マルコヴィールより、シナリオ変更のお知らせだ
その頃、会議室の少し離れた場所では。
「うふふ、やっぱりかわいいわねぇ」
「う……。ユー・ユーさん、話って何すか?」
艶かしい声に顔を引きつらせて様子を伺う純粋な女の子。床まで届く赤い髪の毛は赤珊瑚のごとく華やかで、光沢としなやかさでは彼女の髪を上回る繊維はお目にかかれないかもしれない。
植物の絵が描かれたラフな布地のシャツと短パンを穿きこなしてはいるが、ボーイッシュなその見た目と裏腹にしっかりと膨れた胸元がかすかに女の性を窺わせる。
そんな彼女を困らせるのはこれまた彼女と正反対に優雅であり、あまりに妖艶な女性。近づくだけで女の性がにおいでわかるほど色気にあふれた美女は、オレンジと黄色のグラデーションが華やかなドレスを身にまとい、もふもふした扇子を片手に赤毛の彼女に熱い視線を送る。
きっと彼女が美味しそうなのだろう。そうにしか見えなかった。
ユー・ユーと呼ばれた彼女は赤毛のミーティアに語りかける。
「ちょっとこっちに来て」
しかし、ミーティアは優しすぎる彼女の態度に若干の恐怖と底知れぬ未知との遭遇を感じていた。容易には近づけない。
警戒体制全開で右足を踏ん張り一瞬で後戻りできるように、差し出すのは右手だけと身体の99%を逃げることに向けてユー・ユーに近づいた。
「はい、お年玉」
ユー・ユーがミーティアに手渡したのは少し重めの貨幣の袋。白い麻の袋はそれだけで効果なものだとわかる。
ミーティアが手に取ると、その重さには少しだけ心当たりがあった。ゆっくりと身体を近づけ袋の中身を確認する。
「これって、もしかして」
「やっぱりっす! これは私がこのエクレツェアでぼったくられたお金っすよ!」
ユー・ユーは笑って頷く。ミーティアがサプライズに喜んでいるのを見て、彼女の瞳孔が開いていった。頬も少しだけ桃色になる。
「この世界ではね、犯罪で失ったお金は大半が帰ってくるのよ」
ミーティアは不思議そうにユー・ユーの顔を眺める。彼女の言っていることはミーティアの世界にとってはありえないことだった。
「そんなことあるんすか?」
「ええ」
ユー・ユーは頷くと優しい香りがした。甘いだけではない爽やかな香りだ。
「この世界の大半の犯罪は必要悪として政府が運営しているのよ。だから、被害は補填されるの」
「は? なんなんすかそれは?」
ミーティアはエクレツェアの仕組みを理解できなかったが、ひとまず手元に戻ってきたお金に喜ぶ。控えめな胸に抱きしめてホッとため息をついた。
「助かったっす。これ、私の全財産なんっすから。本当に良かったっす」
ミーティアはユー・ユーに大きく頭を下げた。赤毛が背中から前に届くくらい丁寧で純粋なものだった。
だが、ユー・ユーの瞳は明らかに広がって、ミーティアの赤毛に興奮していた。扇子を開けて仰ぎながら、ミーティアの顔をじっくり眺める。
「後で先日の給料も手渡しするからそれで何か食べてきたらいいわ」
すると、扇子の風に乗った彼女のにおいがミーティアの鼻腔をくすぐる。
パタン、と扇子をたたむと、
「それとも、私とお食事しましょうか?」
じっとりとした視線が彼女を捉えていた。
「あ、あ、あ」
ミーティアは戸惑いのあまり声にならない声を出すと助けを求めてあたりを見渡す。
そこに青と銀色と黒のタイトなバトルスーツを着たキシヨを見つけると、
「あ! ありがとうございました! キシヨさんとご飯食べに行くっす!」
ミーティアはそそくさとその場から離れ、キシヨを追いかけた。
そんな彼は少しだけイライラしている。いや、困惑のあまり激怒が薄まっているだけだ。
今彼の頭の中にあることが本当だとするのならば、これ以上の悪事はお目にかかったことがない。
キシヨの頭の中にはよしきを問い詰めることで頭がいっぱいだった。
すると、彼の銀色の腕を引くものが現れる。
「キシヨさん! 一緒にご飯でもいかがっすか?」
ミーティアはユー・ユーが自分を気に入っていることには気がつけたが、キシヨの怒りの表情はすっかり見落としてしまっている。
彼女の純粋さのいいところなのだが、それがキシヨを逆撫でした。
「それどころじゃない!」
手を振り払ってよしきを探す。キシヨの姿は銀色だが、感情は赤色だ。
ミーティアは戸惑って赤毛をふり乱す。キョロキョロとして周りの目を起にすると、すぐさま跡を追った。
「ちょっと、待ってくださいっすよ! 一体何を怒ってるんすか!」
ミーティアがそう声をかけた頃には、キシヨは会議室のドアを蹴破っていた。
茶色いアンティークのドアが少し外れて斜めになる。掃除の行き届いていない会議室の埃が舞い散った。
部屋の中の一同が彼に注目する。
スミレが真っ先に怖そうな顔をしてキシヨを見やる。すみれの着物がその感情をミドゴに引き立てていたが、その表情も彼の怒りを感じると、心配そうな落ち着いた目に変わった。
キシヨは視線を振り払って手が出る、足が出る、声が出る。三拍子揃った時にはよしきの胸ぐらを掴んでいた。
「何の真似だ! よしき!」
「おっと、これまた出会った時のようになったねぇ」
「何の真似だと聞いているんだ!」
● よしき、情報は届いたよ。
それをスミレが慌てて止める。可動域の大きい着物が見事に翻った。
「一体何しているの! 怒ってるの? キシヨ」
「確かに俺はキシヨになって一年だったよ!」
キシヨはすみれを無視して叫び続けた。だが、平静なよしきの顔はあっさりとキシヨの怒りに火をつける。
キシヨはよしきの胸倉を掴みながら、中央のテーブルに拳を振り下ろした。
「それだよ。俺はキシヨじゃない。太一だ! 白堂太一だ!」
「それはもうここに来る前に聞いたぞ?」
「とぼけるな! そう思う込ませていたんだろ!」
「これは参ったな。マルコ、やるぞ」
●いいんだな? やるんだな? これはボツになったシナリオルートだぞ?
キシヨはよしきと僕の会話を聞いて、また見えんにしわを寄せた。何かを企んでいると感づいたのだ。
もともと、よしきのやり口は秘密主義なところが多く、キシヨにはわからないことが多すぎた。そのため、よしきの彼女と名乗る彼女が先ほどのようなことをしなかったとしても、自然と怒りは買っていただろう。
遅いか早いかの違いだ。もう、キシヨに借りは臨界点に達しているようだった。
会議室の空気も緊迫している。それなのにもかかわらず、よしきは相変わらず平静でその状況を楽しんでいたのだ。
よしきは性懲りも無く決めゼリフをいう。
「オーケー、オンステージだ」
仕方ないな。
よしきは神妙に語り始めた。
「そうさ、真実を教えよう!」
● そうだね、ようやく気がついたようだ。その通り、君は太一だよ。それはこの話のかなりはじめっからわかっていたんだけどね。
「ああ、その通り。お前は太一だ。だが、そのずっと前からお前はキシヨだったんだぜ?」
● そして、ここで今問題なのは今君が太一かキシヨかということじゃなくて、君がどっちを名乗りたいかということなんだよ。
「お前はどっちがいいんだ? 生まれてくる前の名前? それとも生まれてきた時の名前か?」
● はたまた、キシヨが君を逃がした後の名前かな? それもこれも運命を変える出来事さ。
「だが同時に、変わることはすなわち運命」
● つまり君は運命の通りに生きているわけだ。それでも聞きたいなら教えてあげよう。
「お前は『夢を超えた夢』なんだ。そんな焦らず、しっかり生きてくれよな」
● では、はじめるとするか、『エクレツェアの鍵』よ。
● さあ、運命の時間だ。




