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1-②山田柘榴、人生終了のお知らせ

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 タヌキやイタチやイノシシなど多くの野生動物が生息する、山に囲まれたドがつくほどの田舎。それが山田柘榴の生まれ故郷です。

 今は合併したので市という扱いにはなっていましたが、お隣の家に行くまで徒歩十分以上かかるようなthe集落☆と言いたくなる農村で、綺麗な川が流れていて鮎やサワガニなんかも見ることができ、夏には蛍も飛び交うような長閑さがあります。

 小学校・中学校なんて木造校舎だし、全校生徒も全員顔見知りで友達になれるくらいに少人数。高校なんて電車に乗って市街地に行かないとありません。

 因みに電車は上下線共に、時間によっては一時間に一本あれば良いくらいと本数も少ないので、乗りそびれると悲惨なことになるんですよね。駅は勿論無人駅で、下車するのは地元住民くらいなものでしょうか。街頭の下にちょこんと雨ざらしにされて錆付いた椅子がおいてある程度の小さなものですよ。


 そんな過疎化と少子高齢化が進む地域に珍しく、我が家は結構な子沢山でした。

 三男三女の計六人兄妹で、内訳は二つ上の兄、私、四つ下の弟と七つ下の妹、極めつけは一回り離れた双子の弟妹。

 うちの両親は夫婦仲が非常に良好で、お互いのことを桜ちゃん梅雄ちゃんと呼び合うくらいにラブラブです。早くに結婚したので、年齢的にもまだまだ元気なのは分かります。仲良きことは良き事だとは重々承知してるんですけども、律義者の子沢山とか貧乏子沢山とはよく言いますが、実の娘でも流石に多いと思いますよ。

 世の中には上には上がいるとはいえ、もう少し計画性とか配慮とか考えて欲しいところです。ええ本当に。食費とか養育費とか、馬鹿にならないでしょうに…。

 それに、兄妹が増えること自体は嬉しい出来事ではあるんですが、十四歳で弟妹が増えた兄なんかは、なんだか居た堪れない顔をしていましたよ。きっと同級生にからかわれたりしたんでしょう、主に保健体育の授業とかで。

 それなのに双子が生まれた後にも、もし次生まれたらなんて名前にしようかなんて話してたり、我が両親ながら驚かせてくれちゃうんですよね…。どうせ名前なんか、自分たちの名前が植物関連だったからって植物系にしかしないのは目に見えてるんですけど。

 榊からはじまり、柘榴、楓、撫子、樹、みずきとくれば、想像もつくというものです。


 …さて、もう二度と会うことが出来ないラブラブ過ぎる両親への愚痴はこのくらいにしておくとして。

 そんな大家族の我が家では『働かざるもの喰うべからず』の家訓の元、文字通りのしつけがされていました。

 ある程度大きくなったら自分の身の回りの事は自分で出来るように、炊事、洗濯、お裁縫、掃除、薪割、畑仕事は一通り。年長の私や兄は、弟妹や家畜の世話や山菜集めなども手伝わされました。

 うちの家、未だに薪でお風呂沸かして入るんですよね。今時何処のド田舎だよって話しですが、如何に私の住んでいた場所がド田舎でも、我が家以外だと、流石にもう一件くらいしかお目にかかれませんからね?

 あと、家畜の世話には歳を取って卵を産まなくなった鶏を絞めて捌いて血抜きして…なんていう作業も含まれていました。可哀想だと泣いたら夕飯にありつけないので、絞めた鶏は皆で美味しくいただくんですけども。

 廃鶏とか親鳥とか老鶏と言われる鶏の肉は、若鶏と違って硬い肉質はしているのですが、若鶏特有の臭みは無くて良い出汁が出て美味しいんですよね。じゅるり…はっ、いかんいかん思い出し涎が。

 他にも、釣りにいったあとはその成果が食卓にのぼるため、兄妹の遊びのなかでは釣りがとても人気でした。勿論、釣った魚は責任を持って自分で捌かされますがね…。


 野山を元気に走り回り、山猿のごとく木登りして桑の実を集めたり、茂みにもぐって蜘蛛の巣に引っかかったりするのは当たり前。

 食べられそうなキノコを見つけては、村のキノコ採りの名人のところに行って食べられるかを確認したり、そこら辺に生っているアケビをおやつにしたり、木苺を取ってきてジャムを作ったりするのも恒例行事。

 いつだって日焼けしていて、どこかに擦り傷や青痣を作っていて、平気でアオダイショウや蛙なんかも素手で捕まえて遊んじゃう。

 そんなちょっぴりワイルドな幼少期を過ごし。弟妹の世話や普通科の高校に通う合間に、どっぷりとネット小説につかる様になった私ですが、ひょんな事から死んでしまったようなのですよ。


 あの日、山菜集めに行った私は沢山の山菜を見つけ、夢中になって採っていました。

 美味しい山菜を籠いっぱいに集めて、これだけあれば家族全員分の天麩羅を作っても、水煮や佃煮なんかも作れるぞとホクホクした気持ちで顔を上げると、それほど遠くない場所に黒い何かが動いているのが見えました。

 よくよく見なくても子熊だと確認できる距離で、百メートルもなかったんじゃないでしょうか。それくらい近かったんです。

 そういえば色々な県で、五月に子連れの熊に襲われて死亡したというニュースが流れていることもありましたね。それを忘れて熊避けの鈴などを持たずに来てしまった事を後悔しましたが、後悔先に立たずというやつですね。

 現実逃避していても仕方ありません。もう一度目の前の状況を整理してみましょう。

 子熊がいるということは、必ず近くに親熊もいるということです。さすがに不味い状況だということは私でも理解できました。

 熊は嗅覚も鋭く、時速六十キロを超えて走るほどの力を持つ個体も少なくありません。たまたま風下に位置していたため気付かれていなかった様ですが、この距離だと、親熊が私に気がつくのも時間の問題かと思われました。

 もともと本州にいるツキノワグマは臆病な性格の個体が多く、物音にも敏感なため、熊避けの音を出していれば近付いてくることは少なく遭遇もしなかったと思います。しかし、出会ってしまったものはもうどうにもなりません。時間は元には戻らないのですから。

 子連れの熊は遭遇してしまえば子熊を守ろうと高確率で襲って来るといいますし、そうっと逃げても耳がいいので音で気付かれる可能性もあります。運が良ければ助かるでしょうが、人間を殺傷することの出来る熊のパワーは小さい固体でも侮れないものです。

 せめて気付かないまま立ち去ってくれと思ったものですが、現実はそう甘くはありません。息を殺して静かにしていたのですが、ついに風向きが変わったようです。いつの間にか子熊の傍に来ていた親熊。風に乗った私の匂いを感じ取ったのか、くんくんと鼻を動かしたかと思うとこちらを向き、私と目が合いました。ええもうばっちりと。駄目だこりゃ。

 そこから先は、スローモーションのようにゆっくり感じられました。

 一瞬の間をおいてこちらに走り出してくる熊。その筋肉の躍動や息遣いまでをも詳細に観察できてしまうほどの、一秒をさらに百分割したかのようなゆっくりと感じられる時間のなか。熊が眼前に迫り前足を振り上げるのを見たとき、私はギュッと目を瞑り、そこで意識が途絶えました。


 たまたま子連れのツキノワグマに遭遇して死んでしまうとか、自分で言うのもあれなんですけど、なんというか相当ついてないですよね。

 不幸中の幸いは、死んだときの痛みとかがさっぱり記憶に残っていないことでしょうか。嗚呼これ詰んだな…と目を瞑って現実逃避した後は、意識がブラックアウトしたのか何も覚えていませんし、おそらく即死だったんでしょうね。

 そして、次に意識が戻ったときには、慣れ親しんだ地球の何処でもない世界に転生していたというわけです。


 勿論、最初から気がついたわけではありませんでしたし、直ぐに受け入れられたわけでもありませんでした。でも、人生なるようにしかなりませんし、環境に適応しなければ再び死に直面するので、諦めるほか無かったというのが当時の私の心境として正しいかもしれません。

 それにしても、私の家族は無事に、私の遺体を見つけることが出来たんでしょうか?

 夕方になっても帰ってこなければ、だいたいの場所も伝えてありましたから探しに来るくらいは出来ると思いますが、家族も熊に襲われてなければいいんですけど。せめて、地元猟師の皆さんに捜索の協力を依頼してくれたことを願うばかりです。

 巻き添え、駄目絶対。

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