第32時限目 親恩(しんおん)のお時間 その3
何故か保健室の周囲が大渋滞していて、正木さんと同じくらい性格が控えめというかおっとりしている坂本先生が、保健室の中で珍しく声を上げていた。
何があったのかと思えば、主に3のAのクラスメイトたちが繭ちゃんの様子を見るために、次々と入室してきたということだった。
先に帰ったと思ってた星歌のグループとか、バラバラに帰っていた浅葱と風音、千華留と華夜も、とりあえず顔くらいは……という感じで保健室に寄っていた。
あ、ちなみに“主に”としたのはうちのクラスだけではなく、調理部の子たちがどこかから情報を聞きつけて、同じく押しかけてきたからなのだけれど。
なお、その調理部メンバーズの面々については「繭ちゃん先輩を傷つけたやつは誰だ!?」とか「私が看病します!」とか、危ない方向の話になりそうだったので、繭ちゃんと2人で事情を説明して、お引き取り願った。
繭ちゃんと一緒に、まだたまに調理部に顔を出していたことで信用してもらえたから良かったけれど、そうでなければどうなっていたことやら。
もちろん、ほのかと智穂も後から来ていたし、千早も短いながら会話してから帰っていったから、今日学校に来ていない羽海とまたメンテ中の渡部さん以外は全員来ていたことになる。
「女王様の謁見かっていうくらい、入ってきましたね……流石にびっくりしましたよ」
湯呑みを傾け、ふぅ……と息を吐いてから、眉尻を下げた坂本先生がそう言った。
人の波が引いて、寮まで連れて行くからと真帆たち3人と別れた後、残った私と萌、繭ちゃん、そして坂本先生は保健室に残っていた。
そんな中での会話。
「3のAの子たちって、ここまで仲良しさんでしたっけ……?」
ちょっと困ったような、でも少し嬉しそうな表情で坂本先生が私たちに尋ねる。
「最近……というか修学旅行明けくらいからですね」
そう切り出した萌が修学旅行延長戦の話をすると、坂本先生も目を丸くして、
「ああ、なるほど。あれがきっかけですか……確かに楽しそうでしたね。とはいえ、限度というものがですね……」
と感嘆した後、やっぱり眉をハの字にして、私たちも各々先生に労いの言葉を掛けた。
「で、でも、修学旅行の後、皆で寮に泊まったの、た、楽しかった、です」
繭ちゃんがベッドにちょこんと座りながら、そう答える。
「あのときは騒がしすぎて、本当に大変だったけれどね」
「それは確かに」
ぐだぐだしていた皆を叩き起こしたり、騒ぐ皆をまとめたり。
あの台風のような2日間……いや、金曜の夜から月曜の朝まで含めれば丸3日間? の様子を思い出しながら、私も苦笑する。
「でも、萌ちゃんも変わりましたね」
「え、私……ですか?」
コトッ、と湯呑みを机に置いた坂本先生にそう指摘されて、目を丸くする萌。
「ええ。去年まではなんというか……ぴりぴりした表情が多くて、色々重圧を抱えているのだろうと思っていました。でも、今はとても良い表情です」
「坂本先生も、そう思いますか」
気恥ずかしそうに頬を掻く萌。
「でも、確かに最近良く言われます。近所のおば様にも似たようなことを言われて……理由は分かっているんですが」
「あら、そうなんですか?」
頷いた後、私をびしっと指して、
「彼女が来てから、色々と狂いっぱなしで……全く、困ったものです」
「ふふふ」
今度は私が頬を赤くして、視線を逸らす番だった。
「ということは、小山さんにお願いしていたこと、ちゃんとやってくれていたんですね」
「お願いしていたこと……?」
何か頼まれていたっけ……? と首を捻ると、
「ほら、転入してすぐの頃に、色んな子がいるけれどよろしくお願いしますねって」
と坂本先生が付け足してくれたから、ようやく思い出した。
「ああ……うちのクラスはちょっと癖が強い子が多いけど、よろしくねと言われていたアレですか」
「ちょっ……こ、小山さん?」
思い出したことをそのまま発言してしまってから、坂本先生のちょっと焦った表情と声で、しまった……と思ったときにはもう遅い。
「坂本先生? そして……”小山さん”?」
「あ……」
「はい……」
椅子に座ったままだけれど、私と坂本先生はしゅんとしたまま、しばらく萌に説教されていて、繭ちゃんがそろそろ寮に戻らないと、と声を掛けてくれたのをきっかけとして、ようやく解放された。
……口は災いの元、という言葉は知っていても、相変わらず思わず思ったことが口をついて出てしまうから、気をつけないと……。
「何か言った?」
「え? いやいや、何も。自省しているだけです」
「ふーん……? どうだか」
繭ちゃんに肩を貸している萌に、私は貼り付けた笑みを返した。
あ、ちなみに本当は私が肩を貸す予定だったけれど、身長差がありすぎて無理だったのと、背負っていくという選択肢もあったのだけれど、皆が見ているところでそれはちょっと……と繭ちゃんから言われて、結局萌が肩を貸し、私は2人の荷物持ちとなった。




