第3章 和帝の国
黒一色の石作り。ここは城の中。ただ冷たく。ただ静か。壁にはロウソクが灯り、少しだけ暖かく感じたのはその場の雰囲気が何もはらんでいないからだろう。
廊下はロウソクに灯った光で明るいが、場内の黒い岩が光沢しか反射していなかった。かなりの高さにあるこの廊下は、城下町が一望できて、和風建築が立ち並ぶ提灯の明かりだけの姿。今は夜のようだ。
町を歩き回る奉行所の人間みたいな役人がパトロールを務め治安を守っている。その町はやはり提灯の明かりしかなかった。
転送パッドでたどり着いたよしき、キシヨ、ミーティアは固まるように集まっていた。辺りを見渡して、広大な夜景にひととき心を奪われていた。
一刻たった後、よしきは不思議そうに、黒い装飾この上なくうるさい腕を組んで、周りの気配を探る。
「おかしいな、ここに来ることはミズノが連絡をしているはずだ……誰も迎えがこない」
ミーティアが赤毛を引きずって、廊下のロウソク立てを手にとる。その骨董的価値を見定めているとキシヨがそばで静かに囁く。
「価値がわかるのか?」
「いいや、売ったら高そうっすねこれ。そんな事より、お迎えはどうしたっすか?」
だが次の瞬間。そのロウソク立てを何かが破壊して通り抜けて行った。延長線上の壁に突き刺さるクナイ。確かクナイとは忍者の武器の一つだったはずだ。
一同警戒を強めると、何かが近づいてくる音がする。
カサッ、カサカサカサッ!
「おい、今ゴキブリみたいな音したぞ」
こんな馬鹿なセリフを吐くのはよしきくらいしかいない。彼はいつも神妙な雰囲気をハンマーでたたき割ろうと心がけいてる。
だが、戦況は皆に刃を突き立てるところまで進んだ。全員に向かって、小太刀やクナイなどの多様な刃物が飛んでくる。
その軌道は乱雑で、射るような綺麗さはないが、殺傷という意味では美学を持っていた。あの刃物らをもろに受ければ、肉だけではなく骨も砕かれるだろう。
さすがは、忍者だ。
しかし、その場にいた人間が異世界の人間であるということを忘れてはいけない。さらに、その三人のうち一人が異世界で最強であることは、物語において確実に認識しておかなければ、とんだ馬鹿を見ることとなる。
よしきはその刃物を掴み取って防いだ。うん、案の定だ。おそらく弾丸の類でも余裕で掴んでいたに違いない。
だが、キシヨは間一髪、躱すこととなった。その隙は、異世界で命取りとる。やはり、私が語らうまでもなく、敵忍者の標的が彼に定まってしまったのだ。
キシヨの真下から彼の顎を何かが突き上げてきて、キシヨはのけぞって何かに押し倒されてしまう。彼の首元に刃物が当たった。
「一人こーろした」
女の声が目の前から聞こえた。すると、月明かりがキシヨの顔を照らしてようやくわかる。少女が馬乗りになって首に小太刀とクナイを押し当てていた。
黒い着物が少しはだけたような姿で、それがはためき柑橘系の匂いを漂わせる。柔らかい髪質の黒髪が外へ軽くカールしていた。彼女の黒い瞳が目の前にあるキシヨの顔をじっくりと眺めていたが、ふっくらとした唇が拍子抜けしたようにへの字を描いている。
少女は少し得意げに、
「あんた。弱いね」
「なっ、失礼だな」
キシヨは顔をしかめた。
だが、少女はさらにふてくされる。
「あんたが弱いから悪いのよ」
「いきなり襲っておいてなんていい方だ!」
少女はミーティアを指差した。
「あぶなかったっす〜」
ミーティアはキョトンした顔で小太刀とクナイを掴みとっていた。彼女は僕とよしきが進めるこの物語にたった数十分前に参加したばかりであるのに、あっさりキシヨよりすごいことをやって見せていた。
もう、彼女に詠嘆のエクレツェアを継がせてはいかがかと思うほどである。
……あー、よしきが首を振っている。今のはなしだ、なし。
それに、よしきはこれ以上つまらないはなしをするつもりはないらしい。スミレが走ってきた奥の通路に声をかけた。
「迎えが来たようだ。奥にいるんだろ? お鷹の胸|」
「失礼いたしました。詠嘆のエクレツェアさん」
廊下の奥で女性の声が聞こえる。火が灯ったロウソクとともに姿を表す。
「スミレ、やめなさい」
紺色で花柄の着物を着て、黒い光沢のある髪の毛を後ろで束ねて櫛を刺した色っぽい女性。右目の下にある泣きぼくろが刺激的だ。彼女はキシヨの上にまたがるスミレを制し、自分の横に手招いた。
スミレはそのお鷹の胸のそばに着くと、自慢げに言ってみせる。
「お鷹の胸さま。一人殺したらこいつらに頼らないって約束じゃないですか」
「いいえ、頼らないわけにはいきません。約束も勝手にあなたが決めたこと。それに、今のは殺せていませんでしたよ」
「何言ってるんですか? 首に刃物を当てたんですから私の勝ちです」
スミレはお鷹の胸の言った意味が理解できなかった。
刃物を掴みとれなかったキシヨは、避けた隙に顎を蹴り上げ荒れて馬乗りにされた。スミレはそこに刃物を突き立てたのだから、勝負が負けているはずがないと思っている。
しかし、それは違った。刃物がキシヨの首に当たる数秒前に、彼の手は腰の拳銃にかかっている。もし、キシヨが敵忍者の正体を女だと気付いていなければ、容赦なく心臓を撃ち抜いていたことだろう。
よしきはキシヨに手を差し伸ばして彼を引き上げた。顔を耳元まで持ってくると囁く。
「今、女だからって油断したろ? この世界では命取りだ。次は気をつけろ」
「あ、ああ」
キシヨはそんな油断すら見抜くよしきを少し恐ろしく感じた。よしきの前では、ほんの嘘笑いすらすくい取られるらしい。
だが気にせず、よしきはお鷹の胸に促した。
「さて、女皇帝のところまで案内してもらおうか。お鷹の胸。道中で戦況を教えてもらうぞ」




