ちょっと長い渡り廊下
スミレ、お鷹の胸に連れられて真夜中の城を進む。外を見ると、城の頭上には青空が広がり始めていた。しかし、太陽が無く、変わりに月が明るく照らしている。
「暗の刻が終わりましたね。月が照らす明の刻。今は夜中の3時です」
お鷹の胸が不思議そうにしていたキシヨに教えてくれたが、夜だの朝だのわけがわからない。
一方、道中真っ黒な石の廊下が続くかと思えば、扉を三回ほど開けて進むとそこから先は白で統一された荘厳な通路に変わる。これでは時間感覚もないくなってしまう。
いわゆる、異世界の時差ぼけに入っていた。
キシヨが城を見渡しながら進んでいると、よしきが教えてくれる。先ほどとは打って変わって丁寧だ。やはり先ほどの酷という言葉は……いや、これ以上は語るまい。
「この塔は正方形に並んだでかい塔が繋がった形をしているんだがな。見た目はロマネスク式の建築だ」
「ロマネスク? この内装が? しかも忍者と関係ないぞ」
「外からみた時の話だ。内容は様々で、各塔は、皇帝、忍び頭二人、政治家に振り分けられ、彼らの文化ごとにいろんな建築様式が中に詰まっている。見た目がロマネスクなのは外国に見栄を張ったことが原因らしい」
こんな時のよしきのうんちくは続くが、キシヨが目を輝かして聞いていると、小言の一つも言いづらい。
「各々、この黒い場所に秘密を隠して防犯している。今では城の形をなしているが、過去には地下の迷宮を住処にしていたらしい。それもこれも敵の侵入から身を守るためらしい」
「なるほどぉ……でも、なんで城の侵入を警戒するんだ? 爆撃でもされたら一緒だろ?」
「突拍子もないことを言うな……いいや、異世界の戦闘ともなると爆撃よりも歩兵とかのほうがコストパフォーマンスはいいんだよ」
「金の問題かよ」
「敵の城を観察する必要があるし、中には透視して来る奴もいるから、バリアも展開されているはずだ。転送パッドはバリアを抜けるために使った」
今までの話を聞くと、スミレは誇らしげに皆の先回りをした。彼女は歩く旅に着物の裾を歩く旅にためかせる。長く切れ込みが入っていて、走ることも簡単にできそうだ。
キシヨの前に止まると、お鷹の胸の話を自慢げに語った。
「今は皇帝居住区全体をお鷹の胸様直々に守護しているから、中の状況がバレる心配はないわ」
そう紹介されたお鷹の胸も、スミレと同じような着物だ。だが、彼女の歩き方は一切裾のはためきを許さず、姿勢がきちんと伸びている。この状態はいつ、誰にでも、今すぐに攻撃可能ということだ。
「城の内部でも警戒を怠らない理由は、女皇帝が常に命を狙われているからです。我が国の憲法では政治に文句のある者は女皇帝を殺す決まりですから」
キシヨは耳を疑った。
「皇帝を殺すんですか!?」
「まあ、女皇帝を殺しても継承権のある人間しか皇帝にはなれないのですが、皇帝も殺せないならば文句を言うな、ということです」
「なんて物騒な」
ミーティアはその話を嬉しそうに聞いて後ろを歩くのだった。
黒くて暗い廊下を進む。ロウソクは灯ったり灯らなかったりして不気味だが、この場所は怖がりではなくとも進みのに勇気がいった。
お鷹の胸は神妙な顔つきに戻ると、戦況帆の報告を始める。
「事前に皆様にお伝えしていた通り、反乱軍はクーデターを起こし、女皇帝をその座から引き摺り下ろそうとしています。ですが、それだけならばあなたたちに依頼するほど私たちは弱くありません。我らの軍は強力です」
キシヨは女皇帝の言葉で思い出した。よしきに駆け寄り、マリの救出に付いて尋ねる。
「ならそっちは後回しでいいよな? ここにマリ様がいるんだ。早く助けに行こうぜ」
「ああ、だが、その関係でマリの救出は簡単にいかないんだよ」
「なんで?」
「この周辺はすべて敵軍に囲まれているからな」
「はぁ? 籠城してんのかここ!?」
キシヨはいきなり先行きが思いやられた。
一方、進んでいた廊下の先が一転して木の床と砂壁に変わり、生花や唐物の飾られた和風旅館のような姿を表す。一行は気にせず通ったが、ミーティアに限っては異常に警戒し始め、慎重に木の廊下の上に足を置いた。
「ひゃ!」
彼女の裸足から直に感覚が伝わってくるようだ。
あたりを除けば空室の和室が、それはどれも『寝殿造り』『書院造り』『和様建築』など。具体的には寺の一室、本堂、時代劇で見た一室、将軍の座する部屋など様々な形式の建物の一室を集めたような作りだった。
お鷹の胸は旅で木の床をすり足で進みながら話を始める。どんな時にもすぐに攻撃ができる姿勢は崩れなかった。
「その依頼については完全に女皇帝エクイアの独断でしたので、私たちもはじめはわかりませんでした。しかし、今の展開になってみてようやくわかります」
ミーティアが足元にビビリながら、
「ひゃ……おばさん。もったいぶらないで欲しいっすよ!」
スミレが目の色を変えてミーティアに噛み付く。
「お鷹の胸様になんて口を聞くのよ!」
スミレの身のこなしは、お鷹の胸とは逆にいつ攻撃が来るか簡単にわかる未熟なものだ。そのため、鷹の胸が余裕思って手で彼女を制した。
スミレの顔がお鷹の胸の腕にボフリと当たって髪の毛を乱す。やはり、その所作は異世界最強のよしきにも見抜けないほど洗練されいた。
よしきはお鷹の胸に尋ねた。
「女皇帝は元気か?」
すると、お鷹の胸は顔を背ける。
スミレは見るからにしょんぼりと顔を下げた。涙を浮かべて唇を噛み締めた。
それからしばらく沈黙が続く中、廊下を進むこととなる。和風の廊下がずっと先まで続くいているような雰囲気に包まれる。だが、それは錯覚であり、女皇帝という人物に何かがあったということが、ただただ明白だった。
数メートル進んでから、よしきは仕方なくものの事実を言い当てる。
「逝ったか、エクイアは」
「さようでございます」
お鷹の胸の目にはそっと涙が浮かんでいた。
スミレは皆から顔を背けてそっと涙をぬぐっていた。ミーティアが同乗して地下よるが、キシヨは気を使ってそっぽを向く。
よしきとお鷹の胸はその間ずっと見つめ合っていた。そのうち、お鷹の胸がそっと口を開く。
「では、戦況の報告です。少し長くなりますがお聞きください」
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「以上が戦況の報告です」
お鷹の胸がそう言って柔らかい口を閉じた。
キシヨとミーティアはこの和帝が置かれている状況に、思わず腰が引けていた。スミレも沈黙してよしき達を見つめていた。
戦況を訪ねたよしきも首をかしげる始末だ。
「予想以上のことになっているな、お鷹の胸」
「致し方ありません。ですからどうかお力添えを」
報告としては。和帝の国は内乱状態にあること。
その首謀者がリスグランツであること。
和帝の国女皇帝エクイアが亡くなって軍力の統率が取れなくなっていること。
次期後継者が決まるまで軍隊の統率は取れないこと。
その軍の主戦力である忍び頭『ハルト』と『クロカズ』がリスグランツと結託して、次期継承者の命を狙っているということだ。
要するに、継承問題が今回の肝であるということを覚えておいてもらいたい。これを少し念頭に置くだけで、物語がスッキリ見えてくるはずだ。それは全体に言えることである。
どうやら、よしきと僕が企てる継承問題にも似ていたのだから。
「つまり、今回の依頼は『そのリスグランツの軍とハルト、クロカズの二人が率いる軍全て』をなんとかしろ、というわけだな?」
「その通りです……」
一行は和室のとある部屋にたどり着く。だが、その話を聞いてキシヨとミーティアは颯爽とよしきの前に立ちはだかる。
「ちょっと待ってくださいっす! 最初の敵軍の話だけでもヤバそうだったのに、それをたった30人で倒せちゃおうひとたちが敵だなんて! わたしは仕事の依頼に来ただけっすよ!」
「戦争なんて大反対だ! 今回の目的はマリ様の救出。行方位不明者は72時間以内に救出しないと生存率が一気に下がるんだぞ!?」
だが、よしきは断言する、
「いいや、そうはならん」
「「どうして?」」
お鷹の胸が一行を案内したのは、大広間へ続く襖だった。彼女とスミレはその襖を正座して上品に開けると、中へと案内した。
「詳しい事はお仲間と一緒の方が良いでしょう。私たちはここで待ちしますので、どうぞ中へ」