、いや、00(ダブルオー)。お前の言いたいことはわかる。チームエクレツェアの初期メンバーや、この酒場の三人とお前や、ディオ、トレインマン。俺たちは百年の時間を飛び越した」



 気づくと、バーテンダーは涙を浮かべていた。少しだけでも真実が語られはじめて、肩の荷が下りたようだった。



「あの後、チームエクレツェアのメンバーが百年をスキップした理由は簡単だ。新しく作った社会システムが進化するのを待てなかったんだ」



 バーテンダーがよしきの話を遮る。



「そんなことはどうでもいい。私たちが百年を超えたのはあなたが非常に危険人物だと考えているからです。私が今聞きたいのは、なぜ戦争が起こったのか? なぜ戦争が終わったのか? それを聞いているのですよ」



 バーテンダーの声に力がこもる。大きい声なはずなのに、ささやくように周に響かない声は、取調室で尋問を受ける感覚に似ていた。



 よしきの前にそっと近づく顔が、男泣きしている顔であること以外を除いては。



 酒場の前で、黄色い砂粒だけが通り過ぎていく。



 よしきは冷静だ。



「すまん、お前たちには今言えることは何もない」


「やはりそうですか……では、これ以上何もお問いかけすることはありません」



 バーテンダーはよしきに最大限接近させていた顔をそっとそらした。鼻をすすると、多いく息を吐いた。



 そして、丁寧に、ゆっくりと、確実に、00(ダブルオー)はよしきに伝えた。



「今のあなたの決断によって、一人の女性の命を奪うことになりました。彼女は、可憐なすみれ柄の和服を着た可愛らしい女性です」



 一人の女性。すみれ柄の和服。その女性は明らかにスミレのことを言っていた。



 よしきは00の肩を硬くつかむ。



「スミレはここにいないだけじゃないのか? もし、あいつに何かあればミズノがすぐさま報告してくるはずだ」


「よしきさん、私の特殊能力を覚えていらっしゃいますか?」



 00の手がよしきの手を払いのける。



 その時、確実に違和感があった。



「やけに早いな。俺の知らない能力か。さすがスパイだ。よく今まで隠していたな」



 よしきの感覚の外で手が払いのけられたのだ。もっと上手く言うのならば、0秒で手が払いのけられたのだ。



 00の傷だらけの手はまた0秒で自分の服装をただしていた。



時間危機タイムクライシス。私はこの能力であらゆる国のスパイを行ってきました。普通、そう聞くと今のような時間スキップで何もかもをしていたように思われるでしょう」



 その0秒後。よしきが身にまとう黒い装飾を、00は誰にも方法を知られずに10箇所も切り刻んだ。



 その時、よしきの頬が少し血を流す。



 00はよしきがその血を拭っているのを見ながら、能力を説明し始める。



「今、私は時間をスキップしたわけではございません。シーンを編集したにすぎないのです」


「へんしゅう……だと?」


●編集!? それは僕たちの語り部用語じゃないかさね!?

● よしき! 00は君たちとスミレの会話を編集してなくしていただけさね!

●スミレはもうすでに酒場を訪れているさね!!

●さっき君たちは彼女を散々貧乳だと言って笑っていたじゃないかさね!!


「では、よしきさん。お気をつけて」


「ふざけるなよ……!」



 よしきははを噛み締めて、怒りで暑くなった息を吐き出した。すると、それを合図に彼の右手のひらから黒い霧のような気体が噴き出し始めた。



 00が真っ黒いその気体が黒いオーラであることに気づくと、思わず身構える。いつでも時間を編集できるようにするため、人差し指に軽く力を込める。



 どうやら、00の能力は人差し指を動かすことで発動するようだった。



 だが、それをよしきが見抜いていないはずもなく。



 黒いオーラがよしきの体に巻き付いき始めた頃。よしきは野獣のような瞳で00の指先を睨みつけていた。



 その時、00の腕が震えるように止まった。現在、00の意思の外に彼の右手があるようだ。



 00が口を強く噛み締めて力を込める。しかし、よしきの視線が指先から肩に移動するにつれ、00の動きは完全に泊まり始めた。



 そして、よしきの視線は00の首元までやってくる。



「よ、よしきさん」


「いいか? 一度しか言わないからよく聞け」


 よしきがうなるような声でそう告げた。その頃には黒いオーラが彼の周りを上記のように漂い始めていた。



 さらに、よしきは00の首筋に手を当てて、ゆっくり彼の喉笛をつかんだ。力を込めず、喋れるように圧迫しない。



 00が「何の真似だ」と言おうとした時、よしきはその言葉を遮って、一つの質問をした。異世界最強という名に恥じぬ、凶悪な言葉で投げかける。



「お前は俺を、信じているのか?」



 よしきの質問は単純だ。今の彼自身を00が見て、信頼できるかどうか、そこにははいといいえの二つの答えしかない。



 傷だらけの00は、少しずつよしきの手に力が込められるのを感じていた。1秒、また1秒と、約1ミリの感覚で親指が喉に当る。



 その度に手や足の古傷が非常に疼いた。雨の日の前の日のような、そんな自然現象的な威圧感。



 00は思わず額から汗を流した。



 この状況とよしきの質問とは、あまりに食い違っていた。



 殺す気で手をかけているのなら、質問の答えには迷わずいいえと答える。そのことくらい、誰でもわかるはずなのに。



 だからこそ、00は答えるのに少しためらったのだ。いいえと答えても、はいと答えても、よしきなら明確な意図を持っている。



 しかも、結果的によしきの思惑通りに進むのだ。



 00の知る限りでは、よしきの考え方は、どこの独裁国家よりも圧倒的に幸せで思いのままの国が作れる。



 だからこそ、00は百年の時を超えたのだと、今自分に言い聞かせた。



「残念ですが、今のあなたでは私に『はい』とは言わせられませんよ」



 その時、よしきの手が00の首元からゆっくりと離れていった。



 00は思わず安堵のため息をつく。傷だらけの手で服の胸元を整え、ハンカチで額の汗を拭いた。



 ゆっくりと息をして、00がよしきの姿を改めてみると、目の前にはもちろんよしきの姿がある。



 だが、00はすぐさま首をかしげた。そこにあるよしきの姿は、あまりにオドオドとした、情けないものだったからである。



 よしきは青ざめると、



「いやあ! こんなことしている場合じゃないだろ!」



 よしきはすぐさま空を見上げた。頭上に上がる太陽の位置を確認する。



「俺が寝ていた時間は3時間くらいだったはずだ。だが、太陽の上りから見てまだ1時間少しか経ってない。やはり編集されているようだな」



 00はよしきを接客するように、現状のヒントを伝えた。



「よしきさん、スミレさんは、NB結社の最上階、ノットバレットの執務室に囚われています。椅子に縛り付けられて、爆弾を巻かれているとのことです。制限時間は、30分」


「そこまで知っているなら、お前も敵とみなしていいのか?」


「いいえ、私は戦いに参加しません。申し訳ございません。ですが、私には、これから起こる戦いを止めることはもうできません」



 意味深な発言。00(ダブルオー)の決意は、今までに受けた傷が硬くなったどの古傷よりも、強固なものだった。



 00はよしきの急なとぼける態度に苛立ちながら、酒場に戻っていった。



——ザザ、ザザザ——

——よしきさん、応答してください——

——聞こえていますか?——



 よしきの鼓膜を急に揺らした声。ミズノの声だ。



 聞きなれないノイズ音によしきは思わず耳を塞いだ。



 だが、よしきは緊急事態を教えなかったミズノの失態を責める。



「今まで一体何をしていたミズノ!? スミレが捕まったぞ!」



 それを聞くと、ミズノの冷静な声はよしきの鼓膜を揺らした。



——なんども連絡を差し上げておりました——

——しかし、どうやら妨害にあったようで、何度声をかけても返答がありませんでした——



「なんだと? だが他にやりようはいくらでもあったはずだぞ」



——試しました。その場へは転送も不能でした。私が直接尋ねることも出来なかったものと思われます——



 ミズノの冷静な分析を聞き終わると、よしきは大きく息を漏らした。



「やってくれたな、00」



 そこへミズノが疑問の声で鼓膜を揺らした。



——マルコさんは何も教えて下さらなかったのですか?——



「それがなぁ、酒場に入ってから全然語りの声が聞こえてこないんだ。もしかすると、あいつも今回の件に一枚噛んでるかもしれないな」



●はぁ!?

●何言ってるんさねよ!?

●散々語らっていただろうがさね!!

●冗談はそれ以上よしこさんさねよ!!



 BE CAREFUL(ご注意ください).

 BE CAREFUL(ご注意ください).



 い、いったい何の騒ぎさね!?



 きゅい〜ん!

 ATTENTION PLEAS(ご注目ください).

 きゅい〜ん!

 ATTENTION PLEAS(ご注目ください).



 STRANGER HAS INVADED THE MANTON(何者かが屋敷の中に侵入いたしました)INTERRECEPTION STRETED(迎撃開始します).



 僕の部屋まで聞こえるくらいの銃声が響く。確か、屋敷にはガトリング砲台が何門も……じゃないさねよ!



 なななな、何さねか急に!? なんで僕の屋敷の警報が鳴り響いているさね!?



 今僕の屋敷にはアイリスという女性型AIの音声胃が響く、彼女は主に防衛システムを担当していて……誰かが侵入したって事かさね?



 いいや、そんな事より語り部をせねば!



 カラッと乾いた砂の街。砂粒すら置いてよしきは馳せた。

 よしきは太一とミーティアに駆け寄って、二人の手を引く。



「お前ら早く来い!」


「ど、どうしたんだよ!?」


「何かあったっすか?」



 疑問に答える間もなく、よしきは二人を連れて砂地の大通りを駆せる。間もなく、西部劇の町並みを抜けていった。



 ミズノが通信しながら戸惑ったように鼓膜を揺らした。



——よしきさん、サカ鬼さんと龍矢さんは回収しなくてよろしいのですか? まだ酒場で寝ていますが——



「ああ、あいつらはほっておく。バーテンダーの様子だと、ワイズたちも関与しているはずだ。敵だとわかっていて飛び込むのは危険すぎる。あいつらは勝手に脱出するだろうから、その時に俺の元に来るよう、ミズノから言ってくれ」



——かしこまりました——



 一方、酒場の中には、ミズノが言った通りサカ鬼と龍矢が酔いつぶれて寝ていた。



 白熱灯だけで照らされた汚れた酒場は



 IT WAS BRAEKING THROUGH THE DEFENSE(防衛を突破されました).



 早くないさねか!?



 バタン!

「じゃじゃじゃじゃ〜ん! 久しぶりだね、マルコくん。みんながお探しの、グランバッチ・ディオグラディティだよぉ」



 …………。ちぃ……。


「舌打ち!?」



 白熱灯だけで照らされた汚れた酒場には、ワイズたちが武器の手入れを終えて、いつでも戦闘に参加できるよう身だしなみまで整えていた。



「僕のことは気にしないのかい!?」



 あたりには酒瓶が転がっている。酒場の掃除をしていたワイズが、その空ビンを寂しそうに白熱灯へとてらした。



「マルコくん! 君はいつもそ」ファファファファファファファファー! ファアアアアアアア!



 おほん。



 00はいつになく悔しそうな顔をしていた。口を一文字に結び、傷だらけの手を握り締めていた。客の座るカウンターに座り、よしきの飲み残したピンクのカクテルを一気に煽った。



 その後ろの席で、ワイズが00に声をかける。



「おい、バーテンダー。よしきは何て答えた?」


「……何も話すことはないと」


「よし、作戦結構だな」



 その時、00の剣幕は鬼のそれを軽く凌駕して、握りしめていた拳もちゅうちょなくカウンター席の机に叩きつけた。



 和太鼓を叩き割ったような鈍に音が、酒場の中の空気を一新する。



 その場の雰囲気は、復讐者の湧き上がる失望が満ちた。



 00は天井を見上げて、僕に話しかける時のように叫ぶ。



「ハリー!! ロシナンテのこと頼んだぞ!」


▲やっほぉ〜イ! この俺様の出番がついにきたか!



 どこからともなく親父越えが響く。酒場の中にはそんな声の持ち主はどこにもおらず。テレビの副音声のような紛らわしい音声が耳に聞こえていた。



▲泣く子も黙る西部劇の王様、ハリー・セブンとはこの俺様のことよぉ!



 00が忌々しそうにいう。



「ワイズ、30分稼いだぞ。その隙になんとかしろ」


「わかったよ、恩にきる」



 そう言い残して、ワイズは酒場を出て行った。



 その頃、太一とミーティアがよしきに連れられて走り去っていく様を見守る二人の姿がある。



 砂地の町並みの中から、大通りの先に続く砂漠を眺める。その先にはNB結社の本部があるのだ。



 本来、マフィアの集まりのようなもので、この街に住む一般人は踏み入れることもなかった。



 ロシナンテとダッチマンだ。



 ダッチマンはたらこ唇をへの字に曲げて、



「あいつらどこに行くんだっちか?」



 大通りの先には少し曲がるだけでコペッチ村の駅があった。慌てて鉄道に走って行ったのなら、電車に乗り遅れるということだ。



 ダッチマンはあの三人がNB結社にかちこみに行くなどとは想像していなかった。



 ロシナンテはその疑問を鼻で笑った。



「おいおい、カウボーイが野暮なこと言うなうよ。どう見ても、ノットバレットのところに行く最中だろうが」



 そう聞くと、ダッチマンは慌ててロシナンテの腕を引いた。



「ならなんで早く言わないだっちか!? ノットバレットに勝てるわけないだっちよ! 今すぐ止めるだっち!」


「男が止まるかよ、あんなに走ってちまってよぉ」


「そうはいってもだっちね……三人でなんとかなる相手じゃないだっちよ」



 すると、ロシナンテの足元にマイが赤毛をたなびかせて駆け寄ってきた。



「お兄ちゃん、見てみてこれ! ワイズさんにもらったの!」



 手元には茶色いクマのぬいぐるみだ。おなあの部分が白くなって、少し寒そうだった。背中にはチャックが付いていて、どこかに引っ掛けるとキーホルダーにもなりそうだった。



「お? よかったじゃないか」


「うん!」



 マイは売れしそうにクマの人形を抱きしめた。



 ロシナンテはマイの嬉しそうな顔を見るたびに心が躍っていた。思わぬプレゼントをくれたワイズにも礼を言いたい気分でいっぱいだ。



 そう思うとロシナンテは、ああ、後で礼を言いに行こう、そう言おうとしていた。



 だが、礼を言う前に礼を言われる。



「気にすんなよロシナンテ。俺からの軽いプレゼントさ」



 ワイズが声をかけ、ロシナンテの後ろから首に腕をかけた。



 その瞬間だ、ロシナンテは確信した。ワイズは何かを企んでいる、と。



 ロシナンテは自称町一番のカウボーイだ。その実力は自ら語るだけはあり、背後を取られることはまずない。



 たとえ、それがガンマンとしての技術を学んだ師匠だったとしても、後ろから首に腕を組まれることは絶対にないはずだった。



 ダッチマンもそのことを理解してたようで、思わず青ざめる。



「し、師匠……何しているだっち?」


「そう怯えるなよ二人とも、俺はこれでも足音を立てた方なんだぜ?」



 ロシナンテは銃を手に取ることすら、ワイズの前では叶わない。少しでもさっき立てれば、ワイズは容赦ロシナンテの首を切り裂くだろう。



 手には物は持っていないが、それくらいのことはありえるのだ。



 だが、そんなワイズがロシナンテに言ったのは、二人にとって思いもよらなかった。



「ロシナンテ、ダッチマン。お前ら二人とも、マイを連れて今すぐここから逃げろ」


「な、今なんて?」


「どういうことだっちか師匠?」



 ロシナンテはカウボーイとして逃げることを恥だと考えてきた。ダッチマンも行動を共にていることで同じ考えになっていた。



 しかし、それもこれもワイズが言って聞かせていたことだ。



 ワイズはロシナンテの顔の横に、自分の顔をゆっくりと揃えて、耳元で囁いた。






「我々コペッチのガンマンたちは、たった今よりエクレツェアに復讐する」


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