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闇を背負う者、破壊を有す  作者: 松佐
破壊の使徒
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破壊の使徒と決闘

魔法学園入学から一ヶ月、暖かさが増してきた。フィルとリオンの二人にも友人ができ、時には一緒に野外学習に出ることもある。入学してから野外学習で取得した単位は五十、異例な取得速度ということで教師陣内では有名人と化していた。何より二人は人目を引く要望をしている。艶やかな長い黒髪に灼眼の瞳を持つ東洋の島国に住む人々の面影を宿した美丈夫フィル、その隣に寄り添う男装の麗人を思わせる茶髪を肩口まで伸ばした怜悧な容貌のリオン、二人の周囲に集まる生徒も似たり寄ったりだ。


交友関係は広くないが逆に人柄のいい人物しか近づけない傾向がある。二人の友人は種族特徴として低身長なフェアリーの少女エミリー、人狼族の少年ウィルガ、エルフの少女ニーナ、人間の少年カイの四人のみ。四人は野外学習の実績においてはフィル・リオンの次点で二十五単位取得している。それに比べ今年のSクラスの生徒は身の丈を弁えず、高難度の依頼を受け達成率は散々なものだ。


貴族、それも九大公爵家に連なる彼らは無駄な矜持を持ち下のクラスの生徒への侮蔑を隠すことはない。実績も残せず、あまりに傲慢過ぎるSクラスの生徒達に担当の教師はほとほと呆れ果てると同時に疲れ果て胃に穴が開く日も相当くない状態だ。国の方針に従ってきたが、貴族の子息子女はその実力にムラがありすぎる。九大公爵家の子息子女も然りだ。潜在能力はピカイチだが、引き出すことができない。かと思えば、二年のミウラルネ・フェル・ヴァラレイは鬼才と呼ばれるに相応の実力と自身の実力に対する適切な評価、身の丈に合わない以来は一切受けない。さらに礼儀正しく無駄に驕らない。


今年のSクラスは不作という他ない。逆にCクラスという評価基準的にはちょうど学年の中間に辺りにいるクラスの生徒は優等生と呼称するに相応しい。実績を見ても、野外学習で全員が十単位以上取得しているし授業に取り組む姿は学生の模範となるものだ。素体能力値的にも何故かSクラスに匹敵するか超越している可能性もある。普段の訓練の様子を見ても試験時に手抜きをしていたようだ、と各授業を担当する教員達が口を揃えるほどだ。


SクラスとCクラスの現状を省みると教師陣は一斉に溜息をついた。約三ヶ月後に控えた複数の国の魔法学園が学年ごとに代表を選抜し交流を深めることを目的とした魔法戦闘交流大会で毎年のごとく優勝を飾ってきた我が学園の連覇記録に終止符を打つ結果が大いに予想されるからだ。それは最強の魔法大国という認識を崩す出来事をなるたけ引き起こしたくない国としては由々しき事態である。そう、連覇といったが各学年ごとの試合で優勝し、学年という枠組みを外した学年対抗戦でもベスト三を独占してこその連覇記録なのだ。


それを大会が始まって以来、数十年間保持し続けた学園の威信に関わる問題でもある。そんなことなど露知らず、絶賛問題視されている態度の悪いSクラスのフィルにとって加害者の九大公爵家が一つ、光のヴァラレイ家分家次期当主の三人、ジョナンとビルグとヴィディスは一人の少女に絡んでいた。学園内では全ての生徒が平等であり平民も貴族も関係ないと校則で定められているにも関わらず権力を傘に着てた脅迫紛いにナンパを敢行する三人は無知で最低な女の敵という認識をSクラスの生徒以外から受けているわけだが本人達は気づかない。


最初の頃は三人を諌めるまともな生徒がSクラスにもいたが、このクラスにいれば自分も駄目になるとまともな生徒は全員が下位のクラスに移っていった。それは可能なのか許されるのかと聞かれれば、貴重な九大公爵家に連なる優等生を今のSクラス生徒の実力・性格・態度に頭を抱える担任教師が首を勢いよく縦に振り、了承したとだけ伝える。


とにかく諌める人間がいない中で彼ら三人はさらに増長し、被害者は続出し始めた。もっとも途中で何者かが邪魔をするため貞操の危険的な意味で被害を受けた生徒はおらず、この場合は単純にナンパされた女生徒の数だ。そして、今回の被害者は我らがリオン・フェン・シュバルツである。


まあ、彼らがリオンに触れようとするとフィル特性の不可視障壁によって弾かれる。リオンは実質的に安全なのだが、


「栄えあるヴァラレイ家に属する我々が誘っているのだ。光栄に思ったらどうだい?」


「全くだ。家族にも相手にされない寂しい異端児のシュバルツ家令嬢を我々が直々に慰めてやるといっているのだから、一刻も早くその不愉快な壁を取り除き給え」


聞きたくもない理解不明な言葉の羅列を延々と聞かされるのは辛い。精神的に地味に辛いのだ。リオンは既に疲労困憊と言った表情で強行突破しようか悩んでいた。その時、ジャストタイミングでフィルが現れる。フィルは三人に迫られている最近急に可愛いな、と思うようになった親友の姿を眺め、これはまた珍妙な場面に出くわしたとでも言いたげな表情をする。どんな複雑怪奇な表情だと突っ込まれても答え用はないが普段通り美形であることに違いはなかった。


「何してる?」


「フィル!!」


フィルの率直且つ直球な問いに対してリオンは疲労の滲んだ表情から一変、長い間会えなかった恋人に再会した女性ような反応を見せてから不可視障壁により三人を弾き飛ばしてフィルに抱きつく。鋼の如き筋肉が幾層にも織り込まれた強靭さと柔らかさを両立するフィルの胸元に顔を埋めて、さながら本物の恋人であるようにフィルと甘い声音で何度も呟く。


フィルは内心、プロの劇団女優顔負けの演技だなと舌を巻いていたがリオンにしてみれば至って本気で真剣な行動だった。


「(世間一般的に見て美人なはずの僕が抱き着いたのに、この反応だなんて、難敵すぎるよフィル)」


乙女心とは非常に難しい。さしもの女性経験がそうないフィルが完璧に読み取れるものではないのだ。もっとも周囲から見れば軽く胸焼けを引き起こしそうな甘すぎる雰囲気を二人は大量噴出していた。当然、三人は面白くない。しかも、標的が抱き着いた相手は突如としていなくなった無能者。ヴァラレイ家の直系でありながら光属性を持たぬ出来損ないだ。三人は立場を分からせてやらなくては、と安直に考えた。そして今度こそ標的をものにすると息巻いて、


「出来損ないの分際で生意気な!叩き潰してやる。我々と決闘しろ!!」


フィルに決闘を申し込んだ。一方、渦中の人物であるフィルはこう思っていた。こいつらは馬鹿じゃないのか、と。決闘とは本来一対一で公平な条件のもと、互いに望むものを巡り命をかけて争うことだ。常識的に見ても三人が単純にナンパを失敗したのに、迫り続け痺れを切らした被害者が偶然通りかかった友人(?)に助けを求めたというだけでも友人(?)ことフィルに三人に対する過失は一切ない。そもそもフィル本人にしても決闘したとして得るものは何もない。ただ時間を浪費するだけだ。


しかし、リオンが決闘の言葉を聞いた瞬間に目を煌めかせ、叩きのめしてしまえと訴えかけてくる。彼女は自分が彼らを叩き潰すことを望んでいる、そう思えば不思議とやる気が出てきた。同時にこれが期待される感覚なのかと実感する。復讐、いや仕返し程度に決闘とやらに付き合うのも一興だ。フィルはそう結論づけて納得した。


「恥を掻いても知らないからな、雑魚野郎」


「「「何だと、我々を出来損ないの分際で愚弄するか」」」


昔よりバカっぽい典型的な選民意識に凝り固まった貴族の坊ちゃん的口調に変わっていて、笑いを誘う。安い挑発に激昂する、それは常に冷静さを要求される魔法を扱う者として一番程度の低い行動だ。


「出来損ないか、何も知らずによく言えるな」


その言葉は自嘲とも嘲笑とも解釈できる声音だった。今回の件に関してフィルに過失がないようにフィルが光属性を扱えないことに過失はない。


「とりあえず、決闘は受ける。心配するな、三下相手に本気は出さない」


「「「貴様ぁ!!!」」」


再び激昂する三人を捨て置いて、自然な流れでリオンと腕を組んだフィルは決闘が正式に認められている決闘場と名付けられた決闘だけを目的として建築された訓練場に足を向けた。あくまで名目上は訓練場であり、その分の維持費を国からふんだくっている。尚、魔法学園にある訓練場全てに内部の戦闘でのダメージで瀕死に至ることはないという概念魔法が付与されており、維持費がバカ高い。


決闘に関しては決闘場で行うなら教員の許可は必要ない。また、決闘は校則で禁止されている校内で人を対象とした攻撃魔法の使用が唯一解放される。血気盛んな若者が多い魔法学園ではよく利用される。また決闘場はどの国の魔法学園も国には秘密裏に所持している。決闘と高尚な呼び名をつけているが、ほとんどの場合ただの生徒間での喧嘩であるため国に対して大っぴらにはできないでいる。


決闘場には騒ぎを聞きつけ、先回りした生徒達が観客となって観客席に座っている。決闘場はドーム状で内部は円形、観客席が設けられているのは学園内で行う行事に学園外から来賓や一般の人々が来るからだ。当然、観客席とステージは強固な障壁が多重で展開されている。


互いに準備を終え、向かい合った状態で暫しの沈黙が訪れる。観客と化している生徒も緊張感に背筋をピンと張って、今か今かと決闘の開始を待ちわびていた。いつの間にか数人の教師も観客に加わっている。久しぶりの決闘を息抜き程度に見に来たようだ。数人のうち、一人は学園長だったり、学園長が奥さんとイチャついたりしているが無視する方向性で他の教師の意思は決定していた。


決闘の開始は唐突で三人の方が魔法を共鳴させ威力を飛躍的に増加させる相乗という技術、端的に表現するなら同じ魔法を重ね合わせる技術を用いてレイ・インパクトを放った。威力は過去のミウラルネのものの約二倍、直撃打を浴びれば全身粉砕骨折で即死は確実の圧倒的な暴力性を備えている。フィルはその閃光の塊を相対する属性の闇の障壁で横に受け流す。逸れて障壁に激突したレイ・インパクトは空気を震わせる。さすが仮にも九大公爵家に連なる血筋の者だと感心した様子の教師陣だが、やはり興味の大半はフィルに注がれる。感心できる威力の魔法を初歩の魔法による障壁で逸らす技術と実行する決断力は相当高度だ。


「そうでなかればな」


不敵に笑うジョナンはそう言い放つ。既に次の魔法の構築を終えていた。センスはさすが、というべきか。幼い頃から仲の良い三人の息は高いシンクロ率を誇る。ジョナンの考えを読み取り、合わせる。チームワークはかなり理想的な三人組だ。


「我が敵を討ち果たせ、スパイラル・ライトボール」


螺旋回転する光球の群が数百展開され、発光する。強烈な閃光で目を眩ませ、視界を奪い攻撃する魔法。螺旋回転することで貫通性を高め、一発の攻撃力を限界まで引き上げた無駄のない魔法だ。中級レベルの魔法の中でも高等とされている。螺旋回転する光球は次々とフィルに降り注ぐ。圧倒的な手数による一斉攻撃だが、こと純粋なる質量において闇属性に勝るものはない。閃光を黒く塗り潰す闇がフィルから溢れ出し、分厚い防御障壁となりて立ちはだかる。光球に消し飛ばされても抉られても瞬時に修復される壁は術者に攻撃を通しはしない。光球を打ち尽くした三人に闇の津波が襲い掛かる。


質量的なことを考慮すれば余裕で圧死できるレベルだが無論、フィルは手加減している。


「舐めるな!!!」


三人が互いの魔力を練り合わせる。互いの魔力の性質を熟知しなければ到底成し得ない魔力を練り合わせる行為をできるだけで十分評価できるが、練り合わせた魔力を自在に使いこなすセンスは中々希少な才能である。発動したのは上級魔法ライト・フォース・ノヴァ。身体強化系の魔法であるが、闇属性を払う効果を持つ。故に闇の津波を全て消し去り、眩い閃光が収まり観客が目にしたのは閃光を纏った三人の姿だ。自然な動作で光属性の魔力剣を形成し手に取る。


瞬間、地面が抉れる強さで地を蹴り爆発的な加速力を生み出した三人がフィルに襲い掛かる。身体強化によって上昇した身体能力を生かし、三方向に散り、三方向からフィルを脳天から両断しようと上段からの一閃。三つの光の筋が空を駆け抜ける。決着は一瞬だった。


光の筋を上書きし、塗り替える暗黒が空間を裂き、三人を切り飛ばした。地に叩きつけられた三人は立ち上がる様子はない。後には魔力刀をこれまた魔力製の鞘から抜刀した状態で残身するフィルの姿だけだ。数秒してからゆっくりと魔力刀を鞘に収め、霧散させたフィルは誰に語るでもなく独白する。


「俺は別にヴァラレイ家現当主の子供じゃない。そもそも、あんな強姦魔が父親なんて願い下げだ」


数年の冒険者生活のうちにフィルが知り得た真実、フィルを生んだ女性は元々東洋の島国の出身でとある事情から国を出奔し大陸にやってきた人物だった。そして現地で恋に落ち、一人の男性と子を成した。それがフィルである。辺境の村で夫婦仲良く暮らしていた二人を不幸が襲った。不幸の内容は詳しくは分からなかった。だがヴァラレイ家現当主が男性を殺して女性を犯し連れ帰った。そして生まれた俺が自分の殺した男と女性の子供だと知らずに嫡子とした。要するに、ヴァラレイ家現当主は腐れ外道だということ。ミウラルネは前妻の子供で血縁関係上血の繋がりはない。フィルの母親は産後の調子が悪くそのまま呆気なく死んだ。フィルには冥福を祈る程度しかできない。


「出来損ないか、言い得て妙だな。俺は本当の父親のもとで生まず、ヴァラレイ家の嫡子にもなりきれず、中途半端で出来損ないだ。でもまあ、中途半端の出来損ないで十分。あの家は虫唾が走るからな」


語られる言葉を聞いてか呻く三人を闇の触手で捉え地面に何度か叩きつけ物言わぬようになったところで放置する。本当はヴァラレイ家の人間を視界に入れる行為さえ許容したくない、それがフィルの本心だ。唯一許せるのはミウラルネだけである。それも単純に優しくされたから。


歪な自分、それを認識してフィルは嗤う。それでいい、それがいいと。歪な自分であったからリオンと分かり合えた。そのことを最近ひどく嬉しく思うのだ。

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